世界(インチキ)博物誌3


西ドイツの子供向けドラマ「機械人間兵コンラッド」を見る


農夫「そこに隠れてるのは誰だ。居るのは判ってるんだ、おとなしく出て来い」

一同「・・・」

農夫「出て来ないとこの銃が火を噴くぞ」

―ロボット達、おずおずと納屋の中の物陰から出て来る。

農夫「何だ何だお前達は。アラブ人か」

―確かに彼らは防寒の為に布で顔中を覆い、目だけが光っている。


西ドイツ(当時)の大手民間放送局、RVCが1974年から足掛け2年に亙って放映されたドラマが、この「Konrad das Automann Soldat(KAMS)」である。直訳すれば「機械人間兵コンラッド」。題名から察するにロボットものに見え、異星人や怪物と戦うヒーローではないかと勘ぐるであろう。だがそうではない。
原作はオランダの漫画家、ピーター・ジンカーで、原題も同じである。この作品はオランダ、ベルギー(フラマン語圏)、ドイツ、デンマークで広く出版され、子供たちの人気も高かった。
それではこの「KAMS」とは一体どんなドラマだったのだろうか。


ゲルト「ぼ、僕たちはアラブ人ではありません。パリへ向かう途中で吹雪かれました。僕の計算では97%の確率で凍え死んでしまうので避難していたのです」

ワルター「俺達は何も悪い事をしてない。どうか見逃してくれ」

ロベッタ「おじさん、私達すぐに出て行きます」

農夫「お前達のその声は。ははぁ。さてはお前達はウィーンから逃げてきた反逆ロボット共だな」

パウル「それは誤解です。僕達はプログラム通りに行動し、味方も敵も一滴の血も流さずに戦いを止めさせました」

農夫「へっ、罰当たりの機械人間め、それを反逆って言うんだ。良い事を教えてやる。オーストリアでもここバイエルンでも、お前達を見かけたら警察署へ通報しろってお触れが出てるのだ」

コンラッド「おじさん、通報されたら僕達は官憲に逮捕されてしまいます。そうしたら博士との約束を破る事になってしまう」

農夫「何だ、その約束とは」

コンラッド「博士は僕達と別れる時に言いました。お前達は必ず生き残って私の許に帰って来い、お前達が本当に人間の役に立つ事とはどういう事か、一緒に考えて行こうと。だから生き残った僕達は何が何でも博士の許に帰らなければならないんです」


時は19世紀半ば。ナポレオン戦争とその後のイタリア統一戦争で著しく兵力を喪ったオーストリアは、陸軍兵力を補充する為にウィーンに在住していた機械工学の第一人者、ヘルベルト・ヴォルフガング・フォン・ガンツ(Herbert Wolfgang Von Gantz)博士に500体の「機械人間兵」の作成を依頼した。博士は悩みつつも、ついに科学者としての自分に折れ、作成を引き受けてしまう。

話は脱線するが、当時の戦闘方法は現代と異なり、横列に展開した歩兵同士が敵味方向き合い、士官の号令で一斉射撃をし合う。伏せたり物陰に隠れる訳ではない。当然運の悪い者は弾丸に当って倒れる。運の良かった者は次の射撃に備えて弾込めをする。こうして数回撃ち合った後銃剣を付けて白兵戦に移行するのだ。
大砲はあるが榴弾砲はまだ一般的ではなく、直撃を受けた非常についていない者以外には唯の脅しでしかなかった。だからマスケット銃の撃ち合いに耐えられる機械人間兵を持てば、大抵の戦争には勝てる。そう踏んだのも無理はない。

ガンツ博士(役:アルベルト・ゲルウィック)は本来血を見る事が嫌いで、水銀とアルコール、そして電堆の電気で動く彼のロボット達に「戦争はいかん。どのような事があってもロボットが人間を殺してはならん。もし生き延びる事が出来たら私の所へ戻って来るのだ。そしてお前達が本当に人間の役に立つ事とは何かを一緒に考えよう」と教え、博士を親と慕う彼らは再会を約して出征したのだ。


