5.帰還

 

 

「皆様、ご覧下さい!ついにやりました!ヘクサトロンがついに倒されました!」

 マイクを握り締め、殆ど絶叫に近い声でエリカは叫んでいた。オライオンの目と耳を通して一部始終を見届けた彼女の声は、興奮と感激で上擦っていた。

「オライオン・プライマルとオプレス・プライマル・・・・・・二人のプライマルの称号の持ち主が、再び訪れた地球の危機を救ったのです。それを全世界に伝える機会を得たことは、誠に喜びに耐えません。これから我々は現場に向かい、彼らに独占インタビューを行なおうと思います」

 エリカがそこまで言った時、そばの繁みから何かが飛び出した。それは二つの大きな黒い鉄球のように見えた。

「こ、これってまさか・・・・・・?」

 カメラが回っているのも忘れ、彼女は転がりながら近づいてくる鉄球に見入った。そして彼らの手前で鉄球は停止し、人型にトランスフォームした。

「う、うそ!何でドロイドがここに?」

 マクシマル達によって全滅させられたはずのスフィアドロイドが、戦場から遠く離れたこの場所に何故いるのか、彼女には分からなかった。

彼らを送り込んだのはヘクサトロンであった。オライオンに協力して、全世界に放送している人間の存在を知った彼は、密かにこの二体に命令を送り、彼らを探させていたのである。そして万が一自分が失態を晒したとき、強制的に放送を中断させるようにも命じていた。その命令を実行する時が今やってきたのである。

「中継車を壊す気?止めて!」

 両腕のビームガンを中継車の方に向けたドロイド達に、エリカは思わず叫んでいた。

「よ、よせよエリちゃん、君までやられるぞ!」

 引き止めるシンジの手を振りきり、慌てて車から飛び出したヒデオと入れ替わりに、エリカはドロイド達の前に立ち塞がっていた。無論、人間である彼女に彼らと闘う力など無いし、どんなに懇願したところで、感情を持たないドロイドが命令の実行を中止するはずも無い。それでも、半ば無意識の内に彼女は放送を中断させまいと、彼らの前に身を晒していたのであった。

 そして、その行為に何ら感銘を受けることも無く、二体のドロイドはビームガンの狙いを定めた。その照準内にはエリカの姿も入っていた。

「・・・・・・!」

 思わず目を硬く閉じた瞬間、彼女の耳に飛び込んだのはビームの発射音ではなく、その腕が地面に落ちた音であった。

「えっ?」

 エリカが目を開けた時、その目の前には白いロボットの背中と、彼に両腕を切り落とされたドロイドの姿があった。

「あ、あなた・・・・・・!」

 目を見開いたエリカにちらりと笑みを見せ、ロボットはもう一体のドロイドに目を向けた。妨害者の存在に気付いたドロイドは目標を一時変更し、彼の方にビームガンを向けた。しかし、咄嗟にロボットは腕を落とされたドロイドの背後に回りこみ、それを盾にした。

連射されたビームによって蜂の巣となったドロイドが地面に倒れた時には、既にそれを踏み台にジャンプしたロボットが、肘のブレードでもう一体を真っ二つにしていた。

「全く無茶するぜ。あんたの装甲じゃ、こいつらのビームは防げないだろ?」

 あっと言う間に二体のドロイドを始末したロボットが、エリカの前に来てしゃがみこんだ。

「ウサちゃん・・・・・・どうしてここに?」

 ウサちゃんと呼ばれたロボットは、思わずつんのめりそうになった。

「だからその呼び方はやめろって!俺の名はシャーピアーズだって言ってんだろ!」

「ご、ごめんなさい・・・・・・でもどうして・・・・・・?」

「あ、ああ・・・・・・こいつらがあんた達の方へ向う足音が聞こえたんでね。気になって追いかけたんだ。おかげで決定的瞬間を見損ねちまったがね」

 そう言って、シャーピアーズは歓声に沸き立つ戦場の方を見下ろした。彼らのいる場所から戦場までは、裕に二キロは離れている。

「あ、あんな遠くから足音が聞こえたの?あたし達にだって聞こえなかったのに?」

「だから言ったろ?俺の耳は鋭いってな」

 事も無げに言いながら振り返ったシャーピアーズは、シンジの持ったカメラに気が付いた。

「あ、あれ?ひょっとして俺、今テレビに映ってる?」

「え?ええ、全世界にね」

 エリカの言葉に、シャーピアーズは慌ててポーズをとり始めた。

「おいおい、それならそうと早く言ってくれよ。今の俺様、決まってた?」

 カメラの前で手を振ってみせるシャーピアーズの表情が、突然険しく変わった。

「どうしたの?」

 問いかけるエリカの声が聞こえないかのように、彼は空を見上げていた。その方向には、太陽とは別に小さな光が見えていた。そしてそれは次第に大きくなっていった。

「あの光は・・・・・・まさか!」

 その正体に気付いた次の瞬間には、既にシャーピアーズは崖を飛び出し、仲間の元へと駆け戻っていた。

 

 

 勝利に沸き立つオートボット達の中で、最初にその光に気付いたのはフォートレス・マクシマスであった。ふと見上げた空の一角で小さな光がきらめき、それは次第に大きくなり、そして一筋の線となって彼らの頭上に降り注いだ。

