5.慟哭
「お、おい、どうやら終わっちまったようだぞ!」
「何だよ、お前らがモタモタしてたから、いいとこ見損ねちまったじゃねえか!」
「何言ってやがる、お前が後からやってきて、足を引っ張ったからだろうが!」
口々に言い争いながら、ギャロップ達四人が屋上に現れた。合流したアイスブレイカーと共にレイルライダーズをどうにか倒し、ようやく彼らが上がって来たときには、既にオライオン達の勝負はついた後であった。彼らの声に気付き、オライオンが振り返った。ようやく視力が回復したその目には、訓練生達の姿がはっきりと映っていた。
「お前達、無事だったか!」
目を見張るオライオンの元に、訓練生達が駆け寄ってきた。
「ええ、あんな奴ら、メじゃありませんよ!」
ギャロップは気軽そうに答えたが、それが容易でなかったことは、彼らの全身に付けられた傷が物語っていた。
安心して気が抜けたのか、突然オライオンが片膝を付いた。
「隊長!」
「大丈夫だ・・・・・・少しばかりエネルギーを使い過ぎてな」
心配そうな顔で彼の体を支える訓練生に、オライオンは笑って見せた。
「こいつを使ってください」
彼らの中で最もダメージが少なかったアイスブレイカーが、予備のエネルギーパックを手渡した。
「すまない、アイスブレイカー」
パックを受け取り、左胸のカバーを開いて内部のパワーコアに差し込むと、オライオンは再び立ち上がった。パックの量では完全にエネルギーが回復したとは言えないが、身体機能は十分に取り戻すことが出来た。
「まだ予備があれば、オプレスにも分けてやってくれないか。彼にも助けられたよ」
未だ座り込んだままのオプレスの方へ駆け寄っていくアイスブレイカーの背を見て、オライオンはクロックワイズとロングヘッドがいないことに気が付いた。
「彼等はどうした?まだトラップを解除できていないのか?」
訓練生達は顔を見合わせたが、それを知っている者はいなかった。オライオンはコムリンクで二人に呼びかけたが、どちらからも返事は返ってこなかった。
「おかしい・・・・・・一体どうしたんだ?」
オライオンの胸中に、不吉なものが広がりつつあった。
その時、オライオンの背後で物音がした。ファイアストリームが意識を取り戻し、上半身を起こしたのだ。訓練生達が素早く反応し、一斉に彼を取り囲んで、ブラスターガンを構えた。
「降参しろ!もうお前に勝ち目は無いぜ!」
銃を向けるギャロップ達を、座り込んだままファイアストリームは一瞥した。外装が剥がれ、片方の視覚センサーがむき出しになった顔で睨まれ、シャーピアーズは一瞬たじろいだが、すぐに銃を構え直した。
「そっ、そんな顔で睨んだって、怖くなんかないぜ・・・・・・いや、ホントに」
訓練生達の後ろからオライオンと、ようやく立ち上がったオプレスが現れ、彼らの前に出た。
「今度こそ終わりだ、ファイアストリーム・・・・・・」
オライオンの呼びかけに顔を上げると、ファイアストリームは後ろで倒れたままのエクストレイラーを見やり、そして再び無言でオライオンを見上げた。その表情には、怒りとも諦めともつかない、複雑な感情が伺えた。
不意に、その彼の手をつかんだ者がいた。エクストレイラーである。
「エクストレイラー!大丈夫か?」
その手を握り返し、ファイアストリームは彼の方に向き直った。
「まだ終わってはいません・・・・・・スプリームモードに合体すれば・・・・・・」
エクストレイラーの言葉に、ファイアストリームは目を見開いた。
「だがそのダメージでは、お前への負担がかかりすぎる・・・・・・」
「大丈夫です。ユナイトには影響ありません・・・・・・さあ、早く!」
「しかし・・・・・・」
ためらうファイアストリームに、エクストレイラーは食い下がった。
「ここまで来て諦めるのですか?もう我々には戻る道はないのですよ・・・・・・」
「エクストレイラー・・・・・・」
