4.再会
月明りに照らされる東京湾のはるか沖合に、誰にも気付かれることなく一隻の潜水艇が静かに浮上した。明かりの無いそのコクピットの中で、潜水服の様なスーツとヘルメットに全身を包んだ男が注意深く外の景色を見つめていた。
その姿もさることながら、もっと異様なのは、その男の体格が普通の人間をはるかに上回るサイズの持ち主であるということだった。
「どうだ、ウェイブライダー。オートボットの姿は見えるか?」
その巨人の傍らで、彼よりはるかに小さい体で問いかける者がいた。全身を鋼鉄のアーマーで覆ってはいるものの、その体のサイズと露出している顔は、紛れもなく人間のものであった。
「ちょっと待っててくれよスパイク。今最大望遠で港を調べているからな」
足元の人間に向かって、ウェイブライダーと呼ばれた巨人が答えた。正確には、喋っているのは巨人ではなく、彼が搭乗している潜水艇の方であった。その潜水艇―ウェイブライダーはオートボット・プリテンダーズの一員であり、巨人はウェイブライダーがロボットモードになった時、その身を覆い、偽装もしくは保護するためのアウターシェルなのである。
そして彼はオートボット地球軍の中で唯一、ドミネイターディスクの支配を免れたオートボットでもあった。
「傍受した無線の内容が本当であれば、この東京にマクシマルズが来ているはずだ。彼等と接触することが出来さえすれば・・・・・・」
スパイクと呼ばれたこの人間は、オートボッツが地球で目覚めた時に初めて接触し、そして最初の友人となったスパイク・ウィットウィッキーであった。同時に彼は、地球人で唯一オートボット・ヘッドマスターのパートナーとなった人間でもある。
オートボッツと共に多くの戦いを経験し、今や逞しい大人に成長した彼は、十日以上に及ぶ逃亡生活によって少しやつれ、不精髭も伸びっぱなしになってはいたものの、その眼光にはいささかの衰えも見られなかった。
「あれは!・・・・・・まずいぞスパイク。ファイアストリームだ!」
シェルの口を通したウェイブライダーの声に、スパイクは弾かれたようにコンソールを駆け登った。
「何故彼がここに?まさか私達のことが発見されたのか?」
シティを占拠したオートボット・レヴォリューショナリーズの手を逃れ、太平洋の海底深く隠れてシティ奪回の機会を窺い続けてきた彼等にとって、サイバートロンからやってきたマクシマルズとの接触はまさに千載一遇のチャンスであった。それが失われた時のことを想像し、彼の頬を冷汗が伝った。
しかしそれはすぐに、ウェイブライダーの言葉に打ち消された。
「・・・・・・いや、どうやら我々には気が付いてないようだ。誰かと戦っている・・・・・・マクシマルだ!」
「それにしても、大した役者ぶりだったじゃないか。すっかりだまされてしまったよ・・・・・・」
東京湾に面した埋め立て地の未開発区域を戦いの場に選び、オライオン・プライマルとファイアストリームが対時していた。互いに距離をおいて身構える中、不意にファイアストリームが話しかけた。
「・・・・・・我々の注意を無人のシャトルに引き付け、その隙に東京へ潜入し、トレインボッツのドミネイターディスクを破壊して、味方に引き入れる・・・・・・さすがはオライオン・プライマルと言うべきかな?」
オライオン達がオートボットの基地の一つを奪回したことまでには、彼は気付いていないようである。その事には触れぬまま、オライオンが訂正した。
「お誉めにあずかり恐縮だが、それを考案したのは私ではない・・・・・・私の教え子達さ」
地球から『脱出する』と見せかけ、首都の近くに『潜伏』して夜中まで『待機』し、そこにいるオートボッツと『戦う』ことによって『レヴォリューショナリーズの首謀者をおびき出す』・・・・・・訓練生達の意見を部分的に総合した作戦は、この段階までは成功と言えた。
「なるほど・・・・・・だが、それらを実行し、成功させるためには優秀な指揮官の存在が不可欠だ。『一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れに勝る』と言ったところか・・・・・・」
そしてファイアストリームはフォトンピストルを抜き放った。
「・・・・・・だが私は羊ではないぞ!それを今から思い知らせてやる!」
そう叫ぶと同時に、彼はオライオン目掛け、立て続けに数発発射した。次々と放たれる光子弾を横っ飛びにかわしつつ、オライオンもまた両腕のミサイルランチャーを発射した。ミサイルはファイアストリームの手前で爆発し、その爆煙で彼の視界を遮った。
素早くその場から飛び退き、彼はオライオンを探して視線を走らせた。しかし辺りにその姿は見えなかった。
「どこだ・・・・・・どこに隠れた?」
広々とした空き地であるこの場所には隠れられる所は少なく、およそ二百メートル先にある雑木林か建設中のホテルぐらいしかなかった。
林の中に彼が目を向けた時、その右手の草むらからビーストモードのオライオンが飛び出し、フォトンピストルを持つ右腕に噛みついた。トリサイリウム鋼の牙がファイアストリームの腕に食い込み、苦痛に顔を歪ませながら、ファイアストリームは彼を振り解こうと腕を振り回したが、がっちりと食い込んだ牙は、そう簡単には外れなかった。
しかし、ファイアストリームの左拳がオライオンの顔にヒットし、そのショックで彼の牙が外れ、体ごと吹き飛ばされた。空中でロボットモードに変形し、オライオンは猫のように宙返りしながら着地した。
「随分と野蛮な戦い方だな。とても元オートボットとは思えん」
右手をさすりながら、ファイアストリームは毒づいた。
「これがマクシマルの戦い方だ!」
オライオンの言葉に、ファイアストリームが片方の目尻をぴくりと動かした。
「そうだ・・・・・・そうなのだ・・・・・・元オートボットの貴様でさえこうだ・・・・・・機械生命体の誇りも忘れ、卑しい下等動物に成り下がってしまう・・・・・・」
身を震わせ、独り言を呟き始めたファイアストリームに、オライオンは不審の目を向けた。
「何だと?・・・・・・一体何を言っているんだ?」
だがその疑問の声を無視するように、彼はあらぬ方向を見上げ、叫び出した。
「・・・・・・だからだ!だからこそ、ビースティー共は・・・・・・プレダコンも、そしてマクシマルも、その存在自体が許しがたいのだ!」