 その巨体からは想像も出来ない速さで彼らの上に覆いかぶさった瞬間、光はマクシマスの背中を直撃し、爆発を引き起こした。

「マクシマス!」

 歓声は瞬時に悲鳴へと変わり、逃げ惑うオートボット達の背後でマクシマスの巨体が再びゆっくりと崩れ落ちた。

「何だ?何が起こったんだ!」

 思わぬ出来事に、オライオン達も驚きを隠せなかった。

「まさか・・・・・・ビーム衛星が?」

「馬鹿な!あれはもうコントロールされてねえ筈だろ?」

 オライオンとオプレスは顔を見合わせた。レヴォリューショナリーズが地球人を脅迫するために使っていた地球製の軍事衛星は、マクシマルズがシティのコントロールを取り戻した時点で、その支配を逃れていたはずであった。

突然、二人の背後で笑い声がした。

「ヘクサトロン!」

「てめえ、まだ・・・・・・!」

 振り返った二人の前で、ぼろぼろとなったヘクサトロンが立ち上がり、笑い続けていた。

「切り札は最後まで取っておくものだよ。如何なる時も、最悪の事態に備えておくのが、真の勝者というものだ」

「では、お前が衛星を?」

「忘れたのかね?あれは元々サイバートロンの技術で造られたものだ。ならば、我々にコントロールできても不思議は無かろう?」

 そう言って笑い続けるヘクサトロンに、オプレスが詰め寄った。

「ふざけんじゃねえ!これじゃ、てめえだってやられるだろうが!」

「心配はご無用。あれを見たまえ!」

 そしてヘクサトロンは空を指差した。その指差す先に、突然一隻の黒いスペースクルーザーが姿を現した。今まで遮蔽装置で姿を消していたのである。

「チッ、まだ仲間がいやがったのか!」

 彼らが再びヘクサトロンに向き直った時、既に彼の姿は地上には無く、バットモードとなって空中に舞い上がっていた。

「良いタイミングだ、シャドウダンサー。直ちに脱出するぞ!」

「シャドウダンサーだと?」

 ファイアストリームの協力者として、彼にドミネイターディスクを与えたという自称マクシマル諜報部員の名を、オライオンは思い出した。

「・・・・・・やはりプレダコンズのスパイだったのか!」

彼らの頭上を旋回しながら、ヘクサトロンは笑っていた。

「いかにも。サヴェッジ・プレダコンなどより、よほど役に立つ部下だよ・・・・・・それでは迎えも来たことだし、そろそろお暇させていただくとしよう」

「逃がすか、この野郎!」

アイスブレイカー達が上空の彼に向かって銃撃を開始したが、それをあざ笑うようにかわし、ヘクサトロンはクルーザーの方へと上昇した。

「さらばだ、ネオマクシマルズの諸君、そして二人のプライマルよ・・・・・・二度と会えぬのが残念だがな!」

 そして彼はクルーザーのハッチに近付き、中に乗り込もうとした。しかしその途端、彼の全身がスパークに包まれ、弾き飛ばされた。船全体を覆うフォースフィールドに阻まれたのである。

「ぐあああああ!」

 数十メートル上空から地面に叩きつけられ、ヘクサトロンはロボットモードに戻ってよろめきながら立ち上がった。

「愚か者!早くフォースフィールドを解除せぬか!」

 頭上をホバーリングしているクルーザーに向かって、ヘクサトロンは叫んだ。しかしクルーザーからは何の返答も無く、フォースフィールドも消える様子が無かった。

「何をしておる、シャドウダンサー!私を収容しろと言うのが分からんのか!」

 その表情からは笑みが消え、焦りと動揺に取って代わられていた。やがてクルーザーから、冷ややかな声が響いてきた。

「残念ですが、お乗せすることは出来ません。定員オーバーです」

 声の主はシャドウダンサーであった。

「馬鹿な!ふざけている場合か!早く収容しろ!」

 完全に落ち着きを無くした声で叫ぶヘクサトロンは、急にはっとした顔になった。

「まさか貴様・・・・・・裏切るというのか、この私を?」

「裏切る?」

 鼻で笑うような返事が返ってきた。

「閣下から見ればそうかも知れませんわね。でも私は命令を忠実に実行しているだけですわ・・・・・・本当のマスターのね」

「本当のマスターだと?どういうことだ!」

「まだお分かりになりませんか?哀れな道化役者は、ファイアストリームだけではなかったということに・・・・・・」

 ヘクサトロンは言葉を失った。これまで敵味方の別無くあらゆる者達をその知略によって利用し、サイバートロンを手中にせんと企んでいた筈が、他人によって自分もまた利用されていたなどと、到底彼には信じられなかった。もし自分以外にそのようなことの出来る者がいるとすれば、それは・・・・・・

「ま、まさか、お前の正体は・・・・・・そしてお前のマスターとは・・・・・・」

「知ったところで、どうにもなりませんわ。これから皆死ぬのですから」

 自分を嘲笑するシャドウダンサーの顔が空に浮かんだように、ヘクサトロンには思えた。

「今この場所には、地球上に存在する全てのトランスフォーマーが集まっています。それを一掃するのが、私の・・・・・・いえ、マスターの目的だったのですよ」

「お、おのれ!」

 エクスストリームに止めを刺した時のように、彼は両手のエナージョンソードをクルーザーに向け、その刀身を発射しようとした。しかしそれより早くクルーザーの対地ビームキャノンが発射され、彼を撃ち倒した。

「皆、散開しろ!目標を分散させるんだ!」

 胸から煙を上げて倒れたヘクサトロンに構わず、オライオンは指示を下した。それに合わせ、オートボッツはビークルモードに、マクシマルズはビーストモードにトランスフォームし、散り散りに走り出した。しかし、その行く手を阻むようにビームが雨あられのごとく降り注ぎ、彼らを次々と吹き飛ばしていった。

