江戸の湯屋・ページ4 |
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湯屋で働く人々 |
下の絵は鍬形ケイ斎の『近世職人尽絵詞』中の湯屋の図です。画面左手前に番台(高座)、右奥に湯くみの姿が見えます。縞の着物の男は盗難防止用の木札が付いた鋏で爪を切り、画面右手前の男は紐に吊された櫛を使っています。また中央には軽石で踵(かかと)をこする男の姿も見えます。
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Painterにて模写 |
■高座(番台) |
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番台をつとめるのは、湯屋の主人か主婦、もしくはベテランの番頭でした。浴客から湯銭を徴収し、糠袋や手ぬぐいを貸したり、糠袋の中身の
糠を売ったりするのが主な仕事。あかぎれ、すりぎずの膏薬なども置いていました。左の図は三方に載せたお供え餅と、おひねりの山が見えるので
正月の初湯の場面でしょう。
左図、以下二点『賢愚湊銭湯新話』より |
■湯くみ |
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湯くみは、終日、浴槽の前に座り要求に応じて「岡湯」と呼ばれる上がり湯を柄杓で汲んで男女両方の浴客に差し出します。
洗い場の浴客からは湯くみの顔は見えません。
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(川柳) 杓(ひしゃく)の柄出して湯汲みは飯を喰い
朝から晩まで一人で浴客に岡湯を汲むのが「湯汲み」の仕事。忙しいときは湯を汲みながら食事をする。
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■三助 |
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客の背中から腕を 垢すりか糠袋でこすり、湯で洗い流し、軽くマッサージをする。
これがすむと背中をパンパンと景気よくたたく。これが三助の仕事です。
その手際のよさによって祝儀の額が違ったのだそうです。
一人前になるには木拾いの下積みから始まり、10年以上もかかりました。
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★賢愚湊銭湯新話について
『賢愚湊銭湯新話』(けんぐいりごみせんとうしんわ)は山東京伝作の黄表紙。発刊は享和二年(1802)。
式亭三馬の『浮世風呂』の創作のヒントになったといわれています。
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