それ以上は言葉にならず、ファイアストリームは忠実な部下であり、また、共に戦い続けてきた親友でもあるエクストレイラーの目を見つめた。その様子を見て、オプレスが苛立った声を出した。
「おいおい、いつまで浸ってやがる気だ?降伏するのか、しねえのか、どっちなんだ!」
手を握り合ったまま、ファイアストリームとエクストレイラーはゆっくりと立ち上がり、そしてオライオン達を睨みすえた。その目に消えかけた戦意が再び戻ったのを感じ取り、彼等は身を強張らせた。
「貴様達、よく見ておけ。オプティマスの名を引き継ぐに相応しい者の姿を!」
次の瞬間、ファイアストリームの手を握っていたエクストレイラーの腕が肘から外れ、手首を基点に四つに開き、裏返しとなってファイアストリームの腕に装着された。反対側の腕も同様に装着され、更に両足が膝の先から外れて変形し、それぞれ彼の両足を覆うように装着された。そして残った胴体はボディアーマーとなってファイアストリームの体を覆い、そこから新たな頭部が飛び出してきた。
予想外の出来事に一同が驚き、見守る中、二人のオートボットは一瞬の内に一つとなり、スーパーモードの時よりも巨大な姿となって、彼らを見下ろしていた。
「何だ?野郎、相棒をプロテクターにしやがったのか!」
オプレスが戸惑った表情で相手を見上げ、オライオンは苦々しい面持ちで呟いた。
「エイペックスアーマー・・・・・・あんなものまで模倣していたとは・・・・・・」
かつてオプティマスがパワーマスターであった頃、ごく短期間ながら自らのボディに強化用のアーマーを装着していたことがあった。それがエイペックスアーマーと呼ばれるものである。
当時ヨーロッパ圏内に勢力を伸ばしつつあった巨大ディセプティコンと戦うため、オプティマスは仲間のパワーマスター達の協力で、かつて使用していた偵察用ドローン、ローラーを改造してロボットにトランスフォーム可能なビークル、エイペックスボマーとして甦らせた。
エイペックスボマーはオプティマスの遠隔操作によって彼の援護や偵察活動に用いられ、更には分解してオプティマスの全身に装着されるのである。結局、その時の戦いでエイペックスアーマーは破壊され、直後にオプティマスがニュークリオンによってアクションマスターとなったために、その活躍期間はきわめて短く、またその存在を知る者も決して多くはなかったが、アーマーを装着した状態のオプティマスは数倍の攻撃力と防御力を誇り、飛行さえ可能であったと言われている。
僅かに残されたそのデータを元に、エクストレイラーは自らのボディを改造し、ファイアストリームのエイペックスアーマーとして生まれ変わっていたのである。
銃を向けたまま後退するマクシマルズを傲然と見下ろし、今や一体となったオートボットは言い放った。
「言ったはずだ。オプティマスに出来たことが私に出来ても、何の不思議も無いと・・・・・・だが、ただ模倣したわけではないぞ。意志を持たないエイペックスアーマーとは違い、我々の意志とボディは一つとなり、より強固な存在、エクスストリームとして生まれ変わったのだ!」
その言葉を裏付けるように、彼の声はファイアストリームとエクストレイラーのそれが混ざり合ったものとなっていた。そしてエクスストリームは重々しく足を踏み出し、オライオン達の方へと歩みだした。その体格はディストラクター達コンバイナーよりは小さいものの、そこから感じられる威圧感は彼ら以上のものであった。
「ヘッ、手負い同士が合体したところで、どうだってんだ!」
叫ぶと同時に、オプレスがプラズマキャノンを発射した。だが、ビークルモードではエクストレイラーのバンパーであった胸部のパネルが光を放つと、発射されたビームは彼の手前で弾かれ、拡散してしまった。続けてオライオンや訓練生達も一斉射撃を開始したが、やはり結果は同じであった。
「フォースフィールドか!」
オライオンが気付いた通り、胸部パネルからはフォースフィールドが放射され、一切の銃火器を完全に防ぎ切っていた。
