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【H26.8.10追記】 錯覚の科学(’14)の訂正放送

ブログから

【H26.7.5】

放送大学の錯覚の科学('14)が、平成26年7月4日午後4時から放送だったので、早速見てみました。
結論としては、いままでとあまり変わりない内容です。
ただ、少し変わった点もあります。

それは「統計隠し」です。
否定する根拠としては、統計はほとんどありませんでした。
唯一の例として説明していたのが、大村政男さんの「ラベル付け替え」の実験です。
これは、別の血液型の特徴を、その血液型と言って示すと信じてしまうので、血液型と性格が関連する「科学的な根拠はない」というものです。
しかし、こんなことは血液型に限ったことではない(例えば、心理学の実験結果でもある)ですから、否定の根拠にはなりません。
#それは、説明している菊池さん自身も十分わかっているはずです。
#面白いことに「信じない人」も結構いて、それらの人は正しい回答をしています。
思わず笑ってしまったのが、パネルによる説明で、本当の特徴のO型とAB型が逆になっていたのことです。ギャグなのか、あるいは単純ミスなのかはわかりませんが、誰も気が付かなかったのかなぁ。

そして、もっと問題なのは、なんとか細胞でありませんが、本人が間違いなく意図的に統計データを無視していることです。
#言葉は悪いのですが、こうなると、ほとんど“捏造”です。
というのは、血液型ハラスメントの説明で、山岡重行さんのデータを示しているからです。山岡重行さんの主張は、明らかに「データに差がある」ですから、上の大村政男さんの結果とは矛盾しますし、そもそも最近の大村政男さんは、統計的な判断は保留しています(血液型と性格 2012年版)。

やはり、ここまで無理しても、全面的に血液型を否定しないとまずいんでしょうねぇ。
本人が番組中で、そこまで大人げなく否定する必要はないのではないか、とも言ってましたが、それよりも、きちんとしたデータでちゃんと説明してほしいものです。
放送大学での説明なら、心理学の定説ということでしょうから、こうなると、なんとか細胞じゃないけれど、心理学自身での検証は無理なんでしょうね。やはり、ネットから黒船のような強力な外圧でもなければ…。
ある程度は予想していたこととはいえ、ちょっとがっかりしてしまいました。

【H26.7.26】

来週28日朝9時からの「錯覚の科学('14)」13回の再放送で、この間違った部分について、放送開始12分後あたりの1分から2分の所のみを差し替えての修正放送をする予定とのことです。
早速録画して見てみることにします。
この件について、岡野誠さんからメールをいただきました。
本人の了解を得たので、そのまま公開します。

  先日7月4日、放送大学でオンエアーされた菊池主導の能見正比古氏提唱の血液型人間学を占い系と同列に論じて、疑似科学扱いにした内容番組である。特に私が問題にしたのは、内容を見れば一目で能見氏書籍を読んでいれば判別できる。O型とAB型が反対になっているところです。極一部内容表のみで、4つの性格式にあの図式を出したこと自体問題ですが、決定的に種明かし表の所で、OとABが反対になっているのは問題とし、ここ最近、当局と折衝しておりました。あの女性アナがやらせのさくらをしていたことは、ともかくとしても、当局は訂正放送としてお詫びすべき点を私は主張しておりました。
 結果、当局の見解は、お詫びを入れての訂正放送はするまでもないにしろ、反対表示にした誤った事実は認め、来週28日朝9時からの錯覚の科学13回で放送開始12分後あたりの1分から2分の所のみを差し替えての修正放送をする予定ですので、番組確認の上、録画セットして下さい。おそらくテクニカル上、菊池出演無しの一部差し替え放送で処理するのでしょうがね。しかし、あの菊池がいかに能見氏の対象文献等をいいかげんに理解していたことが露呈した証拠にもなり得ます。しかも、菊池は、私がオンエアー直後に当局へ指摘したにも関わらず、6日間も当局へOとABの所が反対になっている事実確認か ら逃げるがごとく、事実確認連絡を当局へおろそかにした点は大問題だ。「菊池先生からは、あの件の確認電話はまだ来ておりません。」という当局の悠長さに対し、私は、「すぐ彼にプッシュしろ、こんなことは、彼の確認を待たずしても、あの件が反対になっていることは当局も即わかることだ。」と言うことを私に指摘される当局のお粗末さ。
 今回の件で、菊池氏のいいかげんな文献の読み方(文科系学者がとかくやるななめ読みや拾い読みの手法)が露呈したのみならず、放送大学当局がいいかげんな菊池氏の主張を全面的に支援する当局の体制にも大問題である。

