■ 2004年12月22日(水)晴、やや寒
栃木放送のインタビューをうけてしまった。ライブときいて、やや緊張気味であった
が、自分の気持ちを夢中で伝え、やりすごせた。「栃木の歌」完成、楽しみである、
鈴江アナウンサーに多謝。
千葉県のお客様より、写真付きクリスマスカードが届く。 うれしいではないか!
(しかも若き女性からなのである)
今月の営業も、残すところ3日、冬休み、しばらくは家の大掃除に追われる日が続く
にしても、久しぶりに、古いカメラなど、取り出して、好きな廃墟、廃屋の写真を
「撮りに行こう!」と心が軽くなる今日この頃なのである
■ 2004年12月21日(火)晴▲Top
クリスマスライブ無事終了、久しぶりにマウンテン・ミュージック、アイリッシュ、
ブルーグラスを堪能。アットホームな雰囲気のなかでの演奏、お客様も十分楽しまれ
た様子であった。これで、今年のイベントも全て消化しひとあんしん。先日来の薪作
り佳境に入る。音楽関係の皆様、ご来店いただいたお客様ともども感謝多。
■ 2004年12月5日(日)晴▲Top
朝より暖。訪れる人々、奇なる陽気故、半袖で庭先にて、食事と紅葉を味わう人、
多。
寒さにて、腰痛に苦しむサーヤ、今日は、元気に店内遊歩す。
釧路より、入荷せし鱈のメニューは好評。
24度とは!師走とは思えぬ陽気、フォンディユの売れ行き鈍。
■ 2004年11月23日(火)晴▲Top
今市在、S夫妻、猟で獲りたる鴨を持ち寄る。店、忙にて、閉店後解体、調理。暖炉
の火を見ながら皆で晩餐す。野鴨の風味、深し。晩秋の恵みに感謝多。
■ 2004年11月20日(土)晴▲Top
インディアンサマー(小春日和)となり、野田よりツーリングの輪工房一向8名、開店
草々到着す、旅程80キロと言う。終日来客絶えず盛。フォンディユ多し。クリスマス
タイブ予約始まる。
■ 2004年11月16日(火)晴▲Top
ハモンイベリコ順調、2本目、半ばを過ぎる。先日、黄色いモーガン來、足利よりと
訊く。佐野に一台、閑馬に一台、飛駒に一台、計4台。元来モーガンはロードスター
の化石的存在にて、このごろでは、車雑誌にも取り上げられないほどレアな存在なの
であるが、足利周辺に4台生息するを知り、生息密度の濃さに驚く
■ 2004年10月27日(水)晴▲Top
ハモンイベリコは残り3割となった。腿の真にさしかかり味、香りともその真髄をあ
らわにしている。正に絶品である。7割の内、2割近くは、切りながら自分で食べてし
まったのかも知れない。兎も角も、峠は越したのである。
十日ばかり前の、ことであった。うかつにも、チエンソーで、中指を、怪我してし
まった。ハンディーな電気チエンソーを、甘く見て、ちょっと油断。木の小枝を片手
に持ち、あいた手で、ソーを操っていたら、先日来の長雨に濡れた、枝の表面を、刃
がスリップして、皮のグローブを切り裂いて、少し深く、中指の横から爪に向けて、
新品の刃がはしった。不覚であった。幸い、家人の、素早い手当てにて、ことなきを
得、病院に行かず。
しかし、指先を使うパソコン入力には大変不便であった。此の頃よりは、何かとチエ
ンソーを使う作業が増える。不注意を戒める警告として、自戒す。
昨日、東京より「トリニティ」と云う、若い女性向季刊誌の取材あり。テーマは「仲
のよい夫婦、老後の生き方」で、「若い頃のお二人の写真もご用意してください!」
とのりクエストがあり、何十年ぶりかで、屋根裏に、埃を被っていた、アルバムを持
ち出してきて、適当な写真を探す。お蔭様で、我等夫婦のやや激動な人生を、しみじ
みと振り返る一時得。発売11月末と云う。どのようなページになるか楽しみなところ
である。
■ 2004年10月10日(日)曇天▲Top
台風一過の晴れ無し。ハモンイベリコの出足も順調。
このところ、天候不順にって雨の降る日には店を休んでしまった。すると、怠けぐせ
がついてずるずると、いってしまいそうな気もする。その怠惰な気持ちに喝を入れた
のはハモンイベリコである。重量は約9キロ、仕入れ値もそれなりに高い。風味豊か
に味わえるのは1ヶ月強、採算にのせるのは難しいのだが、そこを何とか努力して売
