彼の背中
5.
私は部活が休みの日は家から自転車で五分程度の場所にあるファーストフード店でアルバイトをしている。
本番翌日ですら、私はシフトを入れていたのである。
同い年で同期の新田清美はここでの一番の友人だ。
休憩の時間がかぶると思わずにんまりとしてしまうほどである。
そして今日も私はにんまりしている。
清美は昨日の舞台も観に来てくれており、話は舞台の話が主となる。
しかし芝居に関して語り始めると私はかなり面倒な人間に変貌する。
依って、楽しく本番を終えたのだとだけ清美には伝えた。
彼女もそれ以上深くは聞いてこないのだから、それでよいのだろう。
他校の人間と関わる事など皆無だった私にとって、佐伯斎という存在は目下話題にすべきものである。
関わると言っても、二度会い、一方的に投げやりな言葉を浴びせられただけなのだが、どうも彼の事が頭の中を占領してしまうのだ。
「恋や! とは言わんけど、好きになる可能性もあるんちゃうかな。むかついたくらいで、その人の事何日も考えるタイプちゃうやん」
中学から男女交際禁止の女子校に通い、どちらかというと男嫌いの私には恋愛なんてものは縁遠い物に感じてしまう。
「今後関わる事なんかないとは思うけどね。明日そこの芝居観に行くねん」
「男嫌い直すいい機会になればいいんやけどなあ」
仕事中は必要なコミュニケーションを交わす事は出来るが、仕事が終わればできれば同じバイト仲間であっても男は関わり合いたくないなんて思っている。
苦手なものは仕方が無い。
「私ね、彼氏できてん」
「え、もうできたん?」
清美が彼氏と別れたと号泣していたのはつい一週間前の事だ。
「店長。これ、内緒やで」
「うん」
清美は幸せそうに笑った。
その笑顔はまるで幸せの象徴のようで、無性に羨ましいと思ってしまった。