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手をぱっと放すのは・・・
私は施術している時、何度か瞬間的に「ぱっ」と手を放す事があります。
一箇所の施術につき何度もそれをするので、患者さんや施術を見ている人は
とても気になるようです。多分私の施術を受けた事、または見た事が無い人は、
これを読んでもイメージがわかないかと思いますが、とにかく、ぱっぱっと手を
放すんです。日頃から、これについては、それはまあよ〜く質問を受けます。
「そのぱっと手を放すのは、なにやってるんですか?」と。
実はこれ、私にもよく分からないんです・・・。今のような施術方法を取るように
なってかなり経つのですが、気付いた時にはこうなっていましたから・・・。
要するに無意識なんです。なので、この質問を受けてもうまく答えられずに、
歯切れが悪くなってしまっていたので、ここで少しまとめてみようと思います。
自分では、これはおそらく「直感」なんだろうと思っているんですけど・・・。
まず、私の施術自体が無意識的なもので、まぁ言ってみれば「手が勝手に治療
している」といった感じのものなのです。仙骨の矯正を例に挙げると、仙骨の
上に手を当てて、仙骨の(脳脊髄液の循環に伴う)自動運動を触知したら、
その動きに追随していくと、後は手が勝手に正常な状態へと導いてくれます。
その過程で、時々ぱっぱっと手が放れるときがあるのですが、これも意識して
行っているわけではなく、勝手に放れるのです。そしてその度に動きが変わり、
その動きに変化が起きなくなった時点で矯正が終了、ということになります。
治療中、自分で意識しているのは、「正確にポイントに接触しているかどうか」
「脳脊髄液の動きを追っているかどうか(違う動きを追っていないか)」、
その動きが「正常か異常か」つまり、「治療の必要の有無」などの確認くらいで、
コンタクトしている手を意識的に動かすということはあまりありません。ですが、
実際に手は動いているわけですから、脳のどこかがこの動きを支配している
はずで、それはきっと「無意識の領域」なのだろうと思います。
この、意識には上らない無意識の領域で行われる行為を、私は「直感」だと
考えています。だから自分では、「直感的治療」をしていると思っているのです。
この時意識は何をしているのかというと、自分の手の動きを客観的に感じている
のです。ですから、この「直感」は、「なんとなくそう思う」というような「勘」とは
明らかに異なるものです。
言葉にするとちょっとオカルトちっくで、これでは説明として不十分なのですが、
とにかく私はこの「直感」が非常に大事だと思っていて、これを展開したり、
突き詰めていったりすると、最後には西田哲学でいう「行為的直観」に行き着く
のではないかと考えているので、この「ぱっぱっ」にはとても興味があるのです。
と、これで「手をぱっと放す」事に関する簡単な説明は終了です。
どーですかー、みなさ〜ん、分かりましたかー? ・・・「しーーーん」。
ま、私の講義では良くあることです(笑)。
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