【H26.7.28】

平成26年7月28日午前9時からの放送大学「錯覚の科学('14)」第13回「科学的思考と錯覚」で、初回[平成26年7月4日午後4時に放送された血液型性格判断の批判部分に間違いがあり、訂正放送になりました。
差し替えになった部分は、大村政男さんの「ラベル付け替え」の実験です。
この実験は、別の血液型の特徴を、その血液型と言って示すと信じてしまうので、血液型と性格が関連する「科学的な根拠はない」というものです。

内容をチェックした結果は次のとおりでした。
訂正部分の放送時間は、9分50秒頃から13分50秒頃までで、統計的に否定している部分の数字が一気に全部なくなりました。
初回の放送では誰も間違いに気がつかなかったのかな?
#否定の一番大事な根拠が間違っているというのも信じられませんね。

ちなみに、差し替え部分は、菊池聡さんの髪型が少し短くなっているのでわかります。前回の収録から少し時間が空いたので、おそらく散髪したんでしょう(特に耳のところが目立つようで、ピンマイクの位置もネクタイにかかる柄の部分が微妙に違います)。また、音声の収録条件も少し違うらしく、菊池さんの声が明らかに違って聞こえます。

さて、前回に引き続き、岡野誠さんからメールをいただきました。
本人の了解を得たので、そのまま公開します。

 早速当局の修正放送をチェックしました。当初、当局関係者によれば、「具体的な修正内容は事前に示せないので、視聴者確認で認識して下さい。」 と言うことでした。私は、てっきりO型とAB型の所のみをテクニカル上差し替えるだけだと思っておりました。それも、菊池とA型女子アナがわざわざ再出演しての修正となりました。しかも、問題のシーンは完全に取り下げての大幅修正と言えるでしょう。
 考えられることは、
1,  OとABの所のみを差し替えたオンエアーならば、能見正比古氏の著作文献に対し、菊池が余りにもいいかげんな読み方をしていたイメージを視聴者へ益々植え付けることとなる。
2, あの大村さんの考えた手法に泥を塗った菊池のイメージが視聴者へ浸透しやすくなる。
3, 今回の決定的ミスから菊池は二度と大村さんの手法を使って、血液型人間学の批判ができなくなった点を認めざるを得なかった。
4, 反対になっていたOとABの箇所を定位置に戻すだけなら、やはりクイズ形式でA型女子アナへの再質問となり、前回のと比較できる視聴者から見れば、やらせのイメージが尚更露呈しやすくなる。
 以上の要因から、当局は取り下げ修正放送をせざるを得なくなった。私から観て、一部修正どころではなく、事実上、謝罪無しの訂正放送と言えるでしょう。ちなみに、関係者によればこれまで当局での訂正放送は皆無であった。
 つまり、放送大学史上始まって以来、事実上の訂正放送と言えるでしょう。今回の一件で菊池の信用が失墜するのみならず、当局は新たな血液型人間学を批判する番組制作をやりにくくなったと思います。ある意味、私から観て、嬉しい誤算と言える。

 放送大学の授業が最近はスカイパーフェクTVで放送されています。私もたまに見たりするのですが、なかなか面白いので結構はまっています。もちろん、ノースクランブル放送なので、チューナーさえ持っていればOKです。(^^)

 ところで、2000年(平成12年)度に行われた人格心理学の授業では、血液型性格論の問題が取り上げられました。あれれ、と思ってビデオにも録画したのですが、内容の一部に不正確な点があります。これはではうまくないと思い、私が不正確と思う部分を皆さんに公開することにしました。ぜひ、皆さん自身でも考えてみてください。 -- H13.3.9

放送大学「人格心理学(’00)」第1回の内容

 ビデオだけでもなんなので、テキストに当たってみましょう。血液型性格論の問題は、13ページから15ページに取り上げられています。ビデオの説明は10分程度ですので、なかなかの分量と言っていいでしょう。以下はテキストからの抜粋です。

