4.魔神

 

 

「テレビを御覧の皆様、今のヘクサトロンの言葉をお聞きになりましたか?」

 木村シンジの構えるカメラの前で、山崎エリカがマイクを手に語りかけていた。彼女と、彼女の仲間が日本のオートボット地下基地の近くまで乗りつけていたテレビ局の中継車は今、シティを遠くに見下ろす山麓の車道にいた。

 東京を解放したマクシマルズと接触を試み、幸運にもそれを果たした彼女は、あることを条件に、シティ奪回に向かうマクシマルズと同行することを許された。それはこの事件の真相を世界中に知らしめることである。

 無論、危険な戦場の真っ只中に民間人である彼等を連れて行くわけには行かない。そこで、オライオンは自分の視覚および聴覚センサーを彼らの機材とリンクさせることを提案したのである。

彼らの中継車にはマクシマルズが用意した衛星通信用の増幅装置と翻訳装置が取り付けられ、オライオンの目と耳を通じて、リアルタイムな映像と音声が、世界中に同時通訳されながら実況中継されていた。かくして、オライオン達がシティに突入し、通信妨害が解除されて以後、その一部始終は全て地球人達の知るところとなっていたのである。

「やはり、全てはプレダコン残党のヘクサトロンと、彼の仲間達による陰謀でした。確かにオートボット・レヴォリューショナリーズを名乗るファイアストリーム達の行いは許されるものではありません。しかし、それはオートボット全体が人類に敵対することを意味するものではないのです」

 カメラの前で熱弁を振るうエリカの顔、その背後で展開されている戦闘、そしてオライオンの見ている光景が交互に切り替わり、世界中のテレビで流されていた。中継車の中では、彼らの同僚である鈴木ヒデオがその切り替えを行っていた。

エリカ達が基地を探していた間、車内で留守番をしていた彼は、彼女と共に現れたマクシマルズに驚き、その驚きが冷めぬまま、彼らと共にアメリカへとワープさせられ、すっかり動転していたが、いざ仕事となれば落ち着きを取り戻し、肥満気味の体をせわしなく動かしながら機器の操作を続けていた。手を動かしつつも、彼はふと疑問を口にした。

「それにしてもこの放送、ちゃんと世界中に流れてるのかなあ・・・・・・?」

 

 

 

「なるほど、考えたな・・・・・・マスコミを利用するとはな」

 再びヘクサトロンは笑みを浮かべた。しかしその表情と声には、計画の完璧さを損なわれたことに対する怒りの色が僅かながら含まれていた。

「・・・・・・ならばその目を通して全世界に、この私の力と君達の凄惨な最期を見せつけてやるとしよう!」

 地獄の魔王がマントを翻すように、ヘクサトロンは背中の翼を広げ、両手のエナージョンソードを構えた。その全身から発せられる夥しい邪気に気圧されながらも、マクシマル達は彼を取り囲み、身構えた。

「やれるもんならやってみな!悪知恵だけが取り柄のてめえなんぞに、やられてたまるかよ!」

 オプレスの言葉にも、ヘクサトロンは余裕を崩さなかった。代わりに彼は足元に横たわっているヘビーアームの体を踏みつけた。

「彼らの無様な敗北を見ていれば、私が知略だけの者ではないということが戦わずして理解できただろうにな・・・・・・よかろう、その身をもって知るがいい!」

「彼を放せ!」

 真っ先に突っ込んだのはオプレスではなく、オライオンの方であった。先ほどまで敵対していた相手とは言え、元は同じオートボットである。敗者に鞭打つがごとき振る舞いを見過ごすことは出来なかった。

「では、返してやろう!」

 残忍な笑みを浮かべ、ヘクサトロンはオライオンに向かってヘビーアームの体を蹴り飛ばした。

「!」

 ヘクサトロンに向かって突き出していたクローを思わず引っ込め、飛んでくるヘビーアームをオライオンが受け止めた瞬間、その陰からヘクサトロンが飛び出し、エナージョンソードで斬りかかってきた。

「危ねえ!」

 オプレスのプラズマキャノンが火を噴き、まさにオライオンを真っ二つにしようとしていたヘクサトロンに直撃した。後方に吹き飛ばされたものの、ヘクサトロンは翼をはためかせ、空中で一回転して無事に着地した。そして驚いたことに、そのボディにはかすり傷一つついていなかった。

「何て野郎だ・・・・・・こいつが効かねえなんて」

 オプレスは我が目を疑った。目の前のヘクサトロンはウルトラ級の体格の持ち主とは言え、単なるトランスメタル・プレダコンのはずである。それが自分の最大の武器であるプラズマキャノンを受けて、全くの無傷でいられるとは到底信じられなかった。

「二人を援護するんじゃ。全員撃ち方始め!」

 クロックワイズの号令で、訓練生達が一斉に射撃を開始した。しかし、先ほどのレヴォリューショナリーズ相手の時と同じく、それらは彼の翼によって全てはじかれてしまった。

「くそっ、だったらこれならどうだ!」

 アイスブレイカーがウェポンモードとなって、右腕を負傷したロングヘッドの代わりにクロックワイズの手に収まり、サンドクローラーがアーティレリーモードとなって、再びシャーピアーズがそのトリガーを握った。

「食らえ!」

 二人の攻撃が同時にヘクサトロンを襲った。だが、やはり結果は同じであった。

「それで終わりか?ではこちらの番だな!」

 その目に邪悪な光をたたえながら、ヘクサトロンは訓練生達の方へ歩を進めた。しかしその前に、再びオライオンが立ち塞がった。

「彼らには指一本触れさせん!」

「こっちも忘れんじゃねえ!」

 同時にオプレスも突進し、二人はそれぞれクローとバトルクラブで攻撃を仕掛けた。しかし、その攻撃は、ヘクサトロンの両手のエナージョンソードによってことごとく防がれていた。