その叫びはオライオンにとって衝撃的であった。オートボッツとディセプティコンズ両軍に、マクシマルとプレダコンが誕生して数年・・・・・・今や彼等が両軍の中核的存在になってからも、有機的生物に拒絶反応を示し、彼等を忌み嫌う者達がどちらの勢力にも存在していた。今のボディになる前のクロックワイズもマクシマルへのアップグレードを拒み続けていたが、それは単に自分のボディを変えたくないという頑固さから来るものであった。
だが目の前にいるこのオートボットは、プレダコンズは元より自分達マクシマルズに対しても激しい憎悪を剥き出しにしていた。何故彼がここまでの憎悪を抱くに至ったかはオライオンの知るところではない。だが、そのために自分はともかく訓練生たちにまで危害を加えようというのであれば―現にサンドクローラーは瀕死の重傷を負っている―、それを容認するわけには行かなかった。
「まさか、それが理由でこの叛乱を企てたと言うのか?」
「何度同じ事を言わせる・・・・・・これは革命だと言っただろう!」
我に返ったように、怒りを込めた目でファイアストリームは振り返った。オライオンが半ば意図的に『叛乱』という言葉を使っていることに、彼は憤慨していた。
「・・・・・・確かに貴様達ビーストへの嫌悪もある・・・・・・だが、それはあくまで私個人の事。前にも言ったように、この革命は永きに渡るトランスフォーマーズの戦いに終止符を打ち、全宇宙に真の正義と平和をもたらすためなのだ!」
彼の声には明らかな自己陶酔の響きがあった。
「罪も無い地球人の自由と平和を脅かしておいて何を言う!第一、ビーストウォーズは既に終結し、平和になっているではないか!一体これ以上何を望むと言うのだ!」
先程まで怒りの炎をたたえていたファイアストリームの目が、一転して冷笑の色を浮かべた。
「平和だと?・・・・・・ならば貴様等の航海は何のためだ?何のためにあのマクシマルの小僧共を訓練していた?・・・・・・その平和とやらが一時的なものに過ぎないと分かっているからではないのか?」
「それは・・・・・・」
オライオンは一瞬言葉に詰まった。彼の言葉がある意味核心を付いたものだったからである。ビーストウォーズが終結したとは言え、ディセプティコンズやプレダコンズが完全に滅び去ったわけではない。この地球を含め、宇宙の星々には未だ彼等の残党が潜伏している可能性が高く、だからこそ、いつかまた平和が破られた時に備え、新たなマクシマルズを訓練しているのであった。
しかし、それはすなわち彼等が戦いを望んでいるという事にはならなかった。
「・・・・・・だからと言って、オートボッツが率先して平和を乱すような真似をしてどうする!そんな行いの何処に正義があると言うのだ!」
オライオンの反論には答えず、ファイアストリームは更に問いかけた。
「・・・・・・貴様は知っているか?『大いなる眠り』に入る時、かのオプティマス・プライムが言い遺した言葉を・・・・・・」
1986年、完成間もないオートボットシティを巡り、オートボッツとディセプティコンズの総力戦が行なわれた。多くの戦士が傷つき、倒れながらも、オプティマス・プライム以下オートボッツの獅子奮迅の活躍によってシティは守られた。しかしその最中、メガトロンとの一騎討ちによって、オプティマスはその中枢回路に致命的なダメージを受けてしまった。
自らの死を悟ったオプティマスは、オートボッツ創世の時代からそのリーダーに代々引き継がれてきたマトリクス・オブ・リーダーシップを旧友ウルトラマグナスに託し、極めて死に近いステイシスロックに陥ったのであった。
度重なる蘇生処置にも関わらず、彼が目覚めることはなく、オートボッツは新たなリーダーの下で戦いを続けることとなった。
だがそれから二年後、惑星ネビュロスの人類との遭遇が、オプティマスを再び目覚めさせることとなった。サイバートロンをも凌ぐ超科学文明を誇るネビュロス人の天才科学者ハイQとの合体によって、彼は更なるパワーと叡智、そして新しいボディを得て復活したのであった。
そして、この時の二年間に渡るオプティマスの不在期間が、後に言う『大いなる眠り』であった。
「知っているとも。『宇宙が一つになるまで』だ・・・・・・だが、それが一体どうしたと言うのだ?」
ファイアストリームの意図するところが読めず、オライオンは聞き返した。
「そう、その通りだ・・・・・・だが現実はどうだ?宇宙は一つになったか?・・・・・・答えは『ノー』だ!あれから十年以上も経ったというのに、未だ宇宙は一つになどなってはいない!むしろ混迷の度を増していくばかりではないか!当のオプティマスですら、自ら唱えた理想を忘れてしまったとしか思えん!」
「一体何が言いたい!」
「・・・・・・まだ分からんか?彼に出来ないというのなら、私が代わってそれを成し遂げてやろうと言っているのだよ!」
「・・・・・・・・・・・・!」
あまりに倣岸不遜な発言に声を失ったオライオンに対し、ファイアストリームは大きく両手を広げてみせた。
「見るがいい、この私の姿を・・・・・・この姿は、偉大なるオプティマス・プライムをモデルに作られたものなのだ!・・・・・・それを知った時、私はどれだけ歓喜に打ち震えたことか!」
その時の感動を反芻するかのように、ファイアストリームはその瞳に恍惚の色を浮かべ、空を仰ぎ見た。
「長いサイバートロンの歴史の中でも、オプティマス・プライムに関する記録は常に勝利と栄光に彩られていた。私はまだ見ぬ彼を尊敬し、崇拝した・・・・・・そしていつか彼と共にこの宇宙から完全に悪を一掃し、真の正義と平和をもたらす日が来るのを夢見ていたのだ!」
突然彼は力を失ったかのように両手を下ろし、頭を垂れた。
「・・・・・・だが、初めてオプティマスと会った時、その夢は無惨にも打ち砕かれた!気高い鋼鉄の体を捨て去り、醜い野獣になり果てたその姿は、もはや私の知っているオプティマスではなかった!」
ジェネレーション2であるファイアストリームが誕生したとき、オプティマス・プライムはマクシマルヘとアップグレードし、その名前もオプティマス・プライマルと改めた後であった。故に彼が知っているオプティマスは、すべて記録の中のみの存在であったのだ。
「それだけではない!彼は下等な野獣の力に頼るというメガトロンの馬鹿げた思想に同調し、かつての理想さえ忘れ去り、いたずらに戦いを長引かせることとなってしまった!」
「それは違う!サイバートロンには無い自然の力・・・・・・それを取り込み、自然界との一体化を図ることが、我々を更なる進化に導き、宇宙に平和をもたらすための道の一つだと考えたのだ!」
オライオンの言菓も、彼の耳には届かなかった。