「オプティマスと戦うまでは、このモードは隠しておくつもりだったが、まあいい。この力、貴様達で試させてもらうぞ!」
エクスストリームがそう言った直後、その肩の上にエクストレイラーのデュアルキャノン、そして両足にはファイアストリームのアーマーで唯一破損を免れたフット部が六連装ミサイルランチャーとなって装着された。
更に背中のジェットパックが炎を噴射し、その巨体を上空へ高々と舞い上げた。
「マクシマムバーン!」
エクスストリームの叫びと共に、デュアルキャノンとミサイルランチャー、そして胸部のガトリング砲と両手のフィンガービーム砲が轟然と発射された。無数のミサイルとビームが真上から降り注ぎ、タワーの屋上は瞬く間に爆炎に包まれた。その凄まじい火力と爆風に、オライオンとオプレス以外のマクシマル達は屋上から吹き飛ばされてしまった。
「アイスブレイカー!ギャロップ!サンドクローラー!シャーピアーズ!」
炎の中、屋上から身を乗り出し、オライオンは訓練生達の名を叫んだ。幸運な事に、彼らが落ちたのははるか下の地面ではなく、中央タワーの両脇にあるサイドタワーやヘリポートであった。
無傷とはいかないまでも、彼らがまだ機能していることを確認し、オライオンは炎に包まれた屋上に降り立つエクスストリームに向き直った。その彼の横をオプレスが駆け抜け、バトルクラブを振りかざしてエクスストリームに飛びかかった。
「野郎、喰らいやがれ!」
しかし、彼のクラブは軽々と指先で受け止められ、まるで蝿を払い落とすかのように、巨大化した腕に体ごと薙ぎ払われた。そして吹き飛ばされたオプレスの体は、サイドタワーの無い地面の方へと飛んでいた。
「オプレス!」
オライオンは彼の飛ばされる先に回り込み、ジャンプして空中で彼の体を受け止めた。そのまま二人は背中から屋上に落ち、タワーの淵の手前で停止した。
「余計なマネするな!助けなんぞいらねえ!」
礼もそこそこに怒鳴ったオプレスに、オライオンはそっけなく答えた。
「助けたわけじゃない。さっきの借りを返しただけだ」
「・・・・・・フン!」
気まずそうに言うと、オプレスは彼から離れた。もしそのやり取りをクロックワイズが見ていたら、「まったく、素直じゃないのう」と呆れたに違いなかった。
「それにしても、大したパワーだぜ。あれならホントにオプティマスにも勝てるかも知れねえな」
不謹慎ともいえる台詞を、事も無げにオプレスは言ってのけた。
「オプレス!」
「冗談だよ・・・・・・だが、奴の強さは半端じゃねえ。気ぃ入れてかからねえと、ちょいとやばそうだぜ」
オプレスをたしなめたオライオンであったが、その言葉には頷かざるを得なかった。
「こっちの飛び道具も武器も奴には通じねえ。全くお手上げだな・・・・・・そっちはどうだ?さっきのアレはまたやれるか?」
「いや、まだエネルギーが十分じゃない」
「だろうな・・・・・・じゃどうする?何か打つ手はあるかい?」
「そうだな。奴は・・・いや、奴らは二人で一人、まさに一心同体となっている。それに対抗するには、我々もバラバラにやっていては勝てないだろうな」
その言葉の意味するものに、オプレスが顔色を変えた。
「おい、まさか一緒に協力して戦おうっていうのか?冗談だろ?」
「生憎冗談は苦手でな。お前も知っているだろう?」
「ふざけんな!誰があんたなんかと!」
食ってかかったオプレスを、逆にオライオンは胸倉を掴んで引き寄せた。
「くだらない意地を張っている場合か!ここで我々が負けたら、誰が奴を止められるというんだ!」
目を逸らしたオプレスを揺さぶり、オライオンは続けた。
「あの時の事にお前がまだこだわっているのは分かっている。だが今は忘れろ。オートボットとして一緒に戦っていた時の事だけ思い出せ!いいな!」
黙って逡巡していたオプレスであったが、やがて顔を上げ、オライオンに向き直った。
「・・・・・・分かった。今だけだぞ!」
