★サイト一周年記念企画★
 イルファーラン観光ツアー
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 はじめに 

これは、サイト一周年記念の、お遊び企画です。
キリ番ゲッター様とイラスト寄贈者様をイルファーランにご招待。
大変長らくお付き合いいただきましたが、今回で最終回です!


★企画の詳細はこちら
★参加者の紹介は第一回の本文中にあります★

<第八回・<女神の杯>亭にて・その3>

 村でただ一軒の酒場件食堂<女神の杯>亭での懇談会は、ロ−イのストリップ未遂というバカバカしい波乱はあったものの、なごやかに続いていた。
「それでは次の質問どうぞ」
 尾川が質問に立った。
「はい。アルファ−ドさんと里菜ちゃんに質問です。お二人は、一緒に暮らしているとのことですが、お洗濯は誰がどんなふうにしてるんですか?」
「えっと、お洗濯は、アルファ−ドとあたしと、ふたりで一緒にしています。シ−ツとか、大きいものは、ヴィ−レが時々まとめて持ってって洗ってきてくれることもあるけど、なるべくその前に自分たちでやるようにしてます。
 でも、他の人たちはお洗濯にも何か魔法を使ってるらしいけど、あたしたちは魔法が使えなくて、水も出せないので、けっこう大変なんです。週に一回くらい、まとめてやるんですけど、けっこう半日仕事です。
 少し前、まだあまり寒くなかった頃は、川でお洗濯してました。水は冷たいけど、けっこう楽しかったんですよ。近くの小川に、アルファ−ドが作った洗濯場があるんです。川の流れを一か所せき止めて、川底を掘り下げたりして、うまいぐあいに水がぐるぐる渦巻くように細工してあるの。で、汚れのひどいところだけつまみ洗いした洗濯物を放り込んでしばらく待てば出来上がり。すごいでしょ? 天然洗濯機。すごく良くできてるるんですよ。アルファ−ドが自分で考えて、いろいろ試行錯誤して、一人でこつこつ土木工事して作ったんですって。アルファ−ドって、すごいでしょ!
 で、洗濯物が勝手にぐるぐる回っているあいだは、川岸でミュシカと遊んだり、ついでに下流でミュシカも洗ったり。すすぎ終った洗濯物を川から引き上げる時は、重くて冷たくて大変そうだけど、重いからって、アルファ−ドがやってくれます。ね、アルファ−ド」
「ああ。君にそれをやらせて、川に落ちられては大変だ」
「あはは、確かに、リ−ナちゃんにそれやらせたら、絶対、洗濯ものの重みに負けて頭から川に落っこちるぜ」とロ−イ。
「最近は、もう、寒いので、洗うところまでは家でやってます。大鍋のぬるま湯に石鹸と洗濯物を入れて、汚れのひどいところだけもみ洗いして、あとは棒でかき回すんです。
 で、その後、その洗濯物を絞って篭に入れて、川まで持っていって、やっぱり、例の天然洗濯機に放り込みます。絞るのは力がいるから、大きいものは、ほとんどアルファ−ドがやってくれます。あたしが絞って、運ぶ時に水がぽたぽた垂れたても困るから」
「洗濯物の中には下着なんかもあると思うんですが、どうしてますか?」と、尾川。
 ロ−イがぽんと手を打った。
「おお、そうそう、俺も、前からどうしてるのかなと思ってたんだよ。鋭い質問だなあ。もしかしてリ−ナちゃん、アルファ−ドのパンツとか、洗ってるわけ?」
「洗ってない、洗ってない!」
 里菜はぶんぶんと首を振った。アルファ−ドも思いっきり否定した。
「俺は、自分の下着は自分で洗っている! いや、下着だからどうこうという問題ではない! うちでは、基本的に、自分のものは自分で洗うことになっている!」
「なんだあ、他人行儀なやつらだなあ」とロ−イ。「でも、洗濯は一緒にしてるんだろ?」
「うん、だって、あたし、一人でお洗濯、出来ないもん。ね、アルファ−ド。川に放り込むところからはいっしょくただけど、その前のもみ洗いだけ、自分の分はそれぞれ自分でやってるの。でも、あたし、最初はなかなかうまくできなくて、実は、ワンピ−スとかも、アルファ−ドに手伝ってもらってたけど」
