プールと虫たちの風景                                     岡森利幸   2012/8/5

                                                                   R1-2012/8/8

8月初旬の午前、強い日差しが照りつけるなか、私は市営プールで、もがくように泳いでいた。この長さ50メートルの野外プールで泳ぐのは、10年ぶりだろうか。シャワー設備が新しくなったことが目新しい。

ロンドン・オリンピックの水泳の放送を見ていたとき、オレも少し泳いで見るかという気分になった。水泳は、子どものころから私の趣味の一つだったが、長い間、泳いでいなかった。私は高校生のときに買った水泳パンツを今でもはいている。それはもうかなり傷んでいるが、買い換えるつもりはない。気分は高校生なのだ。でも、もはや体力に自身のない私は、50メートル泳ぐとターンして泳ぎ続ける気にもならず、プールの端の壁にやっとたどりつくと、底に足をついて、水中ゴーグルをはずし、息を整えていた。もうプールから上がろうかとためらっていた。

ふと、水面に浮かんでいたカナブンを見つけた。丸々とした2センチほどの体で、緑がかった金属色の背中が光っていた。それは力なく手足を動かしていた。それはプールの水面に不時着したのだろう。このままだと、溺死に至ってしまう。たまたま親切心を起こして、私はそれを手のひらですくって、水とともにプールサイドに出してあげた。弱っていたようだが、それ以上は、私は関わるつもりはない。後はカナブンが自力で生きるしかない。

また、水面を見ると、小動物を見つけた。バッタかと思ったが、手足の細長い小さいカエルだった。手足を伸ばしたまま、ぴくりとも動かなかった。これは死んでいた。プールにカエルの死体が浮いているのも気味が悪いので、私はまた、手のひらをおわんの形にし、すくった水といっしょにプールサイドに出した。水泳のうまいカエルが溺れ死んだのではなく、おそらく、公園内の近くの池から這い出したカエルが、広いプールを見つけ、新天地発見とばかり、喜び勇んでプールに飛び込んだのだが、プールには消毒のためにカルキ(塩素剤)を入れているから、「毒の水」に当たって死んでしまったのだろう。

私は、プールサイドに据え付けられたステンレス・パイプのはしごを上り、水から出た。先ほどのカナブンを見ると、ちょうど羽を広げ、飛び上がった。どうやら回復したようだ。2メールほどの高さに上昇すると、プールのフェンスを超えて、雑木林の方へ行くのかと思った瞬間、小さい虫が横から飛んできて、そのカナブンに衝突するように合わさった。それはまるで待ち構えていたかのように、ふらふらと飛行していたカナブンに取り付いた。すると、二匹はそのままフェンスの内側にストンと落下した。メスとオスが空中で交接したのかと私は一瞬思ったが、カナブン同士の交接にしては、一方の虫は小さすぎた。私は落下したところに行き、腰をかがめて見おろすと、大きめのアブのようなものがカナブンの首筋に噛み付くようにしがみついていた。もうカナブンはほとんど動けなかった。カナブンはアブのようなものに捕獲されてしまったのだ。しがみついていたその昆虫は透明の長い羽を持ち、2センチほどの長さの細い体形で、茶色だった。スズメバチのような派手さはなく、質素な姿だった。「この虫は何だろう?」 私は、少年のように、この虫の正体について興味を持った。あとで近くの図書館によって昆虫図鑑を調べてみたのだが、その種類はよくわからなかった(*1)。

私が助けたカナブンは、ようやく飛べるようになったかと思ったのに、刺客に襲われてしまったのだ。おそらくアブのようなものに毒液を注入され、一瞬のうちに身動きできなくなったものと思われた。後は、体液を吸われてしまうのだろう。幼虫ならともかく、固い殻に包まれた成虫を襲うとは、大胆不敵……。鮮やかな空中殺法だった。助けた甲斐がないのだが、こんなことになるのなら、水面でもがいていた方が、カナブンは長生きできたかもしれなかった。

そんな昆虫たちの行動に驚きつつも、強い日差しの下で長く観察はできないから、私は背を向け、早々にプール場を出ることにした。

 

*1 さらに、ネット検索で調べてみると、ムシヒキアブという食虫虻の一種だったことが確かだ。ムシヒキアブは、カナブンなどコガネムシ類の天敵(幼虫を襲うことはよくあるらしい)であり、ハチのように毒液を持ってはいないが、口吻で突き刺す。それは強力な武器であり、めったに人を刺すことはないというが、刺されると相当に痛いらしい。ムシヒキアブにも多くの種があり、大小さまざまで、獲物にする虫もそれぞれだ。(たで食う虫も好き好き。) 私が目撃したのは、最強の部類に属するシオヤアブのようだった。

 

 

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