オライオンは大きく頷き、先ほどファイアストリーム達がして見せたように、がっちりと手を握って立ち上がった。
屋上全体を覆う炎の中で、エクスストリームはオライオン達の姿を探して周りを見渡した。だが彼らの姿は見つからず、熱のためにサーモセンサーも役に立たなかった。
「どこだ、どこに隠れた!」
その時、正面の炎の中からビーストモードのオプレスが飛び出した。半分だけになった牙を向け、エクスストリームの足元を目がけて突進してきた。
「小癪な!」
エクスストリームの両足からミサイルが発射された。それをジャンプしてかわし、オプレスは彼のボディに体当たりした。一瞬体勢を崩したエクスストリームであったが、転倒するには至らず、オプレスの牙を両手で掴んで引き離そうとした。
「今だ!」
オプレスが叫ぶのと同時に、その背後からオライオンが飛び出し、回し蹴りを見舞った。両手がふさがっていたためにそれを受け止めることは出来ず、代わりにエクスストリームは軽く身をかがめた。オライオンのキックは彼の頭をかすめ、肩の上のデュアルキャノンにヒットした。キャノンは彼の肩から弾き飛ばされ、タワーの外へと落ちていった。
すかさずオライオンはクローを振り下ろしたが、それはエクスストリームの左腕に防がれ、分厚い装甲板に食い込んだ。だがクローの刃先は傷口の周りの筋肉で締め付けられたかのように、それ以上突き通すことも、切り裂くことも出来なかった。
逆にエクスストリームの右腕がアッパーを繰り出し、クローを引き抜こうとするオライオンを襲った。咄嗟に後ろにジャンプし、かろうじてそれをかわしたオライオンであったが、右腕のクローは相手の左腕に刺さったまま、二本とも折り取られてしまっていた。
オライオンが着地するまでの間に、オプレスはロボットモードにトランスフォームし、エクスストリームの背後に回りこんでいた。
「背中にはフォースフィールドはあるまい!」
だが、彼がプラズマキャノンを撃ち込む寸前、エクスストリームは体を捻り、彼の方に後ろ回し蹴りを放った。
「なにいっ?」
振り向く事無く放たれたにもかかわらず、正確な蹴りが直撃し、オプレスは床を転がった。
「野郎!背中に目でもあるってのかよ?」
その問いに、エクスストリームはオプレスの方に振り返って答えた。
「その通りだ。この私に死角は無い。ファイアストリームとエクストレイラー、二人の目が互いの死角をカバーし合っているからな」
反対側からオライオンが残った左のクローで再度攻撃をかけた。
「ひるむな!連続で攻撃を続けろ!」
「言われなくたって!」
オプレスも立ち上がり、バトルクラブで攻撃を再開した。二人はエクスストリームの両側から、絶え間なく攻撃を繰り出した。だがそれらはことごとく彼の両手に防がれ、受け流された。
「無駄だー!」
エクスストリームの声と共に、両手から放たれたフィンガービームが四方に伸び、至近距離にいた二人の体を貫いた。
「ぐああっ!」
「うっ!」
全身から煙を上げ、オライオンとオプレスは吹き飛び、床に落ちて呻き声を上げた。致命傷には至らなかったものの、二人の受けたダメージは小さくはなかった。苦しげに床を這い、オライオンは倒れたままのオプレスに呼びかけた。
「だ、大丈夫か?」
上体を起こし、オプレスが答えた。
「ま、まあな・・・・・・そっちはどうだ?」
「何とか動けるが、かなりのダメージだ・・・・・・」
オプレスの肩を担ぎ、助け起こそうとするオライオンの前に、エクスストリームの巨体がせまり、その足を高々と上げた。二人を踏み潰すつもりである。
「とどめだ!」
振り下ろされた足は、ぎりぎりで横っ飛びにかわした二人の横をすり抜け、一瞬前まで彼らが立っていた部分の床に勢い良くめり込んだ。だが、その勢いはそこで止まらなかった。
これまでの激しい銃火器の攻撃によって所々に大穴を開け、炎によって焼かれていた屋上の床は、エクスストリームの体重を支えきれないほどに脆くなっていたのだった。彼が足をめり込ませた所から床が崩れ始め、彼の体を飲み込み始めた。
