ランチ磨き                                                岡森利幸   2011/6/5

                                                                  R1-2011/6/7

ある日、東京方面に向かう電車の中で私は窓を背にして座り、ぼんやりと車内を見回していた。車内には雑多な人々がいて、中刷り広告なども多く垂れ下がり、ときどき私の興味をそそるものがある。その向かいの窓のすぐ上に掲げられていた広告のひとつに、不思議な宣伝文句があった。私の目がそこに留まった。それには、「ランチ磨きは、ポケット○○○。」と書かれていた。製品を売り出すための、いわゆるキャッチコピーだ。ポケット○○○は、メーカーが宣伝して消費者に買ってもらいたいと目論んでいる製品名に違いないが、「ランチ磨き」とは、一体、なんだ? ランチを磨く?

私は一瞬、何のことか、さっぱりわからなかった。でも、「ランチを食べてから、磨くもの」といえば、「歯」である。歯を磨くものといえば、「練り歯磨き」または「歯ブラシ」のどちらかだろう。その広告の細長いシートには左右に、すまし顔の若い女性がテーブルの前でその製品らしいものを持ってポーズをとる写真と、5,6本のカラフルな、まるで筆記具のような物体の写真が配置されている。どうやら、ポケット○○○は、歯ブラシの製品名であるようだ。おそらく、ポケットに入れて持ち運べるつくりになっているのだろう。私は数秒考えて、やっと「ランチ磨き」の実体を理解した。

それにしても、「ランチ磨き」には、重大な意味の言葉が二つも欠落している。それは、「歯」と「ブラシ」だ。おそらく、コピーライターはわざと省略して「ランチ磨き」だけにしたのだろうが、その言葉がないと、読む側にとって意味不明であり、何を宣伝したいのか、さっぱり伝わらないおそれがある。

たとえば、「歯」だけ入れて「ランチ歯磨き」としても、「歯磨き」と「歯ブラシ」のどちらを宣伝したいのか、はっきりせず、ある人が「歯磨き」と解釈し、チューブに入った「練り歯磨き」などと思い込んで買ってみたら、「歯ブラシ」だったというような誤解を生じさせてしまいそうだ。せめて「ランチ磨き、ポケット○○○。」とすれば、『ポケット○○○』が主語になるから、わかりやすかったことだろう。

おそらく、そのメーカーは、「ランチ磨き」と聞くだけで「歯ブラシ」をすぐに連想するような「若い人」に対して宣伝しているのであって、それが連想できないような人たちは対象外なのだろう。たとえば、昼飯を食べても、歯を磨く習慣がない、ズボラな人には関係ないわけだ。

 

 

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