[ 第8章 言霊 ]
彼女が持ち込んだ胃カメラによる撮影写真と診断書を見て、院長先生が云う。

初期で良かったですね。これなら切ってしまえば大丈夫。
20日くらいで退院できますよ。ホテルに滞在するつもりで過ごしてください。

心を満たしていた不安が、ひとつひとつの言葉によって安心に変わっていく。
医師の発する言葉は、これほどまでに人を満たすものなのか。
言霊という単語が浮かぶ。

今日診察もしていきますかとの言葉を有り難く受ることにして、心から
礼を云い(多分俺は云えてなかった)部屋を後にした。

Mさんのお父さんは、これで帰ると云う。
ありがとうございますと何回か口にしたはずだが、能面のような
俺の表情の所為で、ちっとも有り難そうには見えなかっただろう。
気分を害されてはいないかと、今でも時時後悔する。

その後、診察の待合室へ向かう。
書類を出して、しばらく待っていると、彼女の名前が呼び出された。
診察室に消えて行く背中を目で見送り、俺とMさんは、彼女が戻ってくるのを待った。

数分も経たないうちに、彼女は診察室から出てきた。
そして俺達は、彼女が明日手術をすることを知った。




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