「その程度か・・・・・・つまらん!」

 ヘクサトロンは二本のエナージョンソードを柄の部分で組み合わせて一本の武器に変え、プロペラのように猛スピードで回転させた。その攻撃で、二人はそれぞれ別方向へと弾き飛ばされた。

「強い!奴がここまでの実力とは!」

「くっ・・・・・・化け物め!」

 吐き捨てられたオプレスの言葉に、ヘクサトロンは目を光らせた。

「化け物だと?・・・・・・いや、違うな。私は神の力を手に入れたのだよ!」

 思いがけない言葉に、二人は戸惑った。

「神だと?一体どういうことだ!」

「へっ、何を抜かすかと思えば・・・・・・てめえもあの火消し野郎と同類かよ!」

 だが、それに対してヘクサトロンは高笑いをした。

「あの思い上がりのファイアストリームなどと一緒にしてもらっては困るな。これを見たまえ!」

 そう言うと、ヘクサトロンは自分の胸の中央の円形のカバーを開いて見せた。プレダコンズのエンブレムが刻まれたそのカバーの下には、サヴェッジ・プレダコンズと同じ紫のスパーククリスタルが、不気味な光を放っていた。

「あれを自分の体内に取り込んだというのか?」

「それがどうしたってんだ?そんなもんが神の力だって言うのかよ!」

 オライオンとオプレスの疑問に答えるように、ヘクサトロンは笑いかけた。

「ヴォルカノックとあの出来損ないのサヴェッジ・プレダコン共は、このスパーククリスタルのパワーを十分に発揮することは出来なかった・・・・・・だが私は違う!今や私の力はあのファイアストリームはおろか、メガトロンやオプティマスすら越えたのだ!」

 高らかに宣言するヘクサトロンに対し、オプレスは冷ややかだった。

「ハッタリかましてんじゃねえぜ!あの火消し野郎が怖くて、こんなチンケな企みをしやがったくせによ!」

「分かっていないようだな。本来ならば、私一人でも十分奴など倒せたのだよ・・・・・・ただ私は自分の手を汚すのが嫌いでね。君達に始末してもらった方が、手間が省けるし、何より、奴には地球を守るために闘った英雄として死ぬよりも、反逆者として惨めな最期を遂げる方が、この私も気が晴れるというものだからな」

 そしてヘクサトロンは、スペースブリッジの方をちらりと見た。ブリッジのコントロールパネルは、サイバートロンが軌道に乗る時間に合わせて自動的に作動するようタイマーセットされており、その残り時間は既に三十分を切っていた。

「もう少し君達と遊んでいたかったが、もうあまり時間が無い。ここまで戦ってきた君達の健闘を称え、最後に私の真の力を見せてやろう。よく見るがいい!」

 そう言ったヘクサトロンの胸に埋め込まれたクリスタルが、更に輝きを増した。その光は彼の体全体を覆いつくし、そして激しい光を放った。

「これは・・・・・・オプレスの時と同じだ!」

 手をかざし、オライオンは呟いた。ネオマクシマルであるオプレスのスパークが輝いたとき、彼自身と他のマクシマルズが瞬時にして回復したときの光景を、彼は思い出した。それと同じ働きが、ヘクサトロンのスパーククリスタルにもあるというのだろうか・・・・・・

 

 

 周囲を覆いつくすほどの光が治まったとき、その場にいた全ての者達が息を呑んだ。彼らの目の前に立っているヘクサトロンの姿には、一見何の変化も無いように思われた。しかしそのボディの色は、さっきまでの黒と紫に彩られたものではなく、輝くばかりの真っ白なものに変わっていたのである。その姿は、それまでの悪魔的な印象とは打って変わって、むしろ神々しいまでの輝きに満ちていた。

「脅かしやがって・・・・・・大層な御託を並べた割りに、体の色が変わっただけじゃねえかよ!」

 プラズマキャノンを構え直したオプレスを、オライオンが制止した。

「待て、オプレス!」

 不満気な表情で、オプレスは振り返った。

「何だよ。あんな虚仮脅しにビビっちまったってのか?」

「お前には分からんのか?変わったのは色だけじゃない。パワーそのものが桁違いに上がっているぞ!この距離からでも感じられるほどにな!」

 見ると、他のマクシマル達もそれに気付いているのか、一様に強張った表情をしていた。

「なな、何だい皆ブルっちゃってさ。た、た、大したことねーじゃん」

そう強がりを見せるシャーピアーズも、全身の震えを隠すことは出来ずにいた。

無論、オプレスにもそれが分からないわけではなかった。しかし、オライオンへの反抗心の方が上回っていた。

「それがどうした!どの道やらなきゃ、こっちがやられるんだぜ!」

 そしてオライオンの手を振り払い、オプレスはプラズマキャノンを発射した。しかしその光弾は直立したままのヘクサトロンの前で停止し、逆にオプレスの方へと戻ってきた。

「何いっ?」

 跳ね返された光弾はオプレスとオライオンの足元に着弾し、二人は爆発に吹き飛ばされた。

「フォースフィールドか?いや、違う・・・・・・ヘクサトロンは全身から放射されるエナージョンのパワーで、プラズマキャノンのエネルギーを、文字通りはね返したのだ!」

 オライオンの言葉に答えるように、ヘクサトロンは再び笑い出した。

「その通りだ、オライオン・プライマル・・・・・・だが、一つだけ間違いを訂正させてもらおうか」

 邪悪な笑みに口元を歪め、彼は続けた。

「今の私はヘクサトロンではない・・・・・・インフィニトロンと呼んでもらおうか!」

「インフィニトロンだぁ?無限の力でも持ったつもりかよ?」

 オライオンに代わって答えたオプレスに、インフィニトロンは笑みを返した。

「つもり、ではない。まさしく今の私には無限のパワーがあるのだ!・・・・・・パワーだけではないぞ。新たなモードも手に入れたのだ。見るがいい!」

 そしてインフィニトロンはビーストモードにトランスフォームした。その姿は真紅に光る牙を持った巨象であった。その純白のボディが白骨のようにも見え、不気味な雰囲気を漂わせていた。

