民法772条の理想と現実                                        岡森利幸   2007.2.18

                                                                                                                       R2-2007.4.5

毎日新聞社では、このところ、民法772条の問題提起キャンペーンを展開している。

以下、その新聞記事の中から要点を引用する。(アンダーラインは、私がつけた。)

毎日新聞朝刊2007/1/8社会面

離婚後300日以内誕生の子は前夫の子という民法772条。

多くの夫婦が婚姻や出生を届け出た時に規定を知らされる。前夫との再会を拒む女性など当事者は負担を強いられている。

毎日新聞朝刊2007/2/7総合面・クローズアップ

枝野幸男・衆議院議員(民主)は昨年3月15日、法務委員会でこの問題を取り上げていた。それに対し、杉浦正健法相(当時)は、「ご指摘のような事情は特異なケースだと思う。見直すとすれば慎重の上に慎重に検討すべきだ」と答えた。法相は2度の答弁で「特異」という言葉を3回使い、姿勢を変えなかった。本当に特異なのだろうか。

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民法772条=1898(明治31)年施行

@ 妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する

A 婚姻成立の日から200日を過ぎた後、または婚姻解消・取り消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したものと推定する

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(婚姻成立の日から200日以内に生まれた子に関しては)40年7月30日の旧司法省(現法務省)の見解「結婚中に子が生まれたら、結婚前の内縁関係を調査せずに出生届を受理すべきだ」が出されている。これが「できちゃった婚」で生まれた子を「夫の子」として認める根拠になっている。

 

1.民法が、誰が父親であるかを決めている

あなたは再婚して子供を生んだとしよう。その出生届を役所に出しに行く。それは、生まれてきた子と夫と家族関係を一生築いていくための手続きだ。単に書類を出すだけのことと考えていたが、受理されないことに困惑することになる。役所の戸籍係の職員は届出書内の日付を見て「その子供は、前夫を父親としなければ、戸籍登録できない」と頑なに言い張るのだ。あなたがそんな職員に、「父親は、現在の夫以外ありえません」といくら言ってもだめなのだ。その主張を通そうとするには、前夫の確認を得て裁判所に持ち込まなければならない。

入籍などにこだわらないで結婚(内縁関係あるいは事実婚)する人も、生まれた子供の戸籍に関しては、こだわらざるをえないことになる。離婚後、法規に従い、半年待って再婚した女性が、300日以内に子供を産んだときに新しい夫が戸籍上、父親として認められず、前夫の子とされてしまうケースが増えているというのだ。

再婚夫婦に生まれた子が戸籍上前夫の子であっては、その夫婦にとっても生まれた子にとっても前夫にとっても困ることになる。その戸籍のままでは、血縁的に不正な親子関係を戸籍が強いるだけでなく、扶養義務の問題や遺産相続上のトラブルの元にもなる。生まれた子は正当な親の元で育てられるべきだから、何よりも、その子の福祉によくない。前夫がへそを曲げて、自分の子だと言い出したら、収拾が付かなくなる事態も考えられる。

民法772条は、再婚女性や生まれてきた子供にやさしくない法律だ。政府が「特異なケースだから、個別に裁判手続きすればいい」とつっぱねるようでは、今時の国民の支持は得られない。法律に特異なケースあるなら、速やかにそれを改正するのが国会の役目だろう。または、法律を柔軟にして、行政が統一的に運用できるように「ガイドライン」を定めるべきだろう。

民法が誰の子かを強引に決め付けてしまうのは、「無理」だろう。しかも、弱者の福祉に反するような「決め付け」は百害あって一理もない。しかし、その改正となると、政府としては、古き良き公序良俗に反するようなことを容認する法律を定めることに抵抗があるのだろう。

 

2.離婚後の再婚は半年待ちなさいと女性に強いることの理想

民法には、再婚禁止期間を6カ月と定める条文もある。1996年に、6カ月を100日にする改正案が出されたが、夫婦別姓などと共に(一部に反対が根強かったため)国会提出に至っていないが、ようやく改正に向けた与野党の動きがあり、近々、特例法案を提出するという。

女性が離婚後、半年間も再婚できないとする規定は、結婚の自由を相当に束縛するものだろう。これは、だれの子なのかわからないという事態を避けるためにある。「生まれた子が誰の子か、分らなくなるから、その間は純潔でいなさい」ということなのだ。あるいは、「女は、離婚後すぐに再婚するなど、そんなに軽々しく男を変えてはならぬ」、「身を清めてから、再婚しなさい」という意味も込められていると私は考えている。