り切ってしまいたい。残ったら、自分の口に入るのでそれはそれで納得出来るのであ
るが、家人の気持ちはそうはいかない!互いの関係が難しくなる。ジュリア女にも叱
られそうである。したがってありったけの努力をして商売に励まなければならない状
況になってしまったのである。
「何でそんな思いまでしてやるのか?」と問われれば「ハモンイベリコの存在そのも
の、その香り豊かな味に魅せられて」と言うしかない。その肉片が口に入るたびに体
内に感激の波動おきる。私はそのような物をほかに知らないのである。
諸兄に三拝後、頓首す
■ 2004年9月11日(月)曇、涼▲Top
このところ天候定まらず、半袖が翌日は長袖に上着、その翌日はまた半袖に戻ると謂
うような不順な日々が続いている。生来寒がりで暑がりな私は、その時の気持ちが落
ち着く程の物を、羽織らないと、気がすまない。それでも、先週の台風一過後は、夕
暮れ時、店背後にある原っぱの真中に、ゆり椅子を持ち出して、暮れなずむ夕空に浮
かぶ雲の動きをしばらく見つめながら無常の時を過ごす。
■ 2004年8月16日(月)晴、涼▲Top
ようやくにして月の半ばを越す。草刈るは、朝の日課、薪作りにも手をつける。そろ
そろ、月末のジャズライブ天気も気になって来る。地元周辺神社「よしなに!」と願
い事を始める頃となる。平穏無事、神様に感謝多!
■ 2004年8月4日(木)晴▲Top
この頃は、昼食時の営業が一段落すると、店の建物蔭に椅子を持ち出し、読書をする
日が続く。南北に風が通り抜けすこぶる快である。どうかすると、二人とも寝入って
しまう。サーヤも地べたに腹を向けて寝ている。7日は立秋ときく。夕方の陽光は心
なしか秋を思わせる。朝夕は草刈、庭木の手入れですこぶる忙しいが兎も角も平穏に
時が過ぎて行く。
■ 2004年7月5日(月) 曇り▲Top
この土日、老妻、その友3人で無事乗り切り、安堵す。
今日、湿度、多なれど、涼風
あり、しばらくは庭手入れをし過ごす。昼、客様の応対後、午後は閑になるとおも
い、家人に店を任せ、電車に乗り、神楽坂に一人呑みに出掛ける。
薄暮、飯田橋下
車、毘沙門天、路地横にて目当ての店探し当て夕暮れの一時を過ごす。ほろ酔い機嫌
にて店を出て、夜風にさそわれ九段下まで歩。浅草に飯し帰宅深夜となる。
■ 2004年6月23日(水)晴▲Top
終日、草を刈る。
私は近頃、何か忘れ物をしたような気がしてしかたがない。いくら考えても思い出せ
ない。気になってしかたがない。しかし、思い出せない・・・・と思い悩んでいたの
である。今日、無心に草を刈っていて思い出したのである。
僕は、今まで「人生わず
か50年・・・」と云う言葉を信じて生きてきた。50歳で人生終了!死ぬものと信
じきっていたのである。したがって、自分の人生はそのように企画してきたつもりで
ある。しかし、気がついてみるとその歳は、とうに過ぎてしまい、還暦も過ごした。
予定外の人生である。僕は、変な癖があり、例えば、どこかの見知らぬ、未知のとこ
ろへでも、あらかじめの下調べもせずに、取りあえず出かけてしまう。
後、そこで、
気になることが目にとまると、少しずつ調べはじめ、兎も角も、自分の納得行くまで
調べて、その物の概念を把握するのである。50歳までの人生は概ねこのようにし
て、生きてきたつもりである。しかし、今居るところは、まったくの、予定外、言っ
てみれば「オマケ」である。しかし、いくら「オマケ」と言っても、せっかくの「オ
マケ」であるから、何時お迎えが来ても悔いのないように有意義に過ごそうと思う。
その為には、「どうしたらよいのか」と云う下調べの参考書を取り揃えて、取りあえ
ずのお勉強をせねばならない(備えあれば憂いなし)。かつまた、それにもとづく取
り敢えずの自分自身への「企画書」作りをするのを忘れていたのである。思い出そう
としていたのは、そのことであった。思い出すまでに10年の歳月が過ぎてしまっ
が、実は、僕の母はとうとう、癌にもならず現在87歳である、しかも、健在なので
ある。
もし、僕に母の遺伝子がそのまま、そっくり継続されるようなことがあったな
ら、ずいぶん長生きしてしまって、なんか、大変なことになりはしまいかと、心配な
のである。
やんぬるかな!
