疑惑の平成電電 岡森利幸
2006.9.18
R2-2006.9.28
1.まえがき
複数の会社を経営する人々にとって業績の悪い会社の一つをつぶすことは、しかたのないことかもしれない。しかし、会社の破綻によって多額の債務を踏み倒すことができるのならば、それは魅惑的な手段、つまり悪魔のささやき的な方法となることだろう。しかも、一般の個人投資家1万9000人から490億円を出資させ、採算性を無視した事業展開で負債を膨れ上がらせた結果とすれば、社会的な責任は重大だろう。
平成電電はテレビや新聞でよく名の知られた会社だったが、実態は、怪しすぎる会社だったことが調べれば調べるほどわかってきた。
以下は、新聞記事とインターネット上のニュースの引用・要約。
毎日新聞朝刊2005/10/15一面・社会面 平成電電、経営破たん。10月3日民事再生法の適用を申請した。 最期の出資金募集が9月末に行われた点にも疑問が残る。仮に破綻の危機を感じつつ出資金を募集していたとすれば、民事上の賠償義務が生じ、詐欺罪が成立する可能性がある。 |
毎日新聞夕刊2005/10/27社会面 平成電電出資を匿名組合契約で募集の2社、破綻後本店を閉鎖。社長は同一人物。 移転先を明かさず、投資家は「雲隠れした?」と憤る。 |
IT Media news 2005/10/03 「CHOKKA」不振で巨額負債 経営が行き詰まった一番の要因は、直収型固定電話サービス「CHOKKA」の不振。来年1月末までに100万契約を獲得する計画だったが、9月末現在での開通ベースの契約者数はわずか14万5000にとどまった。 CHOKKAは2003年7月に開始。有名俳優を起用した広告宣伝には月間約1億5000万円を投じた。しかし申し込み数は直近でも月間約2万にとどまり、100万契約という目標には到底届きそうになかった。 負債総額の内訳は、CHOKKA設備のリース代金など計約900億円と、累積債務300億円。平成電電はCHOKKAの設備の大半を「平成電電システム」と「平成電電設備」という2社からリースで借り受けていたという。 この2社は「平成電電」の名が付くものの、平成電電とは資本関係や役員の相互派遣などはない、まったくの別会社だという。 2社は特別目的会社(SPC)として、資金調達目的とした匿名組合「平成電電匿名組合」を運営。資産を証券化し、「予定現金分配率10%相当」などと高利回りをうたった金融商品として売り出し、これまでに約1万9000人から計約490億円を調達してきたという。 平成電電も1年ほど前まで、CHOKKAの利益の一部を分配する個人向け投資商品「平成電話パートナーシステム」を売り出し、約150人から計約20億円を調達していた。民事再生法の適用を受けた場合は契約上、返済義務がなくなるという。 |
日本経済新聞夕刊2005/11/2 社会面 平成電電が、3期続けて「未監査」決算をしていた。 2003年1月期から2005年1月期までの三期連続で監査法人のチェックを受けずに実質、未監査の決算を公表していたことが分った。正確な決算かどうか外部チェックがないまま、資本関係のない協力会社を通じて、一般投資家から資金を調達し続けたことになる。 2003年1月期以降は、監査法人側の求める期日までに決算書類を提出せず、会計士は必要な監査ができなかったという。 協力会社の「平成電電設備」と「平成電電システム」は出資金を募るパンフレットに、平成電電の未監査の売上高、当期利益などを掲載し、「黒字計上を達成」などとしていた。2社は「広報担当者がいない」などと日本経済新聞の取材に応じていない。 ▼匿名組合契約とは、商法で規定された契約形態の一つ。出資者(組合員)が事業者に投資し、利益が分配される。2004年6月の証券取引法改正で一部の匿名組合は規制対象とされたが、リース業を含む匿名組合は対象にならなかった。 |
毎日新聞朝刊2006/7/31社会面 平成電電被害弁護団が、出資金を集めた2社の元社長に対して破産を申し立てた。弁護団の調査で、3億円を越す出資金が元社長経営の別会社に支払われていた事実が判明した。 |
Internet
