急浮上する潜水艦                                                     岡森利幸   2006.12.10

                                                                                                                       R1-2006.12.24

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2006/11/28一面

宮崎県日南市沖で海上自衛隊の練習潜水艦「あさしお」がパナマ船籍のケミカルタンカー「スプリングオースター」と接触事故。

遠ざかる船と近づく船が交差して確認(認識)が遅れる「マスキング現象」か。潜水艦のソナー(音波探知機)では、二船の識別が難しいケースがある。

毎日新聞朝刊2006/12/6事件面

潜水艦事故で、隅元均夫艦長が「ぶつかると思わなかった」と、判断ミスを認めていることがわかった。

海上自衛隊は、事故がタンカーの発見の遅れと艦長の判断ミスによる複合的な要因で起きたと判断している。

ソナー員は、タンカーの存在に気付き、艦長のいる発令所に伝えたが、艦長は遠ざかる大型船のみと誤認した。その後ソナー員は数回タンカーの存在を伝えたが、艦長は「接触しないと」判断し、浮上を指示したという。

浮上しようとする潜水艦が海上を航行する船にぶつかる事故が、また起きた。またというのは、2001年2月10日、オアフ島ホノルル南沖合いで、水産実習船えひめ丸が、急浮上してきたアメリカ軍原子力潜水艦グリーンビルにぶつけられた事故のことだ。えひめ丸は、多くの実習生を乗せたまま、あっという間に沈んでしまった。

今回は、双方の艦船が小破しただけの被害ですんだが、えひめ丸のときのように大事故になりうるものだ。潜水艦内で、海面上を航行する船の音をソナーで探知していながら、その存在を過小視した状況はそっくりだ。アメリカでの事故は、他人事だったのだろうか。あの時の潜水艦の艦長は、アメリカ人らしく、なかなか自分の非を認めようとはせず、原因調査に非協力的だったことが思い出される。(日本政府の強い抗議も追求もなかった。)

 

この潜水艦は練習艦(*1)だから、訓練の一環として潜航していたものだろうが、一般の船が頻繁に往来している航路上で、浮上しようとしたのがそもそもおかしい。(船がぜんぜん通らないような大海原では、訓練にならない?)

それはともかく、遠ざかる船と近づく船が交差すると、ソナーによる探知が遅れる(2隻の識別が難しい)という「マスキング現象」によって、他の船の存在に気付くのが遅れたのは事実だろう。マスキング現象は、潜水艦乗りならば、常識のことだろう。ソナーの性能がよくなかった(*2)という言い訳もあるかも知れない。それなら、なおさら慎重に浮上すべきだったはずだ。ソナーのせいばかりではないだろう。その別の船の存在に気付いてから、回避行動をとるまで、充分な時間があったことがうかがえる。

事故の前に、艦長は浮上のための準備命令をあらかじめ出していたのだろう。一方の船の音が遠ざかるにつれ、このまま行けばその船は行過ぎると思い込み、浮上の準備を進めた。その後に、ソナー員が別の船の存在に気付いて報告した。艦長はその報告を受けても、すぐには浮上命令を撤回しなかった。さらにソナー員が数回に渡って報告しているのに、艦長がそれを無視したのは、なぜなのだろうか。

「そんな船にぶつかるわけはない」という楽観だったようだ。あるいは、ソナー員が未熟で、あまり信用できないと艦長は思っていたのかもしれない。未熟なソナー員より自分の「カン」の方が信用できると思ったのかもしれない。それは、潜水艦に長年乗ってきた「経験のようなもの」だろうか。海は広いので、どこに浮上しても、ぶつかるようなことがあるはずはないという思い込み……。(確かに、めったにぶつかるようなことはない。)

艦長は、船の中では最高権力者だ。艦長はヒラミッド構造の頂点に立つ人間であり、それだけ待遇も違う。特に潜水艦のような単独行動する船の中では、別格だ。ぶつかる危険があったとしても、だれも、艦長の命令に異を唱えるものがいないのだろう。軍隊のようなところでは、上官の命令は絶対だ。部下の報告など、無視してもかまわない。

急接近してきた段階になって、さすがに危険を察知して回避行動(急速潜行)をとろうとしたが、わずかに遅すぎた。尾ひれのような、垂直に立っている水中翼の先端がタンカーの船底に接触してしまった。

練習潜水艦に乗り組んでいた訓練生(?)は、これを「めったにない体験」としてほしい。

 

以下は、雑誌『世界の艦船 2007-1』海人社刊による。

*1. 練習艦でも、魚雷の発射能力は備えている。また、実験的に、長時間潜航するための新機構、スターリング機関による発電方式(AIPシステム)を備える。

*2. 現在、次世代の潜水艦のためのソナーが研究試作されている。

 

 

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