シンドラーの誤り

岡森利幸   2006.7.2

2006.7.4 R1

以下は、新聞記事の要約である。

毎日新聞朝刊2006/6/4一面・社会面

3日午後7時半ごろ、港区芝1のマンション「シティハイツ竹芝」で住民の1人高校生がシンドラー社のエレベーターに挟まれ、死亡。

このエレベーターは冬ごろから故障頻発していた。住民の1人「トラブルばかりでおかしいと思っていた」

ここ最近は1カ月に2度の割合で点検を行っていたが、「点検をしたが異常はなかった」とする張り紙が提示されていた。

毎日新聞朝刊2006/6/5社会面

エレベーター事故死で、欠陥放置の疑い。

過去2年半でエレベーターの不具合20件。事故の5号機と同型の4号機に集中して起きていた。閉じ込められた、内外の床で段差が生じた、振動や異音が発生した。今年の1月に建物を所有する港区の職員にも住民が苦情や不安を訴えていた。

「エス・イー・シーエレベーター」社が点検を行っていた。エレベーター定期点検は月に2回。

毎日新聞朝刊2006/6/7社会面

シンドラー社、説明会出席を拒否

東工大では不具合14件、同社に総点検を申し込んだ。

毎日新聞朝刊2006/6/9社会面

ブレーキパッドが劣化。ブレーキに通常より油の量が多く付着していた。

検証では製造元のスイス本部からブレーキ部品を取り寄せて、現場の事故機で昇降実験を行う。

毎日新聞朝刊2006/6/13社会面

シンドラー社初会見、抗弁続けた3時間半。

「メーカーはメンテナンスを継続して受注しないとうまみがない」

メーカー系と独立系の保守点検会社がある。シンドラー社が製品情報を十分に独立系に知らせていなかった疑いが出ている。

毎日新聞朝刊2006/6/15社会面

シンドラー社製エレベーター事故で、ブレーキ不良が放置されていた。

点検作業員「巻き上げ機のブレーキについているナットの位置がおかしいと思った。しかし、シンドラーエレベーター社製の機械を扱ったことがなかったので、どうしていいのか分らず、そのままにしていた」

シンドラー社幹部はドアが開いたままエレベーターが動いたケースは、これまで全国で4基に計6回起きていたことを記者会見で明らかにした。

毎日新聞朝刊2006/6/18一面

事故エレベーター保守会社社員、ずさんな点検証言。

保守点検会社の技術系社員「メーカーからの製品情報がほとんどなく、部品の調整が怖くてできない」

「メーカーは自社系列でない会社に設計図や点検マニュアルを渡さない。大手メーカー系列(三菱電機、日立製作所、東芝エレベーターなど)から中途入社した社員が製品の知識を伝授しているが、大手以外のOBはほとんどいない」

「交換部品をメーカーに発注しても、あるはずの在庫がなかなか届かず、待たされたことがある」

シンドラー社が随意契約で請け負っていた03年度と比べると、3年間で4分の1の価格になった。この保守会社は06年度の保守点検を約115万円で落札した。

毎日新聞朝刊2006/6/18社会面

シンドラー社のエレベーター、制御プログラムの欠陥(ドアが開いたまま動いてしまう)があった9基について、17日、改修を終えた。正しいプログラムを入れた部品を制御装置に組み込んだ。

 

このエレベーター死亡事故の背景にあるものは、シンドラー社が主張しているように、保守のずさんさにありそうだ。しかし、ずさんな保守を見て見ぬふりをしていたのがシンドラー社だろう。

〈保守契約をしていたのは、他社であって、自社ではないから〉というのが、その言い分だ。

そのためか、当初、被害者や住民に対して、哀悼の意も示さず、わびもいれず、ろくな説明もしなかった。まるで誠意のない対応には、怒りの声が上った。その後、各地で続々とシンドラー社のエレベーターの不具合が明るみになった。シンドラー社のエレベーターが故障多発の代名詞のようになった。

シンドラー社幹部がようやくマンションを訪れ、死者に哀悼の意を表したのは、事故の10日後の6月13日のことだ。

その後、シンドラー社は、複数の機器に対してドアが開いたまま動き出す不具合(前からわかっていた制御プログラム不良)を対策する作業を完了した。死亡事故をきっかけとして、放置していた問題をあわてて対策したようだ。死亡事故が起きたエレベーターはそれに無関係といいながら……。

 

その保守会社は、シンドラー社のエレベーターを扱ったことがなかったという。ずさんというより、保守に関して無知だったのだろう。どうやって保守するのかわからなかったと証言する保守会社の社員は、本音を語ったのだろう。マニュアルがなくて、どうやって保守していたか。保守していたというより、「保守点検するふりをしていた」というのが実態だったようだ。ブレーキという基本中の基本である点検も出来ていなかった!

独立系保守会社とメーカーの異常な関係が明らかになってきた。メーカーは独立系保守会社に製品や保守に関する情報を開示しないという。保守会社に自社の製品を保守してもらっているのに、技術的情報を与えないことは奇妙なことだ。それではまともな保守ができるはずはない。

エレベーターに限らず、一般的にメーカーの設計開発部門では、製品説明に関するマニュアルとともに、メンテナンスに関する保守マニュアルや保守部品リストを必ず作成するものだ。保守会社は、メンテナンスのためのツール類、消耗品、定期交換部品を常に準備しておかなければならないし、電子部品などメーカーから取り寄せるための納期がかかるものならば、あらかじめ購入しておかなければならない。

保守するためには、その製品についての専門的な知識が必要だ。

・どこをどう点検すればいいか?(特に、床面の高さなどの調整や各種センサーの正常性)

・定期的に交換する部品は?

