農薬をまき散らす無人ヘリコプター 岡森利幸
2007.2.16
R2-2007.6.17
毎日新聞朝刊2006/7/31農が危ない 無人ヘリで水田に農薬散布する。農薬漬けの日本。 |
毎日新聞朝刊2007/1/31暮らし面 群馬県で無人ヘリコプターによる有機リン系農薬の散布を自粛したところ、過敏症患者が大幅減。 |
1.農薬漬け
「農薬漬けの日本」というのは、大げさな表現ではなく、事実に即しているのだ。
日本の消費者が潔癖症で、虫がついたり、虫食い跡のあったりする農産物を決して買おうとしないところがあるのは事実である。それにも増して、生産者が販売価格を下げるような要因(例えば、不ぞろいであるとか、色つやが悪いなど)をもつ農産物を市場に出そうとしない高級志向がある。病害虫が発生すれば、すべて商品価値ゼロとみなし、廃棄してしまう。消費者の健康を考えて廃棄するわけではなく、単に商品価値を落としたくないという、高値安定志向のなせる業だ。生産者は病害虫を恐れるあまり、農業協同組合の指導や政府の補助金にも支援され、病害虫対策の農薬を、定性的な表現をすれば、やたらに、必要以上に散布している。農薬散布が、農作業の中で一番大きく手間がかかるものになっている。だから、市場に出される農産物は、見た目のよい、虫も食わないような「高級品」ばかりだ。当然、農薬散布にかかるコストは販売価格に上乗せされるし(なお、政府からの補助金によってコストの一部は補填される)、残留農薬の問題もついて回るから、消費者にとっても関心を払わねばいけないものだろう。
2.農薬散布方法
無人ヘリコプターが主に「病害虫防除」のために1990年代から使われ始め、その使用実績をのばしている。ある統計では、1999年から2004年の5年間に約2倍に増えている。2004年には、2000を越える機体が飛び回っているという。無人ヘリコプターというと、多くの人はラジコンで操作する模型飛行機のようなもの想像するかもしれないが、技術の進歩でかなり使いやすく、かつ実用的にできているのだ。自律制御飛行や可視外飛行が可能なものまでできている(*1)。農薬散布で有人ヘリコプターに取って代りつつあるのは、当然かもしれない。
無人ヘリコプターの価格は一般機種の機体だけで優に1000万円する。しかし、組合組織で共同購入するなどの方法もあり、行政からの補助金も出るから、一般生産者でも利用可能になっている。それにしても、実にコストの高い方法だ。
農薬散布に手間がかかるといっても、農作業の全体から見れば、限定されるものだろう。その手間をできるだけ省くために、高価な機材や人員(オペレータ)を導入するのは、割が合わないかもしれない。オペレータは無人ヘリコプターを操縦するために特別な教練を受けることが必要である。手間を省くというより、散布した農薬によって作業員に健康被害が及ぶのを防ぐ効果が大きいのだろう。つまり、人の代わりに無人ヘリコプターをロボットとして使用しているわけだ。
なお、そのオペレータに農薬の中毒症状が出るケースもあるようだ。最初、風上に立っていたとしても、操縦に気を取られ、風向きが変わったときに、農薬を浴びてしまうことがあるのだろう。
以下は、ネットに掲載されていた「無人ヘリコプターの農薬」[提供(社)農林水産航空協会]から引用したもの。