「フン、それこそ馬鹿げた考えだ。機械である我々が、どうやって自然と一体化できると言うのだ!それは進化でなく退化と言うべきではないのか!・・・・・・仮に進化だったとして、その結果はどうだ?折角メガトロンを倒しておきながら止めを刺さず、挙げ句に取り逃がして再びサイバートロンに不安と混沌をもたらしただけではないか!」
「誰にでも過ちはある!お前だって、今まで一つも過ちを犯さずにいられたわけではないだろう?」
「そう・・・・・・悲しいかな、偉大な英雄といえども過ちはある。そしてオプティマスの過ちの最たるものは、その慈悲の心だ!それあるが故に、彼はディセプティコンズを完全に滅ぼすことが出来ず、今なお真の平和を実現することが出来ないのだ!・・・・・・彼だけではない。彼からマトリクスを託されながら、それを使いこなすことの出来なかったウルトラマグナスも、そしてそれを可能としたロディマス・プライムさえもな!」
指のジョイントがきしみを上げるほどに固く拳を握りしめ、ファイアストリームは続けた。
「・・・・・・そして私は悟ったのだよ。オプティマスと同じ姿を持って生まれてきたこの私、ファイアストリームこそが、彼の偉大な理想と正義を受け継ぐに相応しいと。そのために私は生を受けたのだとな!」
自らの言葉に酔い痴れるような彼を黙って見つめていたオライオンが、低い声で口を開いた。
「なるほど・・・・・・よく分かった。ファイアストリーム」
「そうか、貴様にもようやく理解できたか!」
ファイアストリームの表情が華やいだ。
「ああ、お前は想像通りの・・・・・・いや、それ以上の誇大妄想狂だという事がな!」
「なっ・・・・・・!?」
突如足元の地面が崩れたかのように、ファイアストリームは絶句した。そんな彼に、更にオライオンの言葉が追い討ちをかけた。
「その有様では、アジア方面軍の司令官を解任されたのも当然だな!」
「馬鹿な!何故貴様がその事を・・・・・・?」
二週間前、香港市内―
激しい戦いで半ば瓦礫と化した町中に、ディセプティコンやプレダコンの残骸が累々と横たわっていた。徹底的に破壊され、もはやスパークの輝きすら完全に消え去ったその屍達の中、ただ一人かろうじて機能を保っているプレダコン兵士の姿があった。
傷つき、トランスメタルビーストヘのトランスフォームもおぼつかない体を引きずってその場を逃げ去ろうとした兵士の前に、立ちはだかった者がいた。
「全く模範的なプレダコンだな。仲間を見捨てて逃げ出そうとするとは」
狼狽する兵士に銃を突き付けているのは、アジア方面軍司令官ファイアストリームである。
この日、彼の率いるオートボッツ精鋭部隊が、香港の地下に潜んでゲリラ活動を続けていたプレダコンズのアジトに総攻撃を開始し、地上に逃れた彼等との間に激しい戦闘を繰り広げた。しかしそれは、戦闘と言うよりも逃げ惑う兵士達を一方的に破壊していく殲滅戦と言って良いものだった。
「た、頼む。撃たないでくれ!降伏するから!」
ヒステリックな金切り声で哀願する兵士に嫌悪感を抱きつつ、ファイアストリームは彼の頭にフォトンピストルを押しつけ、問い詰めた。
「奴は・・・・・・ヘクサトロンは何処に隠れている?言え!」
ヘクサトロンはこのアジア圏内を根城に、メガトロン無き地球の支配を目論むプレダコンである。そしてこの兵士は彼の忠実な片腕を自認する者であった。その忠誠心にかけては他のプレダコンなど比べものにならないというのが、彼の自慢の種であった。
「ボ、ボスはとっくに逃げちまった!何処に行ったかは俺も知らん。本当だ!・・・・・・頼む、助けてくれ!」
常日頃吹聴していたヘクサトロンヘの忠誠心もかなぐり捨て、兵士は早口でまくしたてた。その表情からは、もはや自分だけでも助かりたいという浅ましさしか伺えなかった。ファイアストリームはその醜態を黙って見ていたが、やがて静かに、そして重々しく言い放った。
「そうか・・・・・・では貴様の自慢の忠誠心を全うさせてやるとしよう!」
その言葉の意味するものに、兵士の顔から血の気が引いた。
「そ、そんな・・・・・・待ってくれ!これからはあんた等オートボッツに忠誠を誓う!何でも言うことを聞く!だから・・・・・・」
その足にすがりつき、許しを請う兵士を冷たく見下ろし、ファイアストリームはトリガーに力を込めた。
「汚い手で触るな。ビースティーめが!」
兵士は自らの行為が逆効果であったことを悔やむ暇すら与えられなかった。至近距離で放たれたフォトンピストルの弾が彼の頭部を粉々に打ち砕いたからである。
力なく崩れ落ちる兵士の体に、更に光子弾が連続して撃ち込まれ、ボディはおろか、内部のスパークすら跡形もなく消し飛んだ。そしてファイアストリームは、未練がましく足をつかんだままの兵土の腕を振り払うと、渾身の力を込めて踏み潰した。
「・・・・・・クズが!」
死屍累々となった大通りに佇むファイアストリームの周りに、彼の部下達が集まってきた。ターボレイサー達オートボットカー、レイルライダーズ、コンストラクションフォース、そしてエクストレイラーである。
「逃亡を図った敵の掃討は完了しました。しかし何処にもヘクサトロンの姿は見当たりませんでした」
エクストレイラーの報告に、ファイアストリームは頷き、命令を下した。
「よし、一旦本部に帰還する。コンストラクションフォースは残って都市の修復に当たれ。至急捜索隊を編成しなければ・・・・・・」
そして、瓦礫の影から遠巻きに見つめる市民達に向かって、彼は高らかに呼びかけた。
「香港市民諸君、君達を脅かしていたディセプティコン共はこの地から消え去った。これからは安心して暮らせることを約束しよう!」
だが市民達の中に、彼等に対して感謝の言葉を述べる者はおらず、恐れと疑いの眼差しを向けるのみであった。その顔からは、「お前達も同じロボットじゃないか」という思いがありありと浮かんでいた。
またか・・・・・・と言いたげに軽く舌打ちすると、彼は部下達に向き直り、号令を出した。
「オートボッツ、トランスフォーム!出発!」
その翌日、オートボットシティ―
「戦力削減だと?何を馬鹿なことを!」
作戦室のテーブルに激しく拳を叩き付け、ファイアストリームは猛然と立ち上がった。彼の目の前にはヨーロッパ方面軍司令官サンダークラッシュと、アメリカ方面軍司令官セレブロスの姿があった。
香港における掃討作戦が終了した後、ファイアストリームはビーストウォーズ終結後の地球防衛対策会議に参加していた。これはアメリカ、ヨーロッパ、そしてアジアの三つのセクションの司令官が一堂に集い、今後の方針を決定するためのものである。