「くそっ、こうなったら!」

 サンドストームを始めとする航空機タイプのオートボットがクルーザーに攻撃を仕掛け、撃墜しようとした。しかし彼らの攻撃は全てフォースフィールドによって阻まれ、逆にクルーザーから発射された対空レーザーと上空からのビームによって、次々と撃墜されていった。

 オライオン達からは見えなかったが、コクピットの中で彼らの姿を見下ろすシャドウダンサーの顔が、京劇の面のように一転し、醜悪なミュータントフェイスに切り替わっていた。そこから禍々しいエコーを伴った彼女の声が響いた。

「全ての有機生命体(オーガニック)に滅亡を!」

 

 

「おおい、皆何やってんだよ!」

 逃げ惑う訓練生達の前に、シャーピアーズが現れた。

「あっ、お前一体、どこ行ってたんだよ!」

「そんなことより、さっさと逃げねえと、ビームで丸焼きにされちまうぜ!」

 しかし、そのビーム攻撃が不意に途絶えた。予想外の事態に、オートボットとマクシマル達は空を見上げた。

「ど、どうしたんだ?」

「ひょっとして弾切れか?」

 だが、その希望的観測をクロックワイズの声が打ち消した。

「いやあ、そうじゃない。次で止めを刺すつもりなんじゃ」

 クロックワイズはその多目的バイザーで、望遠モードで上空に浮かぶ衛星の姿を捉えていた。そしてそれがエネルギーの再チャージに入っているところを。

それに答えるように、シャドウダンサーの声がした。

「その通り。今度は全エネルギーを集中させますから、恐らく半径五キロは火の海となることでしょう。せいぜい急いで走ることですね」

 そしてシャドウダンサーはコントロールパネルを操作し、ビームの照準をセットした。モニターの中で、エネルギー値が最大になるまでのカウントダウンが始まっており、その残り時間は二分足らずとなっていた。

「皮肉なこと。守るべき地球人の手によって造られた武器で滅ぼされるなんて・・・・・・」

 

 

「半径五キロだって?それじゃ俺のスピードでも逃げられないぜ!」

 ギャロップの言葉に、テンタクリーパーに乗ったウィールジャックが付け加えた。

「いや、我々だけではないぞ。ここから三キロ南に人間達の街がある。早く知らせんと、えらいことになる!」

 それを聞いて、オライオンはエリカ達のいる山道の方を振り返った。

「今のを聞いたな?今すぐそこから逃げろ!そして街の住民に知らせるんだ!」

 

 

「そんな・・・・・・あなた達はどうするんです?」

 そのやり取りが中継されているのも忘れ、エリカは叫んでいた。

「我々には構うな。君には君の使命があるはずだぞ!」

「でも・・・・・・」

 渋るエリカの腕をシンジが引っ張った。

「ライオン隊長の言う通りだ。早く逃げようぜ!」

「オライオンよ!オライオン・プライマル!」

 むきになって訂正するエリカを、シンジは無理やり車内に押し込み、ヒデオの運転で中継車を急発進させた。

「降ろしてよ!皆を置いて逃げる気?」

「俺達に何が出来るっていうんだよ!一緒にやられるだけだろ!」

 綺麗に整えられた爪に顔を掻き毟られながら、シンジはエリカを説得しようとした。

「やられるわけないでしょ!彼らが絶対何とかしてくれるわ!いつもそうだったんだから!」

「今回もそうとは限らないだろ!て言うか、今度ばかりはマジにヤバイって」

「そんなことないもん!絶対絶対オライオン達がやってくれるんだから!」

 駄々っ子のようにわめき散らすエリカの肩を、シンジががっしり掴んだ。

「その隊長さんも言ってたろ?エリちゃんにはエリちゃんの使命があるって!エリちゃんの使命ってのは一体何だ?」

 その言葉に、エリカははっとした。

「そ、それは・・・・・・し、真実を伝えること・・・・・・」

「だろ?だったら、俺達のやるべきことは、彼らを応援することじゃなくて、この大ピンチを皆に伝えることじゃないのか?ええ?」

 初めて見るシンジの真剣な表情に、エリカは次第に冷静さを取り戻した。

「・・・・・・そ、そうよね。確かにその通りよね・・・・・・あんたもたまにはいい事言うじゃない?」

「たまには、は余計だよ」

 苦笑しながらシンジは手鏡を彼女に渡した。

「分かったら、早く髪型を直しなよ。これから避難勧告を出すんだろ?」

 赤面しながら、エリカは急いで乱れた髪型を直し、シンジの構えるカメラに向き直った。実際、ビームが発射されるまでどれだけの時間が残されているか、彼らには分からないし、この放送自体が無意味に終わるかも知れない。しかし、オライオン達が自分達の義務を果たそうと努める限り、彼女達もまた自分達の使命を放棄するわけにはいかないのである。

 ファインダー越しにマイクを手にして表情を引き締めるエリカの姿を見て、シンジは満足げに微笑んだ。

「よおーし、いい顔だ。いくよ・・・三、二、一・・・・・・」

 

 

