設楽原をまもる会
調査|研究

戦国の分岐を演じた古戦場   
砲の戦いを演じた古戦場・・・設楽原


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古地図

設楽原 文献を視る会

長篠・設楽原の戦いに関する文献を視 伝承を語り現地を歩き 確かな史実を探る

会員 趣旨に賛同する方 入会は随時
会費 年間500円(資料代)
       まもる会個人会員は無料     
場所 新城市歴史資料館
日時 原則 毎月第3金曜日 午後1時30分~3時

 教材 「信長公記」 「松平記」 
  「当代記」「設楽原戦場考」など

 
 古文書
 

論考編・・・設楽原をまもる会

 私たちの会は、基本活動の一つとして、ささやかだが、地元の利を活かして、設楽原の史跡研究を行っている。
 形式的には、会として共同ですすめるものと、個々の会員の活動としてすすめるものとになるが、それらのいくつかを、このコーナーで順次紹介していくことにしたい。
 会としての情報提供であると同時に、各位のご意見をいただき、参考にするためである。

論考 1 戦国の設楽原へ・・・七つの入り口
論考 2 設楽原の鉛玉とその周辺
論考 3 設楽原の火縄銃はどこから?


各論考のアーカイブほ、以下のリンクからダウンロードしてください

 DPFマーク戦国の設楽原へ
 DPFマーク設楽原の鉛玉とその周辺へ
 DPFマーク設楽原の火縄銃はどこからへ

馬防柵再現風景
作業風景1
 作業風景2  
 作業風景3  

「馬防柵再現」 その1

 ・再現の手順
 設楽原に再現されている馬防柵を、地元の古い文献『長篠日記』が次のように記している。
  ・陣取ノ前ニ柵を二重ニ付ル、川路連五ノ橋ヨリ浜田ト云所マデ、樋橋ヨジ大宮辺マデ付タリ。
  信長の記録『信長公記』も、「馬の突進を防ぐため」と記しているが、どんな形で?構築の材料は?
  など、実際には謎が多い。

   今、連吾川右岸の弾正山沿いに、私たち[設楽原をまもる会]がその一部を再現しているが、手間
  も課題も多い。材料調達から建設・維持
管理まですべて自前で、手順はおおよそ次のようである。
  ①用材の切り出し
    近隣の山からヒノキ材を間伐して、それにあてる。径は十㌢以下の細い材であるが、活動を続けてい
    くと、適当な材が近くには求
め難くなっている。
  ②切り出した材を長さ4 mほどにそろえ、表皮を剥いで、磨き丸太風にして防腐剤を塗る。
  ③現地でこれらの用材を柵にくみたてる。組み立てはすべて「しばる」方法で固定する。釘やボルトを使わ
   ないのは、小さなこだわりである。
全長が百mほどなので、ここ数年は全体の五分の一ずつ立て替えて
   い
る。5年で全体が改築されるわけだが、風雨に曝されたなかではヒノキ材の寿命である。時期は、伐
   採と表皮矧ぎはは秋の終わりで、組み立ては真冬に行う。

  
 
 
 かるた看板
 長篠・設楽原の戦い」の学習を通して学んだこと
                                 東郷東小学校

 愛知県では、「命の大切さ」や「生きることの意味」を我々大人たちが問い直し、次代を担う子どもたちに語り継いでいくため、「命の大切さ、生きることの意味を考える」をテーマに取り組んできた。
平成18年「命を大切にする教育」に関する事例集(愛知県教育委員会編)より、東郷東小学校の事例を紹介します。


LinkIcon「長篠・設楽原の戦い」の学習を通して
 

ひもとロープの結び方研修

 いつ、誰が結びを発明したのかは大きな謎です。
 わたしたちの祖先が発明した伝統的な結びを、現代でも使える
ことは楽しみでもあります。“結びの神”や“縁結び”などといわれ
るように、結ぶということには、霊的なパワーがそこに生まれると
いう意味もあります。
 馬防柵の改築などでは、垣根結びに難渋していますが、今度こそ
マスターするチャンスです。

会報特別号 平成21年4月29日より

 垣根結び
会報 
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