聴衆のマナー                                         岡森利幸   2012/2/8

                                                                    R1-2012/2/14

2012年2月1日(水)、私は竹橋へ行った。上野の東京芸術大学の卒業展を見てから、地下鉄の大手町駅を降りて竹橋にある毎日新聞社のホールで『メディアは何を伝えたか』という題で東日本大震災に関して報道関係者が語るシンポジウムを聞きに来たのだ。午後6時から始まるシンポジウムだったので、当初は、午前中から芸術大学の卒業展を見て、その午後に、皇居の北の丸を通り抜けて竹橋にある東京国立近代美術館を見て回ろうと計画していたのだが、芸術大学の卒業展で見たり聞いたりするものがたいへん多く、予定外に時間がかかり、夕方になってしまったので、根津駅から地下鉄千代田線で大手町に出て、直接シンポジウムの会場へ歩いて行った。

着いたのは5時25分ごろで〈早すぎたか〉と思ったがちょうど係りの人たちが受付を開始したところだった。こういうシンポジウムや講演会では前の方に座りたがる私は、前列2列目の中央の椅子に座ることにした。最前列はテーブル付だったが、遠慮した。3席ずつ折りたたみ式の椅子が並べられ、通路を挟んでまた3席が並べられている。この会場では、すべて折りたたみ椅子に座ることになる。会場のホールいっぱいに、それが並べられていたから、かなり数の人(500人以上?)が聞きに来るようだった。

このホールのフロアは平らで、5、6人の発表者が座るテーブル席も聴衆の席も同じ高さになっていた。最前列は、その発表者たちと間近に対峙することになる。フロアが平らなため、後ろの方にいては、発表者の顔が見えにくくなる。

その後、開始時間が迫るにつれ、聴取者が続々と入り、かなり席が埋まってきた。私のすぐ前の席と、右の席が空いていたが、その席にも人が来た。60代以上と見える年齢の太目の男で、その体の筋肉はボンレスハムのようだった。その男が紙袋二つを持っていて、それらを私の右席の上に置いた。紙袋の中をちらりとのぞいてみると、本やパンフレットなどの資料がいっぱい入っていた。男は、なかなかの読書家と見えた。奥さんらしい人を連れてきたが、並んで座ろうともせず、奥さんを遠く離れたところに一人で座らせ、自分は唯一残されていた「特等席」にどっかと座ってから、体を斜めに曲げて、振り返り、紙袋から新聞を取り出し、それを読み始めた。

私は、右隣の席に紙袋が置かれていることに気になっていた。その男はひょっとして、遅れてくる人のために座席を確保しているのだろうか、という可能性も考えたが、もしそうでなければ、紙袋の置き場所として貴重な座席を占有することになるのだ。後者の可能性の方が高いと思えたから、私は一言注意してやりたかった。そのうち、私の代わりとして場内アナウンスが、「本日は満席に近い状態が予想されますので、お荷物は座席に置かず、足元や椅子の下に置いてください」と言ってくれた。しかし、その男にはその意味がわからなかったようで、紙袋を椅子の上に置いたままだった。場内アナウンスさえも無視しているのだから、私が言っても無駄だろう。

ハァクショイ

男は、いきなり大音響のくしゃみを放った。人が多く集まっている場所なのに、まるで人の目(耳?)を気にしていないかようだ。

シンポジウムが始まっても、とうとう、右席に人は来ず、紙袋様の専用席になってしまった。さらに、その男は帽子を脱がなかった。最前列の聴取者が帽子をかぶっていると、後ろにいる人には前が見にくい。そんなことには少しも気が回らず、男は熱心に発表者の報告に聞き入っていたようだ。

途中、近くで携帯電話の着信音が鳴り出した。携帯をあわてて取り出し、会場の後方へ行こうとする男に向かって、例の男は、振り向いて、「マナーを守れよ」などと叱りつけた。他人のマナー違反には手厳しい。

さて、シンポジウムは後半に入り、会場からの質問に答える時間があったのだが、司会者は会場からの一つ一つの質問に5、6人の発表者すべてに答えさせていたのだから、時間がいくらあっても足りなかった。

そんなとき、その男が発表者たちに向かって、いきなり「質問!」と言って手を上げた。それに対する許可を得ないまま、「SPEEDI(スピーディ)があることを記者は知っていたのか」と割り入った。原発事故で、飛び散った放射性物質がどの地域をどれほど汚染するかを見積るシステムとしてSPEEDIがあるのに、なぜ試算結果を早い段階で公表しなかったのか、メディア側から政府に対して公表を迫らなかったのかという問題点を指摘したのだ。本シンポジウムでの質問題目としては的を射ていた。前面に並んだ記者たちが言い訳のような回答を始めた。

さらに、その男は「それをアメリカ軍には知らせながら、なぜ国民に知らせなかったのか」などと質問を浴びせた。すると、司会者は、興奮しながら「待ってください、そこで質問しないでください。質問があれば、質問用紙に書くことになっているんです。既に会場から質問がたくさん来ているのだから、順番を待ってください」などと、男の発言を制止した。その男は、質問するにしても、ルールがあることを知らなかったらしい。

結局、終了の定刻になった。私が質問用紙に書いたものは読まれもせず、回答がなかったのが少々残念だった。シンポジウムが終わると、その男は席を立ち、すたすたと出口に向かった。そのとき、椅子を思いっきり下げたままだったから、その後ろにいた私は、身動きが取れなくなった。私はムッとして〈退席するときは、椅子を戻しておけよ〉と言いたくなった。そして、〈彼のような自己中心的な男は珍しい〉と感心した。

 

 

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