これを機会に戦力を増強し、地球から完全にディセプティコンズとプレダコンズを一掃することを提案したファイアストリームは、そこで下された全く正反対の決定事項に激昂していた。
「それほど馬鹿な事ではないだろう?ビーストウォーズは終結し、殆どのプレダコンは捕えられ、サイバートロンに送還された。生き残りのディセプティコンズも殆ど地球を脱出している。今更こちらが戦力を増強する必要は無いはずだ」
冷静な口調で反論したのはサンダークラッシュである。大型トレーラーにトランスフォームする彼は、スピードと火力に優れた戦闘チーム、ターボマスターズのリーダーでもあり、その戦略的頭脳と戦闘能力には非の打ち所が無かった。
「しかし、まだ地球上に潜伏している連中は数多くいる!奴等を放置しておけば、また必ず破壊活動を行うのは明白だ!そうなる前に、この際全地球規模で徹底的な掃討作戦を行うべきではないのか?」
「何も放置するとは言っていない。推定される潜伏者の数から考えれば、今の戦力の半分で十分と言っているだけだ」
次に口を開いたのはセレブロスである。オートボット地球軍最高司令官フォートレス・マクシマスのヘッドモジュールであり、その代行者である彼は、同時にオートボット・ヘッドマスターズのリーダーでもある。
かつて争いを嫌う平和主義者であったフォートレス・マクシマスは、戦闘中に偶然辿り着いた平和な惑星ネビュロスに深い愛看を抱き、戦いを逃れてそこで平和に生きる道を模索した。しかしその星も彼にとって安住の地とはなりえず、仲間達と共に住民達の争いに巻き込まれ、更に彼等を追って来たディセプティコンズによって、戦火を拡大させる結果となってしまった。
そんな中、オートボッツの強力なボディと、ネビュロス人の優れた頭脳を融合させるというアイデアによって、ヘッドマスターとターゲットマスターが誕生し、マクシマスには彼等に同行していた地球人スパイクが合体することとなった。これによって彼等の戦閾力は拡大し、それに対抗して邪悪なネビュロス人と合体したディセプティコンと激しい戦闘を繰り広げた。
そしてようやくネビュロスからディセプティコンズを追放するのに成功したマクシマス達は、これ以上のネビュロスの荒廃を食い止めるため、ディセプティコンズを追って地球へと向かったのだった。
ヘッドマスターの持つ可能性に目を付けた当時のオートボットリーダー、ロディマス・プライムは、かねてから考えていたオートボットシティ強化の一環である、シティそのものを巨大なロボットモードに変形させるというプランを実行に移し、その超巨大オートボットのパーソナリティにマクシマスを任命したのである。
元のサイズを数十倍に巨大化させたボディと、計り知れないパワーを持ちながら、争いを嫌う彼自身とスパイクの心がブレーキとなって、フォートレス・マクシマスは本当に必要な時以外にその姿を見せることは無く、普段の戦闘や職務は以前のボディの代わりとして作られた半自律型ロボット、セレブロスに任されていた。
そしてオプティマス・プライムがパワーマスターとなって復活した後、マクシマスは地球防衛司令官の任を与えられ、現在に至るまでオートボット地球軍の中核を担うこととなったのである。
「メガトロンが捕えられ、ヘクサトロンも逃亡した今、ディセプティコンズをまとめる者はいない。彼等が何を行なおうと、ワープゲートがある限りその対処は十分可能だ。それに・・・・・・」
一旦言葉を区切り、苦い表情でセレブロスは続けた。
「我々があまり多く地球に滞在していれば、地球人達に無用の誤解と不安を与えることになりかねない。事実、各国政府からも戦力削減の要請が出ているのだ」
オートボッツが地球で活動を開始した当初、彼等はディセプティコンズの略奪からエネルギー資源を守ることを条件に、政府からエネルギーの供給を受けていた。だが彼等の生命機能を維持するためには相当量のエネルギーを必要とし、その問題は地球に留まるオートボッツが増えるのに比例して大きくなっていった。場合によってはディセプティコンズに奪われるのと変わらないという声さえ上がるほどであったのだ。
合体した人間の生体エネルギーを変換するパワーマスターや、ロボットモードを小型化することによってエネルギー消費量をセーブするマイクロマスターも誕生したが、全てのオートボッツを同じように改造するわけにはいかず、オプティマスの苦悩は増すばかりであった。
ニュークリオンの発見によってある程度エネルギー問題は解決したとは言え、基地建設のための土地問題や、戦闘に伴う物的および人的な被害、文化、宗教の違いによる衝突など、問題は山積していたので.ある。
「人間共には好きに言わせておけばいい!どうせ奴箏はたった一匹のプレダコンにさえ歯が立たないような脆弱な存在だ。どんなに文句を言ったところで、また敵が現れれば手の平を返して我々に泣き付いて来るしか能が無いのだからな!」
傲慢そのものと言うべきファイアストリームの言葉に、思わずセレブロスも声を荒げていた。
「それが仮にも司令官の言う言葉か!そもそも君のセクションが、一番問題が多いのだぞ!無断での基地拡張、捕虜への虐待や処刑など、目に余る事ばかりだ!そして何より、君達が周囲の被害も顧みずに敵を叩くことに血道を上げているせいで、破壊された建物や怪我人がどれだけ出たと思っている?」
「戦いになれば、損害が出るのは当然のことだ。だが我々が戦わねば、より多くの破壊と殺戮が行なわれるのだぞ。それを考えれば、我々の出す損害など微々たる物だろう?」
「その損害が大き過ぎると言っているのだ!我々には敵を倒す以上に果たすべき使命があるはずだ。それが分からんのか?」
セレブロスの言葉も、ファイアストリームには何ら感銘を与えなかった。
「そう言えば、最高司令官殿のヘッドモジュールは人間の体で出来ていたのだったな?それでは人間に必要以上に気兼ねするのも無理はないか・・・・・・」
「何だと!」
普段は温和な性格で知られるセレブロスも、この言葉には聞き捨てならないものがあった。スパイク・ウィットウィッキーをパートナーとして以来、セレブロスは彼と、精神と記億とを共有し合う間柄であった。言わば一心同体の関係にある彼等にとって、パートナーを侮辱されるのは自分自身をも侮辱されることと同じであり、その逆もまた然りであった。
セレブロスの憤りを無視して、ファイアストリームは続けた。
