[ 第7章 わかりました ]
これは後から気付いたのだが、彼女に癌が見つかってからというもの、
俺はちょっとした失語症になっていたようだ。

思う通りの言葉が出ない。返事がうまく返せない。
だから、場の空気を操作するなんてことができるはずもない。

この状況に思い当たった時、驚いたと同時に自分の器の小ささを痛感した。
俺自身に起きた問題でもないのにこんなことになるなんて。

無愛想で挨拶もろくにできない男になにやら言葉をかけられたMさんの
お父さんは、院長先生に会うべく、院内を颯爽と歩き始めた。

やがて辿り着いた事務室の女性は、我々を豪華な応接室に通してくれた。
出してくれたお茶をすする。

ほどなくして院長先生が入ってきたので、皆立ち上がって礼をした。

Mさんのお父さんと院長先生が手短な挨拶を交わしたのち、Mさんが
これ以上ない、というほどに的確に経緯を説明した。
そして、是非こちらのS先生に診断をして戴きたい、そう付け加えた。
うなずきながら聞いていた院長先生はこう云った。

「わかりました。ではS先生にお願いしてみましょう」

あまりにあっさりした回答がもたらす、安堵と拍子抜け。
ともあれ、第一難関クリア。




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