Watch 2006/4/17 平成電電では、2005年10月に負債額1,200億円以上を抱えて民事再生法を申請。平成電電が14万8,000株の株式を保有するドリームテクノロジーズが2005年12月に支援スポンサーに選ばれ、両社で再建を行なう予定だった。しかし、2006年4月10日になって平成電電は東京地裁に再建案を提出したものの、16日になってドリームテクノロジーズでは平成電電への支援を中止すると発表した。 ドリームテクロノジーズの発表によると、東京地裁に提出された再建案にドリームテクノロジーズの意向が反映されておらず、直前に受けた説明から15億円も収支が悪化していたことや、株式会社ヒューマンアウトソーシングに関する仮処分や通信設備に関する膨大な追加費用などが開示されていなかったという。このため平成電電と「信頼関係を維持できない状態」(ドリームテクノロジーズ)に陥ってしまい、支援中止を決断したというのだ。 一方、平成電電では2005年12月に締結したスポンサー契約に基づき、ドリームテクノロジーズに支援を要請したが、「(ドリームテクノロジーズは)スポンサー契約に基づく義務を履行せず、資金支援を実行しなかったため、資金繰りがつかない状況に陥った」という。近日中に、東京地裁から民事再生手続廃止の決定および保全管理命令を受ける見込みで、今後、平成電電の事業と資産は保全管理命令によって、保全管理人が管理することになる。 |
2.企業の資金調達
会社が新しく事業を起こすための資金は、どうやって調達すればいいか。
普通は、銀行から借りるか、社債として債券を発行するものだろう。
平成電電の場合は、高価な電話回線関連の機器をリースで借り入れた。「平成電電」の名を冠する二つのリース会社が一般投資家から、会社更生法を申請する直前の9月31日まで「資金」を集めていた。日本経済新聞社という一流の新聞に公告を載せていた。
『10%もの金利』をつけて一般投資家から資金を集めるやり方は、尋常ではない。いまどき、それは消費者金融並みの金利である。企業にとって、そんな高金利で資金を得るより、普通の金融機関から低金利で借りる方が、ずっと金利負担が軽く、コスト低減できたはずである。平成電電の業務計画や展開がまともならば、低金利で金余り気味の経済環境だったから、普通の金融機関はいくらでも貸してくれたはずだった。
10%もの金利だけを注目するならば、一般投資家よりも金融機関がほうって置かないだろう。つまり、10%の金利でも金融機関が貸してくれないから、一般投資家に資金を募っていると考えるべきだ。なぜ普通の金融機関が貸してくれないかというと、担保もない、リスクの非常に高い金融商品だったからに他ならない。
金融機関の融資のエキスパートならば、それは新たな事業のために資金を募っているのでなく、会社の運営資金を、あるいは事業損失の穴埋めに使うために資金を募っていると感じとるものだろう。
3.平成電電の実態
平成電電は、どんな会社だったのか。
東洋経済の「会社四季報、未上場会社版2006年上期」(発行日付2005年10月10日)に詳細が載っていた。つまり、平成電電は上場していなかったわけだ。上場していないのは、会社として二流である証であろう。未公開株であり、株価が評価されないのだから、『一般の投資家が投資してもいい銘柄ではないこと』は確かである。
なお、その半年前発行の「会社四季報、未上場会社版2005年下期」(発行日付2005年4月10日)では、平成電電は「有力中堅・ベンチャー企業」に分類されていた。つまり、その後に評価が下げられていた。
その要点を掲げてみよう。東洋経済社が調査した内容のようになっているが、平成電電が自己申告した数値も含まれることに注意を要す。
平成電電 [設立]1990年7月 [資本金]1,682百万円 [従業員]単1,100名(32歳・2005.5) |
[特色・近況]フルラインサービスの第一種電気通信事業者。直加入サービス「CHOKKA(チョッカ)」の拡大に注力。2005年7月に中継電話サービス事業を分社化。直加入電話サービスに経営資源集中。 [代 取]佐藤賢治 [株主]佐藤賢治42.4%、HTCパートナーズ2,L.P. 6.0% [上場予定]3年以内に上場したい |
