長編連載ファンタジー
 イルファーラン物語・番外編 

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<『幕間まくあい〜ユーリオンの手記〜』>
(第五章と終章の間に位置する『幕間』です。第五章読了後推奨)

!ご注意!
この番外編は、非常に残酷な内容を扱っています。
また、エロチックな要素は皆無ですが、性的な単語を含んでいます。
神話・伝説の類、民俗学や文化人類学等の本には普通にあるレベルと思いますし、
直接的な描写は一切無く、扇情的な書き方もしていませんが、苦手な方はご注意ください。
また、12歳未満の方は読まないで下さい。
(番外編ですので、読まなくても、本編に差し障りはありません)


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 先日――といっても、その後あわただしい日々を過ごしているうちに、気がつくともう二月以上も前の話になってしまっているが――、私、ユーリオンは、激務のあいまに何とか確保したささやかな冬至休みを利用して、かねてより見学したいと思っていたイニド湖畔エナ村の冬至の火祭りを見に行ってきた。念願かなって有名な野外聖劇も見ることができ、大変幸せな休暇であった。
 生命の女神の御子である少年英雄<ドラゴン退治のおさな子>がドラゴンを退治するというこの聖劇は、今でも南部を中心に全国各地の冬至祭で演じられているが、この村のものは、それらの中でも最も古い姿をそのまま今に伝えるもののひとつであると思われ、私は以前から、一度は実際に見てみたいものだと思い続けてきたのである。
 初級学校の子供たちが演じる素朴な舞台ではあるが、夜の広場で、ちらほらと小雪の舞う中、ずらりと灯された松明の揺れる火影に照らされて様式的なドラゴン退治が演じられる様は、何か不思議な夢の世界に迷い込んだのではないかと思わせるほど幻想的な眺めだった。
 そして私は、それを見ながら、ふと、アルファード君のことを想った。
 そう、アルファード君は、まさにこの、聖劇の<おさな子>の役割を正しく果たして去っていったのだ。
 聖劇のドラゴンは、日照りや洪水、疫病や戦乱などのあらゆる災厄の象徴であり、<おさな子>によるドラゴン退治には、それらを退け、新しい年の平和と豊饒を約束するという意味がある。彼とリーナ君は、一年がかりで大規模に祭りの聖劇を演じて、この国に平和と豊饒の日々をもたらしてくれたのだ。
 彼らの勝利によって、長らく世界を覆っていた暗い影は消え去った。我々の苦悩の日々は終わり、災厄の爪痕からの復興も、各地で順調に進みつつある。今、この国は、新しい春を間近に迎えて、新しい希望に沸き立っている。

 幸せな時は早く経つもので、アルファード君とリーナ君が『別の世界』へ帰っていったあの日から、まもなく半年が過ぎようとしている。私は今、古いイルゼール村での、短かったが楽しい滞在を思い出しながら、この灰色のイルベッザで、司祭の家で見つけて持ち出させてもらった膨大な古文書の整理と解読を進めている。<長老>としての激務をこなしながらのことで、思うように時間もとれないが、仕事を終えた夜更け、食事を取る間ももどかしく灯火のもとに資料を広げて夢中で読みふけるうちに、気がつけば空が白んでいた――、そんな夜明けは、数知れない。もう若からぬこの身に、そうした過労、不摂生がこたえないわけはないのだが、それでも私は、寸暇を惜しんで古文書に向き合わずにいられない。それほど興味深い、貴重な資料の宝庫なのだ。ああ、なんという幸せな苦行であろう。

 ところで、私は、この解読の過程で、驚くべき発見をした。
 実に途方もない話なのであるが、上古の司祭たちは、なんと、異世界から<マレビト>を召喚する秘法を代々伝えていたらしいのだ。彼らは、<マレビト>の訪れをただじっと待っていたわけではなく、毎年、秋分の祭りに召喚の秘儀を執り行って、自らの力でこの世に<マレビト>を招いていたのである。
 やがてその秘法は失われたが、その後も、その名残りで、秋分の頃に二つの世界を結ぶ通路が偶然に開かれて、この世に<マレビト>が紛れ込んでくることが、よくあるようになったらしい。あるいは逆に、もともと秋分の頃に二つの世界が近く接するために、<マレビト>を招く儀式が秋分の祭りに行われるようになったのかもしれない。

