筋膜の研究が最近とても盛んになっています。
筋膜に関する査読された(≒ 一定以上の質が担保された)論文の数は、1970年代、80年代は1年間におよそ200本程度でしたが、2010年にはおよそ1000本、という劇的な変化です。
それまで単なる邪魔者であったな膜が実は大変重要(筋膜に限らず、体中にある膜組織が重要)である、ということが分かってきました。
医療とは直接関係ない一般世間でも主にトレーニングや(ダイエットなども?)の分野で「筋膜リリース」という言葉が流行していますが、これもそのような流れを受けてのことだと思われます。
もっとも世間で筋膜リリースと銘打って行われているほとんどが 通常のストレッチに毛が生えたものや、皮膚・皮下組織と、筋外膜のあいだの癒着をはがしたり、皺を伸ばす(癒着や皺が本当に存在するのかを確かめた上で行われているとは思えませんが)、という事を掲げているようです。
実際は、表層の癒着・皺よりももっと内部でのいわゆるfascia ファシア重積とこの分野の専門家が呼び始めている部分の異常や神経上膜(神経の周囲)での癒着なり不具合が痛みをはじめとした体調不良に大きく影響していると考えられますから、世間ではやっている筋膜リリースがどこまで効果的なのかは疑問です。
もし、表面に近い筋外膜と皮膚組織との間のファシア・リリースを行いたいのであれば、自分で皮膚をつまんでいろんな方向に動く範囲であちらこちら動かせば同じ効果は得られますから巷で言われる筋膜リリースについてはあまり気にしなくてよいかと思います。
*ただし、最近のブームとして行われている筋膜リリースとは異なり、昔から欧米では筋膜組織を対象とした、理論的にちゃんとした手技療法がおこなわれていますのでそれらについては全く別の話です。
筋膜について知っておいた方が良い重要な事実は、
筋肉の生み出す力のおよそ4割が筋膜などの筋肉周囲の組織に伝達される、ということです。
通常、医学系の教科書や筋肉について書かれているのは1平方センチメートルあたりの筋力として4〜6kg程度とされていることが多いです。
これは当然、(実験対象となる動物を解剖して)筋膜を外して、筋肉繊維の状態にしたうえで電気刺激を加え収縮力を測るという、いわゆるインビトロ(実験室内での統制された条件下)での測定値です。
しかし、実際の日常生活の場面では筋肉の生み出す力の4割は筋膜など筋肉周囲に伝達されて(*1,2)作用するので、筋肉を強くするだけでなく、筋膜も良い状態でないといけないということです。
薄っぺらい膜がどういう仕組みで力を伝達するのか?不思議な気もしますが、
まず、筋膜自体も(線維性の結合組織の中に平滑筋細胞が含まれているので、)わずかな力を発揮する、つまり自らわずかな張力を生み出すことが可能です。
ただし、これは本当に微力だろうと想像します。
筋肉が生み出す力の伝達は、おそらく電車で言うとレールを提供するような機能があるのではないか、と思っています。
電車のモーターが動力を生んで車輪を回しますがこのままでは単に直線に進むのみです。
レールがガイドしてくれることでスムーズに進むべき方向に力が伝わります。
筋肉の生み出す力は起始‐停止間を直線的に近づけようとする力ですが、
筋膜は筋肉を包んで周囲の組織との関係において力を発揮すべき方向付けをしてあげる、
というそんなイメージで個人的に理解しています。
(*2)The muscular force transmission system: Role of the intramuscular connective
tissue AndreaTurrina Miguel Antonio Martinez-Gonzalez, CarlaStecco:Journal
of Bodywork and Movement Therapies Volume 17, Issue 1, January 2013, Pages
95-102 でも、力は筋肉の解剖学的構造によってのみ決定されるわけではなく、周囲組織との接する角度などの影響を受けていると報告しています。
(*1):Smeulders MJ, Kreulen M, Hage JJ, Huijing PA, van der Horst CM. Spastic
muscle properties are affected by length change of adjacent structures,
Muscle Nerve, 2005; 32(2):208-215 論文内では筋肉の最大筋力の37%までの力が、腱に対してではなくて、筋肉周囲の組織に伝わる。この現象は myofascial
force transmission と呼ばれると記述しています。
(*他参考):The fascia: the forgotten structure Stecco Carla1 , Macchi Veronica1 ,
Porzionato Andrea1 , Duparc Fabrice, De Caro Raffaele Italian Journal of
Anatomy and Embryology, Vo l. 116, n . 3: 127-138, 2011