[販売先]一般法人 [財務]総資産 [2004.1] 25,736(9.9%) [2005.1] 36,083(9.8%) [業績] 売上高 経常利益 純益 配当 申告所得 2001.1 972
-209
-386 0 2 2002.1 383 -1,105
-419 0 - 2003.1 9,727
416
600
0
- 2004.1 27,263 1,131
433
0
- 2005.1 44,066 1,053
128
0
- |
それぞれの主な項目について以下にコメントしよう。
・平成電電が実質的に電気通信事業者としてスタートしたのは、認可を受けてからの2001年のことだが、会社としての前身のインターネットプロバイダーだったトライネットワークインターナショナルの設立にさかのぼって、設立を1990年としている。これもひとつの年齢詐称のような表示をしている。
・資本金だけは、大したものだ。
・従業員の1100人は、平成電電の「言い値」であろうから、信用性に乏しい。いわゆる非正社員を含んだ数と思われる。大会社のふりをするための数字合わせだろう。日本テレコムが、その通信事業を引き継ぎ、子会社を設立したとき、平成電電の元従業員は、300人にも満たなかったようだ。新しい会社であるはずなのに、従業員の平均年齢が比較的高いのにも、違和感をもたせる。
・2005年7月に分社化した中継電話サービス事業は、「平成電電コミュニケーションズ」という会社で、現在さらに社名を変えてドリームテクノロジーズの子会社となっている。
・株主は、実質的に社長の佐藤賢治氏が独り占めしている。いわゆるワンマン経営者だ。社内で経営方針に異議を唱えるものは1人もいなかったにちがいない。第二位の『HTCパートナーズ2,L.P.』は、投資事業組合の一つだ。あなたは、株主に金融機関の名前がないことに変だと思わないだろうか。
・財務の総資産の株主資本の比率(カッコの中)が一桁なのは、資本金が大きいにもかかわらず、異常に低い。会社四季報の中の他社のページと見比べてみても、はるかに低い。つまり、銀行で言えば、自己資本比率が低すぎて、不健全な状態にあるのだろう。少しの不良債権にも耐えられないような……。
・業績の2003.1から2005.1までの数値は、未監査のものであることが、その後にわかった。企業の会計が3期も連続して監査されないままだったとは、信じがたいことだ。これは粉飾決算に等しい行為だろう。つまり、それらは「信じられない数値」なのだ。実際は利益がマイナスだった可能性もある。しかし、未監査のものとわかっていなかった人々は、これを信じるしかなかったろう。2002.1からの、配当も申告所得もないというのは本当の数値のようだ。申告所得は税金の関係でごまかせなかったのだろう。
そのインターネットプロバイダーが、わずかな資金だけで、何もないところから、通信事業をスタートさせている。しかも、携帯電話・PHSの急激な市場の拡大とは逆に、1995年をピークとして減衰していた固定電話の市場にわざわざ割り込んできた。インターネットプロバイダーが、既存の成熟産業の通信事業に乗り出したのは、かなりの困難があったはずだ。しかも、異分野に事業を広げた。平成電電がインターネット関連の技術をもっていたにしても、電話回線の分野とは大きく異なるから、それにはコンピューターのハードとソフトの違いがあったろう。
すべて、「借り物」や「間借り」ですましていたところに特徴がある。平成電電には、先に電気通信事業に参入した他の業者が持っていたような通信網を敷設する基盤(例えば、鉄道網、高速道路網、電力線網)もなく、もちろん電話回線の機器も設備もリースだし、通信の人材も技術もなかった。
従業員にとしても、人材派遣会社からの「借り物」だ。平成電電は、多少の資本関係のあったアウトソーシングの「オープンループ」から多くの人材を受け入れていた。
そんな状態で、他社より回線料金を下げて固定電話を売り込んでいた*1のだから、はたして採算が取れるものかと多くの人が疑問をいだいたことだろう。これでは、普通の金融機関が平成電電に融資せず、証券会社なども投資の対象にしなかったことがうなずける。