「面白え。やるってのか?」

 地響きを立てて突進してくるエレファントモードのインフィニトロンに対し、オプレスもまたマンモスにトランスフォームし、突っ込んでいった。二体の巨象は頭から激しくぶつかり合い、その牙を絡ませた。

「どうだ・・・・・・何?」

 相手を押し倒そうとしたオプレスは愕然とした。一見華奢な姿をしたインフィニトロンのエレファントモードは、彼の体当たりにも微動だにしないどころか、逆に彼の体を押し返し始めたのである。

「どうしたね?君の力はその程度か?」

 余裕に満ちたインフィニトロンの声が、オプレスの神経を逆撫でした。

「うるせえ!」

 後ろ足が地面にめり込むほどに踏ん張り、オプレスは相手を押し返そうとした。しかしインフィニトロンの足を止めることは出来ず、踏ん張った地面ごと後ずさりし始めた。更にインフィニトロンの牙が赤く光り、高熱を帯びてオプレスの表皮を焼き始めた。

「うおおっ!」

その熱が内部に達し、たまらず体勢を崩したオプレスは一気に押し倒され、踏みつけにされてしまった。凄まじい圧力がボディにかかり、オプレスが苦痛の声を上げた。

「早く足をどけないと、このままボディが踏み抜かれるぞ?」

 そう言いながらも、インフィニトロンは更に足に力を込めた。

「やめろおっ!」

 横からビーストモードのオライオンが飛びかかり、その爪を振り下ろした。しかしその直前にインフィニトロンはまたしてもトランスフォームし、空中へと飛び上がった。見上げたオライオンの頭上には、翼竜型のプテロダクティルモードにトランスフォームしたインフィニトロンが、彼をあざ笑うように旋回していた。

「今度は君が相手かね?」

 翼竜の翼と両足に取り付けられた四基のタービンが回転し、凄まじい突風を生み出した。オライオンもビーストモードのままスピニングシールドを展開して対抗したが、圧倒的な風圧の前に、木の葉のように吹き飛ばされてしまった。

 地面を転がるオライオンを追って、インフィニトロンは低空飛行し、その体を引き裂こうと爪を光らせた。しかし、転がりながらオライオンはロボットモードになり、ジャンプしてインフィニトロンの首に飛びついた。

「何の真似かな、オライオン?」

 インフィニトロンの背中に乗り、オライオンはクローを突き立てようとした。だがインフィニトロンは、彼を振り落とそうと空中で回転した。落ちそうになりながらも、オライオンは必死でしがみつき、そのまま彼を墜落させようと体重をかけた。

「中々やるではないか。ではこれならどうかな?」

 降下しながらインフィニトロンは更にトランスフォームし、ホバークラフトモードとなって河に一直線に飛び込んだ。しばらくして浮上し、高速で水上を滑るインフィニトロンの上には、未だオライオンがしがみついていたが、インフィニトロンは機体を傾け、横の岩肌にオライオンの体を擦り付けた。

 激しい衝撃に耐え切れず、ついにその手が離れてしまった。河に転げ落ちたオライオンに追い討ちをかけるように、ホバークラフトの後部からエナージョンミサイルが二発発射され、水中に飛び込んだ。

 数秒後、大音響と共に水柱が上がり、オライオンの体が高々と舞い上げられた。彼の体は崖の上に落ち、それを追ってインフィニトロンも崖を登ってきた。よろめきながら立ち上がったオライオンめがけて、ホバークラフトモードのインフィニトロンが地上を滑りながら突っ込んできた。そのスピードはアサルトビークルの時以上である。

オライオンを撥ね飛ばそうと迫ってくるインフィニトロンに、オライオンは四基のロケットランチャー全てを発射した。しかし、その攻撃も彼の勢いを削ぐことは出来なかった。衝突寸前で身をかわしたものの、機体下部のチェーンソーに右足を斬られ、オライオンは苦痛に顔を歪めて倒れた。

「君を殺すのは最後だ。その目を通じて、仲間達の死に行く様を世界中に見せ付けてやらねばならないからな」

 引き返したインフィニトロンは、また新たな姿にトランスフォームした。それは、ギリシャ神話に登場するグリフォンを思わせるビーストモードであった。そして翼を羽ばたかせて彼は舞い上がり、オライオンに向かって一直線に降下してきた。

「お前の思い通りにはさせん!」

 オライオンはクローを展開し、迫り来るグリフォンに斬りかかった。しかしそれをすれすれでかわし、彼の背後に回りこんだインフィニトロンは、彼の体をその前足で捕えた。

「少々戦場から離れ過ぎたな。君の仲間達の元に戻るとしよう」

 そしてオライオンを抱えたまま、グリフォンモードのインフィニトロンは元いた戦場へと引き返した。

 

 

「お、おい、戻って来たぞ!」

 ギャロップが指差した方向の空から、オライオンを抱えた白いグリフォンが飛来してきた。マクシマル達の上を悠然と飛行し、彼らの目の前にオライオンを放り投げると、インフィニトロンは自らの姿を見せ付けるように、ゆっくりと降下してきた。

「野郎!」

 再びバトルクラブを構え、オプレスが突っ込んできた。だがその攻撃がインフィニトロンにヒットする前に、それらは全て見えない壁に遮られ、彼に傷を付けるどころか、触れることさえ出来なかった。逆にインフィニトロンが翼を一振りしただけで、オプレスの体は軽々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「とんだ化け物だな・・・・・・こりゃ、さっきのセリフもまるきりハッタリってわけじゃなさそうだぜ」

