「こり」に対する 施術の方向性(具体的内容)
ここで細かいことは書き切れませんが簡単にご紹介させていただきます。
*コリやトリガーポイントの成因や病態生理学的な研究はまだまだ中途段階で、今後研究が進めば大幅に訂正される事柄も多くあると思われます。(実際、トリガーポイントについては再現性の点から「科学とは言えない」という有力な批判がなされているという事実もあります)
様々な仮説が提唱されていますが、ここではこれまでの生理学的知見をもとに提唱されている統合仮説をベースにしてお話を進めております。
主な項目 筋肉のコリの説明
-
筋肉の「こり」はどのような状態なのか?
エコー画像
触診
凝った筋線維の周囲の環境(ここでは血液の酸素飽和度を例に)
-
筋肉の構造の基本的な説明
骨から筋線維・サルコメアまで
正常な筋肉繊維と凝った筋肉繊維の顕微鏡画像
さらにミクロの構造(アクチン・ミオシン分子)
-
「こり」ができ始めると考えられている神経ー筋接合部の重要性
神経-筋接合部で起こっていること
-
これらの事柄と施術との関連
筋肉の「こり」はどのような状態なのか?
人(の各細胞)が何をエネルギーに活動しているかというと「
ATP(アデノシン3リン酸)」です。
このATPは、よくお金(通貨)に例えられますが筋肉細胞を含めたすべての細胞に共通のエネルギー源です。 車で言えばガソリン、電車ならば電気に相当します。
ミトコンドリアがATPを産生するためには「
酸素」が必要で、それを運んでいるのが「
血液(赤血球)」です。
各細胞内のミトコンドリアに酸素を届けるために、基本的には全ての細胞が最終的には毛細血管に接して赤血球から酸素を受け取ることが必要です。
日々の施術で出会う、程度のひどい凝りは、車のタイヤのような硬いゴム、茹でる前のパスタ、もっとひどいと木の棒が皮下組織の下に埋まっているような感触です。
それでは
筋肉が凝っている、とはどんな状態なのでしょうか?
↓これは、エコーで確認できる大腿四頭筋のコリです。(もっとも、エコー画像では筋肉は黒く抜けた画像として表出されますので、コリそのものは見えません。エコーで映るのは
筋膜(筋線維の束である筋束を包んでいる膜)です。凝った筋肉を包む筋膜は正常なそれよりも白く厚く映りますので触診と併せて判断しています。
(外側広筋:短軸断面 original)
(外側広筋:短軸断面 )
大腿四頭筋(外側広筋)
(『Atlas of Human Anatomy 』, third edition p474図を改変)
(大腿部の断面)
(『Atlas of Human Anatomy 』, third edition p487図を改変
ご存じの通り、かつお節は「かつおの筋肉」が乾燥して固まったものですが、ひどい凝りは「かつお節」みたいな状態をイメージしていただけば良いと思います。
このような部位は、周囲から完全に閉ざされ、とても血液が通れる状態ではなく栄養・酸素を届けたり老廃物を運搬したりできる状態ではないのが容易に想像できます。
事実、そういった
硬結部位では酸欠が生じています。
↓下図はそのことを示します。
<筋組織の酸素飽和度>
Palpable border of the induration
(筋硬結の触知可能な境界線)
Normal mean pO2
(平均酸素濃度)
単位: 横軸 (mm)
縦軸(mm of Hg)
* 赤で囲まれた範囲は深刻な酸素欠乏状態ににあることを示す。
(Zeitschrift fur Rheumatologie 49:208-216)
*まとめ:
○ 「こり」の部位は極度の酸欠状態になっている。
○ 他に。。。酸素以外にも血液が届けるはずの物質や栄養の枯渇、そして逆に、炎症マーカーとなる物質(サブスタンスP、 ブラジキニンなど)の滞留が生じています。
○ 組成結合組織(筋膜)が厚くなって硬くなっている
○ PHの低下、つまり、酸性になっている など
筋肉の構造の基本的な説明
< 骨から筋原線維、筋節(サルコメア)に至るまで >
臨床においては
筋束レベルまでが触知可能で直接の治療対象と言っていいと思います。
ただし、
筋線維・