「くそおっ、プラズマキャノンさえあれば・・・・・・」

 片方の平手に拳を打ちつけ、オプレスは歯軋りした。ヘクサトロンとの戦いでキャノンを破壊されたために、衛星を狙撃することが出来ず、彼は悔しさを全身で表していた。

「やっぱり初めから衛星をぶっ壊しておけば、こんなことにはならなかったんじゃねえか!」

 その言葉が全世界に中継されているかも知れないにも構わず、オプレスはオライオンをなじった。

「ああ、そうだな・・・・・・」

 あっさりと自分の言葉を肯定され、オプレスは一瞬唖然とした。

「お、おい!何あっさり認めてんだよ。いつものように、何か言い返したらどうなんだ?」

 しかし、オライオンの態度は変わらなかった。

「いや、お前の言う通りだ。奴らが衛星を使う可能性に思い至らなかったのは私のミスだ・・・・・・だが、まだ手は残されている」

「何?」

 オライオンの言葉に、全員が注目した。

「おそらく衛星のコントロール装置はあの中だ。あれを破壊すれば・・・・・・」

 オライオンが指差した先には、シャドウダンサーのクルーザーが悠然と飛行し、スペースブリッジの方に向かっていた。ビームが発射される寸前にサイバートロンへ転送されるつもりのようであった。

「だが、どうやってあれに近付く?飛べる奴は皆やられちまったぜ?」

 オプレスの質問に、オライオンはテンタクリーパーに乗ったウィールジャックを見上げた。

「すまないが、そのホバーバイクで私をあそこまで運んでくれないか?」

 ウィールジャックが身を乗り出して答えた。

「そりゃ構わんが、フォースフィールドはどうする?あれが張られている限り、取り付くことは出来んぞ」

「いや、フォースフィールドなら、唯一つ張られてない場所がある。ロケットノズルだ」

 その言葉に、全員がどよめいた。

「た、確かにあそこならフォースフィールドの張りようが無いが、ロケットの熱で、お前さんのボディが持たんぞ!」

「五秒や十秒で溶けるほど、やわではないよ。その前にありったけの弾を撃ち込んでやる!」

 そう言ってオライオンは両手両肩のロケットランチャーを展開した。彼の前に、アイスブレイカーとシャーピアーズが立ち塞がった。

「そ、それだったら、俺に行かせて下さいよ!俺のウェポンモードなら・・・・・・」

「いや、そんな危なっかしい真似をするより、俺のハサミでフォースフィールドを斬った方が・・・・・・」

しかし、オライオンの決意は変わらなかった。

「いや、これは私の仕事だ。犠牲は少ない方がいい!」

「そんな・・・・・・さっき死ぬときは一緒だって・・・・・・」

「いいからお前たちは負傷者を連れて逃げろ!時間が無いんだ!」

 なおも食い下がるアイスブレイカーを怒鳴りつけ、オライオンはオプレスに振り返った。

「万一の時は、彼らを頼むぞ・・・・・・」

 その目を見つめるオプレスには、彼を止めることは出来なかった。

「死ぬなよ、兄貴・・・・・・」

「ああ、お前もな」

 そして彼は踵を返し、テンタクリーパーのコクピットに飛び乗った。

「それでは頼む。ノズルの真下まででいい」

「分かった、しっかりつかまっててくれよ」

 操縦桿を握り締めると、ウィールジャックはホバーバイクを分離させ、上昇を開始した。

 

 

クルーザーの方へと向かうオライオン達を、オートボッツとマクシマルズが固唾を呑んで見守る中、一人この場から逃れようとしている者がいた。ヘクサトロンである。

「冗談ではない。こんな所で死んでたまるか!」

 既にスペースブリッジはシャドウダンサーのクルーザーに占拠され、近付こうとする者を対地ビームの攻撃で寄せ付けようとしなかった。そのブリッジの作動時間もあと一分余りとなっており、ブリッジのリング上部をネオンサインのように光が走っていた。

 スパーククリスタルのパワーを失い、満身創痍となった彼には、クルーザーの攻撃をかわしてブリッジに飛び込むことは不可能であった。だとすれば、一刻も早くこの場から逃れる他は無かった。

「そうとも・・・・・・私が死ぬことなど、あるはずがない・・・・・・私はどんな時でも、この知略によって生き延びてきたのだからな・・・・・・」

 たとえ今は限りなく無力に近い状態とはいえ、生き延びさえすれば、いつか力を取り戻し、自分を欺いたシャドウダンサーと、その背後にいる者に復讐するチャンスはいくらでもある。そう、生き延びることさえ出来れば・・・・・・

 所々ひび割れた翼を広げ、ヘクサトロンは宙に飛んだ。トランスフォーム回路が損傷したせいか、バットモードやジェットモードになることも出来ず、彼はロボットモードのまま、必死に飛行を続けた。

 だが、彼が河の上空に差し掛かったとき、突然水柱が立ち上った。仰天して立ち止まった彼の目の前で、川底から飛び出した巨人が、その姿を露わにした。

「そ、そんな!なぜ貴様が・・・・・・!」

 驚きと恐怖に顔を引きつらせ、身を翻して逃げようとしたヘクサトロンの体が、背後から巨大な腕に抱きすくめられた。

「や、やめろ!放せえ!」

 信じられないような力で彼を捕え、その自由を奪った巨人は、そのまま元来た道を飛行しながら戻り始めた。

 

 

 