「・・・・・・だが私は違う!地球に戦いを持ち込んだ事に対する負い目も無ければ、人間の顔色を窺わねばならぬ義理も無いのだ!」
そう言うと、彼はセレブロス達に背を向け、出口へと歩き出した。
「待て、何処へ行く気だ?まだ会議は終わっていないぞ!」
呼び止めるセレブロスに対し、彼は振り返った。
「こんな会議、何時間やろうが時間の無駄だ。私は私のやり方で、この地球上からディセプティコンズ、そして汚らわしいプレダコンズを一掃してみせる。たとえどんな犠牲を払おうと、この絶好のチャンスを逃すわけにはいかんのだ」
怒りを懸命に抑えつつセレブロスは立ち上がり、ファイアストリームの背中に向けて言い放った。
「・・・・・・どうやら君は司令官以前に、オートボットとしての資質にさえ欠けているようだな・・・・・・」
出口の手前で、ファイアストリームの足が止まった。
「オートボット地球方面軍最高司令官の権限により、ファイアストリームをアジア方面軍司令官から解任する!」
雷に撃たれたような衝撃がファイアストリームの全身を貫いた。彼にとってその言葉は死刑宣告にも等しかった。そして、次の瞬間、激しい怒りと殺意が彼を突き動かしていた。
「おのれェッ!」
振り返ったと同時に、彼はセレブロス目掛けて弾丸のように走り出した。衛兵達が慌てて彼の前に立ちふさがったが、荒れ狂う闘牛のような勢いの前に次々と弾き飛ばされ、床に投げ出された。
中央のテーブルを踏み越え、ファイアストリームはセレブロスに飛びかかり、そのまま彼を押し倒した。その首にかけられた両腕を振りほどこうとするセレブロスの目に、怒りと狂気を宿したファイアストリームの目の光が映っていた。
「誰にも邪魔はさせん!貴様にも・・・・・・たとえオプティマスであろうとも!・・・・・・」
それまで黙って二人のやりとりを見ていたサンダークラッシュが不意に立ち上がり、愛用のエレクトロンガンをスタンモードにセットすると、ファイアストリームの背中に当て、トリガーを引き絞った。
一瞬痙攣した後、ファイアストリームの体から力が抜け、糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。
「き、貴様・・・・・・」
意識を失う寸前、彼の脳裏に、衛兵達に指示を出すサンダークラッシュの言葉が冷たく響いていた。
「拘束しろ!彼の部下達にも謹慎するよう伝えるんだ!・・・・・・」
忌まわしい記憶のフラッシュバックに、それまでの自信に満ちた態度が嘘のように、ファイアストリームはうろたえ始めた。
「ち、違う・・・・・・そんな命令は間違いだ・・・・・・私が解任など・・・・・・」
最後の方はもはや言葉にならず、彼はうわ言のように何かを呟き続けた。
「何が違うものか!お前は司令官職を追われたことに逆上してセレブロス司令官に暴行を働き、逮捕された・・・・・・二週間前にな!」
狼狽した彼の心に、オライオンの言葉がナイフとなって切り口を入れていた。
「そしてお前は部下達と共に脱獄し、ドミネイターディスクを使って、今度の叛乱を起こしたのだ!・・・・・・何が正義だ!何が革命だ!お前のやったことは、全て自分の自惚れとエゴイズムが引き起こしたことではないか!」
基地に残されていた記録から、オライオンはファイアストリームが解任されるまでの経緯をある程度知ることが出来た。訓練生達にその事を伏せていたのは、その時にはまだドミネイターディスクの存在に確信が持てなかったのと、まだ分からないことがあったからである。なぜ逮捕されたファイアストリームが廃棄されたはずのドミネイターディスクを大量に用意することが出来たのか。誰かが彼にそれを与え、この叛乱をそそのかしたのではないか・・・・・・
基地の記録がレヴォリューショナリーズの襲撃を受けた時点で途切れていたために、それ以上のことは分からなかった。ならば彼自身の口から聞き出すしかないと考え、オライオンは推測混じりに彼を問い詰めてみせたのだ。
しかしそれは逆効果であった。
「黙れ・・・・・・」
突然ファイアストリームの口調が変わり、低く、そして、重々しく響く声で呟いた。あえてそれを無視し、オライオンは続けた。
「まだ違うと言うのか?お前は自分の不名誉な行いがサイバートロンに知られるのを恐れ、無線を封鎖し、戒厳令を敷いて、本星との連絡を絶ったのだ!」
「黙れ・・・・・・黙れ・・・・・・」
「お前に正義を口にする資格など無い!お前は・・・・・・」
「黙れと言っているんだあっ!!」
絶叫と共に、ファイアストリームは再びフォトンピストルを乱射した。素早くジャンプしてそれをかわしたオライオンであったが、着地した瞬間、別方向から飛んできた銃弾が彼の背中を直撃した。
「あれは?」
オライオンが振り返った方向には、タワー状の戦闘ステーションが無数の火器を彼に向けていた。それはファイアストリームのビークルモードの後ろ半分がトランスフォームしたもので、彼からのリモートコントロールによって戦闘の援護や通信など、様々な用途に使用することが出来るものであった。
「この私を侮辱するとは・・・・・・許さんぞ、ビースティーめ!」
怒りに全身を震わせながら、ファイアストリームはフォトンピストルを撃ち、それに呼応して戦闘ステーションも一斉砲撃を開始した。二方向からの攻撃を巧みにかわしつつ、オライオンは左右に跳んだが、隠れるところの無い空き地では、どちらかの攻撃に捉えられるのは時間の問題であった。
「だったら、それを逆手に取るまで!」
意を決してオライオンは引き返し、右肩のスピニングシールドを展開して、高速回転させながらファイアストリームの方へと突進した。彼の放つ光子弾は空気のシールドの前に弾かれ、光の粒となって拡散した。
不意に戦闘ステーションのタワー上部から発射された榴弾がオライオンの足元で炸裂し、その爆発をよけるように彼は高々とジャンプした。空中で身を捻ってステーションからの砲火を避けつつ、彼は右肩のミサイルをファイアストリームへと発射した。
ファイアストリームは後ろに跳んでそのミサイルをかわしたが、ただかわしただけではなかった。オライオンの着地点を瞬時に予測し、彼が自分と戦闘ステーションに挟まれる位置に来るように移動したのである。
(馬鹿め、私の方が一枚上手だ!)
オライオンに気付かれないよう、ファイアストリームは自身の持つフォトンピストルと同時にステーションの粒子ビームキャノンを操作し、降下するオライオンの背中にロックオンした。
(今だ!)