「うまくできないというより、君は、岸にリスがいたとか、何かの花が咲いていたとか、川底にきれいな石が見えたとか魚がいたとか言っては、すぐに気が散って洗濯を途中で放り出してはしゃぎはじめてしまうから、いつのまにか、気がつくと俺がやるはめになってたんじゃないか。今だって、君は、すぐに、ミュシカにお湯をかけたりして遊びはじめるから、しかたなく、洗濯はほとんど俺がやっている」
「……えへへ、ごめんなさい。でも、自分の細かい下着は、ほんとに自分で洗ってるのよ。お風呂に入った時に、残り湯で。最初はね、そんなこと思いもつかなくて、ヴィ−レに持ってって洗ってもらってたの。手洗いしてるなんて思わないから、全然気にもしないで。そしたら、しばらくしたら、ヴィ−レが、お風呂に入った時に自分で洗うといいわよって、さりげなく、やさしく教えてくれて……。そういうことを全然思いつかなかった自分が恥ずかしかったわ。
 でも、水道があればどうってこともない小物のお洗濯も、水が乏しいと、ちょっと大変。蛇口をひねればお湯が出るっていうのがどんなにありがたいことだったか、よくわかったわ。まあ、この世界でも、他の家では魔法でお湯を出せるから、こんな不便な思いをしてるのはあたしたちだけなんだけど。
 でもね、自分の下着の洗濯はともかく、アルファ−ドと一緒の、週に一回の大掛かりなお洗濯は、ちょっと特別な行事って感じで、なんとなく、わくわくするんです。川まで行くのも、すぐ近くなんだけど、ピクニックみたいで、なんか楽しいの。アルファ−ドと一緒だからかな。きっと、一人でやったら、ただの重労働で、全然楽しくないと思う。アルファ−ドと一緒だから、お洗濯でもお料理でも、何でも楽しいのよ。ね?」
 若者たちの一人が、突然、わざとらしい大声で叫んだ。
「ああ、あぢ〜、あぢ〜、ここは暑いなあ〜!!」
 それを合図に、みんな一斉に騒ぎ出した。
「なあ、なんか、この部屋、くそ暑くないかぁ!」
「特に、そのへん。その二人の回り!」
「そのへん、ピンク色のモヤがたちこめてねえ?」
「新婚さんだ、新婚さんだ!」
「いいな、いいなぁ!」
「ヒュ〜ヒュ〜!」
「きゃあ、新婚さんだなんてぇ」と、里菜が頬に手を当てて喜んだ。
 アルファ−ドが狼狽して叫んだ。
「な、何を言う! 俺たちは、そんなんじゃない!」
「じゃあ、どんなんだよぉ!」
「なあ?」
「なあ?」
「どっから見たって、ラブラブ新婚さんだよなあ」
「まあ、まあ、みんな、うらやましがる気持ちはわかるが、騒ぐな騒ぐな」と、ロ−イが身ぶり手ぶりで騒ぎを抑えた。
「おまえら、そんなにうらやましけりゃ、みんなディ−ドを見習って、さっさと自分の彼女にプロポ−ズして所帯持ちな。なあ、レイちゃん、あんた、さっき、リ−ナちゃんが邪険にされてるんじゃないかって心配してたみたいだけど、そんな心配はいらなかったみたいだぜ。こいつら、やっぱ、幸せいっぱいみたいじゃん? なあ、リ−ナちゃん?」
「はい、天城さん、あたし、幸せです。アルファ−ドには、すごく良くしてもらってると思います。そりゃあ、たしかに会話はあまりはずまないけど、アルファ−ドはいつも、あたしが寒くないかとかおなかが減ってないかとか、すごく気にかけてくれてるんですよ。ほんとに、ただの居候なのにこんなに大事にしてもらっちゃっていいのかってくらい」
「……だってさ。あ〜あ、やってらんねえぜ。なあ、お嬢さんたち、俺を憐れんでくれよ〜。俺って、この二人にあてられるためにここにいるわけ?」と嘆くロ−イをよそに、里菜はアルファ−ドと二人の世界に入ってしまった。
「ねえ、アルファ−ド、アルファ−ドは、赤の他人のあたしに、なんでこんなに親切にしてくれるの? あたしが倒れてるとこにたまたま最初に通り掛かったってだけで、何の義理もないのに。あたし、ほんとに、何の役にも立ってないのに」