■ 2004年6月21日(月)台風接近のため蒸す▲Top
土曜日、親戚娘の結婚式、出席のため先週の土日を含め1週間休みをとる。式は軽井
沢の教会、披露宴は軽井沢倶楽部と云う洒落た場所で和やかに行われた。二人の馴れ
初めは酒にまつわる事から始まった由、参加せる大半の男女酒豪揃いであった。幸い
土日とも好天に恵まれ、久しぶりに清涼なる空気を堪能す。
■ 2004年6月13日(日)曇後晴涼▲Top
桑の実おびただしく落下す。この頃は、もっぱら樹木の刈り込みに始終。仕上がり半
ばであるが涼風が庭をなで心地よいことこのうえない。蛍をみながら鱧でも食べたい
季節になった。6月より「タウンわたらせ」くらしの随筆欄の執筆を引き受け掲載始
まる。テーマは得意分野の「隠遁生活のすすめ」となる。
■ 2004年6月6日(日)入梅す▲Top
ジュリア女「ピーカンナッツ入りケーキ」を作らんとして、ついては、その上にかけ
るソースにバーボンウヰスキーが必要となるという。
急いで地下の酒蔵におり、周囲
の棚、見渡せぞ、あいにくと、バーボンなく、棚の片隅にスコッチの古びた箱を見る
のみであった。
かれこれ、30年前、其の頃、中国、韓国との商売で香港、ソウルに足
繁く通い、国内で高価であったウヰスキーを毎度のごとく運んでいた、為替は日々に
円高傾向になり、輸入すればするほど確実に儲かり、不労所得的な収入の多い、した
がって、金銭感覚がやや麻痺していた時代であった。その片割れの一本である。
21年
ものビンテージとある。今に通算、約50年!古酒である。兎も角も、急ぎ厨房に持ち
寄り、ジュリア女にこれしかないがどう?と渡す。薄く黴のようなものが覆いし封を
切り、栓を抜くと、コルクはぼろぼろ、果たして中身は如何にと、グラスに注ぎ、
ジュリア女それを飲む。「ウゥーム!」「ナイスフレーバね!」美味なスコッチで
あった。
50年の時を、無事に乗り切り健在であった。
芳醇な香りを有し、ケーキも稀
なる逸品となる。
合衆国、元大統領レーガン氏死去を知る。彼、ベトナム戦争後の自
信をなくせし米国に「国、強くあれと!」鼓舞した人物である、彼の時代、私は、輸
入住宅を手掛け始めて、資材調達のためサンフランシスコによく出かけた。
為替は
230円台というドル高の時代であったが、建材は、日本のものと比較してもそのクオ
リティーが高いが故に、輸入する価値ありとして、輸入に踏み切った思い出がある。
今日は一人、僕の古きよき時代の思い出に心ゆくまで浸れた。
■ 2004年5月30日(日)晴▲Top
予報、曇後雨であるが晴れて夏の陽気となる。先日来、打診うけていた、英車ロー
バー愛好会、オフ会の駐車場整備のため早朝、草刈をする。外気温、上昇中なので食
事テーブルを、涼風に囲まれた木立の中に移動、万端準備す。
御一行11時15台、連ねて到着す。壮観であった。主催者氏、付近にあまり見かけぬ趣味の持ち主であ
る。真空管を自作すると言う。昂じて4月には本まで出版してしまった。
「情熱の真
空管アンプ」出版社: 日本実業出版社 ; ISBN:
4534037406 ; (2004/04/15) であ
る。順調に増刷続いている。趣味もここまで突き抜けていると感服するばかりであ
る。
さて、心待ちしていた、どんぐりの実で育つ豚の「ハモンイベリコ」がスペインより
