1.不思議な旅人

(3)


 けれどやがて、その曲も終わりました。
 男の人は、どこへともなく笛を収め――子供たちはみんな、いきなり音楽が止んで茫然としていたので、この人が笛をしまうところを見損なってしまいました――、再び、雅やかな宮廷風のお辞儀をしてみせました。
 そんなふうに気取って堂々と振る舞うと、古風な衣装のその人は、道化などではなく、まるで、昔々の英雄物語の中から抜け出してきた典雅な宮廷楽士のように見えました。

 子供たちは、男の人を取り囲み、口々にせがみました。
「ねえ、もっと吹いてよ!」
「今度は別の曲を吹いて!」
「また、楽しい曲がいいな」
 けれど男の人は、にっと笑って、こう言いました。
「今日は、これでおしまい。だって、ほら、もう夕方だ。子供は、もう、おうちへ帰る時間だよ。黄昏時には、魔物が出るよ」

 言われて見れば、いつのまにかずいぶん時間が経って、たしかにもう、あたりはすっかり夕景色でした。
 でも、子供たちは、あきらめきれませんでした。
「嫌だよ、まだ、明るいよ! もっと笛を吹いて」
「だめだよ。秋の日は暮れやすい。今日はもう、おうちへお帰り。もっと聴きたければ、明日、また、吹いてあげよう」
「だって、明日、どこへ行けばおじさんに会えるの? また、ここへ来てくれるの?」
「いいや。君たちのほうで、私のところへ来るんだよ。私は森にいるから、明日、森へおいで」

「森へ?」
 子供たちは、びっくりして顔を見合わせました。
 村はずれからどこまでも広がる森は、子供だけで入っては絶対にいけないと固く戒められている、禁忌の領域です。子供たちはみな、親たちから、森には狼や人さらいが出るとか、子供を取って喰う魔女が住んでいるなどと常日頃から言われ続けて、さんざん脅しつけられているのです。
 けれど男の人は、子供たちの戸惑いにおかまいなく、なんとも気楽そうに言いました。
「ああ。森だ。私は、これからしばらく森で暮らすつもりだから、訪ねて来てくれれば、笛も吹いてあげるし、おもしろいお話も、たくさん聞かせてあげよう」

 お話と聞いたとたん、子供たちは、『森』という言葉を聞いた時に感じた危険信号などすっかり忘れて、たちまち目を輝かせました。
「おじさん、語り部なの?」と、子供たちは期待を込めて尋ねました。
 旅の語り部なら、何度か村に来たことがあります。時には、大きな農場などにひと冬逗留して、冬中かけて長い長い物語を語ってくれ、村中の人が、そこで働く人々と一緒に炉端の集いに招かれて、楽しい冬を過ごした年もありました。

 リドが、得意そうに叫びました。
「語り部だったら、うちにおいでよ! うちのお父さんは、きっと、おじさんを、ひと冬中ずっとでも泊めてくれるよ。おじさんは笛だってこんなに上手いんだもの、たっぷりもてなしてもらえるよ!」
 去年の冬には、リドのお父さんの農場に年取った語り部が滞在して、夜は大人たちのために古の英雄たちの叙事詩を語り、昼は子供たちを集めて、さまざまなおとぎ話を聞かせてくれたのでした。その楽しさは子供たちの記憶に新しく、もしかすると今年の冬もあんなふうに過ごせるのでは、と思った子供たちは、わくわくと男の人の返事を待ちました。

 けれど、男の人は言いました。
「いや、せっかくだけど、泊まるところは、もう、ちゃんと決まっているんだ。森の奥に古い猟師小屋があるだろう。私はそこに泊まるつもりなんだ」
 子供たちはびっくりして、目を丸くしました。

