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防災は次世代への贈り物

 地震工学は大きな利益を生む分野ではありません。学内でも、分野によっては企業から億のオーダーの研究費を受けていると聞きます。一方、ほとんどの地震工学(建築構造)の研究費は、それより1桁、2桁、3桁小さい。少なくとも、大学の中で研究費を稼いでいる分野ではありません。それでは、地震工学は役に立たないのか?

 先日、ニュージーランドの研究者が、熊本市内で計測された地震波の応答スペクトル(注:益城ではない)とクライストチャーチで観測されたものを示し、「熊本の地震波のほうが建物に厳しい。しかし、熊本のほとんどの建物の被害は軽微だった。日本の耐震性はすばらしい!」と講演していました。東日本大震災でも、地震動に対しては、ほとんどの建築物・土木構造物は耐えました。新幹線も死傷者を出していません。これは、当たり前のことではなく、「先代からの贈り物」と言えるかもしれません。もし、先代が大地震に対する備えをしていなかったら、更に大きな被害だったことでしょう。

 しかし、残念ながら、東日本大震災では福島原子力発電所の事故が発生し、津波によって2万人の犠牲者を出しました。熊本地震における益城町は壊滅的な被害でした。今でも被害調査に行くと、多くの悲しみに出会います。このことは、地震工学は発展途上にあることを意味しています。また、超高層建物や免震建物のように、新しい構造形式が出現しており、それに合わせて地震工学も変わる必要があります。

 東南海地震の発生確率は、30年で70%程度と公表されています。どんなに優れた耐震設計法が提案されても、その耐震設計法で建設された構造物が多数を占めるまでには30年程度はかかります。そう考えると、現在の設計法および次の設計法で建設された構造物が、次の海溝型大地震の試練を受けることと思います。今の日本では、耐震コストの大幅アップは望めません。そのため、合理的な設計法が望まれます。大地震の発生を止めることはできませんが、大震災は阻止できます。知恵を絞って、より安全・安心な社会を創りましょう。それが、私たちから「次世代への贈り物」ですから。

(JAEE NEWS No.320 2017/12/1 日本地震工学会ニュース No.320)

2020年04月10日

Nスぺの補足 あなたのマンションは大丈夫か?

2024年9月1日放送のNHKスペシャルに関連して「“軟弱地盤”で住めなくなる!? あなたのマンションは大丈夫か」(NHKスペシャル取材班 三木健太郎・高橋弦・林秀征・老久保勇太)」が NHK | WEB特集 | 地震)*1にアップ(2024.9.1)されました。ここでは、それに関連したコメントをします。

 タワマン等の超高層建物を除くと、現在でも大地震や液状化に対する杭基礎の耐震設計がされていません。ただし、「中小地震で設計された杭基礎」=「大地震で破壊」ではなく、「杭基礎の破壊」=「建物の沈下・傾斜」でもありません。すなわち、中小地震で設計された杭基礎の多くの建物は、大地震後も継続使用可能でしょう。しかし、ある確率で建物は沈下・傾斜すると予想されます。建物が1°でも傾斜すると、他の損傷が軽微でも人が住み続けることはできなくなり、ジャッキアップ等の復旧工事、または取り壊しになります。ジャッキアップは多額のコスト(建設費の30-50%程度?)と工期(1年以上?)がかかるようです。区分所有のマンションでは、復旧工事の合意をとるのは困難です。
 これまで、私は日本建築学会等を介して、大地震に対する杭基礎の耐震設計の必要性を訴えてきました。しかし、それが実務に反映されているとは言い難い状況です。その要因として、建築基準法への人々の信頼があると思います。法を満たしていれば大丈夫と思いがちですが、建築基準法は「人命保護」を目的としたものであり、「継続使用・財産保全」を担保していません。法を満たす範囲で構造のコストを削減することは、ある意味、合理的な設計です。また、杭基礎にプラス100万かけても日々の生活は変わりませんが、キッチンにプラス100万かければグレードアップします。しかし、杭基礎の破壊に伴う建物傾斜の経済的ダメージはあまりに大きく、杭基礎にコストをかけ、そのリスクを下げる選択はあって良いと思います。もし、リスクに不安を感じるのであれば、マンションの購入を検討する際、「このマンションは大地震が来ても杭基礎は大丈夫ですか?液状化しても住み続けられますか?」と担当者に聞いてください。なお、リスクを許容するのであれば、標準仕様の杭基礎で問題ありません。法に頼るのではなく、リスクとコストを天秤にかけ判断するのが本来の姿と考えています。
 

*1 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240830/k10014563451000.html


2024年09月03日