江戸の女・ページ2 |
|||||
トップページ | 目次へ | 江戸の湯屋 | 浮世風呂新聞 | 絵草紙屋 | リンク |
ページ1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11 |
女髷の四系統 |
女髷は兵庫髷系、島田髷系、勝山系、笄髷系の四系統に分けることが出来ます。
|
■兵庫髷系 |
|
唐輪髷から発達した髷です。立兵庫、横兵庫、などがこれに属します。
名前の由来としては、
@摂津国兵庫の遊女から起こったという説、
A江戸吉原の兵庫屋という妓楼から起こったという説、
B大橋柳町の兵庫屋から起こったという説、
C兵庫桶(片手桶)に似てるからとういう説、
D兵庫鎖というものに似ているからという説、
などがあります。
|
■島田髷系 |
|
島田髷は、若衆髷が変化したもので、男髷から発生した日本髪の代表的な髪型です。
名前の由来は、
@ 東海道島田の宿の遊女から始まったという説、
A寛永の頃、京都四条の島田花吉という女歌舞伎者の舞女が始めたという説、
B歌舞伎の島田甚吉が始めたという説、
C島田万吉という歌舞伎者から起こったという説、
などがありますが、 @が通説になっているようです。
|
■勝山系 |
|
勝山髷の起源にも諸説があります。
@ 江戸吉原の遊女勝山が結い始めたとする説、
A寛永の始め、大坂から勝山湊という若女形が江戸に下って結った髪型から、
B勝山仙列という俳優から起こったとする説、
C勝山仙州という役者から始まったとする説、
これも @が本説といわれています。
|
■笄髷系 |
|
他の三系統の髷は遊女や女歌舞伎から生まれたのに対し、 笄髷は上流階級から流行しました。
室町時代、官中の女官が下げ髪を 笄(こうがい)に巻き付け上に上げたところから、貞享(じょうきょう)、元禄頃(1684〜1704)、民間にも流行し、
一般女性も結うようになりました。
しかし、笄を挿してあるだけでは 笄髷とは呼ばない場合もあり、 笄髷として一般に流行したのは江戸中期に流行した先 笄(さっこう)や両輪です。
|
ページ1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11 |