―農夫の息子、納屋に駆け込んで来る。

息子「父さん、やめて、乱暴はやめて」

農夫「ハンス、お前か。このガラクタ共を匿ったのは。駄目だ駄目だ。アンドラシーの命令でこいつらは皆スクラップにされる運命なんだ」

息子「父さん、このロボット達は可哀相なんだよ。そして皆『良い人』たちなんだよ。許してあげて」

農夫「うむ」

―農夫考え込む。彼を凝視する7体のロボット達。

農夫「そうまで言うんなら考えてやらんでもない、がただでとは言わんぞ。おい、ロボット共、わしの後に附いて来るんだ」

―農夫の後に附いてヨロヨロと納屋を出るロボット達。

農夫「牧草地の外れに石が積んであるのが見えるか。貯蔵サイロが傾いて来たんで冬の内にあの石をサイロの廻りに積まなきゃならん。聞いた所じゃ、お前達ロボットは一体で10人分の仕事をするらしいな。日が暮れるまでに終わらせられたら、今回は見逃してやっても良い」

―見ると大人の胴体程もある石が雪に埋まって何百と積んである。サイロは遥か彼方に見える。呆然とするロボット達。不平そうに父を見る息子。

息子「父さん、無理だよ。幾らロボットでもあの石は重過ぎるよ。それにロボット達の電堆はもうエネルギー切れなんだ。そんな事させたら死んじゃうよ」
農夫「うるさい、ハンス! 本当なら直ぐに警察に届けなければ、わしが咎めを受けてしまうんだぞ。どうだ出来損ないのロボット共め。誰もやろうと言う者はおらんのか。はっ、ガンツ博士とはとんだ大法螺吹きだわい」


やがてイタリアと開戦し、彼らロボット兵は早速最前線に送られた。所が彼らは博士の期待通り敵味方を説得し、本当に戦争を終わらせてしまう。激怒した宰相メッテルニヒは、アンドラシーにロボット兵を残らず処分し、ガンツ博士は国外追放とするよう厳命した。
実はこの時列強各国はロボット兵を欲し、血眼になって探していたのだ。バイエルンではフランケン博士が、そしてフランスではルイ・ナポレオンが、自国の利権拡大の為彼らを入手しようと考え必死であった。そうした事情がウィーンに伝わると、アンドラシーは流浪の博士を探し出して亡き者にしようと企む。
やがてついにルイ・ナポレオンは博士をパリに招く事に成功した。残ったロボット兵をフランス陸軍が買い取り、博士も高額の年棒で雇用する事を提案する。博士は当然ながらこの申し出を断った為、フランスにも居られなくなってしまうのだ。

一方500体のロボットの内僅かに7体が追捕の手を逃れウィーンを脱出するが、その間に彼らが見たのは、彼らロボットの命である胸の電堆を抜かれ、ドナウ河の橋の上から冷たい河の中に次々と突き落とされる仲間のロボット達の姿であった。
7体は行く先々で石をぶつけられ、扉を閉ざされ、官憲の手を逃れつつ、噴き上がる悲しみに耐えながら博士がいると聞いたパリを目指した。


コンラッド「待っておじさん、僕がやります」

ゲルト「おい、コンラッド。君は無理だ。電堆の電力が完全に回復していない。僕の計算では・・・」

コンラッド「ゲルト、確かにそうかも知れないけど、博士を嘘吐きにだけはしたくないんだ」

ワルター「コンラッド、お前は横で見ていろ。ここは俺様の出番だろう」

コンラッド「ありがとう、ワルター。でも君の右腕は取れかかっている事を忘れたのかい」

ロベッタ「ねぇコンラッド、無理はいけないわ。皆で力を合わせましょうよ」

コンラッド「ロビィ、それは出来ないよ。ゲルトやパウルは元々力仕事が出来ないし、トニーとトラウドルはアルコールが抜け切って熱が出ている。気の毒なワルターはあの通りの体だ。それにフロイライン・ロビィ、君は女の子だ」

ロベッタ「・・・」

農夫「どうした、やるのかやらんのか」

コンラッド「やりますとも」

―吹雪の丘で独り石運びに任じるコンラッド。それを黙って見詰める仲間達。

コンラッド「Ich muβ. Ich muβ. Ich muβ(我は為さざるを得ず)」


コンラッド(Konrad)主人公
トラウドル(Traudl)員数合わせの名人
パウル(Paul)道化者
ワルター(Walter)力自慢で乱暴者
ゲルト(Geld)抜群の記憶力と演算能力
トニー(Toni)手先が器用
エーリヒ(Erich)演説の名手。ザルツブルグで落命