フォトンピストルとビームキャノンが同時に発射され、その光条は着地したオライオンのボディを前後から貫くかに見えた。だがその瞬間、彼の姿がファイアストリームの視界から消えた。正確にはオライオンはファイアストリームの作戦を読み、着地の瞬間ビーストモードにトランスフォームしたのである。その際ボディのサイズも縮小するため、相手には一瞬消えたように見えたのだ。
そして目標を外れて突き進むビームの先にはファイアストリームがいた。避ける間も無くその直撃を受け、彼の体は吹き飛ばされた。致命的なダメージには至らず、胸板に小さな穴を穿っただけであるが、むしろ裏をかかれたことによる精神的なダメージの方が大きかった。
「ば、馬鹿な・・・・・・こんな事が・・・・・・」
胸を押さえながら身を起こしたファイアストリームの背後に、ロボットモードに戻ったオライオンが立っていた。その気配に気付いて振り向いたと同時に、オライオンの右拳が彼の頬を捉えていた。衝撃によろける彼に、今度は左拳、更に回し蹴りが連続して叩き込まれ、再び彼の体は地面を転がった。
ショックでリモートコントロールが解けたためにステーションの機能は停止し、その上フォトンピストルも取り落とした彼には、もはや攻撃手段は残されていないように思われた。
「諦めろ、ファイアストリーム!」
倒れたままの彼に、オライオンは呼びかけた。
「お前の革命とやらもこれで終わりだ!力で相手をねじ伏せたところで、本当の平和など得られる筈が無い。どんな美辞麗句を並べようと、お前のしている事は断じて正義などではない!他者の自由と平穏を脅かした時点で、それは悪に他ならないのだ!」
それまで無反応だったファイアストリームが、「悪」という言葉を聞いた途端、ピクリと反応した。
「お前はマクシマルやプレダコンを野蛮で下等な存在と言ったが、今のお前の姿はどうだ?自分自身の感情すらコントロールできないようでは、プレダコンにも劣るではないか!」
「・・・・・・この私が悪だと?・・・・・・プレダコンにも劣るだと?」
ファイアストリームがゆっくりと立ち上がり、オライオンは後ろに飛びのいて身構えた。
「もう一度言ってみろ・・・・・・もう一度・・・・・・」
それまでとは比較にならないほどの激しい感情の高ぶりをその目に宿し、ファイアストリームはオライオンを睨み付けた。その異様な光に、オライオンはただならぬものを感じた。それはマクシマル化したことによって備わった野性の本能がそうさせたのかもしれなかった。
「ファイアストリーム、スーパーモード!」
その叫びと共に、戦闘ステーションが再び起動し始めた。砲撃を警戒してオライオンは防御の体勢をとったが、ステーションは砲撃せず、突如バラバラに分解して、彼の体をかすめてファイアストリームの方へと飛んでいった。
驚き見つめるオライオンの前で、そのパーツはプロテクターとなってファイアストリームの両腕、肩、両足、そして上半身を覆うように装着されていった。そして合体が完了した時、ファイアストリームの体はそれまでより二周りほども大型化して、完全にオライオンを見下ろす形となっていた。
「こ、これが・・・・・・奴のスーパーロボットモードか!」
ファイアストリームがステーションと合体して、スーパーロボットモードとなることは、彼に関するデータから分かってはいた。オライオンにしてみれば、そうなる前に取り押さえたかったのだが、それはもう不可能であった。
「何を驚いている?かつてはオプティマス・プライムにも出来たことだ。この私に出来ないはずがあるまい?」
パワーマスターであった時代、オプティマスは戦闘基地にトランスフォームするトレーラーと合体して、さらに大型のスーパーロボットモードになることが可能であった。オートボッツとネビュロスの技術が合わさった結果であるが、オプティマスをモデルとしている彼にも、その能力が付加されていたようである。
先程までとは別人のように重量感にあふれた姿で、ファイアストリームはオライオンの方へとにじり寄った。
「・・・・・・さあ、さっきの台詞をもう一度言ってみろ、オライオン・・・・・・この私が一体何だと?」
あまりの体格差にたじろぐオライオンに向かって、ファイアストリームはその重々しい外見からは想像も出来ないようなスピードで突っ込んできた。
「言ってみろぉぉぉ!」
怒号とともに繰り出された巨大な拳が猛然と迫ってきた。咄嵯に両腕で防御したオライオンであったが、受け止め切ることは出来なかった。
防御したその体勢ごと、オライオンの体は吹き飛ばされ、およそ五十メートル先の地面に落下した。スーパーモードのファイアストリームは、そのパワーも数倍になっていたのだ。
痺れる両腕でどうにか立ち上がったオライオンに向け、ファイアストリームは右腕の粒子ビームキャノンを発射した。だが彼はジャンプしてそれをかわし、そのまま相手の懐に飛び込もうとした。
「甘い!」
ファイアストリームの右腕を覆うガントレットがロケットのように打ち出され、その手が空中のオライオンの体を鷲掴みにした。そしてそのままの勢いで、彼を後方の建築中のホテルの壁へと叩き付けた。
壁を削りながら地面に滑り落ちたオライオンに向かって、戻ってきたガントレットを再び右腕に装着しつつ、ファイアストリームが走ってきた。
かろうじて上半身を起こし、オライオンは右腕のロケットランチャーを発射した。ロケット弾は迫りつつあるファイアストリームへと直進し、その胸に直撃した。しかし彼の頑強な装甲は、その体に傷を付けるどころか、その勢いを衰えさせることさえ許さなかったのだ。
その拳と同じく数倍に大型化した足に激しく蹴り付けられ、オライオンの体は再びホテルの壁に叩き付けられた。その衝撃に耐え切れず、壁は崩れ、彼は吹き抜けの大ホールの中へと転がり込んだ。
「どうした・・・・・・さっきの台詞をもう一度言ってみろ。さあ!」
壁の穴を更に広げつつ、ファイアストリームもホールヘと入ってきた。今の蹴りで凹んだ胸を押さえつつ、オライオンは必死に立ち上がった。
「い、言ってやるとも・・・・・・お前はプレダコンにも劣る・・・・・・」
彼の言葉は途中で遮られた。ファイアストリームの上半身に備え付けられた兵器類―頭部のパルスレーザーガン、両腕の粒子ビームキャノン、そして両手のフィンガーマシンガンが一斉に火を吹き、オライオンの全身に銃弾を浴びせかけたからである。
苦痛に膝を付いたオライオンを見下ろし、優越感に満ちた声でファイアストリームが問いかけた。
