〜司書子さんとタンテイさん〜





第一話 お祖母ちゃんの髪飾り事件

(7)


  光也君と別れて、反田さんと二人で帰る道すがら、通りかかった小さな児童公園の前で、反田さんが、自販機で飲み物を買って飲んでいこうと提案しました。喉が乾いて乾いて死にそうだって。
 わたしも、そういえば、喉が乾いて死にそうでした。初夏の陽気の中、あんなに走ったんだから、当然です。でもわたし、お財布を持っていません。そう言うと反田さんは、それくらいおごりますよと言ってくださいましたが、そういうわけにはいきません。でも、お言葉に甘えて、とりあえず立て替えてもらいました。あんまり喉が乾いていたので……。
 それぞれの飲み物を手に、公園のベンチに腰掛けます。小さな滑り台と動物の形の一人乗りシーソーがぽつんと置いてあるだけの、小さな小さな公園でしたが、小さな花壇には可愛い花が咲き、木漏れ日と五月の風が気持ちいいです。
 反田さんは、プシュッと缶を開けると、反らした喉の喉仏を大きく上下させて、あっという間にごくごくとスポーツドリンクを飲み干しました。その間、ほんの数秒。あんまり早飲みなのでびっくりして、自分の缶を開けるのも忘れて豪快な飲みっぷりに見とれていると、飲み終わった反田さんはわたしの手元に目をとめ、
「あれ? 司書子さん、まだ飲んでないの? もしかして、缶、開けられない? ちょっと貸して」と缶を奪い取って、開けて返してくれました。ありがとうございます、でも、わたしだって、いくらなんでもプルタブくらい開けられます……。
 もしかして、反田さんのお家には、お年寄りがいるのでしょうか。お年寄りのいる家の方は、そういう気遣いに慣れていたりしますよね。そういえば、祖母も、晩年は、時々、ペットボトルやプルトップ式の缶詰が開けられないことがありました。瓶の蓋を開けるのを頼まれる頻度も、そういえばだんだん高くなっていました。ずっと元気だ元気だと思っていた祖母、長く病みつくことがなかったためにわたしにとっては最後まで労るべきお年寄りではなく頼もしい保護者であり続けたあの祖母にも、確実に老いは忍び寄っていたんだなと――そしてわたしはそんなことは思ってもみずにいつまでも子供の気持ちのままで祖母に甘え続けてきたんだなと、いまさらながらに気づいたら、うっかり涙ぐみそうになりました。いけない、本当にわたしは泣き虫です。瞬きをしてごまかして、反田さんに開けてもらったオレンジジュースを飲みました。爽やかな甘酸っぱさが、乾いた喉に染み渡る気がしました。

「ああ、走りましたねえ……」と、反田さんがほがらかに笑いました。
「本当に。大人になってから、こんなに走ったのははじめてかもです。反田さん、足、速いですね」
「まあね。こう見えても、センター守ってますから」
 えーっと、草野球の話ですね?
 反田さんは得意そうに胸を張りましたが、わたし、野球のことはよく知らないので、『こう見えても』と言われても、どういうことかわかりません……。かろうじて、センターというのが野球のポジションの一つだということがわかるだけで。
 でも、反田さんが自慢するということは、すごいことなのでしょう、きっと。
「それにしても、わたしたち、なんであんなに走ったんでしょうね。冷静に考えてみれば、トラックに琴里ちゃんが乗ってるわけなんか、なかったのに」
 なんだか、今頃になって、おかしさがこみ上げてきました。あの、わけのわからない右往左往は、いったい何だったんでしょう……。思わず、くすっと笑いました。
「ですよねえ!」と、反田さんも笑っています。「あの時は、何か、あのトラックに追いつければ何とかなるみたいな気がしちゃってたんですよね……。たぶん、光也が走りだしたからですね。あの勢いに、つられちゃったんですよ」
「反田さんは、抜け道を指示したり、タクシーの運転手さんに交通ルール遵守でとか言ったりして、ずいぶん冷静で、すごいなと思ったんですけど……」
「ところが、根本的なところが冷静じゃなかったんですねえ」
 肩をすくめてくつくつと笑う反田さん。
  それを見ていたら、わたしも、お腹の底からおかしさがこみ上げてきて、くすくす笑いが止まらなくなって、しまいには、柄にもなく、身体を二つに折り曲げて、涙が出るほど笑いこけてしまいました。こんなふうに笑うのなんて、学生時代以来かもしれません。全力疾走したり、タクシーでトラックを追いかけたりと、いつも静かな休日を過ごしているわたしにとっては思いもよらないような大冒険をしたから、ハイになっているのでしょうか。バカなことをしたと思いますが、バカなことを一生懸命やるのって、そういえば、楽しいんですよね。真面目でおとなしい地味な学生だったわたしでも、学生時代には、やっぱりそれなりに、友達と一緒にバカなこともやりました。そんな楽しさを、大人になってから、忘れていました。
 笑いって、伝染するんですよね。それからしばらく、わたしたちは、ひとけのない児童公園のベンチで、ふたりして笑い転げました。
 