 そう呟きながら立ち上がろうとしたオプレスであったが、急に力が抜け、再び倒れそうになった。それを横から支えたのはオライオンであった。

「大丈夫か?」

「あ、ああ・・・・・・何だか急に力が抜けちまってな」

「実は私もだ。さっきから体に力が入らないんだ」

 だが、体に異変が起こっていたのは彼らだけではなかった。

「ど、どうなってんだ?体から力が抜けてくようだぜ」

「僕もだ・・・・・・まるでエネルギーが体から漏れ出しているようだ」

 クロックワイズや訓練生達、そして他のマクシマル達も彼らと同じ状態になっていた。そして彼らの疑問に答えたのはインフィニトロンであった。

「そうそう、言い忘れていたが、この状態でいる時の私のスパーククリスタルは非常に貪欲でね。私の意志に関わり無く、その場にいる全ての者達のエネルギーを吸い取ってしまうのだよ」

 再びロボットモードに戻り、誇らしげに言い放つ彼の言葉に、マクシマル達全員の顔が驚きと恐怖に包まれた。

「我々のエネルギーだと?そんなことまで出来るというのか・・・・・・」

「な、なるほどな・・・・・・道理で強えはずだぜ。奴が強くなるほど、こっちはどんどん弱っていくわけだからな・・・・・・とんでもねえ吸血鬼野郎だ!」

 深い絶望感がマクシマルズを覆っていた。彼らが戦えば戦うほど、インフィニトロンの力はますます強大化し、逆に彼らの力は失われていくのである。彼らの目には、もはや彼の姿はプレダコンというより、白い魔神のようにすら見えていた。

 

 

「皆下がれ!私に任せろ!」

 頭上から響く声に、オライオン達は我に返り、その方向を見上げた。フォートレス・マクシマスが両手に巨大な銃を持ち、インフィニトロンを狙っていたのである。

 マクシマルズが戦っていた間、彼もまた群がるドロイド軍団を全身の火器で撃ち落し、巨大な足で踏み潰していた。しかし彼の周囲でマクシマル達が戦いを繰り広げていたために、彼はその巨体が災いして迂闊に動くことが出来ず、彼らを巻き添えにしないように最低限の援護をすることしか出来なかった。

 しかしサヴェッジ・プレダコンズやサイバービーストが倒され、ドロイド軍団もまたテンタクリーパーに乗ったウィールジャック達によってほぼ全滅した今、もはや標的はインフィニトロンただ一人となっていた。彼に倒されたレヴォリューショナリーズの者達も、既にガスケットとグラミットが回収しており、味方を巻き込む恐れは無かった。

 マクシマル達が退避するのを見計らい、マクシマスはインフィニトロン目掛け、一斉砲撃を開始した。右手の融合フォトンライフル、左手のデュアルレーザーブラスター、そして全身から発射された無数のビームとミサイルが彼一人に集中し、凄まじい爆発を引き起こした。

 猛烈な爆風に、十分な距離を取っていたオライオン達も押し倒され、遠くまで飛ばされないよう懸命に地面にしがみついているしかなかった。

「こ、これほどの威力なら、いかに奴でも無事では済まんじゃろ!」

 視覚センサーを焼くほどの閃光をバイザーで防ぎつつ、クロックワイズが叫んだ。やがて爆発は収まり、直径百メートル近いクレーターが姿を現した。

「奴はどこだ?」

「これだけの爆発だ。跡形も無く吹っ飛んだに決まってる!」

 口々に言いながら、マクシマル達は爆発の跡を覗き込んだ。そして煙が晴れたとき、彼らの表情は一斉に凍りついた。

 まるで何事も無かったかのように、クレーターの中心部に、腕組みをしながらインフィニトロンが仁王立ちしていた。正確には足元の地面が吹き飛んでいたために、宙に浮いていたのであるが。

「そ、そんな・・・・・・何の損傷も無いのか!」

 呆然としているマクシマスに向かって邪悪な笑みを浮かべ、インフィニトロンは宙を蹴るようにダッシュし、一瞬で彼の目の前に現れた。

「君の出番はもう少し後だ。しばらく休んでいたまえ」

 そしてインフィニトロンはハンドモードにトランスフォームし、アイアンクローのようにマクシマスの顔に組み付いた。彼がそれを引き剥がすよりも早く、巨大な手はマクシマルのエネルギーを一気に吸い取っていた。

 エネルギーを殆ど失い、マクシマスの巨体がバランスを失って倒れ始めた。そしてその倒れる先にはマクシマル達がいた。

「いかん、全員退避しろ!」

 ビーストモードにトランスフォームし、オライオン達は走り出した。足の遅いアイスブレイカーはギャロップの背中に飛び乗り、オプレスはホバータンクモードになって急発進した。

散り散りに逃げ出すマクシマル達の後ろでマクシマスの巨大なボディが地面に倒れ込み、凄まじい振動と風圧が彼らの体を吹き飛ばした。幸いにして逃げ遅れた者はいなかったが、最も強力な味方を失った彼らの敗色は更に濃厚になっていた。

上空をバットモードで旋回しつつ、インフィニトロンは倒れたマクシマスの周囲で狼狽しているマクシマル達をせせら笑っていた。

「マクシマスよ。お前だけは後でエネルギーを返してやる。ドミネイターディスクを取り付けた後でな」

 そして彼らの前に降下したインフィニトロンはロボットモードで降り立ち、両手を広げて高らかに呼びかけた。マクシマスのエネルギーを吸い取ったその体は、先ほどより一回り以上大きくなっているように見えた。

「さあ諸君、フィナーレはもうすぐだぞ。最初に私の糧となる栄誉を担うのは、果たして誰かな?」

 銃を構えながらも、マクシマル達は手を出すことが出来ず、そうしている間にも彼らのエネルギーは減少し続けていた。そして彼らの中には、既に動けなくなっている者さえ出始めていた。

「お、おい、ワイルドランナー!しっかりしろ!」

「こらトーディ、しっかりせんかい。お前さんは我輩のボディガードだろうが!」

 オプレスによってエネルギーをチャージされたオライオンやネオマクシマルズにはまだエネルギーは残されていたが、ウィールジャック達地球残留組のエネルギーは既に底をつきかけていた。

