『イルファーラン物語』番外編

大宴会!

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その3 アルファードのキャベツ


 里菜の甘い夢想は、ローイのがさつな大声で破られた。
「う〜ん、うまいことはうまいけどよ、なんか、お上品過ぎて、食ったんだか食ってないんだか分かんねえな、これ。いくら食っても食った気がしなくねえ? 俺はもっと腹が膨れるものがいいなあ。ま、女の子にプレゼントするにはいいかもな。……お、アルファード。遅せーよ!」
 ローイの視線を追って振り向いた里菜は、こちらに歩いてくるアルファードの姿を見て、思わずあんぐりと口を開けた。
 いつもと同じ質素な普段着のアルファードは、下葉に泥が付いたままの大きなキャベツを両手で一山抱えていたのだ。ごつい革の長靴にも、キャベツ同様、泥がついている。たぶん、今の今、裏の畑でキャベツを獲って来たのだろう。
 大またでずんずんと歩いてきたアルファードは、
「遅くなってすまなかった。行こう」と言って、そのまま立ち止まらずに、道端で立ち止まっている三人を追い越して行った。三人が後からついてくると確信して、振り返りもしない。
 三人は顔を見合わせて、慌てて後に続いた。
 里菜は小走りにアルファードに追いついて、こわごわ尋ねた。
「アルファード、それ――キャベツ、どうするの……?」
 アルファードは表情も変えずに平然と答えた。
「煮る」
「そ、そう……」
 里菜は、それ以上尋ねる勇気が無かった。たぶん、これが彼の宴会への手土産なのだろう。むこうで厨房を借りて自分で調理するつもりだろう。それにしたって、泥付き・虫食いだらけの丸ごとのキャベツが一山……。
 里菜の気持ちは、ローイとヴィーレが背後でひそひそ声で代弁してくれていた。
「なあ、こいつと一緒に行くの、恥ずかしくねえ? 俺、他人のふりしようっと……」
「あ、あたしも……」