 彼らは、なぜ、なんのために<マレビト>を呼んだのか。
 たいへんショッキングなことに、それは、『殺すため』だったらしい。
 <マレビト>は、豊饒を祈る生贄として殺されるために召喚されたのだ。
 現在は簡略化されて二日間となっている秋分の祭りは、かつては、七日間通して行われた。祭りの初日に召喚された<マレビト>は、酒宴で歓待された後、彼らのために建てられた特別な仮り小屋に軟禁され、そこで、七日間、贅沢な食事や浄められた特別の衣服を与えられて何不自由なく世話される。それは、単に必要な時まで生かして閉じ込めておくというだけではなく、生贄になる準備として神聖な小屋に隔離して心身を浄めさせておくというような、潔斎の意味を持つ軟禁だったようだ。この軟禁の間中、<マレビト>は、恭しくかしづかれて盛大にもてなされ続けるのだが、その一方で、逃亡のおそれがある時は片足を折るというような残酷なこともされていたらしい。
 そして、七日目に、祭りのクライマックスとして、生贄の儀式が行われる。
 生贄の儀式といっても、それは今の私から見ての言葉で、当時の村人たちはこれを、生贄の儀式ではなく、『大地(=豊饒の女神エレオドリーナ)と<マレビト>との聖婚の儀式』として認識していたと思われる。この目的のために、<マレビト>として召喚されるのは必ず男性であったらしい。
 <マレビト>は、その年の儀式の場として占いで選ばれ、特別に浄められた神聖な麦畑(この時には麦はすでに刈り取られており、畑は鋤き起こされて、種まき前のまっさらな状態に整えられている)に引き出される。この時、<マレビト>のそれまでの態度によっては、ひどく暴れて周囲に怪我人を出すといった事故を防ぐため、事前にある種の薬物(おそらくは、今でも薄めたものが鎮静剤として用いられることがあるミレル草の毒)が与えられたらしい。
 そして、彼らは、畑の中央に仮設された、床のない、壁と屋根だけの簡単な板囲いの小屋の中で、生命の女神の代理としての女司祭――あるいは、司祭が高齢、幼齢、既婚などでその任に適さない時は、代わりに選ばれた村の乙女――と、儀礼として性交する。
 この、<マレビト>の相手役は、<神の花嫁>と呼ばれる。この呼び方から、村人たちが、<マレビト>を、固有の名を持つ神話の中の神々と同一視はしないながらも、漠然と、神、またはそれに準じるものとしてとらえていたことがわかる。
 ちなみに、この役目に選ばれることは、村の娘にとっては非常に名誉なことであり、その経歴に特別な輝きを添えて自分の値打ちを高めるものと思われていたらしい。それは、ひとつには、<マレビト>の花嫁役には、<マレビト>がなるべく快く自発的に儀式に協力する気になってくれるよう、村で一番美しい乙女を選ぶ――(古文書でこの下りを読んだ時、私は、村人たちのこの妙に現実味のある素朴な配慮に何かそこはかとないおかしみを感じ、事柄全体の悽惨さも忘れて失笑しまったものだが)――ことになっていたからである。いわばミス・コンテストで、この選考会は祭りの一大人気イベントだったようだ。
 そんなわけで、娘たちにとって、この役に選ばれるということは、即ちその年における村一番の美少女という栄冠を勝ち得ることでもあり、だからといってその後の任務を考えると現代の我々にはちょっと理解しがたいことであるが、村中の未婚で年頃の娘たちはみな、競ってこれに選ばれたがり、選考会は、候補者の親がワイロをばらまいただの応援合戦が喧嘩騒ぎに発展しただのといった事件まで起きるほどに過熱して、大変な盛り上がりを見せたものらしい。
 それにしても、気の毒な<マレビト>のほうは、そのような異常な状況の下では、いくら相手が村一番の美少女だからといっても、そう簡単に自発的に『儀式』に協力する気になったとは思えないのだが、私が思うに、この仮小屋の中での『儀式』は、実際には、ちゃんと首尾を遂げられない場合もままあったのではないだろうか。ことに、その<マレビト>がそれまでに攻撃的な傾向を示して薬物を与えられていた場合、もしもそれが私の推測通りミレルの弱毒であったなら、それを与えられたものは心身ともに活動が低下して種々の反応が鈍った弛緩状態になっていたはずで、そのような状態では、積極的に『儀式』に臨む気になど、なろうにもなりようがなかったのではないか。そして、もし<マレビト>がどうしても『儀式』に協力したい気分になってくれなかった場合、そのような事態は、どう考えても、か弱い上にその種の事柄には不慣れなはずの(建前上はそのはずでも、実際にはそうでもなかったものもいるかもしれないが……)乙女たちの手には余るものだったはずである。
 その場合、これは閉ざされた小屋の中での行事で誰も見てはいないのだから、時間を見計らって出てきた娘が『儀式は滞りなく済まされた』と言い張れば、それで通ってしまったのではないか。なにしろ、ここで<マレビト>が花嫁を拒絶して儀式が完遂できなかったなどとということは、村にとって由々しき事態であるだけでなく、花嫁役の娘にとってはいろいろな意味で非常に不名誉なことだったと思われるので、娘は、まず、それを認めなかったはずである。
 そうして<マレビト>たちは、娘と実際に交合を遂げても遂げなくても、それを済ませたものと見なされて、どっちみち殺されたのだろう。まことに気の毒な話である。