3.血液型性格論の問題

 日本では,1920年代〜30年代にかけて,血液型と性格が関係するという血液型性格論が流行ったときがあった。当時,血液型,性格論を唱えたのは,教育学者の古川であり,表1-2に,彼がまとめている各血液型の人の特徴を示す。
 古川の血液型性格論が流行り,血液型性格論に関する記事が,時には新聞に載ることもあった(図1-1→見出しのみ掲載)が,この血液型性格論は,血液型と性格の間に関係は見られないことをはじめとする,多くの批判にさらされ,消えていった。しかし,1970年代になってから,また,血液型性格論が唱えられるようになった。さらに80年代には,血液型性格論の本を書く人が増えるようになった。この最近の血液型性格論に対してもまた,人格心理学者などから,多くの批判が出されている。
 例えば,大村(1985)は,ラベルの効果に関する研究を行っている。この研究の結果を,表1-3に示す。これは,ある血液型性格論者が書いた本の中に出ている,各血液型の性格特徴をまとめたものに,別の血液型のラベルを付けたものを,約60人の被験者に見てもらい,自分に当たっているものはどれかを答えてもらった結果である。ラベルがO型の場合,「(実はAB型)」となっているが,これはO型の人のものとしてあげられた」性格特徴が,血液型性格論者の本のAB型の所から取ってきたものであることを表している。同様に,A型のラベルとB型の性格特徴,B型のラベルとA型の性格特徴,AB型のラベルとO型の性格特徴が組み合わされている。
 被験者はこのように故意にすり替えられたものを見て,自分に当たっているものはどれかを答えたのであるが,表1-3からわかるように,どの血液型の人も,自分の血液型と同じラベルのついた性格を選ぶ傾向があった。私たちは,何々型というラベルの影響を被りやすいということができる。
 その他,血液型'性格論に対して次のような批判が出されている(大村,1998.,詫摩・佐藤,1994)。
 ・既存の性格検査を用いて,血液型と性格の関連を調べてみた結果,血液型性格論者が述べているような関連は認められなかった。
 ・血液型性格論の本の中で述べられている性格は,どのように調べられたか明示されておらず,わからない。
 ・代表的な血液型性格論者が述べていることは,かつて古川が述べたことと,かなり一致しており,その考えを模倣したものであると考えられる。
 血液型性格論は,当たっているように見えたとしても,評価することのできない人格理論なのである。

図1-1 東京日々新聞の記事(昭和12年6月24日付)

6段抜きの記事で「霞ヶ関仰天」「科学の手榴弾飛ぶ」「外交官に血液の資格」「『O型に限る』と建白書」…

表1-2 古川による各血液型の人の特徴(古川竹二,1928)

O型 利己的,自発的,理性的,意志が強い
B型 陽気な,活動的,出しゃばり,根気がない
A型 他人につくす,控え目,多感な,温厚な
AB型 外面的にはB型に類似し,内面的にはA型に類似している

表1-3 ラペルの効果に関する研究(大村政男,1985)

本人\ラベル O型
(実はAB型)
A型
(実はB型)
B型
(実はA型)
AB型
(実はO型)
O型 13 1 2
A型 19 1 1
B型 2 12
AB型   6

●引用文献[注:血液型と性格に関係するものだけ抜粋]

●参考文献[注:血液型と性格に関係するものだけ抜粋]