「しまった!」
落下がおさまった時、彼の両足は膝の辺りまで階下に落ち込み、完全に下半身の動きが封じられていた。そして、その好機を見逃すオライオン達ではなかった。
「今だ!」
痛む体に鞭打つように、二人は自分達と同じ高さまで沈み込んだエクスストリームの上半身に攻撃を仕掛けた。両手でそれを防ごうとするエクスストリームであったが、両足が動かないために、思うように防ぐことが出来なかった。
次々に二人の攻撃がヒットし、アーマー部分が見る間に傷だらけとなった。だが、ファイアストリーム本体にまではダメージは与えられなかった。
「なめるな!」
バトルクラブを振り上げようとしたオプレスのボディに、エクスストリームの拳が直撃した。重々しい衝撃が彼の全身を通り抜け、胸のパネルに亀裂が走った。だがオプレスは、逆に彼の拳を両腕で抱え込み、その腕を抱え上げた。
「オライオン!」
その叫びの意味を、オライオンは瞬時に理解した。腕を上げられ、露出した脇腹の部分には、アーマーに覆われていないファイアストリームの本体が剥き出しになっていたのである。
床を滑るようにダッシュしたオライオンのクローが本体部分に突き刺さり、激しいスパークが発せられた。
「グオアァァァァ!」
凄まじい苦悶の叫びを上げ、エクスストリームは脇腹を押さえ、前のめりになった。
「やったか?」
彼の側から離れ、二人は様子を見守った。だが次の瞬間、彼の両手が伸び、それぞれ彼らの足を掴んでいた。更にジェットパックが再び火を噴き、二人の足を握ったまま、エクストリームの体を穴から押し出し、上空へと舞い上げた。
「や、野郎、放しやがれ!」
まっ逆さまに宙吊りとなり、オプレスとオライオンは必死に抵抗したが、その握力は二人の足を握り潰さんばかりの強さで、振りほどくことは出来なかった。
百メートルほど上昇したところで、エクスストリームは大きく反動をつけ、二人の体を真下へと投げ落とした。通常の落下速度を超える猛スピードで、受身を取ることも出来ぬまま、二人は崩れかけた屋上へと背中から叩きつけられた。その衝撃で屋上の床は完全に崩れ落ち、下のフロアの床を突き破った後、二人の体は更にその下の階の床にめり込んでいた。
「くっ、くそお・・・・・・動けやしねえ・・・・・・」
「こ・・・こっちもだ。何という強さだ・・・・・・」
身動き一つ出来ぬまま、仰向けで上空を見上げる二人の上で、ホバーリングしているエクスストリームが、再び全ての火器を彼らに向けるのが見えた。先ほどとは異なり、身動きできない状況では、その攻撃を避けることはもはや不可能であった。オライオンとオプレスに残された手段は既に無く、ただ自分達が粉々にされるのを待つしかなかった。
まさにその時、思いがけないことが起こった。発射体勢に入っていたエクスストリームの体が突然動きを止め、急に力を失ったように落下し始めたのだった。
「こ、こんな時に・・・・・・!」
必死にパワーを維持しようとするエクスストリームであったが、ジェットパックの噴射は見る見るうちに小さくなり、ついには推力を失い、オライオン達のいる階の上の床へと落ちていった。
落下の衝撃で、自らのはまり込んでいた床の窪みから解放され、オライオンとオプレスは身を起こし、互いを見合った。
「一体奴はどうしたというんだ?圧倒的に優勢だったのに・・・・・・」
「今更気が変わったわけでもないだろうにな」
ふらつく体を互いに支え合い、二人は自分達が突き破った天井の穴から上の階へと這い上がった。登りきった彼らの目の前では、エクスストリームが身動きできずにうずくまり、全身から白煙を上げていた。そのボディの所々から、時折ショートしたように火花が散っていた。
「エネルギー切れか・・・・・・」
「そりゃあ、あれだけの図体で暴れ回っていりゃあ、ガス欠にもなるわな・・・・・・」