「婚姻中の妻は貞淑でなければならないし、婚姻していないのに、性的交渉を持つことは公序良識に反する」という、貞操観念の押し付けがある。いまどき、それは『身勝手な男の願望』だったというべきだろう。

「半年間、結婚しない期間を設けているのだから、その間に『貞操』を守っていれば、誰の子かわからないような子は生まれるはずがない」という主張だろう。

彼らの考え方では、公序良俗と民法規定に従っていれば、離婚後300日以内に生まれた子供は前夫の受精によるものしかありえないのだろう。

民法の条文の@で、婚姻中に生まれた子供は夫の子であるとしているのは、妻の婚外交渉などありえず、浮気などによって他人の子を妻が身ごもるはずはないことを前提としている。

それらの規定があるのは、誰の子かわからない子供が生まれる可能性があるからという理由だが、誰の子かは、科学的に鑑定できるようになっているから、それは説得力がなくなっている。しかし、民法が推定した規定は、そんな科学的根拠に勝るから、やっかいだ。

離婚しそうな夫婦は、夫婦関係が破綻しているから、受精するようなことは、かなり以前より絶えてしまっているケースがほとんどであろう。長い別居状態から離婚に至るケースも多くある。離婚直前の妊娠の方が、極めてまれな特異なケースであろう。

前夫にとっても、自分の子でないとわかっているのに、離婚後300日以内だから「父親の責任を果たせ」と押し付けられても、承服しがたいことだろう。そんな子供の養育費までは、とても払う気にはなれないことだろう。

 

3.婚前交渉はもはや現実

離婚後、半年間結婚届ができなくても、女性がすぐに事実婚に入りうる。その事実婚まで法律で禁じるわけにはいかないだろう。それはもう自然なことだ。それで妊娠するケースの方が、離婚前より断然多いだろう。

広辞苑によると、「通常の妊娠持続期間は、すなわち受精から分娩までの期間は最終月経から数えて約280日」とある。最終月経から数えて約280日だから、260〜270日が実質的な平均日数だろう。

離婚後の男女交際(あるいは離婚協議中の交際で)で、300日以内に前夫の子でない子供がいくらでも誕生しうる。早産で、平均日数に満たないケースも多くある。それを300日で区切って前夫の子と決め付けるのは、医学的にもおかしいことになる。

 

4.日数で判定するなら、灰色ゾーンを設けるべきだ

300日では、不確実すぎる。

離婚後半年ほど、つまり、150〜200日以内に生まれた子であれば、前夫の子と断定してもいいかもしれないが、それ以上は、灰色ゾーンとすべきだ。その間は、よほどの、複数の男たちとの多重な関係をもたない限り、だれの子なのかは、女性がよくわかっているはずだから、女性の主張に重きを置くべきだろう。「前夫の子でない」と言うならば、前夫の子でないのだ。あるいは、いつ受精したかは医者がわかるはずだから、その診断書で行政が判断してもいいだろう。一番確実なのは、DNA鑑定書を添えるという方法だ。日数による、いい加減な「推定」ではなく、明白な親子関係の根拠として断定していいものだ。それでも、行政としては法律に従わざるを得ない。

 

5.胎児を自分の子として育てる覚悟の現夫

新婚時に200日以内で生まれた子は、その夫の子として行政が受理することは、既定の事実になっている。再婚時にも、それを適用するべきだろう。現夫は再婚の妻が妊娠していることを知っており、すべてを(父親が誰であるかを含めて)承知して結婚したものとみなすべきだろう。

再婚後、まだ離婚後のグレーゾーンにある間に子が生まれたならば、前夫でなく、再婚後の夫を父親とすることが最も妥当なところだろう。

 

6.離婚時に妊娠の有無を確認し、親権を決めることがもっとも公正だろう

離婚時に妊娠していたら前夫を父親とし、妊娠していなければ、それ以降の妊娠については前夫が父親でないと判定するのが理にかなうところだ。そうと決まれば、不明確なことは何もないのだから、直後の再婚にも何の支障もないはずだ。6カ月も間をおく必要はない。

その際の追記的な事項として、離婚時の妊娠に関し、前夫がその親権を放棄することを離婚条件にしてもいいかもしれない。つまり、女性の再婚を前提として、親権を再婚相手の男に譲るのだ。しかし、このように妻の不貞を前提とするようなことを法律で定めるのは、頭の固い国会議員には無理だろうけど……。

 

 

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