「まずいな。このままでは全滅だ」

 誰に言うともなく、オライオンは呟いた。

「ああ、これこそまさに絶体絶命の大ピンチってやつだ」

 オプレスの口ぶりは相変わらずであったが、彼にも事態の深刻さは十分理解できていた。それが分かっていたから、オライオンもあえて彼をたしなめることはしなかった。

 そして一つのことを決心し、オライオンは訓練生達に振り返った。

「ロングヘッド!」

「いえ、お断りします!」

 命令を出す前に拒否され、オライオンは続けるべき言葉を失った。

「おっしゃりたいことは分かっています。我々だけで逃げろというのでしょう?でしたらその命令には従えません!」

 ロングヘッドの推察通りだった。オライオンは、自分とオプレスで足止めをしている間に彼らを逃がし、いずれ来るであろう援軍に後を託すつもりでいたのである。

「分かっているなら黙って従え!あの時とは状況が違うんだぞ!」

最初に地球に来た時、ディストラクターに追い詰められた彼はやはり同じ命令を訓練生達に出していた。ただその時は、反逆者とは言え相手はあくまでオートボットであり、捕らえられたとしてもまだ生存の可能性はあった。しかし今目の前にいる相手は邪悪かつ残忍なプレダコンで、しかも恐らく現時点では最も強大な敵である。捕まれば、生き延びる可能性はゼロであろう。

 しかし、ロングヘッドを始め、訓練生達の決意は固かった。

「ここまできて、そりゃないですよ。最後まで付き合わせてください!」

真っ先に声を上げたのはアイスブレイカーであった。ギャロップもそれに続いた。

「俺達は同じディスペンサーのエナージョンキューブを食った仲。生きるも死ぬも一緒です!」

「まあ、今更俺達だけで逃げたって、後で倒せる保証も無いしな」

 シャーピアーズが半ば諦め顔で呟いた。

「それに、まだ修了証書をいただいておりません」

 サンドクローラーの言葉に、思わず全員の表情が和らいだ。

「一本とられたのう、オライオン」

 微笑みながら、クロックワイズがオライオンの肩に手を置いた。オプレスは無言で腕組みをしたままそれを見ていた。戸惑った表情で、オライオンはウィールジャック達の方を顧みた。彼らの中でまだ動ける者は無言で頷き、逃げる意思の無いことを示していた。

 軽くため息をつき、オライオンは再び訓練生達に振り返った。

「お前達、命令違反で全員減点だ。いいな?」

 

 

「どうやら話がついたようで、何よりだ。これ以上待たされては、いささかこちらも都合が悪いからな」

 一斉に身構えたマクシマルズを前に、インフィニトロンは口の端を吊り上げた。

「諸君らの悲壮なまでの決意、実に美しい。そのエネルギーもさぞや甘美なものであろうな・・・・・・よかろう、君達のエネルギーは最後の一滴まで、有効に活用させてもらおう!」

 その目に残忍な光を湛え、インフィニトロンが足を踏み出した瞬間、その背後からビームの一斉射撃が彼を襲った。

「何者だ?」

 大して驚いた顔も見せずに、インフィニトロンはゆっくりと振り向いた。

「トレインボッツ!」

 声を上げたのはオライオンであった。突如現れた六人のトレインボッツが、援護射撃を行ったのである。

「遅くなってすまない。思いの外、彼らの抵抗が強くてね」

 リーダーのウィンドスピードが後ろを指差した。

「面目無い。だがもう大丈夫だ!」

 そう言ったのはヨーロッパ方面軍司令官のサンダークラッシュである。トレインボッツの更に後ろには、彼をはじめ大勢のオートボット達が出現していた。現れたのは彼らだけではなかった。インフィニトロンとマクシマルをはさんで反対側、そして左右にも、次々とオートボッツが姿を現しつつあった。

 トレインボッツによってドミネイターディスクから解放されたオートボット達は、彼らがコントロールされたのと逆の手順で次々と仲間を解放していき、そして各地からワープゲートを通ってここへやってきたのであった。

程なくして、世界中にいた二百人以上のオートボッツ全てが、この場を埋め尽くしていた。その陣容も標準的なサイズの者達やマイクロマスター、コンバイナー等多種多様で、それらが一堂に集まった光景は壮観と呼ぶにふさわしいものであった。

「ふむ、全員集合というわけか。思ったより早かったな」

 これだけの軍勢に取り囲まれながらも、インフィニトロンは僅かな動揺すら見せず、むしろ煩わしくて仕方が無いといった様子であった。

「申し訳無いが、君達の相手をしている時間は無い。出発の時間が迫っているのでね」

 自分達を無視して歩き出そうとするインフィニトロンに、数人のオートボット達が立ち塞がった。

「ふざけるな!俺達に大恥かかせやがって、ただで逃げられると思っているのか!」

「お前の行くべき所はサイバートロンじゃない。暗黒の監獄惑星だ!」

 口々に叫びながら、彼らは一斉に射撃を開始した。しかし、四方から浴びせられる銃撃も、インフィニトロンには一切通用していなかった。

「よ、よせ!君達もやられるぞ!」

 彼らを制止しようとしたオライオンを引き止めた者がいた。サンダークラッシュである。

「奴の力は分かっている。ここに来る前に、我々もテレビ中継を見たからな・・・恐らくここにいる全員をもってしても、奴を倒すことは困難だろう」

「分かっているなら、何故?」

「あの怪物を倒すことは無理かも知れんが、少なくとも邪魔をすることは出来る。その間に君達はスペースブリッジを破壊してくれ!」

 そしてサンダークラッシュは、予備のエネルギーパックをオライオン達に手渡した。

「し、しかしそれでは貴方達が・・・・・・」

「今回の一件は、奴を取り逃がし、ファイアストリームの暴走を止めることの出来なかった我々の責任でもある。そのために我らの故郷を危険に晒すわけにはいかん!」

 サンダークラッシュ本人は地球生まれであるが、そのスパーク自体はベクターシグマによって生み出されたものであり、言わばサイバートロンは彼にとって魂の故郷とも言うべき場所であった。そのサンダークラッシュにそこまで言われては、オライオンに躊躇すべき理由は無かった。