しかし、採算はともかくとして、平成電電は、安売り手法が一般に受け、マスメディアを利用して宣伝効果もあって一般投資家が出資に心を惹かれる会社にどんどん成長していく。
4.匿名組合への誘い
匿名組合が資金集めに利用された。こんな「匿名組合」という、いかにもあやしげなところに「大金を預ける」人が、約1万9000人もいたものだ。
「匿名組合」を組織し、出資金を集めた「平成電電システム」と「平成電電設備」という二つのリース会社は、実態がよくわからない泡沫会社である。会社の状況・情報は、何も公開されていない。平成電電の関連会社を思わせる社名なのに、資本関係は何もない。単なる取引先の会社だ。まるで、平成電電グループの一員のような顔をしていた。たとえば、平成電電から「紛らわしい名前をかたるな」と提訴されても仕方がない名前をつけていた。出資者を惑わせるための意図的な社名であろう。二つの会社では、同一人物が社長を務めていた。熊本徳夫氏だった。業務内容は、まったく同じで、出した広告の内容も、手口も同じだった。社の本拠地は、さすがに別にしていた。つまり、「分身の術」を使っていた。一般投資家を惑わす手口に他ならない。
平成電電が大々的な宣伝と安値攻勢で加入者をわずかずつ増やしているだけで収益を上げる段階にいたっていないのに、匿名組合では、組合員に対し、毎月きちんと看板どおり『予定の現金分配』を行っていた。それが呼び水になり、信用した(味をしめた)組合員は、さらに高額な金融商品を買い求める。人びとも、最初は小額の金を出資したのだろう。それがきちんと現金分配されたものだから、もっと出資するようになり、知人にも声をかけるようになり、1万9000人に膨れ上がる……。それは、ねずみ講を思わせるやり方である。
なぜそんな現金分配が可能だったのか。
平成電電が倒産の理由の一つとしたのが900億円ものリース関連の債務だから、平成電電はほとんどリース料を払っていなかったことになる。それなのに、現金分配していたのは、出資金を流用していた以外にはありえないだろう。平成電電に機器をリースしたとしても、実際の利益は、機器の購入費から毎月に入ってくるリース料を差し引いてプラスになったとき、初めて生じるものだろう。それなのに、最初から利益が出るのだから、おかしい。
リース会社は、資金を持っていることで始められる商売である。リース会社が資金を募集すること自体がおかしい。平成電電関連の匿名組合で490億円を集めたが、購入して平成電電にリースした機器の数量や金額がいくらなのかは、実はよくわかっていない。出資目的であるリース機器の購入にいくら使われたのが争点になるところだが、15万台の回線のための機器として490億円は高額すぎるだろう。
なぜこんな方法が出資法に抵触しないのかは、不思議である。こんな反社会的な金集めが合法であるとするならば、関連する法律(商法、出資法*2)に問題があるのだろう。
募集広告の内容の一部を見てみよう。2005年9月1日に日本経済新聞に載った「平成電電システム」の広告だ。(アンダーラインは著者による)
電話サービスの未来を変えるCHOKKA。あなたの資産の未来も変えます。 平成電電匿名組合第21弾募集のお知らせです。 予定現金分配、年10%相当、平成17年9月30日締め切り。 平成電電は、独自の光ファイバー網を使用し、全国一律3分7.14円という低価格を実現した新世代固定電話サービス[チョッカ]CKOKKAを初め、新しい接続形態で、オフィスビル内の通信コストを低減する「CKOKKAビルプラン」、ADSL接続等、多彩なサービスをお届けしています。これらの革新的な通信事業に、平成電電システムが行う通信設備投資の出資者としてあなたのご参画をお待ちしています。 平成電電匿名組合の特徴 ・SPC方式の資産証券化商品 ・一口100万円から先着順受付 ・毎月、現金分配のお支払い ・契約期限は6年間 説明会開催スケジュール……(略) (以下は極小さな字で) 予定現金分配については、平成電電システム(株)の業績により決定します。