筋原線維での異常が集合して触知可能な筋束レベルでの「コリ」になるので筋線維レベルでどのような状態になっているのかについて治療者・患者双方が共通のイメージを持っておくことは有用と思われます。
Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual, Third Edition,
p45
(Travell, Simons& Simons)
いくら凝っているといっても筋肉全体(=全ての筋束)が硬いことは多くなく、通常は、たくさんある筋束の一部分が硬くなっています。
ですのでそのような場合、筋肉全体をまんべんなく鍼灸 or マッサージしても(心地よいかもしれませんが)コリを取る、という意味においては資源(時間とお金)の浪費になります。
筋線維の様子 (正常な筋線維 と 凝った筋線維)
< 正常な筋線維 >
均一な太さの筋線維が並び、それぞれの筋線維を構成するサルコメア(縦に走る縞模様)もほぼ等間隔で規則正しく並んでいます。
*サルコメア : 筋収縮の最小単位。
サルコメアが大量に集まって
筋原線維ができている。その筋原線維がたくさん集まって
筋線維ができている。
いわゆる「細胞」にあたるのは筋線維のことです。
< 凝った筋線維 1>
こちらは、まず筋線維の太さがそれぞれ異なり、いびつな形をしているのが分かります。
そして、濃く黒く見える部位があるのはサルコメアの間隔がとても短くなっているためです。
「…The striations indicate severe contracture of the approximately 100 sarcomeres
in the knot section of the muscle fiber…」
⇒ 中央の黒く見える部分にはおよそ100のサルコメアが凝集していると説明されています。
「The sarcomeres on both sides of the knots show compensatory elongation
compared with the normally spaced sarcomeres in the muscle fibers running
across the bottom of the figure…」
⇒ そして、その黒く見える部位の両脇は代償的に引き延ばされてサルコメアの間隔が通常よりも長くなっていると説明されています。
Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual, Third Edition,
p30
(Travell, Simons& Simons)
(真ん中に100ほどのサルコメアが凝集され、その両端は代償的に引き延ばされサルコメアの間が広く空いている。)
* 中央やや下で水平に走る太い白線は肥厚した筋内膜と思われる。
< 凝った筋線維 2 断面図 >
Giant round muscle fiber in the center of the figure is surrounded by open
space that may have resulted from a local sever enegy crisis. This space
may contain substances that sensitize adjacent nociceptive nerve fibers.
⇒ 真ん中の太い筋線維を囲む白い組織(
肥厚した筋膜のこと)は
局所的・深刻なエネルギー枯渇の結果生じたもので、周囲の
痛みを感じさせる侵害受容神経線維を敏感にさせる物質を含んでいる(意訳)。
In addition to the normal-size irregularly shaped muscle fibers surrounding
the girant fiber, there are four abnormally small fibers…that may be the
segments of muscle fibers which are narrowed because of contraction knot
elsewhere in that fiber.