 古い猟師小屋のことは、子供たちも知っていました。
 昔、猟師が住んでいたというので今でも『猟師小屋』と呼ばれているその古い小屋は、今ではただ、森で急な荒天に見舞われたりした時のための臨時の避難小屋として残されています。昔は森が村のもっと近くまで迫っていたので、猟師小屋のあたりは普通の村人などとても近づけぬ森の奥だったけれど、森の周辺が切り拓かれるにつれて、小屋は昔より少しだけ森の縁に近くなり、最近では村の人も、茸採りや薪集めの時に、まれに足を伸ばして、その辺まで遠出することがあるようになりました。年に幾度か、木の実や薬草の季節には、村を挙げてのピクニックも兼ねた大掛かりな採集行も行われ、子供たちもそれに参加して、その小屋までなら行ったことがあったのです。

 けれど、その小屋より先には、普通の村人は、立ち入ってはいけないのでした。
 小屋の裏手に、<森の王>の小さな祠があって、そこより先は、人間の領分では、ないのです。

 そこまでの森は、子供だけで入らせないように子供たちはあれこれ脅してあっても、実際には多少なりとも人の手の入った、村の共有地の延長のような場所でした。
 けれど、そこより先は、<森の王>のしろしめす異界であり、立ち入っていいのは、樵や猟師、薬草採りの薬師など、一部の、特別な、異界に近しい人たちだけです。そういう人たちも、必ず<森の王>に祈りを捧げる特別の儀式を執り行って許しを乞うてからでなくては入れないのです。
 だから、村人たちは、遠征のついでに小屋の手入れをし、備蓄の保存食の点検や補充を済ませると、その日の収穫の一部を祠に供え、祈りを捧げて、そのまま村に引き返すのでした。
 <森の王>の祠は、異界との境界をなす境界標のようなものであり、そのかたわらに建つ古い無人の猟師小屋もまた、子供たちにとって、何か近寄り難い、異界のほとりの特別な場所のように感じられていました。
 また、昔、小屋に猟師が住んでいた頃、その娘が神隠しにあったという言い伝えもあって、それでよけいに、子供たちは、その小屋自体を、なんとなく恐れていました。
 神隠しにあった猟師小屋の娘は、何日かしてひょっこり帰ってきたけれど、後に結婚して子供を産んでから気が触れて、赤ん坊を抱いて裸足で森に駆け込んで行ったきり、今度は二度と帰ってこなかったといいます。

 内気なティートが、おずおずと尋ねました。
「ねえ。おじさんは、よそから来たのに、なんで猟師小屋のことなんか知ってるの?」
「前にもここへ来たことがあるし、私は何でも知ってるんだ」
「でも、なんで村に泊まらないで、そんなとこに泊まるの?」
「狩人だからだよ。私は、笛も吹くし、歌も歌うし、物語も語るが、本当は狩人なんだ。だから猟師小屋に住むのさ」
「狩人? 猟師のことでしょ? そんなの嘘だよ!」と、リドが叫びました。
「弓矢も持ってないし、猟師がそんな服着てるわけ、ないよ」
 男の人の目が、帽子のつばの下で、一瞬、きらりと光ったように見えました。
「私が狩るのは、普通の獣ではないからさ。私は、人間の子供を狩るんだ」
 そう言って、男の人は、子供たちにむけて弓を引くまねをしました。

 見えない矢を向けられた子供たちは、きゃらきゃら笑って、楽しそうに逃げ散りましたが、仮想の弓を引き絞る男の人の仕草は、あまりにも本当らしく堂に入っていました。
 よく見ると、身体にぴったりした服の下で、胸や腕の筋肉が、本当に強い弓を引く時にそうなるようにぐっと盛り上がって張りつめるのさえ見てとれて、チェナは、ぎょっとして立ちつくしました。
 男の人が、危険そうに目を細めて、逃げ散った子供の一人に狙いを定めた瞬間、チェナは、そこに、本物の、引き絞られた弓と放たれる寸前の矢を見たような気がして、思わず悲鳴を上げそうになりました。

 が、実際に悲鳴を上げる前に、一瞬の弓矢の幻は消え、男の人はふいに身体の力を抜いて手を下ろし、けらけらと笑いだしました。
 さっきまでと同じ、人好きのする気安い笑顔だったけれど、チェナは、もう、その笑顔を、さっきまでと同じように無害なものに思うことができませんでした。