従って受取分配金額を保証するものでありません。 現金の分配 利益分配金に出資の払い戻しに相当する金額を加えた、1口当たり月額22,223円を予定分配金として毎月お支払いします。営業者が予定現金分配額の支払いが出来ないと判断した場合には、営業者が合理的であると判断した金額を現金にて分配します。現金の分配は平成電電株式会社の電気通信事業に係わる通信設備の賃貸料収入から、本事業の実施に伴う費用及び営業者報酬を控除した金額を財源としており、この賃貸料収入は、平成電電株式会社の倒産等により定常的に6年間支払われない場合がございます。 [投資のしくみ] 平成電電システム株式会社は、投資家から出資金を受け入れ、…(略)…、当該出資金を利用して主として電話事業に必要とされる通信設備の貸し付け事業を行います。 [投資のリスク・留意事項] 元本および配当の保証がないこと●本証券化商品は、証券取引法における有価証券には該当しません。出資金は、有価証券、預貯金、各種保険契約とは異なり、投資者保護基金、預金保険、貯金保険、保険契約者保護機構の保護、保障の対象ではありません。●本匿名組合員は、本匿名契約または法律により認められる場合を除き、本匿名組合契約を解除することはできません。 |
・確かに、「あなたの資産の未来も変わった」に違いない。悪い方向へ……。
・この中に、まったくの他社であるはずの平成電電の宣伝文句が散りばめられていることが特徴的だ。ほめすぎているところがある。「独自の光ファイバー網」では、平成電電が新規に開発・敷設したものは、福岡県内の一部だけだったろうし、「新しい接続形態」や「革新的な通信事業」は、既存のレベル以上のものではないし、CKOKKAが「新世代」というような固定電話サービスであるわけがない。料金システムが『変わっている』だけだろう。
・「通信事業」に出資する意味に受け取れるような表記だが、出資は通信設備の賃貸が対象のはずだ。
・「SPC方式」には、虫眼鏡でやっと見えるような小さな字で、注意書きが加えられていた。
SPCとはSpecial Purpose Companyの略で、資産の原保有者からの買収、資金調達のための証券発行、譲渡資産に関する信用補完、投資家への利益の配分といった特別な目的のために設立される会社のことです。「資産の流動化に関する法律(SPC法)」に基く、資産流動化業務を行うためだけに設立される“特定目的会社(Specific Purpose Company)”とは区別されるものです。 |
ここでも、人びとを惑わす言葉を使っている。日本人が横文字に弱い心理を突いている。「SPC」と「SPC方式」とを使い分けて、あたかも、平成電電システムが「特別目的会社」であるかのような紛らわしい説明を加えている。そんな注釈のために、ますます意味不明になっている。結局、SPC方式とは「投資に関する特定目的会社のようなやり方」と解釈できそうだ。平成電電システムがリース会社でありながら、「特定目的会社のようなことをしていますよ」と言いたかったようだ。
・小さな字では、書き方だけはていねいな言葉を使っているが、他にもすごいことが書かれている。この「商品」が有価証券ではないと言い切っているところが、すごいし、この匿名組合契約が、途中で解約できないとなっているのも恐ろしいところだ。「証券」とは別物といいながら、「SPC方式の資産証券化商品」と銘打ち、資産を証券化したものと解されるような表現を使っている。証券のような書状は何もなく、おそらく、契約したら「組合員証」というカードをくれるのであろう。
・ここでは、元本の保証がなく、そのコンセプトもない。出資金の「元本が6年経ったら、もどる」わけではない。現金分配がすべてである。出資といっても、分配金をもらう権利を買うだけのことだ。「予定現金分配、年10%」といっても、元本は戻らないのだし、その分配金の20%は税金として差し引かれるから、年10%相当の分配金が約4年(45カ月)以上継続しないと、プラスになる利益は得られない。それに、年10%相当の高率が6年間続くという保証は何もない。業績しだいで変動してしまう。この匿名組合では、初期の結成でも4年も経っていないから、利益を得た人は1人もいないことになる。
