心のふるさとを求めて

真宗大谷派(東本願寺)正 覚 寺


体の痛み、心の痛み  第二十二号(2004年10月)

 五月十七日は天気が良かったので、庭先でペンキ塗りをしていました。もともとそういう作業が好きなほうなので、少し風が強かったのですが、一日で何とか仕上げられるだろうとのんびりやっていました。
 夕方になって作業が一段落したところで、立ちあがろうとしたところ、背中に激痛が走りました。
 最初は、かがみこんで同じ姿勢でいたので、背中の筋肉が固まってしまったのかなと、軽い気持ちで背筋を伸ばそうとしてみたり、家の中で仰向けに寝てみたりしたのですが、痛みはおさまりそうもありません。
 ますます痛みは増すばかりで、まっすぐ立つこともできなくなってしまいました。

 腰が冷えたのではないかとも思い、ぬるめのお湯にゆっくり入って就寝したのですが、ちょっと体を動かそうとしただけで目が覚めてしまいます。
 トイレに行こうとしたのですが、立ち上がるのに一〇分、階段も後ろ向きにはってしか下りられません。便座に腰掛けたら立ち上がれなくて、三〇分も座ったままでいました。
 寝て休めば少しは楽になるだろうと思っていたのですが、翌朝になっても状態は変わりませんでした。

 十八日から、京都の東本願寺の奉仕団に皆さんと行く予定にしていたのですが、それも欠席するしかなく、近くの整形外科に行くことになってしまいました。

 そのとき思ったことは、体が痛いことも大変だったのですが、この先、腰がまがったままの状態で生活しなければならなくなったらどうしようかということです。
 個人の日常生活もあるのですが、自分が元気であるという前提で、お寺の行事もああしたい、こうしたいと考えていたものですから、それも軌道修正しなければならない。
 「これから先どうしていこうか。」と考えると、なんとなく沈んだ気持ちになってしまいます。

 体の一部が変調をきたしただけで、こんなにも気持ちの持ち方が変わってしまうものなのかと、自分でもびっくりするくらいです。

 また、「自分だけは大丈夫で、いつまでも元気だ。」と思っていた自分があり、「自分の身の周りのすべての物事は、自分を中心に動いている。」と思い、「私ひとりががんばらねば」と考えている自分がいました。

 「私ががんばらねば」は裏返すと、そうしなければ私というものの存在価値、あるいは居場所がなくなってしまうのではないか、と考えていたせいかも知れません。

 東本願寺の奉仕団は、妻も含めて昨年も参加した方があり、無事に終えることができました。

 正覚寺として歩み始めたころは、妻も別に仕事を持っており、行事の準備などは、確かに「私がやらなければ」と思うことがたくさんありました。
 しかし、お寺に来てくださる人も徐々に増えて、門徒会も発足し、行事の準備や後片付けもひとりですることはなくなりました。

 そうなっているはずなのに、私の気持ちがなかなかそのことを認めようとしていなかったのかも知れません。
 「私が、私が・・・」、わかっているようだけど、なかなか抜け切れていない自分がいることに気づかされました。

 腰の痛みのほうは、痛み止めの薬と布製のコルセットのようなものが効いたのか、一週間ほどでまっすぐ立てるようになり、痛みも感じなくなりました。
 痛みの原因は、どうも腎臓結石のせいだったようです。痛みもなくなり、自覚症状もあまりないので、私はその後なんの治療もしていないのですが、同じような症状を経験した劇作家の方がいらっしゃったようで、朝日新聞のコラムに載っていました。
 その方も、原稿の締め切りもあるし、連続ドラマもあるし、これからいったいどうしようか、と思われたそうです。

 今回もうひとつ感じたことは、あたりまえといわれればそれだけのことなのですが、私の体の痛みや心の痛みは、私固有のものであって、そのこと自体はほかの誰とも共有することができないということです。
 私の母親が肺がんで亡くなってから二年たちますが、がんは相当激しい痛みを伴うと聞いています。

母親も相当痛かったと思うのですが、その痛みは私にはわかりません。また、三ヶ月以上入院生活を送ったのですが、その間何をどういう風に考えていたのかもわかりません。
 私にできたことは、時々顔を見せて、「大丈夫?」といって、当たり障りのない会話をするだけでした。
 遠く離れて生活していることもあって、そんなに頻繁に顔を見せるということはできなかったのですが、何もできない自分にもどかしさを感じていました。



 開かれたお寺を目指して

 心の痛みに関連して思うことは、確かに私たちはその人とすべてを共有することはできないのですが、ある程度理解することはできるはずです。

 私たちは、表面に見えている事柄だけで物事を判断しがちです。
 また、社会全体が経済的な問題優先に動いていることも関連しているのかも知れません。

 周囲の人を見るときも、その行動や言動だけで、「あの人はこういう人だ」と思いがちです。
 その人がなぜそうするのか、なぜそういうことを言うのか、と心の中まで考えることはあまりありません。

 最近では、「心のケア」ということが問題として取り上げられることもときどきありますが、私たちも一時的にはそのことをわかったように思えても、自分の身近な問題として自覚しないかぎり、すぐに忘れてしまいます。

 災害や事故などをみてもそうなのですが、たとえば阪神・淡路大震災からそろそろ十年が経過しようとしています。町も復興し、経済的な援助はそんなに必要とされないのかも知れません。しかし、そこに住んでいる人の「心の傷」は今も残っているという報道がありました。

「心の傷」は、肉体的な傷と違って、一人ひとりの受け方もさまざまであり、またなかなか癒えることもありません。  そのような「心の傷」は、政治や行政の対応だけですまされる問題ではないと思います。

 本来、その部分に大きく関われるものとして、宗教があるはずだと私は考えています。
 大きな災害や事故ばかりではなく、私たちの身の回りにはさまざまな「心の痛み」を持った人がたくさんいらっしゃいます。

 そのことの解決策だけを求められるのだったら、たぶん私にはできないことが多いでしょう。
 そうではなく、そういう声に対して、たとえば私なら仏教者として、お寺として、僧侶として聞く耳を持っているかどうかではないでしょうか。
 
 まず聞く耳を持つ、いっしょに考えるという姿勢が、私に求められ、問われているのだと思います。
 そんなところから、あらためてお寺を始めたときの文書を思い直しています。

  (以下、表紙の文書です)

 


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