空中庭園の風景                                            岡森利幸   2012/5/18

                                                                   R1-2012/6/19

5月のまぶしい日の光の下で、やや遅い昼食をとっていた。その日、私は9時過ぎにパスポートセンターで、一週間前に申請していたパスポートを受け取り、その足でそのビルの地下にある食品売場に行って、二つのおにぎりと飲み物を買っていた。海外旅行する予定はなかったが、国内にもパスポートの提示が求められる場所があって、そこへ行くために用意したのだ。そこは米軍基地。

昼食を確保してから、近くにある図書館へ行った。今日一日、夕方までそこで過ごすつもりでいた。この日は、夜に横浜の大学で講演会があったので、聞きに行くついでに立ち寄ったという意味合いがあった。午前中は、図書館のビルの二階の窓際の席を取り、雑多なビルが立ち並ぶ街を背景にして車が左右に道路を行き交うのを、時折見下ろしながら、私は新聞類を読んでいた。一通り読み終わって、昼すぎにこの空中庭園に移動した。

図書館で飲み食いはできないので、一旦外へ出て、この空中庭園の階段を上がり、周囲に配置されたベンチの一つに座った。ベンチは三人掛けだが、だいたい一人の人が占有してしまう。ここはパスポートセンターが入っているビルと、図書館が入っているビルとのちょうど中間にあり、バスターミナルの上に造られた公園なのだ。バスターミナルでは、二つの車体を連結した大型バスなども発着している。都市の空間をうまく利用して造られている。公園周囲には植え込みがあって、それを背にしてところどころベンチが配置されている。中央部には、ケヤキの大木があって、下の地面から伸びて丸く開けられた穴から、空中庭園の床を突き破るようにして、枝葉を伸ばしている。公園の一角には芸術的な彫刻が配置されたりしているから、なかなか都市の公園らしい、ゆったりした雰囲気がある。神奈川県の中央に位置し、この辺では一番の繁華街である厚木市らしい施設だ。ただし、周囲から都会の喧騒音が聞こえてくるのが玉に(きず)だ。

太陽の光が上から降り注ぎ、タイル状の人口石材で敷き詰められた床がそれを反射するように輝いているから、さらにまぶしい。ベンチの背にもたれて座ると、空がよく見える。すると、下方から響いてくる自動車の騒音とは別に、空から単調な響きの大きな音が近づいてきた。見上げると、双発のプロペラエンジンを翼につけた航空機が飛んできた。おそらくこれは軍用機で、ここから約6km離れた「米軍厚木基地」の滑走路に降り立とうとしていたものだろう。航空機には少々興味のある私だが、ここでは機影が小さすぎ、機種を判別することはできなかった。まもなく、また別の双発機が飛んできた。やや金属的な音を響かせていた。これはジェットエンジン機で、機体の上部に大きな円盤をつけていた。それはもちろん大型レーダー装置であり、軍用の哨戒機に違いなかった。彼らはあの仮想敵国といつ戦闘が始まってもいいように備えているわけだ。

 

おにぎりをゆっくり食べている私の近くの床面に、一羽のハトが降り立って近づいてきた。2メートルほどのところで、座り込んで、体を床面につけた。素知らぬふりをしながら、私の様子をうかがっているのだ。なぜハトが近づいてきたかは、容易に想像できる。彼らはエサを期待しているのだ。ここのハトは、人間がエサを投げてくれることを知っている。でも、この日はおにぎり二つだけだったから、分けて与える余分はなかった。〈期待に添えなくて、すみませんね〉

以前、私はパン類を多めに買ったときなど、それをちぎって投げて与えたことが数回あった。すると、ハトは、一羽だけでなく、どこからともなく群れをなして集まって来て、我先にと、床の上のパンをついばみ始めるのだ。まるでアマゾンのピラニアのように……。引きちぎられたパンの一部が空中にはね飛ばされたりするから、まるでポップコーンがはじけ飛ぶような光景が展開する。周辺に群がっていても、こぼれたものが飛んできて、それをついばむチャンスはある。一片のパンが瞬く間にばらばらになってしまう。