 さて、祭りで<神の花嫁>の役目をつつがなく果たした娘は、それから一年間は、実際には特別な役目はなく日常生活は普通に送るものの、宗教的な見地からは在家の巫女のようなものと見なされて純潔を要求され、結婚も許されない。が、次の秋分祭が来れば普通の娘に戻って、その後、多くは普通に嫁いで行く。そうした娘を妻にすることは、神聖な<神の花嫁>を下げ渡されることであるから、夫となる男にとって非常に名誉な、光栄なことだと思われ、娘は有利な縁談を選り取りみどり出来て、婚家ではひときわ有難がって迎えられ、普通以上に大切にされることができたらしい。
 ましてや、祭りでの<マレビト>との交わりでたまたま娘が身ごもれば(これは、実際には非常に稀なことだったらしく、その為もあって、私は、仮小屋での『儀式』が現実には完遂されないことが多かったのだろうと想像したわけだが)、その娘は更に特別な栄光に包まれ、一生尊ばれることになる。
 生まれた赤子は、女神が娘の身体に宿ってその胎《はら》を借りて生んだ<神の子>と見なされる。<神の花嫁>たちの一年間の結婚禁止期間は、実は、娘が妊娠していた場合にその父親を特定し、同時に、どこかの家の『嫁』や『娘』ではない、俗世の縁から解き放たれた巫女の立場のままで子を産ませるための方策だったのだろう。実際には生家でそれまでどおりの生活を送っているその娘も、<神の花嫁>であるその一年間は、建前上は『その家の娘』ではなく、どこの家にも所属せず誰にも従属しない、一種の客人と見なされるのだ。
 そのような特殊な立場の母親から生まれた赤子は、娘の生家に属するものとはならず、生まれてすぐに母親のもとから引き取られて村全体の養い子となり、身軽になった母親の方は、その後、本人が希望すればやはり普通に嫁いで行くのだが、女神に胎を貸すという栄誉に浴したものであり<神の子>の地上の母であるということで、その身には、生涯、特別な名誉がつきまとったという。
 そんなわけで、自分の娘にもそうした栄誉に預からせ、縁談に際しての値打ちを高めさせたいと願う親たちは非常に多かったので、『女神の代理は本来司祭の役割りである』というのはしだいに単なる建前になり、少なくともある時期からは、なるべく多くの娘に名誉を与えるべく、ほぼ毎回、村の娘たちの中から花嫁役を選ぶようになっていったらしい。

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この作品の著作権は著者冬木洋子(メールはこちらから)に帰属しています。
掲載サイト:カノープス通信
http://www17.plala.or.jp/canopustusin/index.htm


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