 いずれにせよ、いままでの心理学者の主張がコンパクトにまとめられていることは確かです。

不正確な内容

 なぜこのよう不正確な内容になるのかわかりません。では、順々に指摘していきます。 -- H13.3.9

  1. 「教育学者の古川」は間違いではありませんが、同時に心理学者でもあります。
  2. 「この[古川の]血液型性格論は,血液型と性格の間に関係は見られないことをはじめとする,多くの批判にさらされ,消えていった。」は間違いではありせんが不正確な記述です。血液型論争は、当時も存在した心理学会ではなく、もっぱら法医学会で行われました。当時の血液型の最高権威であった古畑種基(東京帝国大学医学部教授)が否定側にまわったことりより、古川説は決定的なダメージを受け、学会の表舞台からは消えてしまったのです。ただ、古川は最後まで自分の考えを変えませんでした。心理学会で古川説が本格的に否定されたのは、なんと1980年代以降です。その理由は不明ですが、古川が心理学者だったこともあり、身内意識が働いたというのが一番妥当な推測だと思われます。逆に、現在の法医学会では、血液型と性格については何の論文も発表されてはいません。調べてみると、戦前に否定されたから全く相手にされていない、ということではないようです。関係あるという学者もいるようですが、なぜか論文は発表していません。不思議ですね! 詳しい経緯については、松田薫さんの『「血液型と性格」の社会史』に書いてありますので読んでみるといいでしょう。
  3. ラベリング効果についてはこちらを見てください。
  4. 「既存の性格検査を用いて,血液型と性格の関連を調べてみた結果,血液型性格論者が述べているような関連は認められなかった。」とのことですが、これは明らかに間違っています! なぜなら、(本当に血液型と性格に関係があるかどうかは別として)日本人の70%程度は血液型と性格に関係があると思っているので、「○型は△な性格」というよう質問をすれば、必ず「血液型性格論者が述べているような関連」が認められるからです。従って、否定的な結果が出るのは絶対におかしいのです。なぜ、こんな単純ミスをしてしまったのでしょうか?
  5. 「血液型性格論の本の中で述べられている性格は,どのように調べられたか明示されておらず,わからない。」とのことですが、それは『血液型人間学』シリーズにちゃんと書いてあります。読んでからそう言うのならともかく、原典を読まないでこう断定してしまうのはいかがなものでしょうか。
  6. 「代表的な血液型性格論者が述べていることは,かつて古川が述べたことと,かなり一致しており,その考えを模倣したものであると考えられる。」とのことですが、一部が一致して見えるかもしれませんが、基本的には別物です。なぜなら、古川の性格論は「通状況的一貫性」なのに対して、能見さんは「首尾一貫性」、能見さん独自の「リード=おもり関係」、AB型の定義が古川は「外面的にはB型に類似し,内面的にはA型に類似している」、能見さんは「合理タイプ」です。
  7. 「血液型性格論は,当たっているように見えたとしても,評価することのできない人格理論なのである。」とのことですが、これは大きなお世話です(笑)。当たっていても当たってなくとも評価するつもりがないということなら別ですが…。
  8. 参考文献で、松田薫さんの『[血液型と性格]の社会史』 (第一版)が掲げられていますが、これはおかしいのです。というのは、第一版は本人の意思で絶版にし、現在は改訂第二版しか入手できないからです。改訂第二版には心理学者への批判が多いから、というのは勘ぐりすぎでしょうが、全く読まないというのでは問題でしょう。

 【参考】能見さんが主張する血液型別の特徴

〔O型の主な特徹〕

○生きる欲望が強い。バイタリティが盛ん。
○目的一志向性。目的が決ると直進し、達成力もスバぬける。目的あいまいでズッコケ。
○ロマンチックと、強い現実性の二本立て。
○考え方ストレート・少々単純さも……?
○仲間にはスキンシップな愛を持つ。家族思い。親友には裸の開放性、親分性もある。
○反面、仲間外や未知の人に強い警戒心を持つ。
○人間関係大事にし、特に信頼性を重視。
○感情は、最もアッサリし、あとに尾をひかぬ。
○自己主張、自己表現欲強い。個性的なことを好む。
○専門を深め、専門家になって強いタイプ。
○人生の勝負師。強弱関係を意識する。ただし負けると知るとアキラメが早過ぎる感じ。

〔A型の主な特微〕

○“何かのため”に生きる生き甲斐を求める。
○周囲に細かく気と使い、相手や周囲との間に波風が起るのを、特にきらう。
○感情や欲求は抑制するほう。ソッとした思いやりや察しあいを大切にする。
○ルール、慣習、秩序を重視、極端さを避け、羽目を外さぬ。反面奈、やや型にはまる。
○筋を通し、ものごとのケジメ、白黒をハッキリつける。シンは一番ガンコで短気。
○縦続的な努力や肉体の苦痛によく耐える。
○一つ一つ段階と踏む慎重さ、緻密さで、物ごとへのとっつきはおそいが、大器晩成派。
○完全主義、未来へは悲観主義。苦労性。
○心の底には思いきってカラを破りたい、現状脱皮の夢がうずまく。

〔B型の主な特徴〕

○マイペースの行動。しばられ、抑制されることを、ことにいやがる。
○柔軟なな考え方、新しいことや、自分と違った相手への理解力に富むアイデア性。
○周囲の影響を最も受けず、また、気にしない。無用心さも一番。
○ブアイソか、ザックバラン型。だが、すぐ心を開く開放性あり。差別なく親しむ。
○涙もろい人情味。が、細かい察しあいは苦手。ロマンチックさはなく、シンは実用的。
○興味は多方面に持ち得るジャーナリスト型。ながら族の名人。コリ性は随一。
○未来に楽観的。すんだことにやや未練っぽい。
○総じて、ものごとにケジメが乏しい。
○仲間外れを気にする疎外感の強さがある。