実はハトたちの多くは、近くのビルの屋根にとまっていて、こちらの様子をうかがっている。エサがまかれたとなると、一斉に飛んでくるのだ。この周辺にはスズメやカラスもいて、カラスが来ると、カラスはハトを追い払って、横取りするようにエサを持ち去っていく。ハトは、その場で食べる分だけついばみ、まるごと持ち去るようなことはしないのだが、カラスは全部持って行ってしまう。カラスは、一つのものをみんなで分けて食べるという平等主義的精神は持ち合わせていない。つまり利己的なのだ。

エサがまかれることを期待するハトが数羽に増えてきた。最初にいたハトが縄張りを主張するかのように、後から来たハトを追い回すようにせっついたりしている。先着権を主張しているかのようだ。それらのハトの首の周りが玉虫色に光っているのが印象的だった。

右手の方から、白と黒のまだら模様のネコが登場し、ハトに近づいて行った。一羽のハトに狙いを定めていた。それに気付いたハトは、2メートルほどの間隔に狭まると、余裕を持って翼を羽ばたき、飛び立った。ネコとは一定の間隔を保つように、本能的に警戒するのだろう。ネコはネズミ類だけでなく鳥類も狩猟の対象にすることがあるが、翼を持つ鳥が、暗い夜ならともかく、明るい日の下では、そう簡単にネコの餌食になるわけはない、と私は思った。〈ネコがハトを捕えるのは、10年早いだろう〉

ハトを追いかけていたネコは、そのうちあきらめたように、白い棚の柱の影に寝そべった。それも長くはなく、ハトたちがまた戻ってくると、またネコは起き上がって、ハトを見据えた。床に這うような低い姿勢をとり、じっとハトに狙いを定めていた。ネコが低い姿勢のまま、するすると一直線に動いた。「バサッ」

もうネコはハトの首筋に噛み付いていた。何という俊敏な行動だろうか。ハトは片方の翼を動かし、身じろぎしていたのだが、まもなく動かなくなってしまった。猫はそれを確認したかのように、ハトをくわえたまま、向こうの植え込みへ走り去って、姿を消した。私はカメラを取り出し、写真に記録しようかと思ったが、そんなひまはなかった。私の目の前で起きた「狩猟行為」に驚くしかなかった。エサを食べるつもりなのに自分がエサになってしまったのは、少々気の毒だった。

――その昔、我が家でアヒルが野良ネコに襲われた事件を思い出した。我が家では、小学生だった息子のペットとして一羽のアヒルを飼っていた。それは、小さいヒナのときにペットショップで購入したもので、育てているうちに、大きな成鳥になっていた。ある夜、異常な物音に気付き、何ごとかと玄関を飛び出し、軒下にあった小屋に駆けつけたが、黄色っぽい、まだら模様のネコがアヒルの長い首に食いついていた。手作りの小屋の戸締りをしっかりしていなかったせいか、野良ネコがその中に侵入したのだ。すぐにネコを追い払ったが、白い羽毛のアヒルの首は鮮血で赤く染まっていた。もはやアヒルは致命傷を負っていた。ぐったりしていた。その長い首を抱えた私の手の中で、アヒルは完全に動かなくなった。〈あの時も、ネコがアヒルを襲うとは考えもしなかったなぁ〉

復讐心に燃えて、息子と二人でそのネコを捕まえようと、近所を捜索した。ネコを捕らえたら、動物保護センターに送り込むつもりだった。そこへ収容されたら、ほとんど生きて出られないはずだった。一度、捕まえる決定的なチャンスがあったが、そのネコはわが手の間をすり抜けて逃走した。数日後、実家の母にそのことを話したら、母は、「ネコも生き物だから、それは止めなさい」と私をいさめた。「しかし……」と私はそれに異議を唱えだが、しばらく考えて、復讐するのは止めにした。その母は今はもういない――

そのうち、あ然としていた私を上空から見下ろすように、カラスが飛んできた。そのカラスは、私の頭上を超えて飛び去った。そのカラスは口から、何やら紐のようなものを垂らしていた。よく見ると、紐ではなく、くちばしでくわえていたのはイワシのような魚だった。その魚は、おそらく、ここからほど近い相模川で泳いでいたアユだろう。カラスは、泳いでいる魚をとらえたのだ。〈行水(ぎょうずい)しなから、とらえたのだろうなぁ〉

食品売場や食堂でやすやすと「餌」を手に入れる私と違って、野生の生き物はじつにたくましい。

 

 

一覧表にもどる  次の項目へいく

         妖説・白村江の戦いと壬申の乱