そして博士の屋敷から逃れて来た謎の少女ロボット、ロベッタ(Robetta)が途中(TV第3話)から合流する。

元々彼らは同じ能力を持つが、その上に一体づつ突出した特殊能力をも備えていた。しかし最後に作られたコンラッドだけはその特殊能力が明らかでなく、仲間のワルターやゲルト等に軽く見られていた。時々落ち込むコンラッドを励ますのはロベッタの役割である。そして旅を続ける内に、コンラッドに備わった特殊能力が明らかとなって行くのである。それは諦めない心、努力を惜しまない心、そして博愛の心であった。


―コンラッドの顔は赤く染まり、背中から油臭い煙が上がり始める。作業は半分も終わっていない。熱血漢のワルターは男泣きに泣き、叫んでいる。

ワルター「おぉぉぉ、俺様の体さえまともだったらコンラッド、貴様に借りなど作るような真似はしないものを!」

―記憶力と演算能力が抜群のゲルトは何かブツブツ言いながら計算に熱中している。突然ゲルトが顔を上げ、取り憑かれたような真剣な表情で叫ぶ。

ゲルト「いけない、コンラッド! 3秒以内に石を降ろすんだ!さもないと」

―言い終わる間も無くコンラッドの右足を支える鉄骨が弾けるような音を立てて折れ、彼の体はゆっくり倒れて行く。掛け寄る一同。

一同「コンラッド、しっかり」

パウル「コンラッド、もう止めよう。もう旅は終わりにしよう」

トニー「コンラッド、僕達の幸運もここまでだったんだよ」

ゲルト「おじさん、僕達を警察に連れてって下さい」

コンラッド「何を言うんだ皆」

パウル「結局こうなるしかなかったって事だよ。こうなったら皆一緒にドナウ河の底に沈められよう」

トニー「そうすれば先に逝ったアルベルトやルッツにも逢えるさ」

コンラッド「いやだ、いやだ、いやだ。僕は死ぬ事を恐れている訳じゃない。だけど死ぬ前にもう一度博士に逢って、僕達ロボットが本当に人間の役に立つのかどうかを確かめたいんだ。そうでないと死んでも死に切れないんだ!」

ロベッタ「皆、コンラッドの言う通りだわ。ザルツブルグで私達の身代わりになって死んだエーリヒに何て言えば良いの?」

―静まる一同。

ゲルト「おぉ、おぉ、エーリヒ。許してくれ、僕達は君の死を危うく無駄にする所だった」

―ワルターが吠える。

ワルター「コンラッド、コンラッドよ、気力を振り絞れ。俺様がお前の右足代わりになってやる!」

パウル「・・・僕達が間違えていた。コンラッド、皆で生き抜こう。皆で博士に逢えるその日まで!」

―ようやく立ち上がったコンラッドの廻りに仲間のロボット達が寄り集まり彼を支える。折れた鉄骨が彼の白い軍服のズボンを破って現れ、そこから循環用のアルコールが止めど無く流れ落ちる。

コンラッド「Ich will. Ich will. Ich will.(我は求める)」

一同「Wir alle wollen. Wir alle wollen.(我ら尽く求める)」

―雪の舞い上がる丘にロボット達の涙交じりの掛け声が呪文のように響き渡る。


回が進むに連れて切迫した事情が彼らを苛み始める。胸の電堆に貯えられた電力が消耗して行く事であった。厳冬期を迎え電気の自然消耗が始まったのだ。
何とか春までに博士に再会し充電をして貰わなければならない。そして「ロボットが本当に人間の役に立つのかどうか」を確かめなければならない。哀れな彼らロボットは無事に博士と再会出来るのであろうか。

その頃フランスを追われた博士は、パリで知り合った老紳士、赤十字社の祖、アンリ・デュナン(Henri Dunant、役:ゲオルグ・シュレーダー)の勧め従いスイスにいた。そしてイタリア統一戦争を契機として成立した赤十字社の理念を学び、初めてロボットが人間の役に立つ仕事に行き当たるのである。
更にデュナンに紹介されたフローレンス・ナイチンゲール(Florece Nightingale、役:ベルタ・ハンゼルマン)と共に、彼のロボット達を探す旅に出るのだ。ここまでが第一部である。


