・映画「千と千尋の神隠し」 (2016年10月10日)
「千と千尋の神隠し」について考えていることですが、物語の場面ごとに様々な意味が圧縮されているようで、色々な読み取り方ができると思われます。
「オクサレさま」の場面を神話的に見ますと、オクサレさまのけがれと傷が千尋のがんばりもあっていやされたその時、千尋は清らかな水にくるまれ、翁のような仮面と対面します。
水にくるまれた状態は水界であり、死者の領域にも通じると言われており、翁とは八百万の神様の根源的な存在の象徴でもあり、全ての生き物に宿る仏性にも通じるとされています。
ですので千尋は通常では断絶されている生と死をはじめとする様々な矛盾するもののしきいを越えて媒介する存在となることで魔法を無力化する根源的な存在に触れたと見ることができるかもしれません。そのことの象徴が翁の仮面からプレゼントされた魔力を解くニガダンゴです。
湯婆婆にかけられた魔法を解くきっかけとなった千尋が魔力に冒され大ケガをしたハクを助け出そうとする場面は、ゲド戦記でゲドが向き直り、影に立ち向かっていくプロセスと通じるものがあります。
誰もが恐れて近付こうとしない魔法の中枢=湯婆婆のところへ駆け出す千尋は気高く美しいです。その道は危険きわまりないものですが、それにより千尋は湯婆婆の魔法と同じ力をもつ銭婆と出会い、湯婆婆の弱点でもある坊を味方につけることになります。それらがかけられた魔法を解くために欠せない力となります。
千尋を突き動かしたのはハクへの愛でした。千尋=良心は人を愛することによって、魔法=カルト的な思考の支配力の中にあっても動き出すことができると言えるかもしれません。
そして良心の声に耳を傾けるほど、カルトの支配力に対して向き直り、カルトのカラクリ、おかしさ、そして自分自身の罪とけがれに気付きはじめます。ですがそのプロセスは自業自得とは言え大変危険で苦しいものです。物語で銭婆がそれとなく千尋を導いたように、カルトから脱却するには支えて下さる方々のお力が欠かせません。
「竜はみんなやさしいよ やさしくて愚かだ 魔法の力を手に入れようとして妹の弟子になるなんてね
この若者は慾深の妹の言いなりだ」
銭婆のことばは胸に突き刺さります。まるで教団の信者の実態を言いあてているかのようです。
物語ではニガダンゴによって一命をとりとめたハクの口から妙な虫が出てきて千尋が踏みつぶします。
この虫は湯婆婆がハクをあやつるために腹を忍び込ませたもので、麻原の教えのカラクリにも通じます。
魔法の力=ヨーガによる超能力、解脱や悟りを得ようとして信者は弟子となっていきました。ところが麻原はヨーガの技術を悪用して信者の人格を解体し、神秘体験をさせ真実であると妄信させつつ、手足として動く人格を信者に刷り込みました。
信者は大半がやさしい人達でした。覚醒して社会をよくしたいと願っていました。ですがそのやさしさは、千尋のように矛盾するものをつないでいく本物ではなく、未熟で愚かなものでした。
物語のカオナシは単純に悪とは言えず、カオナシの助けがあって千尋はオクサレさまからニガダンゴを与えられ、カオナシが暴れたからこそ千尋は油屋を抜け出し、魔法を解く行動に入っていけたと見れます。そして千尋はカオナシを見捨てることなく、カオナシにふさわしい場所まで連れていきます。カオナシが千尋には心をひらいていくのは、千尋のもつ矛盾するものを媒介する働きにあると言えるのではないでしょうか?
「お前を助けてあげたいけどあたしにはどうすることもできないよ この世界の決まりだからね 両親のこともボーイフレンドの竜のことも 自分でやるしかない」
と銭婆は千尋に告げます。
この厳しさはカルトから脱却できるかどうかにも通じ、どれほど家族や友人が信者に働きかけられても、脱却に踏み出すかどうかは本人次第です。
それでも物語で銭婆が千尋に魔法を解くヒントを教え、お守りを与えたように、支えて下さる方々のサポ―トがあってこそ、信者は人としての心を取り戻し、カルトから脱却していくきっかけを得ることができると、自分自身の大罪と過ちから痛感しています。
千尋とは何者か?はっとする場面がありました。
千尋はハク竜にまたがって夜空を翔ながらかつてコハクがわでおぼれた幼児の自分がハク竜に助けられたことを思い出します。その時、コハクがわに千尋の片方のくつが置き残されます。まるでシンデレラの片方のくつのように。
こうして千尋は片方のくつがピタリと一致するように、ハクの名前を取り戻し、自分と両親にかけられた魔法を解き、失われた調和を取り戻します。
カルトからの脱却は物語の魔法を解くようには決してスムーズにいくものではないと身にしみています。
ですがどれほどカルト的な思考に支配されていようと、内なる千尋=良心はささやき続け、本物の愛に触れることで目覚めて動き出すことができると信じています。
2016年10月10日 井上嘉浩