江戸の湯屋・ページ17

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湯屋経営者の心得集『湯語教』

『湯語教』とは湯屋経営者のための心得集です。『洗湯手引草』に掲載されています。『公衆浴場史』によると書かれたのは天保十三年(1842)から嘉永四年(1851)の間であろうということです。

■湯語教


薪高きが故に多分(たんと)に焚かず、古木あるを以て薪潰しとす。
株肥えたるが故に預り人引き合わず、客数多(たんと)あるを以て潰しとす。
湯屋はこれ一生の財(たから)、身滅してもすなわち子株主となる。
湯株これ万代の財、命終っても必ず滅することなかれ。
湯屋磨かざれば光沢(ひかり)なし、光無きは常に客入らず。
石磨かざれば糠汁よごれ、奇麗な湯屋は常に繁盛す。
風呂の内湯は減ることあり、井の内水は減ることなし。
一日の現金を積むといえども、一日の薪前(たきぎまえ)にはしかず。
冬は商売常に引き合わず、夏の内に心掛けて残すべし。
釜厚ければ永く損せず湧くこと遅し、釜薄ければこれ財物の釜とす。
一日に薪一本余けいに焚けば、三百六十本むだに焚く。
一本疎かにせざれば数日を助く、況一生数年の損をや。
かるが故に客ばかり余らず足らず、心づけて釜前を焚くべし。
召つかいたとえば手足の如し、朝夕お客に愛想をつくせ。
四大日々に盗賊に逢えば、心神夜々に苦労する。
すいた時怠りなくよく番をせざれば、盗まれて後恨み悔やむといえども、なお言訳所益あることなし、故(かるがゆえ)に夏は眠りを催して番を怠るなかれ。
添番台に座れば眠りをます、込み合う中立番怠ることなかれ。
隣の湯屋と常に気が合わず、表向きよくして心に針を用ゆるが如し。
我他人の徳意を取れば、他人また我が徳意を取る。
これらをあらそえば互に商売ならず、夏の虫の飛んで火に入るが如し。
泰平の国恩天地の如し、徳沢(とくたく)の恵み渡世安堵する。
株主のお陰日月の如し、手薄にして手厚き影の映るが如し。
水の恩は海より深し、上水(水道の水)夏はなまぬるくして冬は氷の如し。
堀井戸夏は冷にして冬は温かく、深き井戸の綱は早くとり替うべし。
薪の徳は山より高し、本所薪より海薪徳なり。
転方(てんぽう)一両人押うべし、大勢押えれば終に喧嘩となる。 三宝のおひねり落銭を除ける、これ無銭の埋草にする。 弱いかな弱いかなこの商売、お前のご無理はごもっとも。 わずかな湯銭で子供を引き連れ、あてがいの八文で湯を浴びること滝の如し。
熱いと云う者あり温いと云う人あり、木魚の真似をして念仏を唱う。
しゃがれ声で浄瑠璃をうなる。まぜ返されて熱くなって腹を立つ。
果ては小桶をほうり湯を仕舞わせ、あるいは風呂の中へ灰墨を放つ。
無尽のまじない軽石を盗み隠す、着物を借りて更に似て返さず。
かかる不人情の輩は早く断るべし、女髪を洗い糠袋を返さず。
中の湯を汲んで人に愛想をする、裸体で礼儀をのべ長湯する。
子供さかやきを剃って泣き喚く、小桶を畳際わまで引き付け。
餅はかび雷干は夕立に合い、嫁姑のうわさして沢庵酢くなる。
ごたまぜ喧々噺(がやがやばなし)、昼より来たって夕方に帰るなんという事ぞ。
朝暗きうちより来たって戸を叩き、晩は五つ(午後八時)打って来り桝をあてがい。
夏は暑さをしのぎ冬は寒さを防ぐ、一日の休みに困ることを顧みず。
気儘我儘仕次第、安いかな安いかなこの商売。
これらの人皆もの云えば腹も立つ、腹立つときはその客来たらず。
客は店の仕成(しなし、取り扱いの意)による。云うことあらば書きつけて店に貼りおけ。
柔和忍辱ただ堪忍、日々に新にまた新に仕込め。
鉄砲鞘の際は八歩にこしらえ、前栓をつけて中の泥を払うべし。
風呂は三寸の前栓を以って、五つの鐘ともろともに抜く。
風呂の内の上り段は近頃より、板の間の深きは見込みわるし。
底浅き褌たらいは不浄と云って、近頃まであって今はなし。
湯屋の衆板の間の下水不浄を行うべからず、下の煩いをする。
火袋作り塗屋にて建て上げ、西北を塞いで煙を東南にはかせよ。
煙除けの囲みは火の用心悪し、休み毎に火袋の煤を払うべし。
鈍き釜前は焚き前に損失あり。短慮な召仕いは客に逆らう。
埃拾う人無筆の薄芸、人給金五両に召仕えば、我また給金を増して七両につかう、所謂虎狼を養うが如し。
故に増長して高き給金をとり、日影に寄り集り昼寝する。
雨降りを好んで丸休みしながら、虚病をかまえ給金を踏まんと欲す。
自ら不義にしてかかる召仕いを抱え、己が貪欲に迷いかえって禍を招く。
八正の道湯屋多しといえども、湛とあるところを必ず商売成らず。
多年所に馴れて離れざれば、家業安きこと泰山の如し。
御触れの趣堅く相守るべく、男女入込停止すべし。
風烈しき時は早く仕舞うべし、悪しき病躰入れべからず。
生酔い病み上がり者は断るべし、頬冠り着物を抱えるのは禁ずべし。
但し湯屋あれば仲間あり、仲間あれば法あり。法あれば議定あり。
議定立って株となる。しかれども預り人おのれが身を達せんとす。
唯埃引あてに揚げ金を増す。湯株頂上して高金となる。
故に天満つると欠く時成るかな、御趣意御改革に変わる。
文化戊辰華月に願って、庚午皐月中の八日、
願い叶って仲間十組定まる、丹誠の株わずか三十三。
当天保十三壬寅、華月三日湯株滅し。
嗚呼天然時なるかな。大小人湯価六銅に定まる。
湯株なお石瓦の如し、薪湯出でて二竜の玉を争う。
然りといえども隣どうし心を合わせ、なお株面またそのうちにあり。
湯屋は才無く愚鈍なりと雖も、ただ冥利を守って掛引きなし。
他の家業意味を知らず、なお小遣銭の足ることを忘れず。
終身この商売を離るることなかれ、必ず火の用心怠ることなかれ。
故に末代の湯屋の衆、まずはこの書こじつけを見、見る者誹謗して譏るべし、聞く者はくしゃみして笑いを生ずべし。

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