⇒ 太い筋線維の周囲に4つほど、異常に小さな(細くなった)筋線維があるが、おそらく太くなった筋線維のせいでそうなったと考えられる(意訳)。
* < 凝った筋線維1 >を見ると肥厚した筋線維の隣の筋線維は押しつぶされたように細くなってしまっていることと対応しています。
↓ これらの状態を分かりやすく示したイラストがあります
Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual, Third Edition,
p95
(Travell, Simons& Simons)
Contracture knot がたくさん集まったものが臨床の現場で触知されるコリ ( 図の Nodule) です。
先に紹介した大腿四頭筋の索状の筋硬結はこの図の Taut band (の断面図)に相当します。
< さらにミクロの構造 >
筋肉が働く(=
収縮する)とは、
ミオシンというたんぱく質が作る「太いフィラメント」と
アクチンというたんぱく質が作る「細いフィラメント」が
互いに滑り合うことを意味します。
この2つのフィラメント(+その他諸々)が
サルコメア(
筋節)という収縮の最小単位を構成します。
このサルコメアが上下、左右、前後に無数に足あわされて「
筋原線維」ができあがり、
筋原線維がたくさん集まって「
筋線維」(=筋肉細胞)になります。
後述しますが、大切な事実として知っておかないといけないことは、「
収縮」時にエネルギー(ATP)が必要なのは常識的にすぐ分かるところですが、
「弛緩」するのにもエネルギーが必要だということです。
< 神経_筋肉 の接合部 >
運動神経と筋肉が接するこの部位で「こり」が始まると考えられています。
ごく簡単に記述いたしますと、運動神経から信号が筋肉に届きます。
その信号を受けると筋肉内の組織はカルシウムイオンを出し、これによって筋肉が収縮します。
つまり、
筋収縮のスイッチを入れるのはカルシウムです。
そして重要なのは、
筋肉が弛緩するにはこのカルシウムが除去(回収)されないといけないのですが、回収にはATP、つまりエネルギーが必要です。(このATP・エネルギーは先述のとおり、血液が十分に循環していてミトコンドリアに酸素が届けられないと産生されません。)
つまり、本人が単に力を抜いたつもりになっていれば筋収縮が終わっているかというとそうではなくて筋原線維レベルでは弛緩するためにもエネルギーが必要だ、ということです。
ところが、オーバーロード(過剰強度刺激)や長時間の身体活動、精神的緊張による筋緊張亢進・・・などによる神経筋接合部での異常、
ATPの枯渇によりミオシン分子の頭部がアクチンに強固に結合した状態でロックされたままになります。
平たく言えば、筋肉が凝った状態というのは、血行不良(エネルギー不足)によりアクチン、ミオシンがロックされたまま、つまり筋線維が縮んだまま固まっている状態だと言えます。
実際に、
死後硬直(死ねば血液循環はないので当然、酸素・エネルギー・ATPが枯渇)はこれが理由で生じます。
酸欠・栄養不足・エネルギー不足などにより筋肉(およびその周囲)に組織損傷が生じると炎症物質が蓄積されていき、それによりポリモーダル受容器が感作(敏感になる)されます。
コリを取る、痛みを取る、とはこの過敏になったポリモーダル受容器を指あるいは鍼で刺激して神経性炎症を生じさせ治癒に至らせること、ポリモーダル受容器を不活性化する事と言えます。
以上の事柄と施術の関連性
* 神経筋接合部(endplate , 運動神経終板)はとても大事で、この部分での異常が凝りの第一歩ではないかとも言われています。
マッサージ等の施術の際には運動神経終板が集まる辺りを入念に施術を行うようにしています。
また、コリ及びその周囲での感作したポリモーダル受容器を適切に刺激することでコリ・痛みを解消していきます。
鍼の低周波パルス刺激を使用した治療(下図参考)を行う際もこの付近を狙うと反応がとても良いです。
鍼低周波通電療法用の刺激装置(左:通常サイズ / 右:ポケットサイズ)
右は15年以上前から使用しているものでコンパクトながらも使い勝手が良くでお気に入りです。(今は入手できなくなっているのがとても残念です。)
低周波パルス刺激は、個々の狙った筋肉に鍼を打ち分けることができるならばとても効果的な治療法です。
施術部位の
精度を上げることについては完全に施術者側の責任で、腕の見せ所ですが、最後に決め手となるのが
刺激量の問題です。
これにはどうしても患者様側からのフィードバックが欠かせません。治療は施術者・患者双方の共同作業と言われるゆえんです。
コリの根源である過敏になったポリモーダル受容器を刺激するとかなりの強刺激になります。効かせすぎると施術後で酷い筋肉痛が生じたり、一時的にだるくなったりしてしまうのでこの量の調節が実際の臨床現場では非常に難しい問題です.
程よい刺激量というのが個々人でかなり差がありますし、同じ人でも体調や季節などによって異なるで是非施術中でも施術後でも感じたことを教えていただけましたらと思います。