強大なパワーは、それ相応の多大なエネルギーを必要とする。それまで蓄積されたダメージのためか、初めての合体でパワー供給のバランスが上手くいかなかったためか、エクスストリームのエネルギーは異常なまでのスピードで消費されていたのであった。
そしてエネルギーの残量がゼロとなったとき、彼に限らず、全てのトランスフォーマーに深刻な事態が訪れる。すなわち、スパークの消滅である。
「ま、まだだ・・・・・・貴様達を倒すまでは・・・・・・」
関節が錆び付いたようなぎこちない動きで、エクスストリームは立ち上がろうと動き出した。その声は二人がハモったものではなく、エクストレイラー一人のものとなっていた。
「よせ、もういい!合体を解除しろ!このままではお前のスパークが・・・・・・」
続いてファイアストリームの声が自分自身に呼びかけた。一つとなっていたはずの二人の精神が再び分かれ、葛藤を始めていた。
「もう少し・・・・・・あと少しであなたの夢が叶うのだ・・・・・・宇宙が・・・一つに・・・なるまで・・・・・・」
再びエクストレイラーの声で喋り、エクスストリームは立ち上がるとオライオン達に向けて拳を振り下ろした。だがその力は弱々しく、たとえ彼らが避けなくとも、ダメージを与えることはもはや不可能であった。
「もうよせ!本当にスパークが消滅してしまうぞ!」
パンチを片手で受け止め、オライオンが呼びかけた。たとえボディが粉々になったとしても、スパークさえ破壊されなければ、トランスフォーマーは死ぬことは無い。だがそのスパークが完全に消滅してしまえば、二度と甦ることは出来ないのである。
しかし、それでもなお、エクスストリームは更に拳を振り上げようとして、そしてそのままの状態で急に動きを止めた。
「エクストレイラー?どうした・・・・・・返事をしろ・・・・・・エクストレイラー!」
ボディの主導権を取り戻したファイアストリームが、必死で友の名を呼んだ。しかし彼の返事は無く、冷たく、長い沈黙があるのみであった。
「うぅおおおおおおー!」
体の奥から搾り出すような慟哭と共に、エクスストリームは膝まずき、両拳を床に叩きつけた。その彼に向かってプラズマキャノンを構えようとするオプレスを、オライオンは右手で制した。
「もういい・・・・・・彼はもう戦えない・・・・・・」
全身を覆うアーマーは完全にパワーを失い、単なる重りとなってファイアストリームの体にのしかかっていた。再びその場にうずくまり、嗚咽し続ける彼の姿を、二人は無言で見つめていた。
サイドタワーに放り出された訓練生達がタワーを登り、オライオン達の元に戻ってきたのは、それから間も無くであった。室内の惨状に目を見張りつつ、隊長の姿を捜し求める彼らの目に、うずくまるエクスストリームと、その前で立ち尽くすオライオン達の姿が飛び込んだ。
「隊長!オプレス!」
駆け寄りながら、今度こそ決着が付いたことを確信した訓練生達は、再びエクストレイラーを包囲した。
「・・・・・・我々の・・・・・・負けだ・・・・・・」
長い嗚咽の後、ようやく口を開いて、エクスストリームは顔を上げた。その目からは完全に戦意が失われていた。
「早く合体を解いてステイシスロックに入れ。そのままではお前のスパークも消滅するぞ」
オライオンの言葉の意味するものに、訓練生達は慄然とした表情で振り返った。
「敗北は認める・・・・・・だが、自分の始末は自分でつける・・・・・・貴様達の指図は受けん・・・・・・」
そしてエクスストリームはゆっくりと体を起こした。
「・・・・・・つくづく救いがたい奴らだ・・・・・・この永遠に続く戦いの連鎖から貴様達を解放してやろうとしていたのに、それを・・・・・・」
悔し紛れにも思える彼の言葉を、オプレスがぴしゃりと撥ねつけた。
「ヘッ、それこそ大きなお世話ってもんだぜ。てめえなんぞに未来を決められてたまるかってんだ!」
だが、エクスストリームは肩を震わせ、低く笑い出した。