・しかも、平成電電が倒産すると、その現金分配が契約期間内ずっと止まると書いている。つまり、平成電電の倒産によって、このリース会社は、分配金を支払わなくてすむのだ。一般にリース会社は、リース契約が中断されたり、リース料が支払われなかったりしたならば、リース機器を回収すればいいだけの話であり、いわゆる実損は軽いはずだが、この契約では、平成電電が倒産すると、出資者に回収する権利をもたせず、平成電電システムが丸儲けするようなしくみにしているから、おどろきだ。リース機器を転用し、他社に貸し出すことなど、まったく想定していないかのようだ。
「平成電電がつぶれたら、リース機器(設備)の資産価値に関係なく、何ももどりませんよ。契約だから、後から文句を言っても受け付けませんよ」と書いているようなものだ。
・さらによく読むと、「出資金でリース機器を購入する」とも書いていない。「出資金を利用して、主として……通信設備の貸し付け事業を行います」としている。出資金でリース機器を購入していなくても、言い訳になるわけだ。被害者に訴訟を起こされ、裁判で弁明するときに、逃げ口上として有効になりそうだ。
「営業者」の身勝手すぎる条件が書き連ねられている。出資者が何も保護もされず、保険の対象にもならないとは、こんなに出資者に不利な条件は、まともではない。最初はよいけれど、後が怖いという典型だろう。社会通念上、こんな契約でも有効といえるのだろうか。
こんな広告が出されていたとは、私はつい最近まで知らなかったが、この広告文を読んだだけで、分配金がいくら高くても、こんな「商品」を買う気にはなれない。後からだから言えることかもしれないが……。
平成電電は、これらのリース会社による出資募集以外にも、自社でいくつかの類似の出資募集をしていたことが新聞やインターネットで伝えられている。
5.第一種通信事業者という重み
平成電電は、2001年4月に「第一種通信事業者」*3という通産省の『お墨付き』をもらったことが、一般投資家の心理をつかむ一番の要因になった。
通信事業は公共性の高いものとされ、以前にはそれなりに安定した事業を求められたために制約があったが、政府の規制緩和政策により、書類が整っていれば認可されるレベルになっていた。おそらく資本金の大きさがチェックされるぐらいで、事業としてやっていけるかどうかの実質的な審査などされなかった。「通信事業をやりたいのなら、やりなさい。その代わり、政府は面倒を見ませんよ。企業は自己責任でやっていきなさい」というものであろう。現に、平成電電が再生法を申請したとき、政府は何もしなかった。自己資本比率の下がった、あるいは債務超過になった金融機関に差し伸べたような手厚い援助などは、一般の企業にはありえない。
平成電電は、第一種通信事業者であることを看板に掲げ、常に企業説明や広告文書にうたっていた。第一種・第二種の区別がなくなった2004年4月以降も、それを使い続けていた。
セールスマンは、第一種通信事業者であることを、セールストークで大いに利用した。彼らは、倒産を心配する顧客(出資者)に、「第一種通信事業者で、倒産した会社はない」と説明していたという。1人のセールスマンが考えた言葉でなく、組織的に仕向けられた説明内容だろう。
一般の人には、「第一種通信事業者」が「一流の通信事業者」のように聞こえたのだろう。あるいは、政府が第一種通信事業者の破綻を黙って見過ごすわけはないという期待があったのかもしれない。
6.第一種通信事業者の認可の譲渡
平成14年1月25日に総務省が、「平成電電株式会社からトライネットワークインターナショナル株式会社への第一種
電気通信事業の譲渡しを認可」と題して、以下のような通達を出している。
〜第一種電気通信事業の全部の譲渡し及び譲受けの認可〜 総務省は、平成電電株式会社及びトライネットワークインターナショナル株式会社から申請されていた第一種電気通信事業の譲渡し及び譲受けについて、本日認可しました。 事業の譲渡し及び譲受けの概要は下記のとおりです。 記 1.事業の譲渡し及び譲受け期日 平成14年(2002年)1月31日(木) 2.事業の譲渡し及び譲受け方式 平成電電株式会社からトライネットワークインターナショナル株式会社へ第一種電気通信事業を譲り渡し、トライネットワークインターナショナル株式会社において提供する。 |