 やっと笑いが収まってきて、わたしは、「ああ、もう……」と、笑い過ぎて滲んだ涙を拭いました。「ほんと、光也君、いきなり走りだしましたものね」
「そりゃあ、あの場合、走るでしょう。たとえ追いつけないとわかっていても、走らずにはいられないでしょうよ。青春ですからね、もう会えないかもしれない好きな女の子が乗っていると思えば、トラックだろうと電車だろうと、それどころか飛行機だろうとロケットだろうと走って追いかけますよ。それが青春ですよ。いやぁ、光也の青春パワーに、すっかりつられちゃいましたねえ」
「ほんとに……。でも、光也君、そんなに琴里ちゃんのことが好きだったんなら、つまらない意地悪なんかしないで、もっと普段から仲良くしてればよかったのに」
「まあ、まあ。小学生男子なんて、そんなもんですよ。誰もが通る道ですよ。好きな女の子には意地悪するんじゃなくて優しくするんだぞって、俺が人生の先輩としてよくよく教えておきますから、大目に見てやってくださいよ」
 ふと、反田さんにもそんな頃があったのかしらと、興味が出て、訊ねてみました。
「反田さんも小学生の頃は、好きな女の子に意地悪したりしたんですか?」
 わたしは小学校一年生から、反田さんは生まれた時から今の場所に住んでいますが、うちの辺と商店街では小学校の校区が違うので、わたしたちは幼なじみではなく、わたしは、子供時代の反田さんを知らないのです。
「いや、俺はそんなことしませんでしたよ!」と、反田さんはおどけて威張りました。「俺は小学生の頃から紳士でしたからね! 好きな女の子にはいつも優しくしてましたよ。司書子さんにも、俺、優しいでしょ?」
「え? あ、はい。いつも大変良くしていただいて、ありがとうございます」
 わたしは至って真面目に、本気で答えたのですが、反田さんは、なぜか吹き出しました。
「司書子さんは素直だなあ……」
 いやだ、またとんちんかんをやってしまったようです……。反田さんは、実際、いつも親切にしていただいていますから、正直に、心に思ったとおりにお礼を言ったまでなのですが、どんなに親切な優しい人でも、いえ、そういう人ほど、自分で自分のことを優しいなんて、普通は言わないですよね。そこをあえて言うということは、それは冗談、軽口の類なのですよね。だからわたしも、それに見合った対応をしなければいけなかったんですよね……。
 わたし、そういうのが、本当に苦手なのです。冗談とか社交辞令とか軽口とかに、全部真正面から、大真面目に答えてしまうのです。
 子供の頃――というか、実は大人になってからも、わたし、出かける時に近所の人と行きあって『あら、どちらへ?』などと言われるたびに、なんでそんなプライベートなことをいちいち詮索してくるのかと若干疑問に思いながらも、別に隠すほどのことでもないし嘘をつくのも嫌だしと、毎回バカ正直に『はい、図書館へ』とか『銀行へ』とか答えていたのです。が、ある日、祖母と一緒の時にそれをやって、後で祖母から、そういう時には『ちょっとそこまで』と言うものだと教えられて、びっくりしました。そういえば祖母はいつもそう答えてたと、言われて初めて、思い当たりました。わたしはそれを聞くたびに、(なんで今日は遠くまでいくのに『そこまで』だなんて無駄な嘘をつくんだろう)などと、ちょっと不思議に、変に思っていたのですが、あれは、そういう定型文、様式美だったのですね……。そして、みんなが知っているそのことに、わたしは、いい大人になるまで、気づかずにいたのですね……。
 ご近所の方は、子供の頃から知っているわたしのことをいつまでも子供と思っているから、多少受け答えがまずくても、子供だからだとか、ショコちゃんはそういう子だからと聞き流してくれていたのでしょうが、社会に出ても、一事が万事、何かにつけてその調子なので、そんな自分が、とても恥ずかしくて、だからわたし、軽口の飛び交う職場の宴会などは、大の苦手なのです。できれば参加せず、避けて通りたいのです。宴会のみならず、あらゆる付き合いごとを、できれば全部避けて通りたいです。
 あ、カウンターで利用者の方と接するのを嫌だとは、全く思わないです。利用者の方と仕事以外の軽口を叩き合う必要はなく、業務についてのことにだけ、真摯に誠実に、真面目に対応すればいいだけですから。わたしが人見知りなのも、人と話すのがあまり得意でないのもたしかだし、それが図書館員として望ましい資質でないことは明らかですが、それでもわたしは、自分のそういう面での適性のなさを乗り越えるべく自分なりに精一杯頑張って、カウンターでは笑顔の接遇を常に心がけ、至らないことは多いながらも、精一杯、親切丁寧な対応をしているつもりです。百パーセントの適性はなくても努力で補えると信じて。それにわたし、気安いコミュニケーションが不得手なだけで、別に人間が嫌いなわけじゃなく、目の前の利用者の方のお役に立ちたい、求める本と出会って喜んでもらいたいという気持ちは、決して人に負けてないと思います。だから、わたし、館内での利用者対応なら、多少苦手でも頑張ります。好きで選んだ仕事ですから。
 でも、職場の宴会、あれはダメです! 教育委員会とか本庁の偉い人たちと一緒のようなやつは特に。
 社会人になっても、お仕事だけ真面目にしていればいいなら良かったのに……。わたしには、図書館員としての適性以前に、社会人としての適性が足りないようです……。今も、反田さんの言葉が軽口であったことは理解しましたが、それに対してどう応えるのが正解だったのかは、未だにわかりません。