届いた。生ハムにして15ヶ月熟成したものである。専用スタンドに骨付きの本体を
固定、十分に上皮を削ぎ落として、早速、薄くスライスした肉片を口に入れてみる
と、上品な香りが口腔に広がり幸せな気分になった。この瞬間、つくづく店を始めて
「よかった!」と思うのであが、ジュリア女、家人、スタッフは総反対である。
歩留まり悪く、原価率アップの要因となり、「儲からないからいくら美味しくても駄
目だ!」と彼等の弁である。しかし、私は、世の中、算盤だけではないと思う。
少しは心意気を発揮して自分で納得した世界を描いてもいいではないか。だが、若しも、
そんなことを正面きって抗弁しようものなら、何しろ敵はハイIQな連中だから機関銃
の弾のごとくにまたひとくさり日頃の文句が限りなく降り注ぎ、挙句の果てに吾が気
ままな生活における周辺のことにまで批判がおよび、敗北を帰する結果となるのは、
日を見るより明らか。
従って私は、下を向いて、無言でじっと堪えるのである。
我が方は、気分転換に葉巻でも吸わないと生きて行くことも出来ない、我人生は「辛い」の一語なのである。
■ 2004年5月23日(日)曇後雨▲Top
早朝草を刈る。外気温15度、終日肌寒い一日ながら、水曜日、地元テレビに紹介さ
れ、昼時より店内賑う。シュガーヒルバンドの練習もあり、午後の一時、心地よい音
楽ただよう。「別天地にいるようだ!」と誉める方多。有難きかな。新しいオリーブ
オイル届く。
■ 2004年5月16日(日)終日雨降る▲Top
窓よりながめる雨は緑を磨くように降る。終日、人絶ずして薄暮閉店。サーヤ昼寝を
しそこなう。
連休初めの恒例音楽イベント、昨、土曜のライブ、天候に恵まれ終了、今期、前半行
事を乗り切り胸のつかえ、とれるがごとく落着す。
この頃、執着するは、次なる料理の工夫のみ。家人、ジュリア女を交え3人、互いに
意見交換、最良なるフーズを模索する最中、Fine
Cooking最新号届き、暫時試作、試
食を繰り返す。マイクロビオテック傾向鋭。
輸入せしオリーブ油の通関、明日にて完了の報を得る。
最近「コールドマウンティン」を観る。物語の風景、衣装、音楽、スクリーンに映し
出されるもの、ことごとく我が心を魅了。
■ 2004年4月29日(月)晴▲Top
庭、若葉開き初夏の陽気映る。先週は強風荒れ模様であったが、連休中は好天との予報にて、2日のイベントをひかえる当店としては気になるところであったが予報を知り安心す。
家人、終日連休を向かえる準備にて追われる。私はやや風邪気味にて休む。
先週、所要のため東京へ出掛ける。用事を済ませて久しぶりに新橋で電車を降りて、薄暮、日比谷公園まで歩く。新生銀行20階ホールにて、知人の招待でディユーク大学の同窓会によばれ出席した。
眼窩、新宿都庁、議事堂、丸の内ビル群、まれに見る都会の風景を堪能した。
テレビにてよく見かける平沢氏も夫妻で同席、記念写真を撮る。平沢氏に眼鏡のフレームを今風のものに換えるよう進言する。
■ 2004年4月12日(月)暖▲Top
庭の桜雅。愛犬サーヤの傷口ようやくに癒え毎日元気に庭を歩き回っている。このと
ころ、好天続き庭に、終日人絶えず、有難きかぎりである。山すそより届く雉の声の
どかに庭内にひびく。
■ 2004年4月4日(日)終日春雨やまず冷▲Top
愛犬サーヤ、二日前に退院。その日は、先生より明るい声で「無事手術終わりました
!