「・・・・・・分かった。ブリッジを破壊したらすぐに戻る。それまで持ち堪えてくれ!」

 エネルギーパックを胸のパワーコアに入れると、オライオン達マクシマルズはビーストモードになり、ブリッジへと走り出した。その姿を見届け、サンダークラッシュは自分のビークルモードで牽引しているトレーラーをミサイル砲座にトランスフォームさせ、その銃座に飛び乗った。

「よし、オートボッツ、総攻撃だ!奴をこれ以上先に進ませるな!」

 アジア方面軍司令官であったファイアストリームが解任され、最高司令官であるマクシマスも倒された今、彼らを率いる立場にあるのは、ヨーロッパ方面軍司令官のサンダークラッシュであった。その言葉を受け、ウィンドスピードも仲間達に指令を出した。

「トレインボッツ、レイルロードに合体!サンダークラッシュを援護する!」

 六体のトレインボッツが合体し、二人一組のコンバイナーチームであるマルチフォースもそれに続いた。

「マルチフォース合体!マルティプライズ!」

 最大級の戦闘モードとなったオートボッツは銃を構え、インフィニトロンの前に壁となって立ちはだかった。しかし、当のインフィニトロンの関心は、彼らの後方にあった。

「あれは?・・・・・・奴ら一体どこへ?」

 目の前のオートボッツには目もくれず、彼はその向こうへ遠ざかっていくマクシマルズを見つめた。そして彼らの向かう先がスペースブリッジであることに気付いた瞬間、彼の顔から笑みが消えた。

「まさか、ブリッジを破壊する気か!」

 既にブリッジはサイバートロンへの道を開くための準備に入っていた。しかしそれが開く前に破壊されてしまえば、彼がサイバートロンに行く道は絶たれてしまう。

 それまでそよ風のようにビームの集中砲火を受け流していたインフィニトロンの表情が一変した。その憤怒に満ちた顔は、悪鬼さながらであった。行く手を遮ろうとするオートボットの群れに向かって、インフィニトロンは猛然と突進した。

「邪魔をするな、虫けらどもが!」

 

 

「あったぞ!コントロールパネルだ!」

 スペースブリッジに向かって走るオライオンが叫んだ。シティのあった場所の正面ゲート側の壁に、ブリッジを制御するためのコントロールパネルが見えていた。自動制御のプログラムは順調に作動しており、その残り時間は十五分であった。

「あれを破壊すれば!」

 ビーストモードのオライオンのたてがみが開き、四基のロケットランチャーが展開した。だがそれが発射される直前、彼らとコントロールパネルの間に割って入った者達がいた。

「何だ、あいつら?」

 オプレスは知らなかったが、オライオン達には彼らに見覚えがあった。

「ミュータントビースト!何故君達がここに?」

 コントロールパネルを守るように立ち並ぶ四人のミュータントビーストの内、リーダー格のアイスバードが前に出た。

「悪いがこのブリッジを破壊させるわけにはいかん。我々が使うのでね」

 彼らの前で立ち止まり、オライオン達はロボットモードに戻った。

「どういうことだ!君達はあの森で暮らすつもりではなかったのか?」

「そのつもりだったが、事情が変わってな。我々はサイバートロンに帰ることにした。邪魔をするなら容赦はせんぞ!」

 彼の後ろでミュータントビースト達は攻撃態勢に入り、訓練生達もそれに対して身構えた。

「君達こそ邪魔をするな!今の状況が分かってないのか?」

 オライオンの呼びかけも無意味だった。

「もちろん分かっている。だが言ったはずだ。お前達の戦いなど、我々には関係無いと!」

 最初に会ったときと同じく、彼らの態度は頑なであった。しかしオライオン達はともかく、オプレスの行動には「説得」という選択肢は無かった。

「何だか知らねえが、どうしても邪魔するってんなら、こいつでどかせるまでだ!」

 そして彼はプラズマキャノンを構え、そうはさせまいと、ミュータント達も彼に飛びかかろうとした。

その時、睨み合う彼らの後方で爆発音が起こった。

「何だ?」

 振り返ったマクシマル達の目に、立ち上る爆発の煙と、その中から飛び出し、低空飛行で急接近するジェット機の姿が映った。超音速で飛行するジェット機は彼らの頭上をかすめ、その衝撃波で彼らを吹き飛ばした。

「インフィニトロンか!」

 ブリッジの手前でジェット機は急上昇し、ドラゴンにトランスフォームして着地した。行く手を遮るサンダークラッシュ達を瞬く間に倒し、そのエネルギーを吸い取った彼の体は、既に倍近くにまで大きくなっていた。

「虫けらどもが!ブリッジを破壊しようというのだろうが、そうはさせんぞ!貴様ら残らず皆殺しだ!」

 尋常でない殺気をその目に宿らせつつ、二つの首が叫んだ。先ほどまでの紳士ぶった態度とは打って変わった剣幕に、オライオン達は身を強張らせた。

「あれが奴の本性か!」

「へっ、たかがブリッジで血相変えやがって。神様を名乗るんだったら、サイバートロンぐらいてめえの足でひとっ飛びだろうが!」

 だが、もはやインフィニトロンにはオプレスの軽口を聞き流す余裕は無かった。

「黙れえっ!」

 叫びと共に吐き出された火炎弾が直撃し、オプレスは吹き飛ばされた。

「次はどいつだ、炎の餌食になりたい者は?」

 息巻くインフィニトロンの前に出たのは、ミュータントビースト達であった。

「サイバートロンに帰るのは我々だ。お前は次の便を待て!」

 アイスバードの挑発に、インフィニトロンはロボットモードに戻り、笑い出した。

「面白い。失敗作のミュータントごときに何が出来る?」

 彼が言い終わるのを待たず、四人は一斉に飛びかかった。梟モードのアイスバードと蝙蝠モードのサウンドウェイブが頭上から、蠍モードのポイズンバイトと恐竜モードのレイザークローが足元から攻撃し、その爪と牙とで立て続けに攻撃を繰り出した。だが、やはりそのいずれも彼に傷一つ付けることは出来なかった。