農夫「もういい。もう止めろ。すぐに仕事を止めろ。お前達の気持ちは良く分かった。何てこった。罰当たりはこのわしだったとはな!」

ロベッタ「おじさん、じゃぁ」

農夫「あぁ、通報はせん。さぁ母屋に入れ。このバールをくれてやるから、そいつの足に添え木をしてやるが良い。何か必要な物があるか。わしの手に入る物なら何でもやろう」

ロベッタ「それじゃぁ、アルコールが欲しいんです。大量に!」

農夫「何だ、お前達ロボットのくせに酒を飲むのか。ビールか、シュナップスの方が良いか」

ゲルト「そうではありません。純粋なアルコールが欲しいのです」

農夫「ふむ、ここには無いな、おいハンス、直ぐにアングスト先生の所へ行ってな、消毒に使うからと言ってアルコールを貰って来るんだ」

息子「はい、父さん!」

―嬉しそうに走り出す息子。

農夫「お前達はパリに行くと言っていたな」

ワルター「そうだ。博士はナポレオン三世に招かれてパリにいると聞いた」

農夫「やれやれ、お前達は何も知らんのか。今パリは死の町と化しているのだぞ」

トニー「ど、どういう訳ですか」

農夫「プロシャとフランスが戦争して、ナポレオン三世はとっくに捕虜になったわい。パリはプロシャ軍に包囲されて、市内はコミューンとか言う罰当たりが支配しておったそうだ」

ロベッタ「それじゃぁ、博士は」

農夫「きっとおらんだろう。でなければとうに殺されているかも知れん」

一同「そんな・・・」

コンラッド「博士・・・博士、教えて下さい・・・僕達は人間の役に立ちますか・・・」

ロベッタ「コンラッド・・・」

トラウドル「ロビィ駄目だ。うわ言だよ。博士の夢を見ているんだろう」

―皆静まり返る。

息子「父さん、買って来たよ」

農夫「先生に余計な事は言わなかっただろうな。さ、アルコールだ。これで足りるかね」

ロベッタ「ありがとう、おじさん。ありがとう、ハンス」


TV放映は第一部が1974年9月から1975年3月まで、計26回であった。
放映初回から大人気で例えばノルドライン・ヴェストファーレン州における視聴率は33%を越える事がしばしばであった。他の地域でも似たり寄ったりであったが、アンケートの結果意外な事が判明した。当初想定していた視聴対象即ち未就学児童~基礎学校低学年男子よりも、基礎学校高学年~ギムナジウム女子の人気が高かったと言う点である。これはロボット役に、当時人気のあった子役達(ヘルムート・ディースカウ、オットー・ハイスマン等)を起用した事が大きかった。彼らは一様に「不幸な身の上」役が似合う美男子である。
それが彼女らの心を掴んだのではないだろうかとRVCは分析した。

親達の反応は当然好意的であった。まだまだ戦中派が社会の中心にいた時代である。博士やロボット達の唱える反戦・平和はそのまま彼らの世代のスローガンであったし、アンリ・デュナンやナイチンゲール等の登場人物も好ましいと考えたようである。

続いて1975年4月から始まった第二部は、前半でロボット達と博士の再会。そして後半は、看護人や大工、格闘家や学者と言った新しい勤めに挑戦するロボット達の姿を暖かく描き出している。
しかし、また当然とも言えようが、ロボットと博士が再会する第32話をピークとして視聴率は漸減して行ったそうである。


―吹雪の夜が明けた。眩しく晴れた雪原で一同と農夫は別れの挨拶を交している。

農夫「それでもお前達はパリへ行くのかね。何だったら春までここにいても良いのだぞ」

コンラッド「いいえ、おじさんに迷惑が掛かりますから」

息子「コンラッド、早く博士に逢えると良いね」

コンラッド「うん、そうしたらまた皆一緒にお礼に来るよ」

息子「きっとだよ。約束だからね」

コンラッド「おじさん、本当にありがとう。ハンスも元気でね」

一同「さようなら、さようなら」

農夫・息子「さようなら、気を付けて」

―雪原を庇い合うように進む7体のロボット。行く手には雪晴れのアルプス。

エンディングテーマFI。

「デンデンガンガンホイデンガン、がんばれロボコン、デンガラガッタデンガラガッタ、さぁ行こうかぁ…」



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