 男の人は、笑っている子供たちの中でひとり怯えて立っているチェナに目を留め、少し驚いた顔をしました。
 その目は、『おや、君、今の、見たの?』とでも言っているようでした。
 それから、チェナに、チェナだけに、とろけるようなとびきりの笑顔で、にっこりと笑いかけました。
 村の子供の口には滅多に入ることのない高価で贅沢な砂糖菓子みたいな、甘い、甘い、夢のような笑みだったけれど、チェナは、背筋が寒くなりました。
 この人は誰だろう。どう考えても普通の人間じゃない――。

 他の子供たちにはわからないのかもしれませんが、チェナには時に、そういう、人ならぬものの気配が、匂いのように漠然と感じられてしまうことがあるのです。

 だいたい、この人は、どこから来たのでしょう。誰も知らないのです。
 この人がふいに目の前に現れた時、チェナは、迷うことなく『旅人だ』と思いました。
 でも、どうしてそう思ったのでしょうか。
 村の人ではないからでしょうか。
 それとも、この人が、旅行用の長いマントを羽織って、徒歩で旅する人々が好んで履くような頑丈そうな靴を履いていたからでしょうか。
 ――服装のせいではないような気がしました。この人は、そんな上っ面の身なりなどとは関係無い、何かもっと本質的な旅人の気配を纏っていたのです。

 けれど、間違いなく旅人なのに、よく見ると、この人のマントは、旅の埃にまみれていませんでした。靴には、泥がついていませんでした。
 そして、この村はずれの野原からは、その方角から村に至るただ一本の街道がずっと見渡せるのに、この人がその道を歩いてくるところを、誰も見ていないのです。
 この人は、まるでその場所に突然湧いて出たかのように、いつのまにか子供たちの背後に立っていたのでした。

 村に通じる街道を歩いて村に入ってきたものなら、怖くありません。
 村に入る街道の両わきには、魔よけを兼ねた境界標識として、石積みに二又の枝を差したものがあります。村に災いをなす魔物や悪霊には、その二又の枝のせいでそこが別れ道に見え、村に入ることができずに左右に道をそれていってしまうという仕組みになっているのです。
 だから、その石積みの間を抜けてまっすぐ村に入って来られたということは、その人は不吉なもの、邪悪なものではないという証拠になります。
 生まれてこのかたほとんど村を出たことのないチェナにとっては、村が世界のすべてであり、村の外は別世界だけれど、この魔よけの石積みは、外の世界のあらゆる悪しきものから、チェナの小さな世界を守ってくれるはずなのです。

 でも、そこを通らずに、突然この場所に湧いて出たのだとしたら?

 さっき、この人が現れる前、子供たちは、魔物であるラドジールの名を、大声で呼び騒いでいました。ラドジールが来るぞ、などと、考えなしに囃し立てていました。
 そういう話題は、魔を呼び寄せます。
 たとえラドジールが、本当は魔物でなく、ただの昔の王様でも、魔物として話題にすれば、何か他の魔性のものを呼び込まないとは限りません。
 だからチェナは、この遊びが怖いのです。
 それなのに、何もわからないちびたちは、あんなに大声で魔物を呼び立てていたではありませんか!

 けれど、たとえこの人が何か魔性のものだとしても何て魅力的なんだろうと、チェナは思わずにいられませんでした。
 誰よりも鮮やかで謎めいたその人は、ありふれた日常のなかにふと現れた、非日常の存在でした。
 霜枯れの寂しい草地に忽然と降り立った不思議な旅人の深紅の衣装は、まるで灰色の砂の上にぽつんと落ちた一滴の血のようで、これからその一点の赤がどんどん広がって世界を鮮やかに染め変えていくような気がして、チェナは、その人から目を離すことができませんでした。