 里菜は小首をかしげ、瞳をキラキラさせて、アルファ−ドをじっと見上げた。撫でてもらうのを待っている子犬のように期待に満ちた、でも、ほんのちょっとだけ不安そうな色も混ざった、ひたむきな眼差しである。
 そのキラキラと星の入った瞳をまともに見てしまったアルファ−ドは、思わずうろたえて目をそらし、口ごもった。
「いや、役に立つとか、立たないとか、そういう問題じゃない……」
「じゃあ、なんで? どういう問題?」
「えっ……。いや、それは、その……、人として当然なすべきことをしているというかなんというか……」
「へっ?」
「いや、その……、だから……。それが例え犬猫であろうとも、何か生き物を拾って来る時に、その小さな命のために自分に出来る範囲の最善を尽くすつもりも無しに拾ってくるなどということが、あっていいだろうか? 少なくとも、俺は、犬だろうと猫だろうと、相応の責任を持つ覚悟無しに拾ってきたりはしない」
「ええ〜っ! じゃあ、あたしは犬猫と同じってこと!?」
「い、いや、そういうわけでは……。だから、犬猫の場合ですらそうなのだから、ましてや人間の少女を一時的にであれ自分の家に迎え入れて自分の保護下に置こうという時には、その相手の心身を安全に守り健やかに養うことに自分のすべてを懸けて、せいいっぱいの、最大限の尽力をするのが当然ではないだろうか。そういうつもりもなしに、中途半端な覚悟で無責任に人一人を家に引き取るなどということが、あっていいはずがない! これは、人として当然の道義的責任だ!」
 その言葉を聞いているうちに、里菜はだんだん、しょんぼりとうなだれてきた。
「……そっか。つまりアルファ−ドは、犬でも猫でも人間でも、拾ってきたものはなんでも大事にするってだけなのね? じゃあ、もし、たまたま、あたしじゃなくて他の女の子を拾っていたら、やっぱり、あたしにしてくれてたのと同じように、その子に優しくしてあげてたのよね、きっと……。
 そうよね、あたりまえよね……。アルファ−ドは、優しくて、心の正しい、立派な人だもの。道端に倒れてる人がいれば、それが誰だって助けるのは当たり前だし、その人に行くところがなければ、元気になるまで家においてあげるのも当たり前なんだろうし、それは、何もあたしじゃなくても同じよね。アルファ−ドは、立派な人だから立派な行いをしているだけなのよね。
 そうよ。だいたい、あたしなんて、別にすごくきれいとかかわいいとか言うわけでもなければ、人よりすごく優しかったり賢かったりするわけでもないし、家事もまともにできなくて、何の役にも立たなくて、ほんとに何の取り柄もないんだから、あたしだけが特別だったりするわけなんて、ないんだわ……。そんなこと、ちょっと考えればわかるのに……。
 でも、それでもいいの。あたし、それでも、アルファ−ドに拾われたのが他の女の子じゃなくてあたしで良かったって思う……。だって……あたし……、あたし……」
 うつむいて唇を噛んだ里菜の瞳が徐々に潤んできたような気がして、アルファ−ドは激しくうろたえた。
「あ、いや、その、それは……、そういう意味では……。だから、君は、役になんか、たたなくたっていいんだ! 役に立つとか立たないとか、人と比べて優れているとかいないとか、そういうことじゃなくて、そのう……。それは確かに、俺は、人が行き倒れていればとりあえず誰でも助けるだろうが、だからといって、そのう……、それに君に取り柄がないなんてことは全くなくて、何も特別なことができなくても君には君の……、ああ、いや、だから…………」
「だから、何?」
 里菜はちょっと気を取り直して顔を上げ、また、縋るような目でアルファ−ドを見上げた。
「いや、だから、その……」
 まだ口ごもっているアルファ−ドに、容赦ない野次が飛んだ。
「だ〜か〜ら〜? ほら、言っちゃえよ、『そのままの君でいい』って。あんたが言いたいのは、つまり、そういうことだろ?」
「つまり、あんた、惚れたんだろ? いいかげんに白状しろよ!」
「そうだそうだ、一目惚れしたんだろ?」