からだのアチコチ斬った貼ったと、まるで、斬られ与三郎のようになってしまいま
したが、年よりも大分体が若くて元気ですよ!」「いつでもいいですから、都合のよ
いときにお迎えにいらっしゃい!」との事ゆえ、花の香ただよう夕暮れ時、家人と病
院にサーヤを引き取りに行く。
病室より現れたるサーヤ、あちこち体の毛を剃られ
て、傷口の縫い後も生々しい姿であったが、家人も私も、思わず「斬られ弥三」と言
われた事を思い出し噴出してしまった。
本人は面白くなさそうで、家人のもとににス
タスタ寄ってきて一本の前足をあげて家人の足に手をかけてひとくさり文句をいいた
げな様子をみせた。
夜になっても、このところ、入院中の気苦労の為か、寝息をうかがっても、いつもす
る、鼾が聞こえない。
兎も角も春の椿事、一件落着。
■ 2004年3月29日(月)晴、暖▲Top
うららかな春の日となる。この頃、午前中、サーヤ、庭の陽だまりに横たわり、のん
びりと日光浴を楽しむこと多し。
昼寝の時間も少なくなり戸外うろうろする姿を、店
の窓よりしばしば見かける。
そんな元気なサーヤであるが、聴覚はめっきり衰えてき
たとみえ、
例えば、私が庭に出てその姿を見ながら、名前を呼んでも、方向違いの彼方に顔を向
けるのである。何回か呼ぶうちにようやくこちらに気付き顔を向けるありさまであ
る。
今日、あらためて、体を調べていると「いぼ」のような物や脚の付け根には、しこり
のようなものが少し大きくなってきたのである。年はとっても、なにわともあれ当店
の看板娘、心配になり、行き付けのK病院に連れて行く。
先生曰く「サーヤちゃんも器量のよいのはおとろいていないわねェ〜」「でも、年を
とると色々出てくるから、気になるようなら手術をして治しましょう」ということに
なり、入院することになった。本人は帰りたいとしきりに鳴くのであるが、先生に宜
しくお願いをし、サーヤには、よく因果を言い含めて、一人病院をあとにした。
夜になり、家人は「ナニが居ないとさびしぃ〜」と言うこと頻りである。
■ 2004年3月21日(日))晴れ▲Top
中旬より寒暖差激しい早春つづくが、店には蓄えた薪が十分にあり、快適に過ごせる
こと有難し。雨降りて、地の青さ増し、林に野鳥の気配盛。
連休のイベント日程、5月2日(日)と決り、これより準備に取り掛かる予定。
本日は常連のお客様、新規の方々入り混じりほどほどの賑わいとな。皆様に感謝多。
■ 2004年2月29日(日))曇りて後、晴暖▲Top
金曜日、サンケイ栃木版紙上、当店紹介記事掲載あり。
この両日、県内各地より訪れる方多し。昨年の秋、読売新聞紙上、掲載時の経験を生
かし、家人及びジュリア女、早朝より準備怠りなく、開店後、厨房にて奮闘、対応順
当に推移いたし、混乱を避け得た。卓上より回収せし皿上ことごとく残物無く、家人
共々安堵す。記者殿に感謝多。
近頃、酒井順子著『観光の哀しみ』快読し、なお『負け犬の遠吠え』読書中。両書と
も、近来まれに見る美書。
著者の慧眼に感服、その文章たるや、かつての、岩野泡鳴に勝るとも劣らぬ闊達自
在、文明成熟過程の今様婦女子の生活つまびらかに描くさま、止まる所を知らず、読
書深更に及ぶ。
■ 2004年2月22日(日)晴、暖▲Top
寒村に東風あり暖。裏園の梅花一輪、ぽっちりひらき、陽気に誘われて、生後4ヶ月
の幼児から人生の大先輩90歳の婦人まで、ブロッサムの料理を楽しむ方々で、終日賑
わう。
庭に席する人、多。
備忘記
このところ、しばらく、狭き世界にとどまりて、閑静なる生活に始終せしが、先日、
久しぶりに驚愕するべき世界をのぞき、その妖気にあてられ、やや体調を損ねる。
春
の陽気や恐るべし・・・・・。
■ 2004年2月15日(日)晴、寒▲Top
今の時、世間にては「バブル以後、空前の好景気!」と若人に教えられるも、吾が棲
む世界には、その言葉、虚しくひびくのみ。
ブッブッと文句を云う老犬、老妻と手をたずさえて始めたるこの店も4年目となる。
いまだ、思想の芯たるもの揺れ動き定まらず、おのれの未熟なるを思い知り、愕然と
する。
幸いなるかな、本日、千客万来、皆様が話し相手になってくださり、楽しいひととき
を過ごす。感謝多。
■ 2004年2月8日(日)晴、寒▲Top
寒いためか、この頃、閑。ジュリアさんの裁縫はかどる。
先日来、早朝に起床、店にて朝食をとる。
日の光を浴びながらくつろぐ気分は格別である。昔より、「朝起きは三文の得」とあ
るがさもありなん。夜、月光凛々。店、閑々。気分沈沈。
■ 2004年1月31日(土)寒▲Top
本日で冬眠終了!
