・SNSPDの極低雑音化
SNSPDは紫外~赤外域の広い波長域で単一光子検出が可能な超高感度広帯域光検出器です。図左のように波長1.5μmのレーザー光源から光ファイバを通じて極微弱光を入力した場合、 SNSPDは、レーザー光以外に外部の光源(太陽・蛍光灯)が放射する広帯域の光(図左橙色)が光ファイバの被覆を僅かに透過した極微弱光も検出し、これが雑音(暗計数)になります。 この雑音は、図中央のように波長1.5μmの光だけを透過する光フィルタを導入し、外部光源からの広帯域光を阻止することにより削減できますが、 光フィルタ自身が放射する室温の黒体輻射(図中央黄緑)が新たな雑音源となります。当研究室では、光フィルタを冷却して光フィルタから放射される黒体輻射を抑制することによって、 SNSPDの暗計数率を1/10000以下と大幅に削減することに初めて成功しました(図右)。 さらに、開発した極低暗計数SNSPDを用いて、当時世界最長となる340kmの量子暗号通信を実現しています。[4]・二ホウ化マグネシウム(MgB2)を用いたSNSPD開発
SNSPDでは通常、Tc=16Kの窒化ニオブ(NbN)やTc=5Kのタングステンシリサイド(WSi)が超伝導材料として用いられており、動作温度は3K以下です。 当研究室ではTc=39Kの二ホウ化マグネシウム(MgB2)を用いて、11Kで動作可能なMgB2-SNSPDの開発に初めて成功しました。 作製したデバイスのナノ細線SEM像(線幅76nm)を図左に、またMgB2薄膜成長用のMBE装置概略図および写真を図中央に示します。 一方、開発したMgB2-SNSPDはNbN-SNSPDより検出効率が低いという課題があり(図右)、更なる研究が必要です。[5]・窒化モリブデン(MoN)を用いたSNSPD開発
当研究室では、窒化モリブデン(MoN)を用いたSNSPDを開発しました。MoNはNbNよりTcは若干低いですが、電子ー格子緩和時間が長く検出効率の向上が期待できます。 MoNナノ細線を金ミラーと反射防止膜で挟んだ構造を仮定してFDTD法を用いて吸収率をシミュレーションした結果、 図左のように80%を超える吸収率が可能であることが判りました。 最適化設計に基づいて作製したデバイスの顕微鏡・SEM像(サイズ15μm角、線幅100nm)を図中央に、検出効率のバイアス電流依存性を図右に示します。 広いバイアス電流範囲において検出効率が飽和しており、MoNはSNSPDの材料として有望であることが判りました。[6]・Si導波路結合型SNSPD開発
SNSPDを光量子コンピュータなどの光量子情報処理に応用する場合、半導体の集積回路と同様な光集積回路の一部品として利用可能な、光導波路上に作製したSNSPDが必要となります。 当研究室ではNTT研究所で作製したSi導波路結合型SNSPDの特性を評価しました。作製したデバイスの模式図を図左に示します。 結合損失が低温(3K)において1.9dBと低いため、オンチップ検出効率94%、システム検出効率40%と従来より大幅な検出効率向上を達成しました(図中央)。 さらに、図右のように冷却したアレイ導波路回折格子(AWG)を導入することにより、暗計数率を2桁削減しました。[7]・μm幅細線を用いたSNSPD開発
SNSPDでは通常、線幅100nm程度の超伝導ナノ細線を用いますが、最近、対破壊電流密度(理論値)に近いIcを有する超伝導細線は、 線幅がμmの場合でも単一光子検出可能であるという報告がありました。 当研究室では図左の様に幅1μm、長さ40μmのNbTiN単一細線を作製し、負荷抵抗(Rsh)を変えた時の特性を評価しました。 その結果、確かにμm幅細線でも単一光子検出可能であること、Rshを小さくするとIcおよびシステム検出効率は増加するが(図中央)、 一方、時間ジッタも増加する(図右)ことが判りました。 実用性を高めるためには、単一線ではなくメアンダ形状のμm幅SNSPDが必要です。[8]・銅酸化物超伝導体を用いたSNSPD開発
銅酸化物超伝導体は、最高135Kの高いTcを有する超伝導材料で高温超伝導体と呼ばれます。銅酸化物超伝導体を用いたSNSPDは、 高温動作・高速動作が期待されていますが未だ実現していません。 当研究室では、格子歪のため図左のようにTc=42Kに向上したLa1.85Sr0.15CuO4極薄膜を用いて、 幅100nm、厚さ5nm、長さ10μmのナノ細線を作製し(図中央)、特性を評価しました。 ナノ細線の電流電圧特性および光応答を図右に示します。IV特性では、Icにおける明確な電圧の飛び、およびヒステリシスが観測され、劣化の少ない良好な細線であることが判りました。 バイアスを印可すると光パルスに対応した電圧パルスが30Kまで観測できました。一方、光強度が-15dBm以下では電圧パルスが観測できず、単一光子検出には至りませんでした。 単一光子検出には更なる研究が必要です。[9]・偏光無依存型SNSPD開発
SNSPDはナノ細線が平行に並んだメアンダ形状であるため、光の電場ベクトルEがナノ細線と平行の場合は大きな光吸収率が得られますが、Eがナノ細線と垂直の場合は光吸収率は小さくなります(図左)。 このため、SNSPDの検出効率には偏光依存性が生じますが、光ファイバ伝送では偏光無依存型の光デバイスが必要であり、偏光依存性を解消する様々な手法が提案されています。 当研究室では、偏光依存性を解消するため、2枚のメアンダ形状SNSPDがナノ細線が互いに垂直になるように重なり合った構造(図中央)を初めて提案・作製しました。 作製した2枚重ねSNSPDの偏光依存性を図右に示します。偏光子を回転して電場Eの向きを変えると上部(upper)SNSPDの検出数と下部(lower)SNSPDの検出数が振動しますが、 合計すると偏光依存性が消失して一定値(total)になり(偏光依存度C=0.0006)、偏光無依存型SNSPDが実現できました。[10][1] G.N. Gol'tsman et al.,"Picosecond superconducting single-photon optical detector," Appl. Phys. Lett.79, 705 (2001).