「急いでくれ!もう時間は無いぞ!」

 ふらつきながら飛行を続けるホバーバイクの上で、オライオンが叫んだ。彼の方を振り返り、ウィールジャックが答えた

「そう言われても、重量オーバーだからな。スピードが出ないんだ」

「だが、奴を撃ち落さない限り、ビームを止める術は無い!」

 その二人の後方から、急速に接近してくる者がいた。それはオライオン達の乗ったホバーバイクを追い抜き、その衝撃でバイクは揺れ、オライオンは振り落とされそうになった。バイクにしがみつきながらも、オライオンは自分達を抜き去った者の顔をはっきりと見ていた。

「エクスストリーム!それにヘクサトロンも?」

「そんなはずは!だってあいつは・・・・・・」

 エネルギー切れによって敗北し、ヘクサトロンによって止めを刺されて河に沈んだはずのエクスストリームが彼を捕え、クルーザーに向かって一直線に飛んでいたのである。ヘクサトロンのスパーククリスタルが破損した時、放出されたエネルギーが、川底に横たわっていた彼にもパワーを与えたのだろうか。

 僅かに与えられたパワーを燃やし尽くそうとするかのように、エクスストリームはヘクサトロンを羽交い絞めにし、ジェットパックを最大出力にしてクルーザーへと向かっていた。そして、クルーザーの中のシャドウダンサーにも、接近してくる彼らの姿は捉えられていた。

「クッ、死に損ないめ!」

 クルーザーからのビーム攻撃が集中し、二人の体に命中した。しかし、エクスストリームの勢いは止まらなかった。体内コンピュータを通じ、エクスストリームはスペースブリッジにコマンドを音声入力した。

「座標を第二目標に変更・・・・・・パスワードは、P・R・I・M・E・・・・・・」

 半ば彼の盾にされた形で全身にビームを受けたヘクサトロンが、息も絶え絶えに懇願した。

「た、頼む、ファイアストリーム・・・・・・助けてくれ・・・・・・そうだ、ここは一つ、手を組もうではないか・・・・・・二人で力を合わせれば・・・・・・!」

 振り返ったヘクサトロンは息を呑んだ。半壊したエクスストリームのマスクの下から覗いていたファイアストリームの目には、既に彼の顔は映っておらず、その声も届いていないという事を悟ったからである。僅かに残されていた希望の光が、絶望の闇に塗りつぶされていくのを、彼は感じ取っていた。

 

 

 今、ファイアストリームの目に映っていたのは恐怖に怯えるヘクサトロンの顔でも、迫り来るクルーザーのロケットノズルでもなかった。彼の眼前にはサイバートロン星の広大な大地が広がっていた。

全ての邪悪が一掃され、平和になった星の上で、幾万もの民衆がファイアストリームの名を叫び、彼を讃えていた。彼らに手を振って応える彼の横では、エクストレイラーとターボレイサー達レヴォリューショナリーズが彼を見つめ、揃ってその顔に喜びを浮かべていた。ファイアストリーム自身も至上の喜びと満足感に包まれていた。望み続けた夢が叶い、彼は幸せの真っ只中にあった。

「やっと・・・・・・宇宙が・・・・・・一つに・・・・・・」

 

 

 二人の衝突を受け、クルーザーのエンジンが爆発したのと、始動三秒前でスペースブリッジの目標が変更されたのはほぼ同時であった。直径一キロ近くの円形のリングから光の柱が伸び、その天頂に見えかけていたサイバートロンの大地が突然掻き消え、代わりに漆黒の闇が現れた。それはかつて、オプティマス・プライムがエネルギー探索の果てにニュークリオンを発見したブラックホールであった。

 これこそファイアストリームの仕掛けていたトラップであった。万一ブリッジが奪われ、他の者に利用されそうになった時、彼のコマンドによって目標地点をサイバートロンから、その数光年先に位置するブラックホールに変更するよう、プログラムを施していたのである。

 炎を上げながらゆっくりと墜落を始めたクルーザーは、突如上空に出現したブラックホールに吸い寄せられ、急激に引き上げられた。その超重力によって船体は捻じ曲げられ、粉々に分解し、すり潰されながら吸い込まれていった。

 しかし吸い込まれるのはクルーザーに留まらなかった。ブリッジの内外の大気、土、水、そして戦場にいる者たちもその中に含まれていた。凄まじい風と共に、地面に散らばる無数のスフィアドロイドとプレダコンズの残骸が次々と吸い込まれ、暗黒の中へと消えていった。

「全員退避しろ、急げ!」

 引き返してくるホバーバイクの上で、オライオンが叫んだ。彼の命令を待つまでも無く、マクシマルズとオートボッツはブリッジから離れようと走り出していた。向かい風に逆らって前進する彼らの脇を無数の鉄屑が通り過ぎ、それにぶつかって跳ね飛ばされ、吸い込まれそうになる者もいた。しかし他の仲間がその手を掴み、吸い込まれまいと必死に踏ん張った。更にその上から、フォートレス・マクシマスが最後の力を振り絞って半壊した体を起こし、仲間達の上に覆い被さっていた。

 竜巻によって制御不能となったホバーバイクからオライオンとウィールジャックが飛び降り、その背後でバイクは紙屑のように吸い込まれていき、主無きテンタクリーパーの本体もその後を追った。

「ああっ、我輩の傑作が!」

 叫ぶウィールジャックの肩をつかんで地面に押し付け、オライオンはその上に覆い被さった。

「マシンはまた作ればいい!だがスパークはそうはいかないぞ!」

 やがてブリッジのリング自体がブラックホールの重力に耐え切れず、土台ごとばらばらになって吸い込まれていった。大量の物体とブリッジそのものを吸い込んだブラックホールは瞬時に消え去り、再び青空が姿を現した。

 