 チェナがぼうっとしている間に、男の人は、また周囲に群がってきた子供たちに、いたずらっぽく秘密めかして、誘いかけていました。
「さあ、私が猟師だってわかったかい? わかったら、明日、猟師小屋に遊びにおいで」
「でも、子供だけで森へ行っちゃだめだって、母さんが……」
「だからさ、お父さんやお母さんに内緒で来ればいいんだよ」
「だって……。怒られるよね」
「怒られるのが怖いのかい? お母ちゃんの言いつけをなんでも守る、いい子ちゃんは誰かな? お母ちゃんの前掛けの紐を握って遊ぶ、おっぱい臭いちびすけちゃんは誰かな? まさか、君たち、森が怖いんじゃないだろうね?」と、からかうように目を光らせて挑発されて、むきになった子供たちは、
「怖くなんかない、行くよ!」と、口々に叫びました。
 けれど、すぐに、怖がり屋のカチヤが、気弱な声を出しました。
「でも……、森で迷子になったら、森の魔女に捕まって仔鹿に変えられちゃうって」
 子供たちが、たちまちざわめき出しました。
「違うよ、取って喰われちゃうんだって」
「しーっ! 魔女なんて言っちゃだめだ。<森の花嫁>と呼ばなけりゃ怒るんだよ。<森の花嫁>は耳がいいんだ。今も聞いているかもしれないよ!」

 神隠しにあって気が触れた猟師小屋の娘は、その後、<森の花嫁>と美称される魔女となって、髪を振り乱した年老いた狂女の姿で今も森をさまよい続け、森に迷い込んだ子供を獣の仔に変えて連れていったり、村でお産があると産屋のまわりをうろついて赤ん坊を攫ったりすると言われ、母親たちは、その名前を、よく、子供を脅すための作り話に使っているのです。
 チェナも、小さいころはその話を信じていましたが、少し大きくなってから、生まれてすぐに産屋から<森の花嫁>に攫われたとされる赤ん坊が、実は死産だったり、あるいはわけあって産声も上げぬうちに始末されたりした悲しい子供たちであるらしいということに、うすうす感づきました。が、それに気づいたことは、黙っていました。大人の世界には、悲し過ぎてそのままの形で口に出してはならないこと、おとぎ話の形でしか子供たちに語れないことがあるのを、チェナは、もう、知っていたのです。
 その他にも、大人は、子供に知られると都合の悪いことはすぐにこの森の魔女のせいにするので、小さい子たちは、<森の花嫁>を、たいへん恐れていました。

 ところが、男の人は、心外そうに、こう言い出しました。
「<森の花嫁>は、子供を取って喰ったりはしないよ。<森の花嫁>はね、夫君である<森の王>が森を見回って集めてくる親をなくした獣の赤ん坊たちを、みんな分け隔てなく自分の乳で育てている、そういう、やさしい女なんだ。子供が好きなんだよ。だから、もし君たちが森で迷子になっていたら、狼に襲われないようにこっそり守ってくれるだろうし、君たちが夜になっても帰れなければ、その時は仔鹿や仔兎に変えるかもしれないが、それも君たちのためを思ってのことさ。かわいそうな迷子が夜になって凍え死んだり崖から落ちたり獣に喰われるのを見るに忍びないから、<森の王>に見咎められないように獣の仔に変えて連れて帰って、他の養い子と混ぜて面倒を見てくれるんだ」
「おじさん、なんでそんなこと知ってるの? <森の花嫁>と、会ったこと、あるの?」
「ああ、前に来た時にね。夕焼け雲のような髪とハシバミ色の瞳をした、とてもきれいなひとだったよ」
「ざんばら髪で牙を生やした鬼ばばあじゃないの?」
「それは、君たちを怖がらせるための作り話だろう。……少なくとも、ここではね」

 言われてみれば、たしかに、村の男たちが冬場の副業として昔から作り続け、湖畔の保養地の土産物屋に卸している木彫りの<森の花嫁>像は、髪の長い、美しい女の人の像でした。
 では、母親たちは、<森の花嫁>について、子供たちには自分が知っているのとは違うふうに語り聞かせ続けてきたのでしょうか。
 だとしたら、それは、もしかすると一部は嫉妬からなのではないかと、チェナはふと思いました。延々と繰り返す日常の堅固な円環を断ち切り、誰もがそこから逃れられないはずの辛く哀しい現実のすべてを身勝手に振り捨て、脱ぎ捨てて、ここでないどこかへ、永遠の異界へと飛び立ってゆき、いつまでも若く美しい姿のままで今も村の男たちの心に生きている、猟師小屋の娘への。
 きっと、だから彼女は、女たちに魔女と呼ばれるのです。