今年の冬休みは、潜水艦の航海にたとえてみるならば、航海途中、潜行して、機関停
止、その後、艦長の命令で、モップとバケツを持つて、あたふたと艦内を駆けずり回
り掃除、配線点検、次回海戦に備え機関の整備に時間をついやすのごとくであった。
明日よりいよいよ新年度の営業開始である。昨日心配していた風邪気味の喉も今日は
タバコの味がよくなったので、回復を確認!
それでは!全機関、エンジン始動、微速前進!方位****。と・・・・・・。こん
な気分で今年1年始まります!皆さんどうかヨロシク。(チョット違うような気もし
ますが、今ははあんまり深く考えないことにします、そろそろ寝る時間になってしま
いましたので)
■ 2004年1月26日(月)寒、晴▲Top
ようやく、厨房増設、店内リニューアルの工事完了。この期間、朝より晩まで一生懸
命ひたいに汗して働いた。吹き抜け天井のペンキも、自分で足場をかけて塗ってし
まった。つらつら、過去の人生を振り返ってみると、これほどまでに、働いたことは
記憶にない。
増設した赤外線グリラーもパワフルに稼動、昨日は完成を祝ってジュリアさん達とス
テーキを焼いてささやかな慰労会が出来た。
今日も開店に向けての準備をする予定である。
■ 2004年1月8日(木)風▲Top
年の暮れは、友人との忘年会を楽しみ、静かな元日を迎える。2日より、家内は、店
の厨房を改造することに専念している。カフェブロッサムのサービス向上の為に、
ハースグリラーの増設が発端であった。まず、スペース確保の為、店の運営に不必要
な物を廃棄。
これが、なかなか出来そうでいてうまくいかない。
二人で過去、何度も、挑戦したのであるが、店の奥や、棚の中から一つ荷物を取り出
したとして、内心はもはや使うことはないので破棄!と決心しても、過去、何十年か
の思い出が涌き出てきて、二人ともその内なんとかしよう!と、またもとのところ
に、それは、もどることになり、整理整頓は、その進展をみなかったのであります。
しかし、今回は、メンバーにジュリア女史が参加。我々が、およびもつかないよう
な、提案を、次々に出してくる。あの棚をこちらに、その家具(とてつもなく重いも
のばかり)をあちらにと、動かすことを想像するだけで億劫!、われ等の、脳細胞は
機能停止状態に陥り、全身より力が抜けていつたのである。
家内、私も「OK!ノープロブレム!でも今回はちょっとにしてロングホリデーをノン
ビリ楽しもう!」「動かすのはネクストタイムね!」とやんわりと、切り替えし、最
小限度に収めようと試みたのであるが、彼女は主張することを変えない。
最後には壁も自分で塗り替える!と言う方向に発展してしまった。
急遽、作戦タイムをとり、家内と二人でじっくりと話し合った結果
「若い彼女が一所懸命、店の為に提案するのであるから、ここは一つ彼女の思うとう
りに任せてみよう!」、
といくことになり(どう転んでもわれら夫婦だけでは発想すら出てこない)我々は彼
女の指揮のもとに行動することとなった。正月明け、早々に大工さんも入り、厨房の
壁の取り払い、棚の取り付け工事も終了、主要家具の移動も、昨日で、終了、どうや
ら、八合目あたりまで、やっとたどりついた。
こうなってみると、改善改良は部外者が介入して進めていかないと、その目的をとう
てい達成できるものではないとしみじみと思い至ったのであります。
今日、常套句のごとくになった「政治、及び機構改革」も同様で、だれか外部の者に
思い切ってやってもらったほうが、費用、時間の節約、ひいては明るい日本が早くに
訪れるのではないかと、なにか、深く考えされられる新年となった。
兎も角も、カフェブロッサムは、皆様へのサーヴィス向上をめざして、正月早々よ
り、ドラスティックな改造が始まったのであります。2月1日をご期待ください。
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