 

 

「た、助かったのか、俺達?」

 静まり返った大地の上で、アイスブレイカーは身を起こし、辺りを見回した。その目の前の地面から、ビーストモードのサンドクローラーが頭を出した。

「ああ、そのようだね」

「あーっ!お前、自分だけ地面の中に逃げてたのかよ!」

 抗議の声をものともせず、地面から出てロボットモードに戻ったサンドクローラーは、雲一つ無い青空を見上げた。

「何てすがすがしい空だろう。地球の空が、こんなに綺麗だったなんて・・・・・・」

 

 

 一方、オライオンとウィールジャックの元に、クロックワイズとオプレスが駆け寄ってきた。

「大丈夫か、オライオン?」

「ああ・・・・・・衛星はどうした?」

 急に思い出したオライオンの問いかけに、クロックワイズは再びバイザーを下ろし、空を見上げた。

「大丈夫じゃ。発射は中止されたよ」

 クルーザーに搭載されていたコントロール装置が船ごと破壊されたために、コントロールを取り戻した衛星はエネルギーチャージを解除し、再び元の軌道へと戻っていった。

「そうか、良かった・・・・・・」

 安堵の息を漏らし、オライオンは後ろを振り返った。スペースブリッジのあった場所は、それに囲まれていた土砂もろとも吸い込まれて広大な窪みと化しており、川の水が流れ込んで円形の湖となりつつあった。

「まさか、最後の最後でファイアストリームに救われるとはな・・・・・・」

 オライオンが呟き、オプレスが頷いた。

「ああ、全くだぜ・・・・・・」

 数分前まで戦場を埋め尽くしていたドロイド軍団とプレダコンズの姿は殆ど消え去っており、後に残されたのは傷ついたマクシマルズとオートボッツだけであった。ようやく訪れた勝利に歓声を上げることも無く、彼らは呆然と、荒れ果てた大地を見つめるだけであった。

 

 

 

 彼等から数百メートル離れた森の中で、その様子を見つめる者がいた。シャドウダンサーである。クルーザーが吸い込まれる寸前、彼女は船に搭載されていたワープゲートによって脱出していたのであった。

「奴らは生き延びたか・・・・・・悪運の強いことだ」

 だが、忌々しげに放たれたその声は、涼やかな女性のものではなく、野獣の唸り声にも似た低い声であった。そしてその姿が蜃気楼のように揺らぎ、一瞬後には全く異なる姿になっていた。その色こそさっきまでと同じ黒と銀色を基調としたものであったが、そのボディの形状は紛れも無くトランスメタル2のそれであった。

 黒い毛皮から所々内部のメカニックを覗かせたその姿は、一見マクシマルのようであったが、その左足には紫色のスパーククリスタルが輝いていた。

「・・・・・・まあいい。既に計画は動き出している。じきにサイバートロンは・・・・・・」

 にやりと笑った口の端から長い牙を覗かせ、黒いプレダコンの姿は、再び森の暗がりの中に消えていった。

 

 

 

一週間後―

 

 

 戦いが終わった翌日から、オライオン達は慌ただしい日々を送っていた。大破したフォートレス・マクシマス―オートボットシティの修復、ファイアストリームを始めとする行方不明者の捜索―結局発見することは出来なかったが―、サイバートロンへの報告・・・・・・それらに訓練生達も全員駆り出され、彼らには休む暇も与えられなかった。

 その一方で、セレブロスらオートボット首脳陣と合衆国政府との協議も進んでおり、その結果、地球に駐留するオートボッツおよびマクシマルズの人員削減が決定された。その数は当初の予定を大幅に上回り、残留者の数はそれまでの十分の一程度にまで減らされることとなった。戦力削減に反対していたファイアストリームの叛乱が、結果として地球上に潜伏するプレダコンズを一掃することとなり、オートボッツが地球に残る理由を失わせたというのは、皮肉と言うしかなかった。

残留者の中にはセレブロスの他、トレインボッツのメンバーも含まれていたが、今後彼らに対する風当たりが強まることは想像に難くなかった。今回の事件の真相が明るみになり、地球人側に人的被害が殆ど無かったとは言え、二週間近くに及ぶ戒厳令による経済的損失は決して少なくは無く、彼らに対する非難の声は高まる一方だったからである。

サイバートロンから派遣されていた救援艦隊と共に、大勢のオートボッツとマクシマルズが帰還していった。その中にはミュータントビースト達や、僅かに生き延び、捕虜となったサヴェッジ・プレダコンズ、そしてオートボット・レヴォリューショナリーズの姿もあった。結果的にプレダコンズに利用されていたとは言え、自らの意志で叛乱を起こした以上、彼らもまたその罪を免れることは出来なかったのである。

プレダコンズと共に護送用のシャトルに乗り込む直前、ターボレイサーは見送るオライオン達に向かって言った。

「俺達のやり方は間違っていたかも知れん・・・・・・だが、俺達の信じた司令官の理想までが間違っていたとは思わん!」

 エナージョンバンドで拘束されながらも、毅然とした態度で去っていった彼らの後姿を見つめるオライオンに出来ることは、彼らに下されるであろう裁きが、少しでも軽いものであるよう祈ることだけであった。

 

 

 そして彼らにも、サイバートロンに帰還する時がやってきた。修理中のオートボットシティのフライトデッキ上で発進準備を進める宇宙船の側で、オライオンとセレブロスが握手を交わしていた。