「どうだ。今の私を見ても、まだそんなことが言えるか?この輝くばかりの重装甲、洗練された兵器群、そしてパワー・・・・・・何をもって貴様は、この私がプレダコン以下だと言い張るのだ?」
苦しげに息をつきながら、オライオンは彼を見上げて言った。
「た・・・・・・たとえパワーが優れていようと、姿形がオプティマスに似ていようと、お前の精神はオプティマスには遠く及ばん・・・・・・まして後を継ぐなど夢のまた夢だ!」
「今の言葉、取り消せっ!」
再び彼の拳がオライオンを襲い、その体をホール中央の巨大な円柱へと叩き付けた。それを追って駆け寄り、ファイアストリームは柱にもたれかかるオライオンの体に立て続けに拳を打ち続けた。
「取り消せ!・・・・・・取り消せ!・・・・・・取り消せえ!」
子供じみた叫びと共に彼のパンチが叩き込まれるごとに、直径十メートル近くはある円柱に亀裂が入り、やがて真っ二つに折れた瞬間、外装工事を終えたばかりのホテルは呆気なく倒壊を始めた。
崩れ落ちるコンクリートの壁と鉄骨の中に二人の姿は消え、数秒前までホテルのあった場所は、砂煙にまみれた瓦礫の山と化していた。
一時の静寂の後、瓦礫の山の一部が動き、飛び出してきた者がいた。ファイアストリームである。挨まみれの体を払いつつ、彼は周囲を見渡した。
「フン、少しばかり熱くなりすぎたようだな・・・・・・事が一段落した後、コンストラクションフォースに建て直させるとしよう」
数百トンもの瓦礫も、スーパーモードの彼には殆どダメージを与えることは出来なかった。やがて彼は自分の這い出てきた穴に腕を突っ込み、オライオンの体を引き摺り出した。全身に付けられた激しい打撃と銃弾の跡が痛々しく、その体を覆う有機合成の外皮も所々が剥げ、内部のメカニズムがむき出しになってはいたものの、まだオライオンの生命機能は失われていなかった。だが、ファイアストリームが彼を引き摺り出したのは、彼の命を救うためではなかった。
荒々しくその体を足元に投げ出すと、ファイアストリームは背中のラダーを肩口へと移動させ、その先端をオライオンヘと向けた。彼のラダーは、ロボットモードでは超水圧のハイドロキャノンとなり、その威力は厚さ五十センチの鋼鉄の板すら紙のように貫通し、切り裂くことすら可能である。
「さあ、これで本当に最後だ。今までの誹謗中傷を撤回し、この私に従うなら、貴様と部下の命は保障しよう・・・・・・ただしオートボットヘの再プログラミングを施した上でな」
既に体を動かす力も無く、ハイドロキャノンを突き付けられ、オライオンにはもはやなす術が無かった。しかし彼の口から発せられたのは謝罪の言葉でも、命乞いでもなかった。
「断る・・・・・・」
「何いっ!」
ファイアストリームの表情に、驚愕と怒りの色が浮かんだ。
「わ、私は訓練生達に、悪しき者の不当な暴力に屈するよう教えた覚えはない・・・・・・私がそんな事をすれば、彼らに示しがつかないからな・・・・・・」
ようやく冷静さを取り戻しつつあったファイアストリームの回路に、再び猛烈な怒りと殺意のパルスが駆け巡った。マスクの奥で唇を噛み締め、彼は全身を震わせた。
「そうか・・・・・・残念だよ!」
ハイドロキャノンが唸り声を上げ、その照準がオライオンの頭部に据えられた。逃れようのない死を前にして、彼は心の中で呟いた。
(これまでか・・・・・・)
だがその時・・・・・・
「諦めてんじゃねえ!」
ファイアストリームの背後から、叫び声と共に地響きにも似た凄まじい振動が急速に近づいてきた。彼が振り返った瞬間、眼前に山のような物体が突進して体当たりをかけてきた。その衝撃に、今までどんな攻撃にもひるむことの無かった彼の体が弾き飛ばされ、瓦礫の山に倒れ込んだ。
「き、貴様は?」
瓦礫の中から立ち上がったファイアストリームの眼前に、オライオンを背にして先程のマンモスが立っていた。
「・・・・・・そうか、さては貴様がロシアに墜落したマクシマルだな?よくここまで辿り着いたものだ」
それに対し、マンモスは軽く鼻で笑った。
「ふん、どいつもこいつも同じことを言いやがる・・・・・・さっきブッ飛ばしたオートボットもそう言ってやがったな!」
「何だと?貴様、まさかエクストレイラーを!・・・・・・」
オライオンとの一騎討ちを邪魔されないように、部下達との通信を切っていたことを彼は後悔した。
「・・・・・・貴様、何者だ!」
「教えてやるぜ・・・・・・オプレス・プライマル、マクシマイズ!」
起動コードを叫んだ瞬間、マクシマルはロボットモードにトランスフォームした。マンモスの牙を両肩に回し、全身に武器を装備したその姿は、オライオンよりわずかに小さいながらも、彼以上に頑強で、戦闘的なスタイルであった。
「オ、オプレス・・・・・・オプレスだと?」
その名を聞いたオライオンが、首だけを起こして彼の後ろ姿を見上げた。横目でそんな彼を見て、オプレス・プライマルは呆れたように言い捨てた。
「全く何てザマだよ、オライオン・・・・・・プライマルの称号が泣くぜ?」
ファイアストリームにも、その名前は聞き覚えがあった。
「そうか、貴様があの『オプレス・ザ・ワンロボットアーミー』か・・・・・・面白い、邪魔をすると言うのなら、まず貴様から片づけてやる!」
そう言って、彼はハイドロキャノンをオプレスに向けた。だがオプレスは怯む様子を見せず、余裕の笑みを浮かべていた。
「ほう・・・・・・なかなか立派な大砲を持ってるじゃねえか・・・・・・だがよ!」
そしてオプレスは背中に手を回し、大型の銃を取り出して構えた。ビーストモードではマンモスの鼻から背中にかけた部分を構成するプラズマキャノンである。
「俺のとどっちがスゲェか、一つ比べっこしてみるかい?」
お世辞にも上品とは言い難い表現で、彼はファイアストリームを挑発した。お互い迂闊に動くことが出来ず、二人はそれぞれの主力武器を向け合った状態で、硬直したように向かい合っていた。
無限に続くかのように思われた静寂は、突然の銃声によって破られた。
「オライオン!生きとるかあ?」
声の主はクロックワイズであった。彼だけではなく、サンドクローラーを除くマクシマル訓練生達がこちらに向かって走ってきていた。
「雑魚共が!」
思わず銃口を彼等に向けたファイアストリームに、オプレスが叫んだ。
「よそ見すんじゃねえ!」