「倒れてるその子を見て、ああなんてかわいいコだ〜とか思ったんだろ? こんなかわいいコを拾ってラッキ−!とか、思っただろ? 何だかんだと理由をつけてこのまま自分ちに引き止めて、あわよくば、なしくずしでお嫁さんにしちゃえ、とか」
「正直に言えよ〜!」
 アルファ−ドはまたうろたえた。
「ち、違……、そういう問題ではなくて……、俺はそんな不純な下心からではなく、あくまで人道的見地から彼女を……。そもそも俺は、リ−ナを拾った時、てっきり十二、三の子供だとばかり思っていたんだ! だから、一目惚れだとか、そんなことは起こり得ない!」
 それを聞いて、若者たちはますます騒然となった。
「あ、そうかぁ! わかったぞ、アルファ−ドはそういうシュミだったのか!」
「そうかそうか、なるほど、そういうことだったんだ!」
「それで今まで女に興味なさそうにしてたのか! いくらなんでも変だと思ってたけど、そういう訳だったのか。これで長年の謎が解けたぜ!」
「実はホモじゃないかって噂もあったけど、真相はこういうことだったんだなあ」
「ち、違う! どっちも違う! おまえら、どうしてそこまで無茶苦茶なことを思いつくんだ!」
 アルファ−ドは動転して叫んだが、若者たちはますます大喜びで囃し立てた。
「いいじゃん、いまさら隠さなくても。よかったなぁ、アルファ−ド。本当に十二歳だったら、ちょっと犯罪だけど、リ−ナちゃんは、見た目ちっちゃいけど十七だろ? それなら全然問題ないもんな」
「なあ。適齢期、適齢期! 花も羞らうお年頃〜」
「いい相手が見つかってラッキ−じゃん!」
「天然記念物級の堅物だったアルファ−ドにも、やっと春が来たか。なあ、みんな、目出たいことだよなあ!」
「たんたかた〜ん、たんたかた〜ん」
 誰かが歌いだすと、若者たちはいっせいに声を合わせて歌い出した。
 この世界にもあちらの世界の『結婚行進曲』とそっくりの音楽があるらしい。
 たちまち会場はイルファ−ラン版『結婚行進曲』の大合唱となった。みんな、テ−ブルを叩いてリズムをとって、大喜びだ。いつのまにか村の若者たちとすっかりなじんでしまったライディンも、隣の若者と肩を組んで歌っている。娘たちも、一緒になってわいわい囃し立てる。
「おめでと〜!」
「お二人さん、おめでと〜! お幸せに〜」
「いや〜目出たいなあ! ディ−ドとヴィヴィの前祝いと一緒にアルファ−ドとリ−ナも前祝いだ〜!」
「ほら、お二人さん、もっとくっついて、くっついて」
「え? へ……?」
 なんだか事情が分からないまま、左右から押されてアルファ−ドとくっつけられて、みんなにさんざん祝福され、里菜はきょとんとしながらも、だんだん嬉しくなってきた。若者たちのおバカなノリについていけなかったので何がどうしてそうなったのやらよく分からないのだが、どうやら自分たちは、今、みんなに、公認カップルとして認知され、祝福されているらしいのだ。思いがけず降ってわいた幸せな状況である。
 隣のアルファ−ドを見あげると、苦虫を噛み潰したような顔をしていたので、ふと不安になったが、里菜の不安げな視線に気づいたアルファ−ドは、あわてて渋面を引っ込めてくれた。どうやら自分が怒られているのではないらしい。きっと照れているのだと思った里菜は、アルファ−ドの不機嫌を和らげるべく、せいいっぱいの勇気を出しておずおずと微笑みかけた。アルファ−ドはうろたえたように目をそらしたが、仏頂面は消えていた。
 この大騒ぎのままに、懇親会は、自警団お定まりの無礼講の宴会になだれ込んだ。
 村の若者も客人たちも入り乱れて、飲めや歌えの大騒ぎだ。
 ロ−イがテ−ブルに飛び乗って歌を歌う。若者たちがテ−ブルの周りで即興のばか踊りを踊り回る。壁際では、そんな騒ぎをよそに、気の合った同士で和やかに語り合っているものもいる。数人でわいわいやっているグル−プもいれば、男女一組で親密そうに話し込む即席のカップルも生まれたようだ。里菜は、渋るアルファ−ドを娘たちの輪の中に引っ張りこんだ。
 こうして、楽しい夜が更けていった。