「さっさと部下どもを連れて、ここから引き上げることだな・・・・・・どこかで奴らはこの戦いを見ている。我々が敗北した以上、今度は奴らが動き出す番だ。その前に・・・・・・!」
そこまで言いかけた彼が突然、何かに気付いたように空を見上げ、それまでの衰弱ぶりからは想像も出来ないような勢いで立ち上がった。
「!」
反射的に身構えたオライオン達の頭上を、何かが後ろから通り過ぎた。彼らが気付いた時、それは赤く輝く二本のエナージョンの槍となって、立ち上がったエクスストリームの胸に深々と突き刺さっていた。
「なっ!」
突然の出来事に、彼らは我を忘れてその光景に見入っていた。エナージョンの槍はエクストレイラーのボディであった胸部アーマーを易々と貫通し、ファイアストリームの本体にまで達していた。苦痛に顔を歪め、それを引き抜こうとした瞬間、槍が発光し、大爆発を起こした。
フォースフィールドジェネレイターであった胸部のプレートが粉々に砕け散り、おびただしい量の破片を撒き散らしながら、エクスストリームはゆっくりと背後の壁へと倒れこんだ。
だが、床と同様、その壁も彼の体重を支えきることは出来ず、脆くも崩れ、彼の体をタワーの外へと吐き出した。
「つかまれ!」
今にも落ちようとするエクスストリームの腕を掴もうと、オライオンはダッシュして手を伸ばし、オプレスもそれに続いた。だが彼らの手がエクスストリームの手をつかもうとした瞬間、その手はエクスストリーム自身の手で振り払われてしまった。それは、彼が見せた最後の意地であった。
壁の穴の手前で立ち止まったオライオン達の目の前で、次第に速度を増して落下していくエクスストリームの体はサイドタワーの淵に激突し、大きくバウンドして更に下の方へと落ちていった。
そして彼はシティを囲む河へと落下し、そのまま水底へと沈んでいった。巨大な水柱と波紋は瞬く間に河の流れにかき消され、何事も無かったかのように再び河は元の流れに戻っていた。
呆然とその成り行きを見ていたオライオンの聴覚センサーに、再び上空から空を切る音が聞こえてきた。見上げると、天頂に上ろうとする太陽を背にして、ジェット機らしき影がまっすぐ降下してくるのが見えた。急降下爆撃の体勢である。
「いかん、飛び降りろ!」
オライオンの命令で、訓練生達はエクスストリームが壁に開けた穴から次々と飛び出し、サイドタワーへと降り立った。最後にオライオンが飛び出した直後、二発の爆弾が投下され、先ほどまで彼らがいたフロアは爆音と共に炎に包まれた。
目標に逃げられ、舌打ちをしつつ旋回する爆撃の主は、ジェット機ではなかった。飛行機ですらないそれは、この時代には存在するはずの無い巨大な飛行生物―始祖鳥であった。
「何者だ、あれは?」
飛び去っていく始祖鳥の行く先を目で追ったオライオン達の動きが凍りついた。シティの裏側に当たる山脈の岩肌に、彼らを見下ろす集団の姿を見つけたからである。生体組織と金属の外皮に覆われた十体あまりのロボット達が立ち並び、その真上に飛来した始祖鳥もまた空中でトランスフォームし、彼らと同じロボットとなって着地した。
その姿はオライオン達と同じビーストタイプのトランスフォーマーに見えた。だが一様に浮かべる禍々しい笑みと、何より彼らのボディに輝く紫色のスパーククリスタルが、彼らがマクシマルとは相反する存在であることを無言の内に物語っていた。
「プレダコンズ!」
どよめく訓練生達を尻目に、オプレスが不敵な笑みを浮かべた。
「ヘッ、早速黒幕のお出ましってわけか・・・・・・」
「やはりプレダコンズが背後に・・・・・・むっ?」
オライオンが見つけたのは、彼らの中でも一際大柄な三人のリーダー格と思しき者たちの内、見覚えのある一人の顔であった。
「ドラゴナス!生きていたのか!」
それに応えるように、ドラゴナスと呼ばれたロボットの一人が進み出た。薄紫のボディに、黒い翼を持ったそのロボットは、高らかに笑い声を上げた。