(参考) 両社の概要 譲受会社 譲渡会社 トライネットワークインターナショナル株式会社 平成電電株式会社 1.事業開始 データ 平成8年3月19日 専用 平成14年 3月 1日 音声 平成13年12月21日 データ 平成13年12月21日 2.提供役務 データ伝送役務
専用役務 音声伝送役務 データ伝送役務 3.業務区域 全国
全国 4.資本金 556,650千円
504,000千円 5.主な出資者 佐藤賢治、 トライネットワークインターナショナル HTCパートナーズ2,L.P. 株式会社 HCトライネットワークHDD投資事業組合 富士銀キャピタル株式会社 |
平成電電株式会社は、2001年4月にようやく手に入れた第一種電気通信事業の認可を、一年も経たないうちに、トライネットワークインターナショナルに譲り渡している。何のことはない、両社の代表取締役が同一人物だ。トライネットワークインターナショナルは関連会社であり、その一カ月後にはそれを「平成電電株式会社」に社名を変更している。このややこしい社名の操作は、創業1990年のトライネットワークインターナショナルが 平成電電株式会社の直系である必要があったからであろう。
平成電電株式会社は、もともとは2000年1月にトライネットワークインターナショナルの100%出資によって設立された子会社(当初の社名は、株式会社トライネットテレコム)だったが、トライネットワークインターナショナルが平成電電を名乗ることによって、平成電電の「社格」を上げたものだろう。
資本金が、両社ほぼ同額であることにも注目したい。この書類の中での平成電電の出資者はトライネットワークインターナショナルであり、トライネットワークインターナショナルの主な出資者が、佐藤賢治氏である。二つの会社は、資本において共有している関係がある。つまり、佐藤賢治氏が両社の共通の出資者ということになる。とすれば、資本が資本を生むようなことも可能だ。まず小額の資金をA社の資本金にしたならば、そのA社の資本を元手にしてB社に出資する。こんどはB社がそれを元手にしてA社に出資する。それでまたA社がB社に出資することを互いにくりかえせば、それぞれの資本金がどんどん増えることになる。
トライネットワークインターナショナルの主な出資者の中に『HCトライネットワークHDD投資事業組合』(01年12月設立)がある。この投資事業組合を募集した会社「ハンドキャピタルアソシエイツジャパン」(2000年11月設立、資本金1000万円)の代表取締役を務めていたのが、平成電電の破綻時に『雲隠れ』した、あの熊本徳夫氏である*4。つまり、熊本徳夫氏には、早い段階から資金の面で平成電電をサポートしていたわけだ。ちなみに、HCは「ハンドキャピタル」、HDDは「平成電電」の略称であろう。
富士銀キャピタル株式会社は、その後、みずほキャピタル株式会社と名前を変えた。投資事業組合をベースにして未公開株などへ投資をしている会社だが、今回の事件と直接に関係はないだろう。
7.倒産のシナリオ
平成電電は、民事再生法の申請の3カ月前の2005年7月に、中継電話サービス事業部門を分社化し、「平成電電コミュニケーションズ」という会社を設立した。これは、明らかに倒産を前提とした分社化だろう。おそらく、平成電電の主要な資産を分け与えたに違いない。結果的に、平成電電には負債だけが残された。
10月3日に民事再生法を申請。佐藤賢治氏は「事業の成功に向け、がんばってきたが、このような結果となり申し訳ない。ひとえに私の経営責任だ」と謝罪したが、確かに、採算性を度外視したやり方でがんばってきた。
