模型架鉄-遠海島の軽便鉄道




模型架鉄の事-遠海鉱業幅曳鉄道の記-
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模型架鉄の要点は即ち「初めに模型ありき」であると思うのです。 ある模型を手に入れて、その様子の良い事から発想の翼は留まる所無く広がり、この役者にどんな舞台を踏ませたいかを考えさせるに至る、良き模型ありきと言う事です。

五歳の頃、「そうぶほんせん」の汽車に乗り銚子へ旅行した事がありました。
その頃は総武本線もキハ30に混じってDDに牽引されたオハ61系でしたし、銚子の名物「デキ3+ハフ+デハ」と言う珍編成も見られました(見ただけじゃなく実際乗ったし)。その強烈な印象は後々まで尾を引き、模型で何とかあの変な電車を再現したいと願った小5の夏。童友社の都電6000の車体をクリームとオレンジで塗り分けて、足回りにTOMYのDD13を接着したアヤシゲな電車、これをボール紙製の灯台を遠景にして走らせ悦に入っていました。

更に時が流れて30代に入ると、役者は「キッチン」のデハにワールドのデキとハフ。灯台はGMのキットと変化しながらも、その「悦に入る」行為はさほど変化していません。

そんなこんなで先日、アルモデルの森ブタ風DLキットを入手しました。これは組み立ての簡単さ、プロポーションの良さは言うに及ばず、僅か5000円でちゃんと走るナローの機関車が手に入ると言う意味で革命的な製品です(昭和53年頃でしたか、乗工社から発売された「酒井型DL」は4800円でしたが、当時大学出の初任給は2万円程の時代でしたから、え? 違うの?)。


で、組み立てました。組むのに2時間、KDカプラーの組み立て調整に5時間を掛け、ようようの完成です。

最前の話に戻りますが、このDLをどんなシチュエーションで走らせようか、割に頭を悩ませました(これは得がたい悩みです)。




舞台1):片田舎の国鉄駅から物資の集散地を目指す「本格的」軽便鉄道。普段はDCが単行で(これもアルモデルの)、朝夕はDLが数両のボギー客車を牽引。
路線は平凡な田園の中を一直線に。舗装された立派な県道がすぐ横を並行しておりこの鉄道の将来を暗示している。塗装はDLが橙一色。DCとPCは同じ橙に窓周りがクリーム。或いは井笠風に腰板に白の太帯。
レイアウト化の際には始発駅、或いは終着駅を製作して、小規模な入換や増結車の切り離し、機回し等を楽しめるようにする。




舞台2):小規模な鉱山から国鉄駅まで鉱石を運搬する軽便鉄道。DLが数両、主にオアカーを連ねた鉱石列車を牽引する。渓流に沿って杉木立に見え隠れするように走らせる。
鉱石列車の最後部にはカブースを気取って海老茶色の短いハニフを連結させたい。塗装はDLが茶色、或いは警戒色を兼ねて黄色でも面白いかも。米軍式に黒一色にランボード側面のみ白でも良い。木造のオアカーは白茶色に色褪せている。
レイアウト化の際は途中の交換駅を造り、積車編成と空車編成を交換させる。




舞台3):こっからが架鉄的な展開。昭和30年、スプロール化著しい近郊を走る軽便鉄道が廃止を免れ、国鉄駅、或いは私鉄駅から少し離れた団地までを結ぶ。所謂路面軌道ではないが拡幅された二車線道路の端を遠慮がちに走る。
広く取った道路、長屋式の平屋商店街、沿線にはまだまだ田園風景が残る過渡期的な景観。DLに牽引される客車はそれまでの田舎じみたものに混じって、バーニーカーの車体を再利用したボギー車で編成される。通勤時間帯には勤め人が客車のデッキや窓に鈴なりになるのである。買出しかインドの通勤列車の如き眺めとは相成る。DLのエンドビームにはお遊びで救助網かカウキャッチャーでも付けたくなって来る。
塗装は全体に白っぽい色が良いかも知れない。或いは接続駅が私鉄であるとしたら、この軽便鉄道もその私鉄の一支線と位置付け、同じような塗装にしてしまうのも面白いだろう。
レイアウト化の際には終点の団地集会場前を信じ難い急カーブで「きゅう」と回ってしまう様を表現して見たい。




設定はさておき、塗装には迷いました。赤系か青系か?
羽根の塗装(伊豆急スカイブルー+東武クリーム)も捨て難い上、赤系とすると尾小屋のイメージが先行してしまう憂いがあったので、ここは

DL:青22号の単色
客車:青22号+側面窓周りのみ白3号

と決定しました。色番は深い意味は無く、手許にあったスプレー缶でまだ中身が残っていそうな色をぶつけただけです。

所で客車を塗って見て初めて思い出したのですが、この色合わせはタイ国鉄の客車の色と似ていました。そこでイメージを掴む為に以前撮り溜めたタイの鉄道写真を眺めている内に、ふとあるシチューエーションが浮かび上がったのです。


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