 でも、反田さんは、なんだか面白がってくれたみたいだから、まあ、いいです。なんだか知らないけどウケたのだ、笑いを取ったのだと、ポジティブに考えておきます。相手が反田さんだと、なんだか、そう思えます。不思議です。『素直だなあ』と笑った反田さんの笑顔が、面白がってはいてもちっともバカにしているようではなく、とても優しく見えたからかもしれません。大人に対して『素直だ』などと言う時には、しばしば揶揄のニュアンスがあって、必ずしも褒め言葉ではない場合もあると思うのですが、反田さんの言葉には、そういう意地悪さが一切感じられず、まるで慈しむかのような、温かい響きがありました。

 わたしが少し赤くなってしまったのは、変なことを言って笑われて恥ずかしかったからなのか、反田さんの眼差しが、まるで頭を撫でるみたいに優しかった気がしたからなのか……。たぶん、その両方です。

 その時、急に、通りすがりの人に声をかけられました。
「あれっ? よお、タンテイ!」
 知らない男の人が、反田さんに向かって片手を上げています。
「おっ? おう」
 反田さんも片手を上げて挨拶を返します。反田さんのお知り合いのようなので、わたしも軽く目礼しておきました。
 男の人はわたしに目礼を返しながら近寄ってきて、反田さんに向かってニヤニヤと声を潜めました。近くにいますから、声を潜めたって、わたしにも十分聞こえますけれど。
「なんだよ、美人と一緒じゃん。彼女かぁ?」
「バカ、違ぇよ、失礼なこと言うなよ! 市立図書館の司書さんだよ!」
「……あ、そう」
 男の人は、腑に落ちない顔でした。それはそうですよね、反田さんが説明したのはわたしの職業であって、この人が問題にしていたのは、わたしと反田さんの関係とか、なんでわたしたちが一緒にいるのかということでしょうから。
 ただのご近所さんであるわたしと反田さんが、こうして二人きりで公園のベンチに並んで座っているのには、話せば長い事情があるわけですが、本当に話せば長くて、知らない人に説明するのは難しいです……。
 そう思いながら居心地悪く身動《じろ》ぎして、もともとだいぶ離れていた反田さんとの間を、思わずもう少し開けました。
 男の人は改めてわたしに「ども」と会釈をすると、反田さんに向かって、「じゃな、タンテイ」と、わたしには「じゃ、ごゆっくり」と、言葉を残して去って行きました。

 会釈を返して男の人の後ろ姿を見送りながら、さっきから気になっていたことを反田さんに聞いてみました。
「あのぅ……。タンテイって……。反田さん、もしかして本当に探偵さんだったのですか?」
 もちろん反田さんのお家は洋品店ですが、そういえば、ご実家は洋品店だけどご本人は探偵事務所をやっているというようなことも、絶対にないとは限らないじゃないですか。私立探偵という職業は実際にあるんだし、洋品店も手伝いながら副業でとか……。
 けれど、反田さんは、ぷっと吹き出しました。
「まさか! うちが洋品店なの、知ってるでしょ? あだ名ですよ、あだ名。あいつは小学校からの同級生でね。当時からのあだ名です」
「あだ名、ですか。探偵小説が好きだったから?」
「それもあるけど、俺の名前。知ってるでしょ? 貞二って言うんです。タンダ・テイジで、タンテイ」
「ああ……」
「貞二なんて、ジジイみたいな名前ですよねぇ。いや、実際、母方の爺さんの名前から一文字貰って付けられたんですけどね。兄貴が父方の爺さんから一文字貰って孝一。で、俺が母方の爺さんから一文字貰って貞二。孝一のほうがまだ年寄り臭くなくて良かったなあ……」
「いえ、良いお名前だと思います!」
 わたしは思わず力説してしまいました。
「わたしの尊敬する翻訳家の方と、同じお名前です!」