〔AB型の主な特徴〕

○ドライに見えるほど合理的な考え方。
○反面、空想的、非日常的、メルヘンチックな趣味性を持つ。
○情緒の安定した面と、不定気ままな面と、はっきり分れた二面性を合せ持つ。
○人との応待はニコヤカでソツなく、頼まれたらイヤといえぬ親切さ。やや調子よさも。
○反面、人とのつきあいに距離をおく感じ。
○物事に没頭し切らず、やや根気にかける。
○分析、批判力にたけ、イヤミは名人級。
○社会参加に熱心。奉仕の精神に富む。
○偽善を烈しくにくむ。正義派。
○多角経営型。趣味を生かした仕事を望む。
○食いしんぼうは随一。睡眠不足に極端に弱い人が、ほとんどである。

みなさんからのメールの情報です。-- H15.8.11

Red_Ball12.gif (916 バイト)No.718 AB型男性の神様から H15.2.20 22:41

1.面白いですか?

ふつう

2.お気に入りのページ

放送大学

3.血液型と性格の関係は?

ある

4.メッセージ:

放送大学関連の話題ですが、ゲノム生物学(’03)の講義で血液型の話が出てきました。こっちは心理学ではなく生物学ですが、ABOそれぞれの遺伝子の塩基配列(?)を図で解説してくれて興味深かったです。
なぜABOが一番有名なのか?や、、ABO型以外の血液型の解説まで。
多分第1回目の講義だったと思います。

放送大学「人格心理学(’04)」第1回の内容

 その後、内容が2004年版となってリニューアルされ、第1回が平成16年4月1日に放映されました。
 不思議なことに、血液型と性格についての説明は全くなくなってしまったのです。せっかく録画したのにぃ!

 もっとも、第1回ではなくて別な回で放映する予定なのかもしれません(テキストは学生しか入手できないようなので詳細は不明です)[テキストは売っていますし、第14回に放映されました -- H16.7.17]。しかし、あえて第1回に放映しなかったということは、血液型を否定的なトピックとして取り上げる優先度が下がった、ということは確実に言えます。なぜなら、第2回以降は各論ですから、総論で否定するほどのトピックではない──つまり優先度が下がった──と考えられるからです。

 その理由として、

 1.血液型の話題が以前ほど一般に取り上げられなくなったので、わざわざ第1回で取り上げて説明(否定)する必要がない。
 2.血液型と性格は、以前と違って(?)明確に(心理学で?)否定されたので、わざわざ第1回で取り上げて説明(否定)する必要がない。

 というようなことは非常に考えにくいので(笑)、

 3.講師が変わったので内容が変わった

 とも考えられます。とはいっても、講師は放送大学が選ぶわけですから、講師が変わったぐらいで前回(大々的に?)取り上げたトピックが変わるのは本当はおかしいのです。それとも、血液型は元々それほど重要なトピックではないのだから、前回の講師の選び方に問題があった(?)のかもしれません。あるいは、(放送大学の?)心理学者の多くが、

 4.前回の「人格心理学(’00)」第1回の内容には問題があると認めた(?)

 ということも考えられます。

 なお、前回と今回の間には、心理学で「血液型と性格」論争が展開された事実はありません。もちろん、全くないとは言えませんが、少なくとも私が入手できるメジャーな学会誌などで派手な論争が繰り広げられたとか、否定的な論文が続々発表された、というような事実はないようです。

 これと対照的に、インターネット上ではメール・ホームページ・掲示板を使って、肯定・否定論者の間で大々的な論争が展開されました。この結果、メジャーな否定論者(=心理学者)はほとんど沈黙してしまったようです。少なくとも、私がチェックした限りではそうです。

#ただし、心理学の入門書ではまだまだ否定的な記述(しかも間違いも多い!)が数多く見受けられるようです。

 ひょっとして、インターネットの論争が放送大学の講義内容に影響を与えたのかも知れません。

#実は、一時期にはABOFANに放送大学から数多くのアクセスがありました。

 まぁ、本当の理由はわかりませんが、いずれにしても放送大学で血液型を否定的なトピックとして取り上げる優先度が下がったことは事実のようです。  --- H16.4.2