「君達には感謝の言葉も無い。君達がいなければ、今回の事件の解決は無かった・・・・・・」

「いえ・・・・・・それより、あなた達こそ、これから大変でしょう」

 オライオンの言葉に、セレブロスは肩をすくめた。

「なあに、地球人の非難にはもう慣れているよ。また一から出直しさ」

 セレブロスのパートナーであるスパイクは、トランスフォーマーとの出会い以来、常に彼らの理解者として、彼らと地球人との架け橋となるべく努力し続けてきた。そしてその姿勢は、彼自身がトランスフォーマーの一員となってからも決して変わることはなかった。

そのセレブロスの頭部が分離して、スパイクの姿となって肩に乗った。

「私からも礼を言わせてくれ。あと、オプティマスによろしく伝えて欲しい」

 地球人で初めてオートボッツの友人となった彼の言葉に、オライオンは大きく頷き、人差し指で握手をした。

 そこから少し離れた場所で、訓練生達が外を見ていた。シティの敷地を囲むフェンスの向こう側では、大勢のデモ隊が押しかけており、「ロボットは全員地球から出て行け」などと書かれたプラカードを掲げながら抗議の声を上げていた。

「ったく・・・・・・言われなくても俺たちゃこれから帰るっつーの」

 その様子を眺め、呆れた様子でアイスブレイカーがぼやいた。

「毎日毎日、飽きもせず・・・・・・他にすること無いのかねえ?」

 腰に手を当て、ギャロップも同調した。

「残念だな・・・・・・とうとう地球の人達と仲良くなれずじまいとは」

 サンドクローラーが頭を振り、その横でシャーピアーズがふてくされた顔で呟いた。

「いつになったら出発するんだろうな。こんなろくでもない星、さっさとおさらばしたいもんだぜ」

 その言葉を、ロングヘッドがたしなめた。

「そんな事言うもんじゃない。彼らには彼らの立場があるんだ」

「・・・・・・そうね。でもそう気にすることは無いわ」

 急に後ろの足元から声がして、彼らは振り向いた。エリカの姿がそこにあった。

「良かった、間に合って」

「あんたも良くやるよな。最後までインタビューかい?」

 ギャロップの言葉に、エリカは首を振った。

「ううん、今日はプライベートで来たの。あたしも今日日本に帰るから、その前にご挨拶にね」

 事件が解決した後も、彼女は同僚二人と共にアメリカ国内の支局に留まり、彼らの取材を続けていたのである。

「局長には会社の車を勝手に使って、もう帰ってくるな、なんて怒られちゃった。折角視聴率ほぼ百パーセントを達成したっていうのにね」

 愚痴を言いながらも、彼女の顔は晴れやかであった。彼女もまた、この事件の解決に多少なりとも貢献した一人であり、そのことに対する満足感のほうが大きかったからである。相変わらずふてくされた様子のシャーピアーズの前に来ると、彼女は彼に笑いかけた。

「何て顔してるのよ。ヒーローがそんな顔するんじゃないの」

「ヒーローだって?この俺が?」

 信じられないような顔つきのシャーピアーズの目の前に、彼女は携帯型の端末をかざして見せた。画面には彼女の局に寄せられたメールの内容がダウンロードされており、彼女をドロイドから守ったシャーピアーズの勇敢な姿に対する賞賛やマクシマル達への応援の言葉がつづられていた。

「見てる人は、ちゃんと見てるものよ」

戸惑った表情でそれを読む彼に、エリカはビーストモードになるよう頼んだ。言われるままに小さなウサギの姿になった彼を、エリカはそっと抱き上げた。

「あの時のお礼がまだだったよね。ありがとう」

 そう言って、彼女は彼の額にキスをした。呆然として固まったシャーピアーズを降ろし、エリカはオライオン達の方へと駆け出した。その途中で振り返り、彼女は大声で呼びかけた。

「いつか必ずサイバートロンへ取材に行くから。皆それまで待っててねー」

 しばらくの間呆けた表情でいたシャーピアーズであったが、ふと我に返り、頬を掻きながら呟いた。

「ま、まあ・・・・・・地球もそう捨てたもんじゃないよな、うん・・・・・・」

 急に背後に嫌な視線を感じ、振り返った彼の前で、仲間の訓練生達がニヤニヤしていた。

「な、何だよお前ら、見世物じゃねえぞ!」

 ロボットモードに戻ったシャーピアーズに、アイスブレイカーが顔を近づけた。

「なーに赤くなってんだよ、ウ・サ・ちゃん?」

 一斉に笑い出した訓練生達を、顔どころか全身を真っ赤にして、シャーピアーズは追いかけ回した。

「待ちやがれ!お前らみんな、千切りキャベツにして食ってやる!」

 笑いながら逃げ回る訓練生達の姿を眺め、クロックワイズが呆れ顔になった。

「やれやれ、しょうのない奴らじゃ。卒業させるのは早すぎたんじゃないか?」

 笑みを浮かべながら、オライオンが答えた。

「いや、もう彼らも立派なマクシマルさ」

 その彼らの元に、エリカが駆け寄ってきた。一通り挨拶を済ませると、彼女はさっきと同じく、クロックワイズに端末を見せた。

「局に届いたメールの中にこんな物があったの。多分あなたの事だと思うんだけど」

 それを読んだクロックワイズの顔が思わず綻んだ。そこにはこんな文が表示されていた。

―タヌキのロボットさんへ。ひどいこと言ってごめんなさい。いつかまた日本に遊びに来てください―

 初めて地球に降りたとき、街中で出会った少年のことを、彼は思い出していた。

「ねえ、一体何のこと?」

 問いかける彼女に、クロックワイズは笑って答えた。

「いやなに、地球の小さな友達からのメッセージさ・・・・・・」

 

