国鉄(インチキ)列車名鑑-2(その3)



カハ83(大浴場車)1~5

ある意味この列車を特徴づける車両がこの大浴場車であろう。種車はオシ24である。

鉄道車両にタプンタプン波打つ大量の湯を載せて走らせる事自体狂気じみた発想であったが、当時民間電器会社が開発に成功した「自動循環式風呂給湯システム」の採用により、何時でも清潔な湯を供給する事が可能となった。殊に狭い列車内に設置する場合、そのメリットを余す所無く発揮出来た。
そうは言っても必要とされる湯の総量は膨大なものであり、床下に巨大な水タンクを備えている。自重が嵩んだ為、一般車両では珍しい「カ」級客車となっている。

揺れる列車内で安全に入浴させる為に、洗い場の床材はゴムを加工した難滑性素材を用いている。桐の手すりが至る所に設置されているのも同様に転倒を防ぐ目的であった。
走行中の動揺によって湯が無駄にこぼれる事を防ぐ為、浴槽の縁は洗い場の床レベルより30cm程高く取っている。
浴槽は男女とも同形で、ひょうたん茄子型をしている。これは浴槽を車体中心線上に持って来た方が安定性に勝るのであるが、湯に浸かりながら車窓を見たい乗客の為に、一部を窓側に迫出させているのである。

湯気の排気の為、男女別浴室の天井それぞれ三箇所に静音型ファンが設置されており、曇にくく加工を施された窓ガラスと相俟って入浴中に走行風景を楽しむ事が出来る様配慮されている。
特に東海道筋を走る場合は、リアルな富士を眺めながらの入浴となり、さぞかし楽しかった事であろう。その窓ガラスは当然ながらミラーグラスを採用している。
湯上りコーナーには2脚の安楽椅子と扇風機が備えてあり、更に寛ぐ場合は一つ後ろに連結されている厨房車のロビーで時間を過ごす事が出来る。

因みにこの列車浴場の肝になる自動循環式風呂給湯システムは、平成4年頃、病原菌が繁殖すると言う疑いが浮上した為、使用を中止したまま現在に至っている。

スシ82(展望・宴会場車)1~5
オハ82 50番代(ロビー・厨房車)51~55


スシ82はこの列車の目玉の一つである「展望式宴会場」車で、オハネ24形式から改造された。

広い宴会場には中央一列にテーブルが並び、乗客全員が一同に会する事が出来るだけの座が用意されていた。予備席が2席あるが、これは定員外の同伴児童等に用いられる。夕食時間には列車は運転停車しているので動揺は発生しないが、この頃から団体旅行でも子供向けメニューが充実し始めており、それへの対応ではないだろうか。
編成中、このスシ82と厨房車オハ82 50番代の間の貫通路は非常に広く取ってある。乗客の集合時の混乱を避ける為と、厨房車から上って来る料理を運ぶ際の便を考えての事であった。
第一エンド側には広めの式台が備えられ、座敷の周囲には桧張りの縁側が巡っている。室内は白木の板張で上品な豪華さを演出していた。照明は間接式+壁面の行灯型電灯であった。
第二エンド側に簡単な舞台とスクリーンがある。これは宴会に付き物のカラオケ等に使用される予定で設えたものだが、この当時から一般募集ツアーにおいて夕食時のカラオケは実施しない傾向が強まった為、後に折畳式の金屏風に取り替えられた。
舞台の両袖から入れる展望室は誰でも自由に利用出来た。座敷からは一段低くなっており、ソファーが四脚置いてあった。

夕食の献立は大抵の場合略式の懐石が供された。
15~18品目で、一品毎に厨房から運ばれて来る為、夕食時間帯は3人の仲居は無論の事、事務職や添乗員も駆り出され、行程中で最も忙しくなる時であった。

状況が許せば、板長が事前に運転予定線の途中の魚市場等に先回りして夕食材料の吟味をする。途中駅で運転停車中に厨房車へ幾つもの箱に詰められた食材を運び込む作業をするのであるが、当然事務員や添乗員も総出で手伝った。
何しろ贅沢は人手が掛かる物なのである。

配膳作業が最も厄介で、夕食時間の30分程前から夕食終了まで途中駅に臨時停車する決まりになっていた。一品毎に出して行く作業を運転中の動揺の中で行う事は事故の元になる上、折角の盛り付けが台無しになる事も考えられたからである。
盛り付けも料金の内であった。



「お座敷寝台列車・和」皐月のお品書き・平成3年5月(例)

一 食前酒  柚子酒
一 先 付  揚豆腐 花豆 鯛皮香味和え 菜花辛し和え 桜海老 白ダツ 根山葵
一 八 寸  鱧寿司 串物 牛ヒレ肉チーズ巻 醪胡瓜 焼海老 鮭竹皮包み 蛸木の芽和え 白魚白髪揚げ 茶巾寿司
一 椀 物  板目 葛打ち物 生姜根 椎茸の浅蒸し 木の芽
一 向 付  旬の海の幸各種
一 蓋 物  筍 イクラ 鮑 蕨 木の芽 柚子麩
一 酢 物  車海老 季節の貝 飯蛸 ミニトマト アスパラ 豆のドレッシング 麹酢
一 煮 物  姫鯛 牛蒡笹がき 菜の花玉〆 絹さや 桜麩
一 食 事  豆御飯
一 止 椀  独活 帆立 三つ葉
一 香の物  各種取合わせ
一 水菓子  季節の果物 柚子香パンナコッタ




その宴会場をサポートするのが、オシ24改造の厨房車、オハ82 50番代である。
狭い車内に合理的に配置された板場は常に神経質に清掃されている。一隅に小さな神棚が奉ってある。板長は大抵名旅館の板長クラスで、若い板前に的確に指示をしながら手際良く調理をして行く。
夕食が終了した後は翌日の朝食の下拵えを開始するが、これは大概夜中まで続く仕事であるのだ。

小さな庭園には、電気仕掛けながら鹿脅しが備えてあったのが印象的である。公共交通機関で許容される贅の限度を超えた存在であったからだ。それは無論悪い物ではない。走る温泉旅館、と言うコンセプトは既に度を越えた贅沢であったからだ。


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