「よせ!君達でも奴を倒すことは・・・・・・」

 彼らを引き留めようとするオライオンを、立ち上がったオプレスが制した。

「やらせとけよ。それより、一つ考えがあるんだがな」

「考えだと?」

 聞き返したオライオンに、オプレスは大きく頷いた。

「奴のパワーはあのスパーククリスタルから来てるんだよな?だったらあれをぶっ壊せば片がつくってこったろ?」

「そんなことは分かっている。だがそれを壊そうにも、外部からの物理的攻撃が一切通用しないのでは・・・・・・」

 そこまで言いかけ、オライオンは彼が言わんとしていることを理解した。

「まさか、お前・・・・・・?」

「ああ、そのまさかよ!」

 不敵な笑みを浮かべるオプレスの胸のスパーククリスタルが、再び光を発した。

「だが危険すぎる!もし奴のクリスタルのエネルギー許容量が無限であれば、もう我々に勝ち目は・・・・・・」

「今だって十分勝ち目は無いだろうが!こいつは一か八かの賭けだ!」

「お前はさっきもそう言っていたな。あの時は上手くいったが、今度も成功するとは限らんぞ」

 あくまで慎重論を唱えるオライオンに、オプレスは苛立った声を上げた。

「だったら他に手はあるのかよ?奴のクリスタルをぶっ壊す方法が!」

 しばらく考え込み、オライオンは口を開いた。

「・・・・・・そうだな、お前の言う通りだ。確かに他に方法は無さそうだ」

 突然、クロックワイズが声を上げた。

「お、おい!あいつらが・・・・・・!」

 二人が振り返ったとき、既にミュータントビースト達は一人残らずインフィニトロンに倒された後であった。最後の一人であったアイスバードの体が地に落ち、それを踏み越えながらインフィニトロンが歩き出した。

「口ほどにも無い・・・・・・さて、次はいよいよ君たちの番だな。もはや一人一人相手にしている時間は無い。まとめてかかってきたまえ」

 余裕を取り戻したインフィニトロンの前に、オライオンとオプレスが躍り出た。

「私が奴の注意を引き付ける。その隙に・・・・・・いいな?」

 視線をインフィニトロンに向けたまま、オライオンはオプレスに囁いた。

「ああ、分かってる。だがその前に、一つだけ言っときたいことがある」

「・・・・・・何だ?」

 インフィニトロンに注意を払いつつも、オライオンは僅かに振り向いた。ためらいつつも、オプレスは続けた。

「・・・・・・あの時あんたに言った事はウソだ・・・・・・ホントは俺にも分かってたんだ。バックファイアのことはあんたのせいじゃないってな。だが俺はそれを認めたくなかった・・・・・・だからつい、あんなことを言っちまった」

「オプレス・・・・・・?」

「あんた達の元を離れたのは、これ以上あんたに迷惑をかけたくなかったからだ。俺のせいで誰かを犠牲になんかしたくない・・・・・・そう思って、仲間も作らず、俺は今まで一人で戦ってきた」

 思いがけない言葉に、オライオンは戸惑った。

「どうしたんだ、お前らしくもない。まるで死を覚悟したようなことを言うなんて・・・・・・」

 しかし、続いて返ってきた言葉は、またも彼の予想を裏切った。

「馬鹿言え!あんたがやられちまった時の為に言ってやったんだよ!このまま死なれたんじゃ寝覚めが悪いからな!」

 それが本心なのか、照れ隠しなのかは分からなかったが、オライオンはかすかに笑った。

「そうか・・・・・・では行こうか!」

 

 

「お涙頂戴の三文芝居も大概にしてもらえないかね?私には時間が無いと言っているだろう!」

 苛立った声でインフィニトロンが口を挟んだ。その彼に対し、オライオンはクローを展開して構えた。

「待たせて悪かったな・・・・・・だが、サイバートロンへは断じて行かせん!」

 そしてオライオンはまっすぐインフィニトロンへと走り出した。その体が三度目のハイパーモードの輝きに包まれた。

「そんな悪あがきでエネルギーを浪費するのはやめたまえ。私のいただく分がなくなってしまうではないか」

 目にも留まらぬスピードで繰り出されるオライオンの攻撃を全く意に介さず、インフィニトロンは二本のエナージョンソードでそれらを軽々と受け流した。今の彼には、ハイパーモードのオライオンの動きすら、止まって見えるようであった。

「無駄だ!」

 エナージョンソードの一閃でオライオンのクローが両方とも叩き折られた。尚も拳を振るおうとした彼の首が、インフィニトロンの右手に捕らえられた。

「グッ・・・・・・!」

 右手からエネルギーを吸い取られ、オライオンの体から輝きが消えた。振り解こうにも、既にその手に力が入らなくなっていた。

「視覚と聴覚センサーが機能する程度にはエネルギーは残してやろう。さっきも言ったが、君の順番は最後なのだからな!」

 勝ち誇った笑いを上げるインフィニトロンの背後で、オプレスの声がした。

「こっちを向け、化け物め!」

 振り返ったインフィニトロンの目の前で、オプレスのプラズマキャノンが発射された。至近距離からの砲撃にも拘らず、彼にダメージを与えることは出来なかったが、その衝撃でオライオンを捕まえていた手が外れ、彼の体は地面に投げ出された。

「小賢しい!」

 インフィニトロンのエナージョンソードが振り下ろされ、オプレスはそれをプラズマキャノンの砲身で受け止めた。熱したナイフがバターに刺さるように、キャノンの砲身は呆気無く真っ二つになり、爆発した。

