岡森利幸 2013/7/20
日本が近代国家の道を歩み始めた明治時代には、西欧の文化にあこがれた人々が、自分たちの住まいを西欧風にしようとした。それがステータスシンボルともなり、ハイカラな洋館を持つことが、社会的地位と財力を表わした。客を自宅に招いて接待するためという虚栄的な目的もあって、ぜいを尽くしたものがある。中には、天皇の御来訪を意識して作られたものまである。
それら洋館は当時の最新の建築方式や建材で作られ、文化的に価値の高いものが多い。調査によると、震災や戦災を免れて、日本の各地にかろうじて残っている。そのまま保存して置きたいところだが、耐久性や耐震性に問題があるとか、維持管理するのが難しいなどの事情がある。特に個人的な所有物など、公的な支援のないものは、荒廃し、徐々に失われつつあるのが惜しい。
私は少々興味があって、以前にも春夏秋冬(第65号)で、古い建物を集めて展示している場所を紹介したように、機会があれば、それらを見て回っている。今回は、それとは別に、東京にある上級レベルの洋館のいくつかを紹介しよう。いずれも公開され、安い料金で入れる。多くは公的に管理され、手入れもほぼ行き届いている。建屋だけでなく、その庭園も立派なものが多く、それも見所になっている。
@旧古河邸
駒込駅から北へ700メートル行くと、高い石塀で囲まれた旧古河庭園がある。その中に黒味がかった石造りの重厚な洋館があり、古河財閥の主の邸だったという。今、中は大谷美術館となっている。やや中に入りがたい雰囲気があり(別料金が必要)、私は外側だけを観察してきた。庭のバラ園も有名だ。
A鳩山会館
地下鉄有楽町線・江戸川橋駅から北へ歩8分。雑然とした街の中に、石造りの古いどっしりとした邸宅がある。日本の難しい舵取りをしてきた、有力政治家一家4代の歴史とプライドが詰まっている。今は、彼らはここに住んではいなく、この洋館は「鳩山記念館」のようになっている。
B旧岩崎邸
地下鉄千代田線・湯島駅から北へ400メートル、上野・不忍池近くのやや高台にある。その坂道を上がると、堂々たる外観の洋館が見えてくる。館内は時代を感じさせる古さはあるが、高級な建材を用いた豪邸だったことがうかがえる。三菱財閥創業者の邸宅だった。ここの洋館は、奥の方に日本家屋があって、部分的に一体化している。庭園の一角には、ビリヤード場だったという家屋も残っている。
C旧前田侯爵邸
京王井の頭線・東大駒場駅より北西400メートル、閑静な駒場公園内にある。最近、この洋館は重要文化財に指定された。正面から見ると、他に負けず劣らず、威風堂々の城のような洋館だ。城というと、前田家の当主の邸宅らしい。無料公開され、中は古さを感じさせない、ぴかぴかな造りになっている。すぐ近くに同侯爵の日本家屋もある。これらの邸宅の持ち主は、両方に行き来し、使い分けて生活していたようだ。なお、その地区の南西の一角に、古い美術品も多く展示されている日本民芸館があるので、ついでに鑑賞するとよい。
D渋沢栄一旧邸
王子駅近くの飛鳥山公園の南側に、明治時代の財界の大立者、渋沢栄一ゆかりの建屋の一部が残っている。土曜の午後だけ、洋風の晩香廬と青淵文庫が公開されている。立ち並ぶ博物館の一つ、渋沢資料館とともに見て回る。ここへは桜の季節に訪れるのがいいかもしれない。
男の針仕事