2 アルファードの青虫入りキャベツスープ

 宴会場の厨房には、アルファードの期待通りに、巨大な鉄の深鍋があった。
 アルファードは、それを一つ借りて熱し、腰に吊るしてあった小袋からおもむろに煉瓦ほどもあるベーコンの塊を取り出し、これも腰のベルトに吊ってあった小刀を抜いて、鍋の上で器用に削ぎ切りにしはじめた。
 空焚きした鍋に、次々とベーコンの薄片が舞い落ちて、じゅう、という音を立てる。
 不揃いに切り落とされた大量のベーコンが、鍋底で、みるみる縮みながら、じゅわじゅわと脂を放出していく。
 ベーコンが縮んだ分だけ脂が出て鍋底にたまり、その、あめ色に透き通った脂の中で、ベーコンは、波打ちながら縁のほうからちりちりと焦げて、すぐにこんがりと色づいていく。
 食欲をそそる香ばしい匂いがあたりに広がる。
 ベーコンをだいたい切り終わると、最後に残った端っこは、惜しげもなく塊のまま鍋に放り込む。
 とても豪華な塊で、ちょっと焦げ目が付いたところを串にでも刺してそのまま食べたら、すごく美味しそうだ。スープのだしには、ちょっともったいない気がする。
「うわ〜、それがお皿に入った人は『あたり』ね!」と、里菜が笑った。 
 アルファードは長い木べらで、鍋底に張り付いているベーコンをざっと剥がした。
 それから、大雑把に水洗いして脇に積み上げてあった丸ごとキャベツの一つを左手に取ると、外葉を掻き取った後の軸を右手でむんずと掴み、それを軽く捻りながら、おもむろに『ふんっ』と力んで引き抜いた。一瞬の荒業である。里菜はこの光景を見慣れているので今更驚かないが、周りで働いていた宴会場の料理人たちは、みな、ぎょっとして、アルファードとキャベツを見比べた。
 アルファードはそんな視線など意にも介さず、今度は軸を抜いた後の穴に両手の親指を強引にねじ込み、顔色一つ変えずに、キャベツをばかっと半分に割った。
 それをさらにいくつかに手で引きちぎり、大雑把に割りほぐしながらばらばらと鍋に落としていく。
 唖然と見守る料理人たちを尻目に、アルファードは、無表情に次のキャベツに取り掛かる。
「あ、アルファード、青虫! 青虫!」
 鍋の中を覗いて、里菜が悲鳴を上げた。
「あ? ああ」
 アルファードは平然と鍋の中に手を突っ込み、青虫を素手でつまんで捨てた。
 そして、そのまま、淡々と次のキャベツに取り掛かろうとする。
 これには里菜もさすがに驚いた。
「あ、熱くないの……?」
「……熱いが」
「えっ。火傷しなかった?」
「したかもしれない」
「ええっ! じゃあ、水で冷やしたほうがいいんじゃない?」
「いや、いい」
「そ、そう……」
 里菜と話しながらも、アルファードは、手を休めず、木べらでキャベツを混ぜて全体に油を回した。
 そして、
「リーナ、危ないからちょっと離れていろ」と言うなり、そばにあったヤカンを取り上げて、鍋に湯を注いだ。
 じゅーっと派手な音を立てて、盛大に蒸気が立ち昇る。
「あとは味をつけてしばらく煮るだけだ。俺はここで鍋を見ているから、君は宴会に行って来るといい」
「えーっ。アルファードは行かないの? 後は、煮えたらここの人たちに持ってきてもらえばいいじゃない」
「いや、俺はここにいる。君は行っておいで。だいたい、最初に言ったように、君は別に厨房に来なくてもよかったんだ。早く行かないと宴会が終わってしまうぞ」
「あっ、わかった。アルファード、出たくないんでしょ! それで、なるべく厨房に隠れてようと思って、わざと煮るのに時間のかかるキャベツのスープなんか作ることにしたのね? どうして出たくないの? 恥ずかしいから?」
「……」
 アルファードは返事をしなかった。どうやら図星だったらしい。
 里菜とアルファードも、一応、最初に宴会場に顔を出し、主催者に手土産を渡して挨拶をしたのだが、その後、アルファードは、キャベツを自分で調理すると言い張ってすぐに厨房に引っ込んでしまい、里菜も無理やりそれについてきてしまったのだ。
 ローイとヴィーレは、今頃、宴会のご馳走を楽しんでいるに違いない。ローイは、たぶん、持参した樽酒で、へべれけになっているだろう。請われて調子に乗り、テーブルに飛び乗って歌でも歌っているかもしれない。
 アルファードと同様、里菜も決して社交的な性格ではない。自分から仲間たちを誘ってきた宴会ではあるが、ローイは酔っ払いで話にならないだろうし、ヴィーレもどこにいるか分からないと思うと、今から一人で、知らない人たちでごった返す会場に戻っていくのは、なんとなく心細い。会場に戻るならアルファードと一緒がいい。料理は大量にあったから、少しくらいゆっくり戻っても十分ありつけるだろう。
「あたしもキャベツが煮えるまでここにいる! でないと、アルファード、お料理が出来上がっても、ずっとここに隠れてて宴会に出てこないもん。あたし、アルファードと一緒じゃなきゃ、宴会、出ないから。アルファードが出てくるまで、いっしょにここにいる」
「……好きにしろ」
 アルファードは諦めて、キャベツスープに塩を炒れ、鍋をかき回しはじめた。
 といっても、ずっとかき回している必要はないので、後は暇である。
 その間に、里菜は、あらゆる世界のあらゆる調味料が並んだ厨房のスパイス棚を見回し、期待通り、荒挽きブラックペッパーの入った小瓶を発見して小躍りした。
 里菜は、前々から、このスープには絶対荒挽きブラックペッパーが合うと思っていたのだが、イルファーランには、胡椒というものが無かったのだ。似た味のハーブはあるのだが、やはり微妙に風味が違う。
「ね、アルファード、これ、スープに入れていい? イルファーランにはない香辛料なんだけど、絶対、合うから」
 アルファードは蓋を開けて胡椒の匂いを嗅ぎ、納得顔で頷いた。

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