「瀬田貞二、ですか?」
 びっくりしました。まさか反田さんの口からその名前が出てくるなんて!
「そうそう、そうです! 瀬田貞二さん! ご存知なんですか?」
「知ってますよぉ。『ナルニア国物語』の訳の人ですよね。俺、子供の頃、本が好きだったって言ったでしょう? 好きだったんですよ、ナルニア」
「まあ!」
 同志です! 同志と出会いました! 思わず興奮してしまいました。
 反田さんは懐かしそうに言います。
「子供の頃だから翻訳がどうとかは考えなかったけど、たまたま自分と同じ名前ってことで訳者の名前も印象に残ってましてね。あの翻訳が、今考えると、当時としても古くさくてねえ……。でも、今にして思えば、そこが良かったんですよね」
「そうそう、そうなんですよね! あの古めかしさのお陰で、いかにもファンタジーらしい、異世界らしい味わいがあって、独特の雰囲気が出てると思うんです!」
「たしかに。人の名前とか地名とかも、ちょっと独特でしたねえ。急に日本語の名前が出てきたりして」
「泥足ニガエモンとか、巨人ごろごろ八郎太とか?」
「そうそう、それそれ!! ごろごろ八郎太!」と、反田さんは手を打って笑いました。「何なんですかねえ、ゴロゴロ八郎太って。なんで外国のお話なのに八郎太なんだと変に思いながらも、好きでしたね、あの名前。なんか愉快な感じで」
「そうなんですよね、ピーターとかルーシーとかカスピアンとかのカタカナ名前に混じって、一人だけ、なぜか突然、八郎太……。あれはわたしも変だと思いましたけど、でも、わたしも好きでした」
「気が合いますね!」
「ほんとに! 『指輪物語』でも、そうですよね。『ストライダー』が『馳夫』とか。外国っぽい世界なのに、なぜ『馳夫』……って」
「それが、俺、実は『指輪物語』は読んでないんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「だって、あれ、長いでしょ? それに、ナルニアよりちょっと難しいじゃないですか。俺が本をよく読んでたのは小学校までなんですよね。中学で野球部入ったら、本読んでるヒマがなくなりましてね。それからもずっと、受験だの遊びだのバイトだの、いろんなことで忙しくて、そのまま大人になりまして。最近、たまたま図書館に行く機会があって、それ以来また本を読むようになって、図書館の棚に『指輪物語』があるのを通りがかりに見て、そういえば読んでないなとは思ったんですけど、あまりの分厚さに、借りても返却期限までに読み終われる自信がなくて、手が出ないままになってるんですよ」
「まあ……。延長もできますよ?」
「そうですけど、それも間に合わなかったら嫌だなあ、なんて」
 そうですよね……。図書館の本に返却期限があるのは仕方のないことですが、たしかに、忙しい社会人とっては、二週間とか四週間で返さなければならないというのは、ハードルが高い時もあるかもしれません。
 わたし、反田さんに、返却期限を気にせず、ゆっくり『指輪物語』の世界を楽しんでほしいです。
 だから、思わず言ってしまいました。
「だったら、わたしのを、お貸ししましょうか?」
「えっ?」
「あ、もし良かったら、ですけど……。それなら、返却期限はありませんから」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ。わたし、文庫版とハードカバーと両方持ってますから、どっちか片方なら、ちょっとくらい長くお貸ししても全く差し支えありませんし」
「ほんとですか! 嬉しいなあ! ありがとうございます!」
 反田さんは、小躍りせんばかりに喜びました。そんなに喜んでもらえて、わたしもとても嬉しいです。