 子供たちは、初めて聞く新しい情報にとまどいながら、顔を見合わせました。
「でも、鬼ばばあじゃなくたって、仔鹿に変えられるのはやっぱり嫌だよ」
「だって、人間には戻れなくて、そのまま鹿や兎になっちゃうんでしょう?」
「それに、森で迷って夜になると、<森の花嫁>に会わなくても、<森の王>に、木に変えられてしまうよ。もうすぐ満月だもの!」

 緑の衣を纏い、蔦の冠を頂いた<森の王>は、緑の葉の生い茂るねじれた木の杖を持っていて、満月の夜には、森を見回りながら、その杖で森中の木を一本一本指し示しては数を数えるのだといわれています。
 人間が木を切り過ぎたりして、森の木の数が<森の王>の心づもりの数より減っていると、朝が来るまで森中を歩き回って、何度でも木を数え直し続けるというのです。
 だから、樵は、木を一度にたくさん切り過ぎないように気をつけるし、木を切った後に苗木を植えたりもします。けれど、苗木はすぐには育たないので、森の木の数は、やっぱりいつも減り過ぎていて、だから<森の王>は、満月の夜ごとに、一晩中、木を数え続けます。
 そんな夜にうっかり森に紛れ込んでしまった人間は、何度数えても木の数が正しく合わないので心が混乱して気が触れたようになってしまった<森の王>に、木と見間違えられて、緑の杖で数えられてしまうのです。
 <森の王>の緑の杖には不思議な力があって、その杖で指し示され、木として数えられてしまった人間は、たちまち本当に木になってしまい、そのまま、永遠に、森から出られないのでした。
 そうならないために、特別の事情があって、満月の夜や、また、大事をとって昼間であっても満月の前後に森に入る時には、『これから私たち何人が、かくかくしかじかの正当な理由で森に入ります』ということを、あらかじめ、<森の王>に申告しておけば良いのですが、その申告にあたってはちょっとした祈りの儀式が必要で、子供たちはまだ、誰もその正確な作法を知りませんでした。

 けれど、男の人は、笑って請け合いました。
「大丈夫。君たちが行きも帰りも道に迷わないよう、猟師小屋まで、木の幹に、ずっと目印をつけておくよ」
「目印なんかつけたら、大人に見つかっちゃう」と、賢いシーリンが心配すると、男の人は、
「いいや、私の目印は、子供にしか見えないんだ」と、なんでもなさそうに答えました。

 男の人は、自分の姿も子供にしか見えないのだと言いました。
 つまり、こうして一緒にいるところをもし村の大人に見られていても、その相手に彼の姿は見えておらず、彼がここにいることや、これから森に行くことを、村の大人は誰も知らないのだと。

 男の人は、自分のことは大人には絶対に内緒だといいました。
「どうして内緒なの?」と リドが尋ねると、男の人は、にやっと笑って言いました。
「ばかだなあ。内緒にしとかなきゃ、秘密で森に来られないじゃないか。秘密じゃなくちゃ、おもしろくないだろ? だから、いいかい、私が森にいることは、絶対に、私と君たちだけの秘密だよ」

 それから子供たちは、男の人に促されて、振り返り、振り返り、しぶしぶ家路につきました。
 チェナも、何度も振り向きました。
 黒々と静まる森を背にして村はずれの草地にすらりと佇む背の高い男の人は、晩い秋の金色の夕映えを一身に集めて、眩く光り輝いていました。真紅の衣装の全身に金の光を纏わりつかせて、鮮やかにほほえんでいました。
 チェナは、この不思議な光景を、きっと一生忘れないだろうと思いました。



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