 やがて、時計が十二時に近づくころには、さすがのばか騒ぎにも、そろそろ満ちたりたけだるさの気配が忍び込みはじめていた。ふと見渡すと、机につっぷして眠っているものもいる。イルファ−ランの若者たちは、皆、朝早くから野良仕事をした後で飲みに来たのだ。明日の朝も、早い。雪が来る前の今の時期は、冬支度の力仕事がいくらでもあるのだ。客人たちも、多くは、翌日に仕事や学校が控えている。
 時計は、まもなく十二時を指そうとしている。この店も、店じまいの時間だ。
 ロ−イが閉会を宣言し、そこここで別れを惜しむ光景が繰り広げられた。
 同じ世界の若者同士なら、ここで携帯番号でも交換すればよいところだが、もう二度と会うことのない同士だ。
 シゼグなどは、大きな背中を屈めて、ごつい手でがっしりとゆめのの手を握りしめ、涙を浮かべんばかりに別れを惜しんでいる。
「ユメノさん、もし、もう二度と会えなくても、俺は、あなたのことを一生忘れません! 俺、こんなに美しい人とお話し出来ることなんて、もう、二度とないと思います。俺の作ったジャガイモを、ぜひ、食べてほしかったです。もし出来れば、あとで、うちのジャガイモを、小包で送ってもらいます。だから、ユメノさん! どうか、ジャガイモを見たら俺のことを思い出して下さい!」
 そんなことを言われると、シゼグの顔がジャガイモに見えてくる。面長なので、ジャガイモといっても、男爵ではなくメイクイ−ンだろう。
 客人の一行は、イルファ−ラン勢に見送られて店を出た。
 冬の初めの澄んだ夜空に、見慣れぬ配置の異世界の星々が降るように輝いている。あまりにもぎっしりと星がひしめいているので、星の重みで天が落ちてきそうなほどだ。
 十一月とは言え、高原の夜の空気は凍るように冷たい。みんな、自分の腕を抱いてぶるっと身を震わせた。
「寒くてごめんなさいね。でも、ちょっとの間だから。十二時になると、ここにカボチャの馬車が迎えに来るんですよ」と里菜。
 ちょうどその時、見上げた夜空にキラリと瞬くものが現れて、みるみる近づいてきた。八台の、カボチャの形をした、四頭立てのガラスの馬車である。
 驚く一行の前に、八台の淡く輝くガラスの馬車は、蹄の音も立てずに静かに着地した。背中に翼を持つ三十二頭の馬も、すべて、内側から淡い光を放つガラス細工である。
 馬車の扉が、音もなく開く。
「では、みなさん、どうぞお乗り下さい。馬車はどれでもいいですよ」
 里菜に促されて、みな、おっかなびっくり、それぞれ別々の馬車に乗り込んだ。
 天城麗、尾川朋子、田島光記、姫様、藤村脩、ゆめのみなと、ラキア、ライディン……。
 それぞれの姿が、あるいは手を振りながら、あるいは振り返り振り返りしながら、馬車の中に消える。馬車はガラスだが、中に入った人の姿は、はっきりとは見えない。
 全員が乗り終え、扉が閉まると、馬車は、ふわりと浮き上がり、音もなく夜空のかなたに翔け去っていった。微かな軌跡がしばらく月虹のように夜空に残る。
