[ 第19章 空はこんなに青かった ]
彼女が入院してから、3週間が経った土曜日。
俺は友人のA君の運転する車に乗って、病院に向かっていた。
流れていく窓外の景色を見るともなしに眺めながら、
この3週間を振り返る。

術後2日目にベッドから降り、歩行した彼女はMさんの
云ったとおり、日に日に回復した。

歩ける距離を徐々に伸ばし、やがて鼻から挿入された
チューブも取り外された。

術後6日目で病理検査の結果が出た。
俺たちにもたらされた結論は、「転移は無し」だった。

説明を聞き終え、病室へ戻る廊下で彼女は、点滴を
吊るすバーを握る腕に顔を押し付け、泣いた。

彼女が発熱した日もあった。
その時愛知にいた俺は、ただうろたえることしかできず、
結局、翌日熱は引いた。

風呂にも入れるようになり、食事に固形物が少しずつ
増えてきて、今日。

彼女は退院する。

病魔と決別し、家主を待つ自分の部屋へ帰る日が来たのだ。

彼女と、彼女の荷物を受け取るため、俺たちは今
関越道を走っている。

休憩のためにパーキングエリアに入った。
タバコを吹かしながら、A君と他愛も無い話をする。
売店脇にあるブロックに腰掛けて、再びもの思いにふけった。


長かった。

疲れた。

でも、終わった。

本当に、よかった。


ぶつりぶつりと切れ切れに想起される感情に
思考をゆだねながら、ぼう、とする。

やけに明るい日だった。
そうか、晴れてるのか。
天気を意識したことなど、何日ぶりだろう。

うなだれるような格好で路面のアスファルトに
向けている視線を、真上に上げた。

真っ青な、空。

空はこんなに青かったのか。

大きく息を吸う。
疲労が抜けていく気がした。

さあ、行こう。
そしてこの物語に幕を引こう。

新たなストーリーを始めるために。




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