数日後。放課後の隠れ家にて。
「……どうしたんスか、明原さん。俺、何か呼び出されるようなこと、しました?」
藤浦が、さっきからずっと怪訝そうな表情のまま、目の前で突っ立っている。
わからないのも無理はない。こいつが今回のことに関わったのは、最初だけだ。あとは俺が、自分の望む形で問題を処理してくれると思ってたんだろう。
その観点から見ると、格好悪いことにあっさり返り討ちに遭ったわけだが。それでも、十分すぎるほど俺は楽しませてもらった。むしろあいつらに感謝しているくらいだ。
そして、あいつらから見れば、事の発端は俺が変なちょっかいを出したことにある。だからその分、後始末もきっちりしなきゃいけないと思った。
俺は藤浦に向かってにやりと笑い、それから口を動かした。
「別に、何もやってないっちゃあ、やってないんだろうなあ。お前はよ」
「へ……? じゃあなんで呼んだんスか」
「ああ、すぐ済むから。あと、苦しい思いしたくなきゃ、腹に力入れとけ」
「え、ちょっと……なんで、ぐはっ!!」
戸惑いを大きくする藤浦にはかまわず、俺はその腹を思いっきり殴った。まだ怪我が治ってない自分の体にも響いて、思わずこっちも顔を歪めちまったが、それでもこのボディブローには価値があるはずだと強く思う。しかもそう思うせいか、今叩きつけた拳には、咲良との喧嘩の時にもありえなかったくらい、力が入っていた気がする。
相当まともに入ったようで、藤浦はがくりとその場にうずくまり、両手で腹を押さえて激しく咳き込んでいた。それを見下ろして、俺は言う。
「今日はこれくらいにしといてやるけどな、お前、今後少しでもあいつらに関わろうとしたら、そん時はこんなもんじゃ済まさねェからな?」
咳き込んでいる最中に言ったので、向こうがちゃんと聞いているかどうかはわからない。ただ、それは俺にとって1つの宣言だった。
あいつらが気兼ねなく好き合っていられるように、せめて俺は露払いでもしようかと思った。もともとあんまり表には出てこないようにしてるから、縁の下の力持ちみたいなことの1つをやってみるのも、悪くはない。荒々しい形ではあるが。
そのために、あの日、宮月とやるだけやって別れる直前、何かあったら力になるからと、連絡先を言っておいた。咲良との仲を応援する一方、それが俺が宮月に示せる数少ない好意だった。
そして今のこれは向こうから言われたわけじゃないが、そのための行動として記念すべき第一歩ってやつだ。
その第一歩で今日はもうやることはやったなと思い、うずくまって苦しむ藤浦を尻目に、俺は隠れ家を後にした。
咲良漂、宮月草那。
こいつらとのかかわりを境に、俺の過ごす日々にも変化があったようだ。
前は、日常がひどく空虚で、意味もなく生きているように俺には思えたが、今はそうでもない。
好きなやつらがいて、そいつらのために動いて日々を過ごすことも、悪くはないと思えるようになった。そういう思いが報われることは多分あまりないだろうが、俺自身はもったいないくらい楽しいから、それで構わない。
完全に日陰から支えようってんでもない。たまには顔を出して、咲良や宮月に軽口を叩いたりもする。他愛ない会話なんてくだらねえと今まで思ってたが、意外とそうでもないらしい。
ただそれだけのことが楽しいってな日々も、俺にとっては新鮮で、満たされることだった。
ならば、と俺は願いを込める。
そういう日々が今後しばらく、少しでも長く続きますようにと。
新しい日常を、楽しみ笑って過ごせますように。
そしてその新しい日常を、いつもの俺で歩いていけるように。
そのスタートは、今切られた。
あとは歩いていくだけだ。
それが最後、どういうことになるやら。
先のことはわからない。
だからこそ、今この瞬間を楽しめるように生きていこう。
そうやって、これからの日々は流れていく。
当分の間、そんな流れの中で俺は生きていくのだった。