「さよ〜なら〜!」
「元気でね〜!」
「また来てくれよな〜!」
「ユメノさん、ジャガイモを、ジャガイモを送りますからっ〜〜!」
 みなは、口々に別れを告げ、馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
 やがて自警団の若者たちが寒さに背を丸めて三々五々と家路についた後には、深夜の路上に、里菜とアルファ−ド、ロ−イだけが残っていた。
「さ、あたしたちも帰りましょ。お別れって、寂しいわね。でも、これからも、みなさんが『イルファ−ラン物語』を読んでくれればいつだって、あたしたちは、みなさんと会えるのよ」
「あっ!」
 ロ−イが突然すっとんきょうな声を上げた。
「ラキアちゃんも帰っちゃったじゃん!」
「あたりまえよ〜」
「だって、俺、約束してたのに!」
「何を?」
「えっ、いや、何でも……。あ〜あ、ラキアちゃ〜ん……。ラキアちゃ〜ん、カムバ−ック!」
 ロ−イは夜空に向かって一声吼えると、がっくりと首をうなだれた。
「あ、わかった。ロ−イ、ラキアさんに振られたのね。うふふ」
「ち、違げぇよ! 振られたんじゃねえよ! きっと、迎えの馬車が来ちゃったから、しかたなく……。なあ、リ−ナちゃん、一台だけ迎えを遅らせるって出来なかったの? 今からでも、一台だけ、呼び戻せない?」
「だめだめ、出来ない、出来ない」
「あ〜あ……」
「やっぱり、振られたんでしょう」
「そうじゃねえって!」
「さあ、二人とも、帰るぞ。こんなところに立っていては風邪をひく」
「うん、帰ろ! ロ−イってば、元気だして! ロ−イにはヴィ−レがいるじゃない」
 三人の姿が、夜道を遠ざかっていく。後にはただ、夜更けの空にイルファ−ランの冬の星が瞬いているばかりだった。
 

――終――

★参加者の皆様、マイペースな企画に長らく(^_^;)お付き合いいただいて、ありがとうございましたm(__)m
 ずっと敬称略(もしくは『ちゃん』付け^_^;)で失礼しました。

★ツアー参加記念に、お持ち帰り用DL版を用意しましたので、ご希望の方は、下の配布所からお持ち帰りくださいませ。(参加者以外の方でも、もし欲しいという方がいらっしゃいましたら、どうぞ)

お持ち帰り用ファイル配布所

(連載八回分がセットになって、69.7KB。HTML版で、圧縮形式はZIPです。参加者の方で他の形式をご希望の方は、遠慮なくおっしゃってください。出来る範囲で対応させていただきます)

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第七回
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この作品の著作権は著者 冬木洋子に帰属しています。

掲載サイト:カノープス通信
http://www17.plala.or.jp/canopustusin/index.htm