放送大学「人格心理学(’04)」第14回の内容

 ある日、東京の大型書店で立ち読みをしていたところ、新しいテキストが発売されていたので(やった!)、早速入手してみました。

 血液型はどうしたかなぁ、と思って探してみたところ、第14回「心理アセスメントI」(平成16年7月8日放映予定)[予定どおり平成16年7月8日に放映されました。蛇足ですが、テキストではローマ数字のIですが、本当はアラビア数字の1が正しいようです。つまり、テキストは誤植です。 -- H16.7.17]に以前より内容が大幅に縮小されて掲載されていました(京都大学大学院教育学研究科の女性助教授が執筆担当)。
 この回では、心理テストの妥当性を検証し、その一つとして血液型が批判的に取り上げられています(202ページ)。

 では,先ほどの“いわゆる”心理テストや雑誌に載っているテストをした時に「あたっている」と感じるのはなぜか。
 大村(1985)の報告によると,血液型と性格の関係を示した表について,性格の記述を「自分にあたっている」として選んだ。つまり,実は「AB型の性格傾向」として書かれているものでも「O型の性格傾向」として被験者に示すと,O型の人が「これはあたっている!」と反応するのである。
 血液型性格判断の場合,人は特に自らの血液型のところしか見ない。そこに「やさしい」と書かれていれば,「まあそうかもしれない。」と納得するのである。
 「妥当性」を得るためには,この「やさしい」という特性が,A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定されねばならない。
 筆者とて,血液型性格判断の「おもしろさ」を否定するものではない。しかし,これが採用試験といった重大な場面で使われるとすれぱどうだろう。心理テストの「限界」についてはよくおさえたうえで,盲信することのないようにしたい。

●引用文献[注:血液型と性格に関係するものだけ抜粋]

不正確な内容

 なんか、随分と記述が短くなってしまったようです。引用文献も、大村さんの『朝日ジャーナル』の記事だけになってしまいました。(^^;;
 ここで問題なのは、一部の記述は不正確だけではなく、間違っていると思われることです!(太字は私)

 血液型性格判断の場合,人は特に自らの血液型のところしか見ない。そこに「やさしい」と書かれていれば,「まあそうかもしれない。」と納得するのである。
 「妥当性」を得るためには,この「やさしい」という特性が,A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定されねばならない。

 原典である大村さんの『朝日ジャーナル』の記事ではこうなっています(91ページ)。

 能見[注:正比古]氏の『血液型エッセンス』のなかにある「血液型別気質の核心」という表には、生き方の基本、生活性、行動性など10項目にわたって気質の特徴が書かれている。そこでOとAB、AとBの内容をそっくり入れ換えた「変換版」をつくり、被験者に示して自分に合っているかどうか尋ねた…

 このテキストには、血液型の引用・参考文献はこの大村さんのものしかないので、常識的には次のような解釈になる…はずです(赤字は私が追加)。

 では,先ほどの“いわゆる”心理テストや雑誌に載っているテストをした時に「あたっている」と感じるのはなぜか。
 大村(1985)の報告によると,血液型と成果の関係を示した表について,性格の記述を「自分にあたっている」として選んだ。つまり,実は「AB型の性格傾向」として書かれているものでも「O型の性格傾向」として被験者に示すと,O型の人が「これはあたっている!」と反応するのである。
 血液型性格判断の場合,人は特に自らの血液型のところしか見ない。そこに「やさしい」と書かれていれば,「まあそうかもしれない。」と納得するのである。
 能見正比古氏の『血液型エッセンス』のなかにある「血液型別気質の核心」という表には,A型は「やさしい」と書かれていた。
「妥当性」を得るためには,この「やさしい」という特性が,A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定されねばならない。しかし,大村(1985)によると,この「やさしい」という特性は,A型だけはなく,B型,O型,AB型にも同じようにあてはまっていた。従って,血液型性格判断は妥当性があるとは言えない。
 筆者とて,血液型性格判断の「おもしろさ」を否定するものではない。しかし,これが採用試験といった重大な場面で使われるとすれぱどうだろう。心理テストの「限界」についてはよくおさえたうえで,盲信することのないようにしたい。

 そこで、『血液型エッセンス』の「血液型別気質の核心」を調べてみたところ、なんと「やさしい」という特徴はありませんでした!