3.中毒症状の観察 農薬中毒では,系統ごとに特徴のある症状が現れるので,症状をよく観察することが大切です。 多くの農薬は神経系に対する障害作用が強いので,特に,神経学的な面からの観察が重要です。 (1)意識障害 中毒の重症度を判定するために必要です。 (2)筋線維性れん縮およびその他のけいれん 筋線維性れん縮は有機りん剤およびカーバメート剤中毒に,てんかん様のけいれん発作は有機塩素剤および有機ふっ素剤による中毒によくみられます。 (3)呼吸抑制 有機りん剤およびカーバメート剤中毒では,呼吸抑制,突然の呼吸停止が生ずることがあります。 (4)末梢神経麻痺 重症の有機りん剤中毒で,知覚や運動の抹消神経麻痺が持続することがまれにあります。 (5)唾液分泌過多,発汗 副交換神経興奮症状は,有機りん剤,カーバメート剤および硫酸ニコチン剤の中毒の場合にみられます。また著しい多汗だけが観察されるのは,ニトロフェノール剤やPCP剤による中毒などの特徴です。 (6)不 整 脈 有機ふっ素剤による中毒の場合によくおこります。 (7)眼 症 状 著明な縮瞳があれば,有機りん剤かカーバメート剤による中毒の可能性があります。有機塩素剤などによるものでは散瞳気味となります。局所刺激症状では,クロルピクリン剤やブラストサイジン剤などが眼に入って眼痛,流涙,眼粘膜の炎症をおこすことがあります。また臭化メチル剤では,複視,視野狭さくをおこすことがあります。 (8)咳,喀 痰 刺激性物質の吸入によっておこります。有機塩素剤,クロルピクリン剤,臭化メチル剤などで出現します。 (9)皮膚症状 痛痒感を伴うかぶれ,発赤,軽度の腫張などがみられることがあります。クロルピクリン剤,臭化メチル剤などでは水疱,びらんをおこすことがあります。石油系溶媒を含む乳剤などでは一般的に発赤を示すことがあります。 (10)嘔吐,下痢,腹痛,咽頭痛,頭痛 多くの農薬中毒にみられます。 |
農薬は、散布する側にとってもたいへんな危険を伴う作業になっていることがよくわかる。
3.公害問題が持ち上がっている
大々的に農薬をふりまけば、周辺の住民や生態系に影響を及ぼすのが避けられないだろう。無人ヘリコプターは5メートル以内の高度で使用することになっているが、霧状の農薬が、ローターによって巻き起こされる気流で舞い上がり、風に乗って近隣の住宅地域にも飛び散ることも大いにありうる。そんな農薬は、人にだけでなく、自然の生き物・鳥獣にも害を与えてしまうだろう。病原菌・害虫は、農薬に耐性を獲得する傾向があるから、それに伴って、より強い農薬が使われるようになっている。無人ヘリコプターは、いまや神奈川、大阪、沖縄を除く44都道府県で使われているというから、問題も広がっている。(私は神奈川に住んでいてよかった。)
有機リン剤の飛散が周辺住民の健康に害を与えているという疑いのある実例が報告されている。有機リン系農薬の散布を自粛したところ、過敏症患者が大幅に減ったという群馬県の一例は、農薬の関連性が高いということだろう。しかし、周辺住民が悩まされるそれらの症状は、それが農薬の影響なのかがはっきり分らないような症状でもある。農家収入の安定化ために農薬散布を推し進めたい政府は、そんな住民の声など、不定愁訴にしか聞こえないようだ。相当に末期的な症状が住民の間に現れないと、政府は「公害」という、政府やメーカーにとって不都合な言葉を使おうとしないだろう。
4. 今後の対応
農薬を空中で散布する以外に、効果的に、病害虫を防ぐ方法はないものだろうか。
・飛び散らないように地上レベルで散布するロボットを用いることが有効かもしれない。
・農薬を使わなかった昔ながらの農法に立ち返ることも一案だろう。その場合、虫食い跡のある農産物を平気で食べるような消費者の意識改革も必要だ。農産物に虫がついていることが、農薬を使っていない、あるいは残留農薬が少ないという証明だろう。
・あるいは、生産者側が病害虫に強い品種を開発し、育成することだ。(遺伝子組み換え技術を使えば比較的容易に開発できる。現に、その目的で遺伝子組み換え作物が広く世界的に栽培されつつある……)
*1.高性能の機種では、軍事の偵察用にも転用できる。それを農業用仕様と偽って中国に不正輸出した事件が起きている。
人材派遣会社のいかがわしさ