架空架空鉄道作者・ノザキ電鉄・架鉄は人と成長する:後日清書平右衛門物語
さて、前段で親友だった筈のコバシゲに意中の人であった神尾ちどりを見事に寝取られ(寝ちゃいないだろうが)すっかりコバシゲと袂を分かったノザキ君であるが、その後の彼の創作物はどうなっていたであろうか?
1980年4月。クラス替えの結果運悪くコバシゲと同じクラス(神尾もだ)になっちまった独身のノザキ君。彼の架空鉄道はその時点でこうなっている。
駅名に注意して見て欲しい。見事に「神尾ちどり」関連の駅名が消去されている。余程余裕が無くなってしまったのだろう、かつてフェリーの乗り換えで賑わった筈の「神尾桟橋」はただの「桟橋」に。国鉄との乗換でそれなりに重要な駅である「神尾」は何と「乗換駅」になっている。団地があったのだろう「ちどり中央」や「ちどり台」に至っては「N-1」「N-2」駅と改変されている。恰も社会主義国で指導者が死去した後のような徹底した地名改変振りではないか。
一方で恋敵(足袋屋の看板ってヤツで片っ方だけデキていたとしても恋は恋だ)である所のコバシゲに対しても、彼は容赦のない鉄拳を下している。元々ノザキ電鉄は彼の親友コバシゲが始めた「小林鉄道」が野崎中央まで線路を伸ばしたのが縁起である。形而上であれ形而下であれ、そのコバシゲをパージするのであれば、当然支線の小林線は全廃しなければ落とし前にならないであろう。しかし彼の架空鉄道の見せ所は、中心駅野崎中央駅において同格の本線が3方向に分岐する事だ。それしかない。だからコバシゲが憎くても小林線を廃止する事は出来なかった。そこで「新小林」の一つ手前「柳土手」と言う、本当にどうでも良いにも程がある駅が終点となった。支線名も「柳土手線」と言う完全にどうでも良いにも程がある路線名を冠されている。―俺にノザキ君を嗤う資格があるか? いやない。
ではその可哀そうな、そう言って悪ければ気の毒なノザキ君は、その後どうしたであろうか? 膝を抱えて塞ぎ込んでしまったであろうか? 不登校にでもなってしまったであろうか?
そうではなかった。捨てる貧乏神あれば拾う貧乏神あり、と言うヤツで、彼が落ち込んでいた期間は幸いにも極く短い物であった。その頃ノザキ君は別のクラスになった浦田君(彼の名は浦竹線に残っている)と何時もつるんで帰っていた。それはその年の5月末のある日である。
「でさあ浦田あ、本当スゲエんだぜ、ステーキの上に目玉焼きが乗ってるんだぜ」
「あそう、まあ浦田家では普通だけどね」
等とやり合いながら下校していると、急に一年生の女子がノザキ君の前に行進して来た。
大きな瞳、三つ編みにして鉢巻のように頭に巻き付けられた亜麻色がかった長く太い髪、細いが高く均整の取れた鼻梁、強靭な意志と情け容赦無い何かを感じさせる硬く締まった口元、全身摘まむ所など何処にもなさそうな細く締まった体。そして彼女は真っすぐノザキ君を見上げると大音声を発した。
「二年生殿! 失礼しますっ! 自分は一年B組、
扶枝リーザでありますっ! 陸上部に所属しておりますっ! ノザキ二年生殿! 今後は扶枝をよろしくお引き回しあられたくありますっ!」
彼女はそれだけ言うと腰を30度に折り曲げるプロイセン式最敬礼をして、さっさと向こうへ行進して行ってしまった。二人はあっけに取られていたが、これが謎のプロイセン軍国少女、幼少の頃から祖父、パウル・フリードリッヒ・フォン・ザンカーハウゼンの薫陶を受け、事あるごとにクラウゼヴィッツを引用せずにはおかない扶枝リーザの告白なのであった。
ノザキ君は嬉しかった、と同時に少し考え込んでしまった。どうして僕が? と言う疑問もあったであろうが、それ以上に陸上と言う割と激しい運動部で頑張っている彼女に対し、軟式テニス部のほぼ柳の下部員となっていたノザキ君は大いなる引け目を感じ取っていたのだ。このままでは位負けしてしまう。扶枝さんのような美少女に告白された以上、彼女より速く走り、彼女より遠くへ跳び、彼女より重いバーベルを持ち上げて「フンッ」と言わなければ馬鹿にされてしまうあらどうしよう。
童貞の気遣いは被害妄想、と言う金言がある。彼のその頃の精神模様は正にそれだった。用も無いのに校庭で走り込みをして足を攣り、自宅の庭で三段跳びの練習をして背骨を傷め、漫画雑誌の背表紙の通販に出ていた筋肉増強剤を買おうとして豚の貯金箱を割ってみたりした。その全ての行動は被害妄想に起因する。
当然の事ながらその筋肉ハッピーな時期のノザキ電鉄の路線図はこうなっている。
実際に扶枝がノザキ君に求めていた物は何であったのだろうか? それは彼女自身に聞かないと分からない事であるが、父性的な優しさであったり許容の精神であったり或いは明朗な物腰であったのかも知れない。しかしノザキ君はそこを勘違いしていた。勘違いしたまま扶枝を凌ぐ為の努力を日々続け、彼女と一緒に帰ったり昼休みに何か話したりする事は殆ど無かったようである。それは全くの所、リーザの求める所ではなかった。
嗚呼、哀れなるかなノザキ君、己の不明に気付かぬまま、言い寄って来たるクオーターの美少女をば、むざと親友浦田君にかすめ取られる仕儀とは相成ったのであります。
そうなのだ、扶枝リーザの告白現場に居合わせた貴族気取りの浦田君が、このチャンスを放って置く筈がないのだ。
かくすれば かくなるものと 知りながら 止むに止まれぬ 大和魂
さて、そろそろ種明かしをしておこう。
この架空鉄道の路線図は大雑把に十字を描いている。中央の縦線はその時々の彼女にバイアスが掛かっている。左右に伸びる線は親友のバイアスだ。中央にいる野崎中央駅、それは彼、ノザキ君自身を示している。今後彼が成長するに従って、この路線図は変遷を重ねる事だろう。父との対立から「大和電装前」駅が消えて無くなるかも知れない。始発駅が3つも4つも増える時があるかも知れない。そしてある日を境に「始発駅が無くなっている」事だってあるかも知れない。人間関係の変転によって途中の「どうでも良い駅」が増えたり減ったりするであろうし、それによって左右に伸びる支線が名前を変え、経由地を変えて行くに違いない。しかし中心駅で分岐する三本の同格の路線と言う設定だけは、恐らく崩れないだろう。何故ならば、それこそがノザキ君の架空鉄道だからだ。
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