 しかしその間にオプレスはインフィニトロンの懐に飛び込み、胸から取り出したパワーコアを彼のスパーククリスタルに押し当てていた。

「何のつもりだ?」

 訝しがるインフィニトロンに構わず、オプレスはその手に力を込めた。

「てめえの胃袋と俺のエネルギー、どっちがもつか勝負だ!」

 先ほど自分自身と他のマクシマルズを復活させた時と同じように、パワーコアが真紅の光を発した。上空に輝く太陽のエネルギーがパワーコアに吸収され、それを通じてインフィニトロンのスパーククリスタルに流れ込み、全身に行き渡っていった。

「面白い。そのエネルギー、全て吸い尽くしてくれる!」

 邪悪な笑みを浮かべ、インフィニトロンはパワーコアごとオプレスの体を両手で掴んだ。

「ぬおおおおおお!」

 パワーコアだけでなく、体からもエネルギーを吸い取られ、オプレスは苦悶の声を上げながらもパワーコアを握る手を放さなかった。一方、これまで以上のエネルギーを得たインフィニトロンの体は急速に巨大化していった。

「オプレス!」

 クロックワイズに抱き起こされながら、オライオンは彼に向かって手を伸ばした。その彼の目の前で、オプレスを捕えたインフィニトロンのサイズは、既に最初の五倍ほどになっていた。

「私は神だぞ。太陽さえも食らいつくしてみせる!」

 高笑いしながらますます巨大になっていく彼の姿を、オライオン達マクシマルズ、そして彼の攻撃を免れたオートボッツが、声も無く見上げていた。

「や、やはり無理なのか?奴を倒すのは・・・・・・」

 思わず膝を付き、オライオンは天を仰いだ。

「素晴らしい!これほどのエネルギーがあれば、もはや私一人でサイバートロンを手に入れられる!この宇宙に私を倒せるものなど、存在しないのだ!」

 彼の身長は既にフォートレス・マクシマスのそれを上回っており、高らかな笑い声が空に響いた。

 

 

ピシッ!

 その瞬間、鋭い音が響いた。

「何っ!」

 高笑いを続けていたインフィニトロンの顔が、一転して引きつった。その胸に輝くスパーククリスタルに、一筋の亀裂が入っていたのだ。亀裂は見る間に広がっていき、ボイラーから漏れ出す蒸気のように、エネルギーが噴き出し始めた。

「ば、馬鹿な!」

 驚愕の表情で固まった彼の体が、空気の抜けた風船のように急激に縮み始めた。スパーククリスタルだけでなく、全身からもエネルギーが噴出し、それは霧状となって周囲に満ち、彼にエネルギーを吸い取られて倒されたマクシマルやオートボット達のボディに吸収されていった。

「な、何が起こったんだ?」

 目を覚まして身を起こすサンダークラッシュ達やマクシマスの目に、どんどんと縮小していくインフィニトロンの姿が映った。やがて彼の体は、完全に元の大きさに戻っていた。

「な、何故だ・・・・・・何故こんなことに・・・・・・」

 呆然と自分の体を見ているインフィニトロンは、ふと背後の足音に気付いた。振り返ると、オプレスが拳を鳴らしながら近づいてきていた。

「む、無駄だ・・・・・・神に拳を当てるなど・・・・・・」

 引きつった顔で言いかけたインフィニトロンの顔面に、鋼鉄の拳がめり込んだ。全身を覆うエナージョンのフィールドも完全に消え失せており、彼の身を守るものは既に無かった。無様に地面に倒れた彼に、オプレスの言葉が浴びせられた。

「やっぱりてめえのスパーククリスタルも、欠陥品だったようだな!」

 その言葉に愕然としながらも、インフィニトロンはふらつきつつ立ち上がった。「そんなはずは無い・・・・・・私は神の力を手に入れたのだ・・・・・・私が敗れるはずなど・・・・・・」

 パワーを取り戻したオライオンがオプレスの横に立ち、言い放った。

「確かにフィナーレの時が来たようだな。ただし、それを迎えるのは我々ではなくお前の方だ!」

「だっ、黙れえええ!」

 二本のエナージョンソードを振り上げ、インフィニトロンは二人に斬りかかった。しかしそれが振り下ろされるよりも早く、オライオンとオプレスの拳が彼のボディにヒットしていた。

「うげえっ!」

 ソードを取り落とし、前のめりになった彼を、更なる二人の攻撃が待っていた。無数の拳と蹴りが彼の全身を襲い、倒れる暇すら与えられずに彼の体は二人の間で舞い続けた。

「せえーのぉ!」

「止めだ!」

 同時に繰り出されたパンチがひび割れたスパーククリスタルに直撃し、インフィニトロンの体を吹き飛ばした。クリスタルは完全に砕け散り、地面に叩きつけられたインフィニトロンの体の色が再び変わり始めた。その色は元の黒と紫に戻り、ヘクサトロンの姿に戻っていた。

「嘘だ・・・・・・この私が負けるなんて・・・・・・有り得ない・・・・・・」

 仰向けに倒れたまま時折痙攣しつつ、ヘクサトロンはうわ言のように呟き続けた。

 

 

 

「よくやったな・・・・・・オプレス!」

「・・・・・・ああ、あんたのおかげだ!」

 オライオンの差し出した手を、ためらいながらもオプレスは握り返した。それは数十年振りのことであった。そんな二人の姿をクロックワイズは穏やかな笑みを浮かべながら見つめた。

 間も無く、彼らの周りで歓声が上がった。マクシマルズとオートボッツが一つとなって、彼らの勝利を喜び、抱き合っていた。

「やったぜ!さすがは隊長達だ」

「ああ、これでサイバートロンに帰れるな」

「帰ったら早速卒業パーティだぜ。なあシャーピー?」

 隣の仲間に呼びかけたアイスブレイカーであったが、返事は無かった。

「どうしたよ。お前嬉しく・・・・・・!」

 振り返ったアイスブレイカーは目を疑った。ついさっきまで隣にいたはずのシャーピアーズの姿が無かったのである。周りを見ても、彼の姿は見つからなかった。

「変だな・・・・・・あいつ、どこ行ったんだ?」

 

 

 

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