 

 

 シティを飛び立った宇宙船は地球の重力圏を脱し、サイバートロンへの進路を取っていた。そのブリッジの中で、訓練生達は遠ざかる地球の姿に見入っていた。

「なあ、またあそこへ行けるかな?」

「どうかな・・・・・・でも僕達が行く時があるとしたら、それはまた地球がピンチになるということだから、そうならないに越したことは無いさ」

「そうなったら、俺達がまた片付けてやるさ」

 サイバートロンに帰れば、彼らはオライオンの元を離れ、それぞれの任地に配属されることになっている。オライオンもまた、元の部下達と共に新たな戦場に向かうことであろう。

 キャプテンシートに座り、物思いに耽るオライオンの肩を、クロックワイズが叩いた。

「どうした?あいつのことを考えとったのか?」

「ん?・・・・・・ああ、オプレスの奴、一体どこへ行ったんだろうな」

 戦いの後、一緒に帰ろうという彼らの申し出を断り、オプレスは一足先に一人で地球を離れていった。

「悪いが、俺の役目は終わったんでね。ぞろぞろとつるむのは性に合わん。まあ、機会があったらまた手を貸してやらんこともないがな」

 そう言って、彼はシベリアから回収した愛用の宇宙艇に乗り込み、シティを後にしたのであった。

「まあ、あいつならどこに行っても大丈夫じゃろ。無敵のワンロボットアーミーで、プライマルの称号の持ち主で、そして何より、お前さんの兄弟じゃからな」

 照れくさそうに、オライオンは無言で笑った。

 

 

「・・・・・・ところで、アイスバード達の言っていたことをどう思う?」

 オライオンは話題を転じた。彼らの話によれば、日本でオライオン達を見送った後、彼ら全員が不思議な声を聞いたという。―サイバートロンに帰還せよ、変革の時が近づいている―と。

スパークに直接響いてくるその声に従い、彼らはスペースブリッジを奪おうと戦場に現れたのであった。しかし結局それは失敗に終わり、彼らは他のオートボッツと共に帰っていった。

「変革の時、か・・・・・・一体誰がそんなことを言ったのかのう?」

「サイバートロンで、何かが起こるということかな?」

 しばらく考え込んだ後、クロックワイズが口を開いた。

「・・・・・・これもまた、ベクターシグマの与える試練なのかもな」

「試練?」

「うむ、この一千万年に及ぶ戦いも、今回の事件も、全てはワシらトランスフォーマーがより良き存在へと進化し、本当の平和を築くための試練なのだと、ワシは思っておる」

「それは、戦史研究家としての結論か?」

「そうとでも思わにゃ、これから先も戦っていくことなど出来んわい」

 その言葉に、オライオンの表情が和らいだ。

「そうかもな・・・・・・彼もそう考えることが出来たなら・・・・・・」

 地球やサイバートロンだけでなく、広大な宇宙には数多くの知的生命体が存在しており、それぞれ様々な文化や思想を持っている。それらを一つにまとめ、真の平和を築くのは決して平坦な道のりではない。

 宇宙を一つに、という言葉の意味をファイアストリームは歪めて受け止め、力尽くでそれを成し遂げようとした。そしてその結果、彼は計り知れない代償を支払うこととなった。今回の事件は、彼らの戦う意味を改めて問い直す機会であったと言えるだろう。

 

 

 不意に通信の呼び出し音が鳴り響き、シャーピアーズが風のように通信機に飛びついた。同時に他の者達も持ち場に戻っていた。

「サイバートロンからの緊急通信です!」

 振り返ったシャーピアーズに、オライオンはモニターに映すよう指示した。妨害電波のためか、ノイズの激しい画面の中で、一人のマクシマルらしきロボットの顔が映し出された。

「・・・・・・こちら、マクシマ・・・・・・チータ・・・・・・現在サイバートロ・・・・・・正体不明の軍団が・・・・・・アイアコンも制圧され・・・・・・ウイルスが・・・・・・・・・既にオプティマスも・・・・・・早く・・・・・・救援を・・・・・・」

 激しいノイズの中で、途切れ途切れに声が聞こえてきた。やがて衝撃音と共に画面が真っ白になり、砂嵐へと変わった。静まり返ったブリッジの中で、クロックワイズが小さく呟いた。

「始まったか・・・・・・」

 全員の目が、オライオンに集中した。彼の口から下される命令を待っているのである。それに応えるように、オライオンは席から立ち上がった。

「直ちにトランスワープの準備に入れ!目標、サイバートロン!ワープ終了と同時に戦闘態勢に移る!」

「イエッサー!」

 一斉に訓練生達は準備に取り掛かった。サイバートロンで容易ならぬ事態が起こったのには間違いないが、彼らの表情にはもはや恐れも不安も無く、既に一人前の戦士の顔付きになっていた。

「準備完了!」

 ロングヘッドの報告を受け、オライオンは前方の宇宙空間を指差した。

「トランスワープ開始!」

 

 

 宇宙船の船体が光に包まれ、その前方に波紋のような空間の歪みが出現した。船の姿はそれに吸い込まれるように細くなり、完全にその中へと飛び込んでいった。それと同時に歪みも消え、何事も無かったように、宇宙はまた元の静けさを取り戻した。

 

《終》

 

 

 

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