[2] I. E. Zadeh et al.,"Superconducting nanowire single-photon detectors: A perspective on evolution, state-of-the-art, future developments,
and applications," Appl. Phys. Lett.118, 190502 (2021). (ダウンロード可)
I. Holzman and Y. Ivry,"Superconducting Nanowires for Single-Photon Detection: Progress, Challenges, and Opportunities,"
Adv. Quantum Technol.2, 1800058 (2019).
[4] H. Shibata et al.,"SNSPD with ultimate low system dark count rate using various cold filters,"
IEEE Trans. Appl. Supercond. 27, 2200504 (2017)
柴田浩行他、「冷却フィルタを用いた超伝導単一光子検出器の性能指数向上及び長距離量子暗号通信への応用」
電子情報通信学会論文誌C, J99-C. 51 (2016).
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H. Shibata et al.,"Ultimate low system dark-count rate for superconducting nanowire single-photon detector,"
Optics Letters 40, 3428 (2015). (ダウンロード可)
「量子暗号最長記録更新。340km鍵配送実験に成功。検出器高性能化、雑音100分の1」日刊工業新聞、2015年5月19日付.
H. Shibata et al.,"Quantum key distribution over a 72 dB channel loss using ultralow dark count superconducting single-photon detectors,"
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H. Shibata et al.,"Superconducting nanowire single-photon detector with ultralow dark count rate using cold optical filters,"
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[5] H. Shibata,"Review of Superconducting Nanostrip Photon Detectors using Various Superconductors,"
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[6] M. Nishikawa(2022M2卒) et al.,"Fabrication of Superconducting Nanowire Single-Photon detectors using MoN," IEEE Trans. Appl. Supercond.32, 2200104 (2022)
[7] K. Ono(2021M2卒) et al.,"Si waveguide-integrated superconducting nanowire single photon detectors with arrayed waveguide grating,"
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H. Shibata et al,"Waveguide-integrated SNSPD with sopt-size converter on Si photonics platform,"
Supercond. Sci. Technol. 32, 034001 (2019)
[8] 小野亨太朗(2021M2卒)他、「ミクロンスケールのNbNブリッジによる単一光子検出の可能性」第54回応用物理学会北海道支部学術講演会、B-12 (2019).
[9] H. Shibata et al,"Photoresponse of La1.85Sr0.15CuO4 nanostrip," Supercond. Sci. Technol. 30, 074001 (2017)
[10] ナデージ・カイナ(研修生)他、「偏光無依存型NbN単一光子検出器の作製」電子情報通信学会 信学技報、SCE2010-36 (2011).
H. Shibata et al,"NbN superconducting single-photon detector with bilayer structure,"
Physics Procedia 36, 324 (2012).(ダウンロード可)