「久しぶりだな、オライオン・プライマル!また会えて嬉しいぞ!」
「まさか、お前がファイアストリーム達に叛乱をそそのかしたというのか!」
そのオライオンの問いに答えたのはドラゴナスではなかった。彼を押しのけるように、もう一人のプレダコンが前に出た。黒と紫に彩られたボディと、頭部と背中から生えた翼は、地球人のイメージする『悪魔』の姿を思わせるものであった。そして、その手に持った武器の先には、エクスストリームに突き刺さったものと同じ、エナージョンの槍が赤く輝いていた。
「お初にお目にかかる、オライオン・プライマル、そしてネオマクシマルの諸君・・・・・・我が名はプレダコン三将軍の一人、ヘクサトロン。残された僅かな時間の間、覚えておいていただこう」
紳士的な口調ながら、その重々しい声は、おびただしい邪気を伴ってオライオンの聴覚センサーを震わせた。
「お前か!アジアでファイアストリームと戦っていたプレダコンズの首領というのは・・・・・・そうか、お前達だな?この一連の事件を仕組んだのは!」
「いかにも。無能な部下どもと憎むべき我が仇敵のために、一度はその野望を挫かれたが、このお二方の協力によって、私はより強大な力を得て復活した!」
ヘクサトロンの得意気な語りを聞きつつ、オプレスは拳を握り締めた。
「ファイアストリームへの復讐のために、彼らや我々を利用したのか!卑怯な真似を!」
だがそれは、彼らにとっては褒め言葉にしかならなかった。
「君達には心から感謝するよ。我々にとって最大の障害であったファイアストリームとエクストレイラーの二人を、君達が片付けてくれたのだからな・・・・・・是非とも、その礼をさせて頂きたい」
「礼だと?」
「これ以上は無いものだぞ。彼らサヴェッジ・プレダコンズの実戦テストの標的だ!」
そう言って、ヘクサトロンは周りのプレダコンズを指差した。彼らのボディには、アイスブレイカー達と同様に、スパーククリスタルが不気味な光を放っていた。下卑た笑い声を上げるサヴェッジ・プレダコンズを見上げ、オライオン達は一斉に身構えた。
「その程度の人数で、このシティを攻略できると思うのか!?」
マクシマル達だけではなく、シティにはドミネイターディスクの支配から解放されたオートボッツや、ファイアストリームの部下達が残っている。さっきまでの戦いで傷ついてはいるが、彼らと力を合わせれば、撃退するのは不可能ではない。
だが、そのオライオンの言葉をヘクサトロンは一笑に付した。
「誰が我々だけと言ったのかね?周りを良く見てみたまえ!」
「何っ?」
その直後、シャーピアーズが悲鳴を上げた。
「た、た、隊長!あいつらだけじゃありませんぜ!」
彼が指差す方を見て、オライオン達は声を失った。眼下の大地を埋め尽くすように、突如出現した数百体ものロボット達がシティの周りを取り囲んでいたのだ。それはスパークを持たない、純粋な戦闘マシンであるバトルドロイドの軍団であった。それらが全て、装備された武器を彼らの方へと向けていたのだ。
「一体いつの間にあんな数が!」
「冗談じゃねえぜ!こんな大軍と戦えっていうのかよ!」
マクシマル達の間に湧き起ころうとしていた闘志が急速に萎んでいくのが、オライオンにもはっきりと感じられた。そして彼自身もあまりのことに、発するべき言葉を失っていた。
彼らのうろたえようを遠くから眺め、満足げな笑みを浮かべながら、ヘクサトロンは傍らのプレダコンを顧みた。
「それでは後はお任せしよう、ヴォルカノック殿。貴公の研究成果、とくと拝見させていただこう」
ヴォルカノックと呼ばれたそのプレダコンは不快そうに顔をしかめた。その頭部からは巨大な赤い翼が生え、両肩にはそれぞれ恐竜の頭が据え付けられている。
「言われるまでも無い。こやつらの力、とくと見るがいいわ!」
そしてヴォルカノックは手にした剣を高々と振り上げ、前方へと振り下ろした。
「行けい、サヴェッジ・プレダコンズ!一人残らず抹殺せよ!」