プラズマキャノンが火を吹き、ファイアストリームの足元で爆発を起こした。爆発から飛び退き、再びオプレスにハイドロキャノンを構えたファイアストリームに、今度はクロックワイズ達の銃撃が集中した。彼等の武器でダメージを与えることは出来なかったが、彼の集中力を乱すのには十分だった。
「貴様等、邪魔をするなあ!」
先程オライオンに対してやったように、ファイアストリームは全身の火器をマクシマルズに向けた。だがその時、彼等とは別方向から呼ぶ声がした。
「司令官!」
呼びかけたのはビークルモードで現れたエクストレイラーである。その荷台にはターボレイサー達三人が同じくビークルモードで搭載されており、いずれも少なからず損傷していた。
「エクストレイラー、無事だったか!」
わずかながら、ファイアストリームの顔がほころんだ。
「レイルライダーズは既に帰還させました。我々も退却しましょう」
そう言うエクストレイラーのボディも所々損傷しており、戦闘の継続は難しそうであった。無念そうに拳を握りしめると、ファイアストリームは押し殺したような声で命令した。
「分かった・・・・・・退却しよう・・・・・・ゲートを開け!」
そして数秒後、彼等の背後に光の玉が現われた。オライオンを庇うように立ち並ぶマクシマルズに向け、ファイアストリームは言い放った。
「オライオンに伝えておけ!シティで待っているとな!」
そして彼等の後ろで悠然と構えているオプレスを一瞥し、ビークルモードにトランスフォームしたファイアストリームはエクストレイラーと共にゲートの中へと入っていった。その直後、光の玉も消失し、辺りにはマクシマルズだけが残された。
「大丈夫か、オライオン?しっかりせい!」
クロックワイズに抱き起こされ、オライオンは目を開けた。彼とクロックワイズの周りには四人の訓練生達が心配そうな顔でひざまずいており、彼がまだ機能しているのを知ると、口々に喜びの声を上げた。
「サンドクローラーは?それにトレインボッツは・・・・・・」
開口一番、オライオンは一番の気がかりを尋ねた。
「ああ、大丈夫じゃ。先に基地に戻っておるよ。あいつらも手ひどくやられたからのう・・・・・・今頃はCRチェンバーの中じゃろ」
「そうか・・・・・・済まない」
安心したように、オライオンは訓練生達を顧みた。
「お前達も済まなかった。せっかくお前達が上手くやったというのに、肝心なところで私がしくじるとはな・・・・・・これでは指揮官失格だな・・・・・・」
そんなことは無い、と言いたげな訓練生達を押し退け、ずかずかとオプレスが歩み寄った。
「ああ、その通りだ。あんたは指揮官失格だよ!部下の命を危険にさらし、挙げ句に自分自身さえ守れないんだからな!」
その遠慮の無い物言いに、訓練生達が怒りの表情を向けた。
「なんだよお前は。分かったようなこと言いやがって!」
「そうだ!あんた一体何様のつもりだ?」
先程助けられたことへの感謝の気持ちもすっかり消え失せたかのように、アイスブレイカーとギャロップが食い下がった。
「よせ、お前達・・・・・・」
不満気に振り返った二人の後ろで、クロックワイズに支えられながらオライオンが立ち上がっていた。
「オプレス・・・・・・お前は本当に、あのビッグオプレスなのか?」
「ああ、久しぶりだなオライオン・プライマル・・・・・・だが、今の俺の名はオプレス・プライマルだ。あんたと同じくな」
訓練生達の表情が、今度は驚きにとって変わっていた。目の前の無作法なマクシマルがオライオンと旧知の間柄で、その上同じプライマルの称号の持ち主であるということが分かったからである。ロングヘッドがクロックワイズの耳元で囁いた。
「あの二人、知り合いなんですか?それにしちゃ、あまり仲が良くなさそうですが・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・まあ昔色々あってな・・・・・・」
気まずそうに、クロックワイズは言葉を濁した。
「とにかく詳しい話は後だ。まずはそのみっともない姿をどうにかするこったな?」
オプレスの嫌味ともつかない言葉に、オライオンは力無く頷いた。
「ああ・・・・・・そうさせて・・・・・・もらおう・・・・・・」
そこまで言うと、オライオンは力尽きたようにクロックワイズにもたれかかった。
「隊長!」
訓練生達が口々に叫んだが、既に彼はステイシスロックに陥っていた。
「急いで基地に戻るんじゃ!・・・・・・オプレス、お前さんも来てくれ!」
腕組みしながら、ぶっきらぼうにオプレスは答えた。
「勿論そのつもりさ。こっちも長旅で疲れてるんでね」
しかし、その場を離れようとしたマクシマルズの背後から、突然彼等を呼び止める声が聞こえた。
「待ってください!我々も同行させてください」
その声に驚き、振り返って身構えた訓練生たちは、その声の主を見て更に驚いた。潜水服をまとった身の丈七メートルほどの大男が海から上がってきたからである。そしてその両腕には一人の人間が、まるで人形のように抱きかかえられていた。
その人間の顔を凝視したクロックワイズが、驚きの声を上げた。
「こいつぁたまげた!あんた、スパイク・ウィットウィッキーじゃないか!」
その名を聞いて、訓練生達も動揺した。オートボット地球軍最高司令官フォートレス・マクシマスとそのパートナー、スパイクの名は彼等にインプットされた知識の中にもあったからである。クロックワイズの言葉に軽く頷き、スパイクは決然と顔を上げた。
「君達の力を借りたいのだ・・・・・・ファイアストリームの企みを阻止するために!」
既に夜は明け、水平線の彼方から朝日が見えようとしていた。広々とした空き地には、立ち尽くすマクシマル達の影が伸び始めていた。
薄暗い洞窟のような空間で、うやうやしく片膝をついて報告をしている者がいた。シャドウダンサーである。しかし今彼女がいる場所はオートボットシティではなく、その相手もファイアストリームではなかった。
「多少のイレギュラーはありましたが、計画は全て順調に進んでおります。あの地球人もようやく姿を見せたことですし、最終段階に入るのもあと僅かかと・・・・・・」
彼女の視線の先にある暗がりの中で、六つの目が光っていた。
「くれぐれもあのマクシマル共を甘く見るなよ。失敗は断じて許されんからな!」
重々しく、威厳に満ちた声が部屋中に響き渡った。並の者達ならば聞いただけで恐怖に震え上がりそうなその声にも臆することなく、シャドウダンサーは妖艶な笑みを浮かべて顔を上げた。
「お任せ下さい。最後に勝者となるのは貴方々ですわ。三将軍閣下・・・・・・」