・稼動部分に塗布するグリスやオイルは何を使えばいいか?

・故障したかどうかの診断方法は?

・故障した部品をどうやって入手するのか?

 

製品情報、保守マニュアルなどの情報やノウハウなどは、メーカーの開発部門と品質保証部門と、保守会社が密接な連携が必要だが、メーカーが独立系保守会社に対して秘密主義的であるのは、シンドラー社に限ったことではないらしい。国内メーカー各社にも、同じ事情があるという。保守会社が大手メーカー系列の社員だった者からその製品の情報を聞き出して、何とか保守しているという実態は驚きだ。ひどい実態だ。

メーカーは製造責任上、製品の品質保証の面で、稼動状況を監視し、障害発生にはすみやかに対応しなければならないはずだ。特に、コンピュータ制御の装置では出荷後にも不具合が見つかることがあり、ソフトウエアの『改良』で対応することがときどきある。そんなコストは、本来、製品出荷時に上乗せすべきものだろう。

しかし、シンドラー社の場合、入札価格を抑えるために、そんなコストは除外していたようだ。後々までの品質保証を継続するなら、どこかにそのコストを上乗せしなければならない。それを保守点検料に含ませていたのではないか。

製品出荷時の価格を入札のために低めに抑えて、保守点検料を高くする販売戦略をとっているのかもしれない。そのためには保守点検を継続的に受注することが前提だ。しかし、保守点検が入札で決められるとなると、高めに設定しようとするシンドラー社は、よりやすい価格で入札する他社に負けてしまう。つまり、高めの保守点検料で元を取ろうとしても、入札によってそれができなくなる。シンドラー社としては、ジレンマだろう。製品価格を低く抑えて導入に成功しても、利益が出るはずの保守点検業務が入札で他社に持っていかれる。

ただし、メーカー系列の保守会社なら、話は別である。メーカー系の保守会社は、メーカーとは別会社になっているとしても、資本や人脈が互いに通じているから、グループと考えていいだろう。メーカー系の保守会社が保守を請け負うことで、グループ全体的な利益が出る。利益にならない独立系保守会社に対して不親切になるのは当然かもしれない。

シンドラー社は、そんな系列外の会社に積極的に製品情報を与える義理はないと考えていたのだろう。メーカーが独立系保守会社に対して製品情報を与えれば、ますます自社による保守業務が遠のく。メーカーが秘密主義である事情は、独立系保守会社の存在のためだろう。情報を秘密にすることで、「シンドラー社の製品の保守は、シンドラー社の系列保守会社に任せなさい。他社に保守をさせたら、とんでもないことになりますよ」という無言の圧力をユーザーにかけているのかもしれない。

ユーザーにも、入札価格が安かったからということだけで、その製品に関してまるで技術も経験もない会社に保守点検を発注することに問題があろう。入札価格で、安かろう悪かろうの業者が決定されるのは、その入札システムに問題があるのかもしれない。保守会社の組織的な体制の違いや保守員の技能の差を考慮せず、金額だけの入札では、偏った結果になってしまう。

結果的に、シンドラー社は、独立系保守会社に入札で敗れ、保守業務を手放すことで利益を失い、同時に製品の品質保証も手放してしまった。品質保証を手放したら、少なくとも日本市場では商売が成り立たたないだろう。

とはいっても、このギクシャクした関係は、結局はユーザーを困らせることになる。ユーザーがメーカーに苦情を入れても、保守会社に言ってくれと相手にされない。ユーザーは、保守会社が定期的に点検しにやって来ているが、まともに保守しているのかどうかはよくわからない。そのうち、エレベーターの不具合が頻発し始める……。

メーカーが保守点検に協力しないことの結果が、今回の事故になって現れた。これはメーカーも保守会社も容易に予測できたことだ。協力関係を築くためには、保守会社は、保守料で得た収入の何パーセントか、あるいは固定的な金額で、『品質保証の支援』のような名目でメーカーに支払うべきだろう。場合によっては(エレベーターが新型であることなど)、メーカーは、有料で自社の工場で保守員教育を施すことも必要だろう。会社と会社のつながりは、金の受け払いがないと切れてしまうものだ。もちろん、不透明な金銭授受であってはならず、業界標準のルールとすべきだろう。

 

7月3日のテレビニュースでは、今後シンドラー社は保守会社に製品情報や保守マニュアルを開示し、その保守員に工場で保守訓練も行うことを表明したこと伝えていた。それまでシンドラー社はその不開示についての理由を保守会社から何の要請もなかったせいにしていたが、独立系保守会社は国内の大手が不開示だから、その慣例に従ってシンドラー社もそうであると思い込んでいただけだったのかもしれない。開示表明はシンドラー社の経営者のすばらしい判断だと私は思う。英断というものだろう。系列に凝り固まって排他的な国内の大手メーカーも見習うべきだ。私はシンドラー社を少しは見直した。しかし、信頼の回復までの道のりは遠いかも知れない……。

 

 

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電気自動車EV1の末路