その後、民事再生法に基づいて、2005年12月に平成電電は自身が14万8,000株の株式を保有するドリームテクノロジーズを支援スポンサーに選んでいる。いわば、気心の知れた身内の関連会社を選び、再生支援を要請している。財力のある外部の会社をスポンサー選んだならば、すべてがばれてしまったことだろう。実際に支援する気もなく、その資力もない会社を選び、結局翌年の4月になって支援は不可能だという「すでに予定されていたかのような決論」を出して完全に平成電電を終息させた。
これは、関係者にとって、平成電電の倒産をソフトランディングさせるためのプロセスだったようだ。
8.まとめ
つまり、平成電電は、実態として、なりふり構わない安売りで(投げ売り的に)固定電話の使用者を引き抜くだけの事業を展開し、大々的な企業イメージアップの宣伝を仕掛けることによって、活発な事業展開ぶりと公共的な通信事業という堅実さのイメージを一般の人に植え付けた。その一方で、もともと平成電電と関連深い人物が経営する会社が、リース事業にかこつけ、甘い分配金をエサにして一般の人から出資金を募った。多くの人々は、平成電電の高い知名度を信じて新たな事業への期待を込めてそれに応募し、手持ちの金をつぎ込んだ。その金が巨額になったのを見計らったかのように、平成電電は突然の経営破綻を告げた。
そこで初めて、平成電電は無理な事業展開をしていたことを明らかにした。それまで、マイナス要因をひたすら隠していたし、虚偽の業績まで報告し、業務好調・収益プラスを装っていた。それはすべて人々から出資金を巻き上げるために仕組んだものと解釈するのが一番合理的だろう。
その出資金の多くは、平成電電の特定の「関係者たち」に、あるいはその関連会社に流れたという構図が見えてくる。もちろん、彼らは巻き上げた出資金を返すつもりはさらさらないのだろうし、一部はそれまでの活動に使い込んでしまった。新聞やテレビでの広告費、匿名組合のための営業活動にも多額の金が使われたが、出資金全体のほんのわずかな部分でしかなかったろう。
平成電電関係者は、それを出資金でなく「証券化商品」だと主張するかもしれない。十分な説明によって合意の上で取引された商品だというなら、その商品には製造物責任を負うべき重大な欠陥があったのをどう説明するのだ。それは平成電電の業績だ。業績が悪すぎた。リコールしてすべての商品を回収すべきほどの大きな欠陥があった。
経営能力がなく、モラルも低い経営者たちによって引き起こされた事件の被害者たちというべき人々が、流れて行ってしまった金をとりもどすには、民事的な訴訟では、実証がまず困難だろう。金の流れを明らかにしなければならず、そのためには企業の内部情報にまで踏み込まなければならないから、民間調査では限界がある。警察の厳密な捜査で、違法性のある部分だけでも、事実を明らかにする必要があるだろう。平成電電が消滅した今からでは遅すぎるだろうけれど……。それに、裁判では出資金の損失は投資リスクの内だと裁定されてしまうかもしれない。
再発防止のために、以下のようなことが必要だ。一部の項目は改善されつつある……。
@会計監査の厳密さ[3期(3年)続けて未監査なのに、行政指導も何もなかったというのはおかしい]
A出資法の見直し(現状では「預かり金」の原則が十分に適用されていない。出資に見せかけた「商品」が出回り始めている。出資目的の『証券化商品』や「会員権」などにも、適用の範囲を広げるべきだろう)
B匿名組合の規制強化(匿名組合は使途不明金の温床になりうる)
C企業の倒産に関しての原因調査と経営責任の明確化(それらは民事再生法の支援スポンサーがまず行うべきことだろう。原因が不明のままで、再生できるはずがない。その報告は破綻の教訓として貴重な情報にもなる)
*1.平成電電は、固定電話の通話料を他社より安くするだけでなく、もう有名無実となっていた電話加入権を最大36,000円で買い取るキャンペーンを2004年12月から始めていた。
*2.出資法では、企業が一般の人から「預かり金」の類を得ることを禁止している。一般の人からの出資は、株または社債でしか行えないのが原則だ。
*3.電気通信事業法改正(2004年4月1日施行)により、第一種・第二種という区分がなくなり、許可制を廃止して登録・届け出制にされた。
*4.東京アウトローズWEB速報版2005年10月12日による。
外国人研修制度のゆがみ