 わたし、ずっと、人から借りたものは必ず返すのが当たり前だと思っていたので、自分だけでなく誰でもそうすると思い込んでいて、ある時、友達に本を貸したら返ってこなかったことがとてもショックで――本が返ってこなかったことよりも、世の中には借りたものを返さない人がいるのだという事実がショックで、しかも、それを他の友達につい愚痴ったら、本を貸して戻ってくることを期待するほうが間違っている、貸した本はあげたものと思えと諭されて、さらに天地がひっくり返るような衝撃を受けて、以来、自分の本を人に貸すことは、教科書を忘れた友人に貸すこと以外、ほとんどなかったのです。でも、反田さんになら、貸してもいいです。反田さんは信用できる方だと思いますし、なんといっても、ナルニア好きの同志ですもの! また、あの悲しい体験以前のように、本好きの仲間と互いの好きな本の貸し借りをして、感想を語り合えたりしたら……。そうしたら、幸せかな……って。

「よしっ! 善は急げだ。今からお宅に借りに行っていいですか?」
 反田さんはすっかり勢い込んでいます。そんなに『指輪物語』が読みたかったのですね。急な話ですが、ここからだとわたしの家はどうせ反田さんの帰り道の途中になりますし、今のジュース代と先ほどのタクシー代の半分もお返ししないといけないので、たしかに、立ち寄ってもらうとちょうど良いかもしれません。
 ……そう思って了承しましたが、それだけでなく、わたし、今日のささやかな大冒険を共にした反田さんと、なんとなく、すぐには別れ難かったのかもしれません。反田さんとこのままここで別れたら、この特別な面白い一日が終わって、あとは代わり映えのないいつもの休日になってしまう――それが、ちょっと寂しい気がしたのかも。


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