・『影との戦い ゲド戦記』(4)(2016年8月22日)
ゲドはテレノン宮殿を必死に脱出して、ハヤブサに姿を変えてオジオンのところへ向かいます。ところがずっとハヤブサになっていたゲドは、「いつしか人間の見方、考え方を忘れて、ハヤブサ的なものの見方しかできなくなっていた」ため、自力では人間にもどれなくなってしまいます。
「このことも、われわれが日常に体験することである。何かの目的を達成するために、暫くの間は心ならずもやってみようと思って、何かをしているうちにそこから抜け出すことができなくなることは多い」と、河合氏はコメントされています。
カルトはこのような感覚を強烈にしたものであると自分の体験からも言えます。教団特有のものの見方しかできなくなってしまい、ますます自分自身を見失っていき、もはや自力では自分を取り戻すことができなくなってしまうのです。
オジオンの魔法によりようやく人間に戻ったゲドはオジオンに相談します。「言うのはつらい」と前置きしつつオジオンは、「向きなおるのじゃ」ときっぱり答えます。
「向きなおる?」と不意をつかれたようにゲドは問い直します。「そうじゃ。もしも、このまま、先へ先へと逃げて行けば、どこへいっても危険と災いがそなたを待ち受けておるじゃろう。(中略)今は、むこうがそなたの行く道を決めておる。だがな、これからはそなたが決めなくてはならぬ。そなたを追ってきたものを、今度はそなたが追跡するのじゃ」と、オジオンは語りかけます。
これまでずっと恐れたり、言い訳して、ごまかし影から逃げてきたゲドは即答できません。
そんなゲドにオジオンは、「だがな、一度はふり返り、向きなおって、源までさかのぼり、それを自分の中にとりこまなくては、人は自分の行きつくところを知ることはできんのじゃ。(中略)さぁ、きっぱりと向きなおって、その源と、その前にあるものを探すのじゃ」と、はげまします。
ゲドは部屋の中を行ったり来たりしながら、急にふり返り、「あなたこそ真にわたしの師と仰ぐ方です」と、オジオンにひざまずきます。これこそ本来の師と弟子の関係と言えるものでした。
麻原と信者との関係とはまるで逆で、教団内では出家者は自分の道を自分で決めることは決して許されず、影に追われるように指示されるままに、罪に罪を重ねていきました。
「ゲドは影を追うためのあてどない旅に出る。「追う」と言っても、どこに行けばよいのか明確にはわからないのだ。しかし、影のリアライゼーションの旅というものは、このようなものではなかろうか。大切なのはそれと正面から会おうとする根本的態度である」と、河合氏はコメントされています。
自分のまわりの環境に対しておかしいと思うことや、内面の矛盾や悩みに対して、逃げたり、ごまかしたり、流されるのではなく、「正面から会おうとする根本的態度」を持つことができるか否かが、カルトから脱却できるか否かの要でもあると、私自身の体験からも言えます。
「ゲドはさびしい冬の海にひとり立って恐れていたものと対面した」と語られているように、ゲドが影と向き合っていくプロセスはいたましく、苛酷です。
それでも不思議とゲドは手助けされ、友人と再会し、同行してくれることになります。
「影から逃げるのをやめて、逆に影を追い始めた時、相手に対するおれのそういう気構えの変化が当の相手に姿形を与えたんだと思う」と、ゲドは友人に自分と同じような姿でうろつきはじめた影について語ります。
大海原の直中で、ついにゲドは影と直面します。
影は父やライバル、にがい思い出の人物などに次々と姿を変えて、影に近付くゲドに近付いていきます。
「一瞬の後、太古の静寂を破って、ゲドが大声で、はっきりと影の名を語った。時を同じくして、影もまた唇も舌もないというのに、まったく同じ名を語った。
「ゲド!」
ふたつの声はひとつだった。
ゲドは杖をとりおとして、両手をさしのべ、自分に向かってのびてきた己の影を、その黒い分身をしかと抱きしめた。光と闇とは出会い、とけあって、ひとつになった」
ゲドの影との戦いには勝ちも負けもありませんでした。
「自分の死の影に自分の名を付し、己を全きものとしたのである」と語られています。
これには注意が必要だと考えています。
ユングは、「影はその主体が自分自身について認めることを拒否しているが、それでも常に、直接または間接に自分の上に押しつけられてくるすべてのこと―たとえば、性格の劣等な傾向やその他の両立しがたい傾向―を人格化したものである」と、述べておられるそうです。
ですので影と向き合うということは、見て見ぬふりをしてきた自分では認めたくない自分の本当の姿を自覚していくことだと言えるかもしれません。
それが、「自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない」と語られている意味だと考えています。
「ことばは沈黙に 光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの 虚空にこそ輝ける如くに」
ゲドが声高らかに歌うこの詩歌にゲドのメッセージが託されているかのようです。
2016年8月22日 井上嘉浩