「膜」の話
○ 要点
筋膜については近年、急激に関心が高まり、科学論文数もうなぎ上りに増え、世間一般でも普通に耳にするようになってきました。
日々、治療をさせていただく中でやはりとても大事な要素であることを実感しています。
筋肉にはほとんど感覚神経がなく、筋膜にたくさん感覚神経があるので鍼の、ズーンといういわゆる「響き」は筋膜にあたった時に生じています(*1)。
筋膜に鍼が当たった時に響きが出ることや部分筋攣縮というビクン、という反応が出ることをエコーで確認しています。
結局、筋肉(コリ)由来の痛みを何とかしようとしているのは、
筋膜の興奮をどう抑えるか、あるいは過敏な状態から元に戻すかということに尽きるわけです。
もっとも最近では、話はもう一歩先に進んでいて、筋膜だけでなく、もっと広く皮下組織・浅筋膜、腱、靭帯、関節包…などの線維性結合組織
(これらを包括してファシア:fasciaと呼んでいます。まだ日本語で適語がありません。多分そのまま「ファシア」という語で定着するだろうと思っています。)がもの凄く大事だ、ということが分かってきました。
様々な、原因不明とされてきた疼痛が、ファシアという概念から捉えなおすことで原因の特定、症状の改善につながることが期待されます
(*1)ただし、筋膜での研究が盛んになるまでは筋肉そのものを対象に痛み研究が行われてきましたし、臨床の現場でも、かなり程度の悪いコリの中を鍼が進んでいくときは膜に負けないくらいの強い響きが出たりしますので筋肉にも当然、侵害受容器は存在しています。
大腿四頭筋・長軸断面 エコー画像 左:オリジナル 右:解説
最近では
筋肉そのものの硬結よりもむしろ、それを覆っている
膜(
筋膜)の重要性がクローズアップされてきているのでそちらも考慮に入れる必要があります。
筋膜に関する査読された(≒ 一定以上の質が担保された)論文数は、1970年代、80年代は1年間におよそ200本程度でしたが、2010年にはおよそ1000本、という変化です。
長らく単なる邪魔者であった「膜」組織の重要性が明らかになってきました。
「痛み」を何とかしようとするならば、膜についての理解が欠かせません。
それぞれの文献を勉強してみると、筋膜の研究者は筋膜こそが主役と、従来のトリガーポイント研究者はあくまでも筋肉が最重要だと主張している、という印象があります。例えば、トリガーポイントのスタンダードな教科書(Travell
& Simons' Myofascial Pain and Dysfunction) では1999年の第2版はもちろん、最近出版された第3版でも約1000ページもの分量がある中で(
Fasciaという項目で) 筋膜についてしっかり触れているのは2ページだけです。
「硬いのは筋肉」だが、「痛いのは膜」だという事は生理学的にまぎれもない事実です(神経は膜に集中している)ので、臨床の現場においては、現時点ではどちらも等しく考慮に入れて施術に当たるのが賢明です。
『筋・筋膜 最新知見と治療アプローチ』(p.77) では
「伝達器官としての筋膜…われわれの最も豊かな感覚器の1つとしての筋膜ネットワーク…筋組織の神経分布と比較すると、
筋膜ネットワークには赤筋の10倍高い感覚神経受容器が存在する(van der Wal 2009)」と記述されています。
『筋膜への徒手療法ー機能障害の評価と治療のすべて』においても
「
筋膜の神経支配は豊富であり、
固有受容覚および
痛覚に関与している」として、感覚受容器としての筋膜について説明されています。
『Myofascial Pain and Dysfunction』 3rd Edition p.51)においては、
背筋筋膜には背筋の3倍多くの侵害受容器(痛みを感知)が存在する、と説明されています。
このあたりの話について分かりやすい記述があるので引用させていただきます。
「トリガーポイントはどこに発生しやすいかというと、
重要な点は膜なんです。膜が痛くなりやすいんです。
肺炎になっても肺は痛くないけれど、
胸膜炎は痛い。
脳炎は痛くないけど、
髄膜炎は痛い。
心筋炎は痛くない、
心膜炎は痛い、
肝炎は痛くない、
肝周囲炎は痛い、すべて膜が痛いんです。…
筋膜性疼痛症候群も膜が原因で痛みを引き起こします。…膜に侵害受容器がたくさん存在しているんです。」(以上、『離島発』 とって隠岐の 外来超音波診療 白石吉彦 p41)
実際、凝っている部分を圧迫したり揉んだり鍼を打つと独特の痛み(俗に「痛気持ち良い」と表現される)というかいわゆる「
響き」が生じたり、 場合によっては
LTR(Local Twitch Response :部分筋攣縮 =鍼治療の経験者にはおなじみの、ビクンと勝手に起こる瞬間的な筋収縮)と呼ばれる反応が見られますが、これは
膜に刺激が到達した時に生じます。
凝りに向かって鍼を刺入していくところをエコーで観察していると
膜に触れた瞬間に「ズーン」と響きがくるのが分かりますし、 時には筋膜に鍼が触れた時に響きを伴いながら「ビクン!」といいうLTRが生じるのが観察されます。
反対意見もありますが、痛みやコリを解消する現場では、この反応はとても重要だと私は感じています。凝っていない筋肉にいくら鍼をズブズブ打っても押圧刺激をしてもこれらの反応はほとんどありません。
ただし、響くかどうかだけを基準にするのも片手落ち(硬結部位では響きがあろうとなかろうと血行不良・組織の酸欠状態が生じているという意味では差がないからです)ですので基本的に筋硬結はすべて取る、という方向で施術を行っていきます。
下図 ( アナトミートレイン )で示されるように身体組織全身の有機的関連性の高さを考えると肩なら肩だけの局部の施術は長い目で見て決して効果的とは言えません。
(『筋膜への徒手療法ー機能障害の評価と治療のすべて』 Leon Chiatow より)