 まあ、能見さんの読者なら、A型が「やさしい」と読んだ時点で笑い出すか怒り出すと思います(私は思わず笑い出してしまいました…失礼!)。それは、A型のやさしさ、B型のやさしさ、O型のやさしさ、AB型のやさしさもあるからで、決してA型だけが「やさしい」わけではないからです。

 つまり、赤字の部分の解釈はまるっきりの間違いなのです!
 いくら言論の自由や学問の自由とはいっても、放送大学がこんなテキストでは問題というしかないでしょう。(*_*)

 ということで、事実に基づいて私が訂正すると、血液型の記述は次のようになります(赤字は私が追加)。

 では,先ほどの“いわゆる”心理テストや雑誌に載っているテストをした時に「あたっている」と感じるのはなぜか。
 大村(1985)の報告によると,血液型と成果の関係を示した表について,性格の記述を「自分にあたっている」として選んだ。つまり,実は「AB型の性格傾向」として書かれているものでも「O型の性格傾向」として被験者に示すと,O型の人が「これはあたっている!」と反応するのである。
 血液型性格判断の場合,人は特に自らの血液型のところしか見ない。例えば,そこに「やさしい」と書かれていれば,「まあそうかもしれない。」と納得するのである。
 
「妥当性」を得るためには,この「やさしい」という特性が,A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定されねばならない。しかし,大村(1985)の報告では,「やさしさ」についての調査はしてないし,他に信頼できる報告がないため,血液型性格判断の「妥当性」は判断できない。
 筆者とて,血液型性格判断の「おもしろさ」を否定するものではない。しかし,これが採用試験といった重大な場面で使われるとすれぱどうだろう。心理テストの「限界」についてはよくおさえたうえで,盲信することのないようにしたい。

 しかし、この文章が放送大学のテキストとして妥当と思う人は、すご〜く少ないと思います。(^^;;

 善意に解釈すれば執筆者の調査ミスか文章の表現不足なのでしょうが、こういうテキストは複数の人がチェックするはずですから、チェック体制が甘いとしか言いようがありません。悪意に解釈すれば、そういう問題は全て承知の上で、あえて曖昧に解釈できる文章にした、ということも考えられなくはありませんが、これは考えすぎというものでしょう。

 ところで、坂元章さんの論文では、「ものごとにけじめをつける」「くよくよ心配する」「何かをする時は準備して慎重にやる」は、「A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定され」ているので、結局次のようなことになります(赤字は私が追加)。

 では,先ほどの“いわゆる”心理テストや雑誌に載っているテストをした時に「あたっている」と感じるのはなぜか。
 大村(1985)の報告によると,血液型と成果の関係を示した表について,性格の記述を「自分にあたっている」として選んだ。つまり,実は「AB型の性格傾向」として書かれているものでも「O型の性格傾向」として被験者に示すと,O型の人が「これはあたっている!」と反応するのである。
 血液型性格判断の場合,人は特に自らの血液型のところしか見ない。例えば,そこに「やさしい」と書かれていれば,「まあそうかもしれない。」と納得するのである。
 
「妥当性」を得るためには,この「やさしい」という特性が,A型ではあてはまってもB型,O型,AB型では否定されねばならない。
 坂元(1992)の報告では,「ものごとにけじめをつける」「 くよくよ心配する」「 何かをする時は準備して慎重にやる」という特性は,A型は他の血液型よりあてはまるとされ,大村とは逆の結果が得られている。このように,心理学ではまだ「妥当性」は確認されているとは言えない。

 筆者とて,血液型性格判断の「おもしろさ」を否定するものではない。しかし,これが採用試験といった重大な場面で使われるとすれぱどうだろう。心理テストの「限界」についてはよくおさえたうえで,盲信することのないようにしたい。

 また、今回のテキストで明らかになったのは、血液型と性格のタブーの次の記述が正しいことが裏付けられたことです。つまり、心理学者でも、いわゆる「血液型性格判断」はポピュラーな話題で楽しいことと感じている、という事実です(笑)。

 今までは遠慮して(?)書かなかったのですが、複数のホームページに書いてあったことなので(ニュースソースは書きませんが…)、公開していい情報だと判断してここに書いておきます。
 それは、(社会)心理学専攻の学生の間でも、いわゆる「血液型性格判断」はポピュラーな話題だということです。それが、ケシカランという内容ならわかりますが、逆に「○型は××な性格だ」という話題で結構盛り上っているようです。最初に聞いたときは半信半疑だったのですが、複数のホームページに書いてあるので、どうもこれは事実と考えていいようです。「差別」だと考えている人がこんなことをするわけがありません! これが、「差別」ではないという直接的な証拠です。実は、傍証もありますが、これでは個人攻撃になりかねないので、あえて公開はしないでおきます。(^^;;

 なにしろ、「筆者とて,血液型性格判断の『おもしろさ』を否定するものではない」ということなのですから…。放送大学の教授が、いわゆる「血液型性格判断」の話題で盛り上がっている場面を想像すると、思わず微笑ましくなってしまうのは私だけではないでしょう(笑)。それなら、執筆者紹介の欄に血液型も書いてくれると楽しいんですがねぇ。前回とは随分変わったものです。執筆者が女性だからでしょうか?

 採用試験に使うなんてことならともかく、明るい話題として楽しむだけなら、放送大学のお墨付きもあるので大いに安心していいようです。(^O^) -- H16.5.17

04年度の放送では血液型の部分が完全消滅!?

 今回はVTRではなく、DVDレコーダに録画してチェックしてみました。そしたら、なんと血液型の部分は完全に消滅してしまったのです!

 テキストにわざわざ引用文献(注:参考文献ではありません!)までリストアップしあるということは、相当重要な内容であるはずです。そんな内容が本番の放送で突然カットされてしまう、なんてことは全く信じられません。(@_@) 確かに、血液型の部分は本題の「心理アセスメント」とはあまり関係ないのですが、それなら初めからわざわざテキストに掲載する必要なんてないのですから…。

#今回チェックしたテキストは1刷ですが、2刷以降は血液型の部分が削除されてしまうのでしょうか?

 さて、放送用ビデオの収録日は、1か月ぐらい前が普通でしょうから6月8日頃になります。ただ、その前に放送用原稿(シナリオ)を作らないといけないので、実際には5月中に内容が確定していないと厳しいでしょう。
 テキストの発行日は2004年3月20日ですから、校了は2月ぐらいだろうと推測できます。もっとも、心理学は人気があるはずですから、印刷部数が一般のテキストよりかなり多いとすれば、もう少し作業が早まるかもしれません。
 ということで、2月から5月頃に何らかの「事件」が起きた可能性も考えられなくはありません。

 でも、2月から5月の出来事としては、4月4日の「あるある大事典2」や、このホームページを更新したのに気が付いたぐらいで、それが影響しているとも思えませんしねぇ(笑)。本当の理由は不明のままです。

 いろいろ推測してみたのですが、

 1.血液型の話題が以前ほど一般に取り上げられなくなったので、わざわさ説明(否定)する必要がない。
 2.血液型と性格は、以前と違って(?)明確に(心理学で?)否定されたので、わざわざ説明(否定)する必要がない。

 というようなことは、最近のテレビ番組を見ればわかるとおり、まずあり得ないので(笑)、それなら(放送大学の?)心理学者の多くが、

 3.テキストの内容には問題があると認めた(?)

 の方がまだ可能性としては高そうです。

 いずれにしても、(本当の理由は不明ですが…)放送大学では2000年度(平成12年度)から比べると、血液型を否定的なトピックとして取り上げる優先度が極端に下がった、ということは確実に言えるようです。

 なお、この女性助教授が担当の3回の放送(第13回が7月1日、第14回が7月8日、第15回が7月15日)で引用文献がどう説明されているかをチェックしてみたところ、血液型以外は何らかの形で内容に反映されていました。つまり、血液型は割と例外的なケースであるようです。テキストに全く書いてないことを説明したりしている(YG性格検査のA''型など)ケースもあり、時間制限が厳しいからとは必ずしも言えないようです。

 ちょっと気になったので、そのうち問い合わせてみようと思います。  --- H16.7.17

放送大学「心理学史(’05)」第14回の内容

 シラバスからの引用です。

#14 (H17.7.9放送) 佐藤達哉さん 日本の心理学の境界設定
血液型と性格、念写・透視、心霊現象、妖怪、超感覚現象などにチャレンジした心理学者たちを追う。彼らは何を目指しどのような研究を行ったのか。そしてその帰結はどうであったのか。井上円了、古川竹二、福来友吉の経歴と考え方を扱う。クレッチマー、ジェームズなどの当時の世界の心理学者についても検討する。

 血液型と性格については、一番最後の8分程度でかなり短めだと感じました。ですので、「血液型と性格」の内容は特に目新しい内容はありませんでした。なお、「血液型と性格」については、佐藤達哉さんの説明もコメントもなく(なぜ?)、溝口元さんがすべてを説明していました。

 この番組によると、「血液型と性格」は、やはり戦前の心理学会では否定されたのではなく、法医学界によって否定されたようです。従って、「戦前の心理学会で否定された」というのは明らかに間違い(?)と言うことになるようですが…。

 詳しくはこちらをどうぞ。  --- H16.8.7


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最終更新日:平成16年8月7日