第3号表紙

1.ワンロボットアーミー

 

 

オートボッツの地下基地に設置されたCRチェンバーの中、ステイシスロックの状態でボディ修復を進めていたオライオン・プライマルの意識は、過去の記憶をランダムに辿っていた。それは人間が『夢』と呼ぶものの形となって、数十年前の情景を再現していた。

 

 

「何が作戦成功だ!ふざけるな!あいつの犠牲も作戦の内かよ、ええ?」

 夢の中で、オライオンに対し、今にも殴りかからんばかりの勢いで詰め寄ってくるのは、一人の頑強なオートボットであった。重戦車にトランスフォームすると思しきその全身にはミサイルランチャーやビーム砲が装備され、とりわけ両肩にはそれぞれ大型の大砲が一門ずつセットされていた。そしてその左腕は戦闘で失われたのか、肩から先が無くなっていた。

「あの作戦で一人の犠牲者も出さないと誓ったのはあんただぜ?それがどうだ。あんたがモタモタしてたせいで、あいつは・・・・・・何とか言ったらどうなんだ、オライオン隊長殿!」

破損した肩口から火花を散らしながら激昂するそのオートボットの右肩を、横にいたもう一人のオートボットがつかんだ。

「そこまでにせんか、ビッグオプレス。バックファイアの件は、オライオンの責任じゃない」

 そう言ったのは、クロックワイズであった。その姿はまだマクシマルへのアップグレードを受ける前の姿である。

「お前さんも分かっとるハズじゃ。あの時オライオンはお前さんたちを助けようと必死じゃった。もとはと言えばお前が・・・・・・」

「もういい!説教は沢山だ!」

 一方的に会話を打ち切り、ビッグオプレスと呼ばれたオートボットは身を翻し、早足で歩き出した。

「待て、オプレス、どこに行く気だ!?早く修理を・・・・・・」

 呼びかけるオライオンに対し、足を止め、わずかに振り向いてオプレスは答えた。

「もうあんたの指図は受けねえ。これからは俺一人で好きにやらせてもらう。俺のやり方でな!」

 そして行く手にいる僚友達を無言の圧力で下がらせ、再びオプレスは歩き出した。オライオンが後を追おうとした瞬間、視界が急速に白く覆われ、唐突に「夢」は終わりを告げた。

 

 

 CRチェンバーのハッチが重々しく開くのとほぼ同時に、見覚えのある面々が一斉にオライオン・プライマルの姿を覗き込んだ。そのいずれもが、心配そうな表情で彼のことを見守っていた。

「隊長、大丈夫ですか?」

 真っ先に口を開いたのはロングヘッドであった。ゆっくりと顔を上げ、オライオンは一同を見渡した。そして急に何かを思い出したように、突然立ち上がってチェンバーから飛び出した。

「サンドクローラーは?彼は無事か!」

 その勢いに思わず後ずさりした訓練生たちの後ろから、のんびりとした声が返ってきた。

「はい、どうもご心配おかけしました」

 オライオンの前に歩み出たサンドクローラーの姿は、一足先にCRチェンバーでの修理を受けて、すっかり元通りとなっていた。そしてオライオンのボディもまた、ファイアストリームとの戦いで受けた傷は完全に消えていた。

「全く、心配したのはこっちの方じゃ。お前さんのほうがよっぽど重症じゃったんだからな」

 いつの間にか彼の横に立っていたクロックワイズが肩を叩いた。その表情は彼の無事を確認した安心感に満ちていた。

「すまなかった。お前達にも心配をかけたようだが、全員無事で何よりだ」

 そういってもう一度訓練生たちの顔を見渡したオライオンの動きが一瞬止まった。彼の視線の先には、リペアルームの入り口にもたれかかり、横柄に腕組みをしているマクシマルの姿があった。

「よう、やっとお目覚めかい、オライオン隊長殿」

「オプレス!・・・・・・」

 彼を見つめるオライオンの表情は、単に再会の喜びという言葉では表現できない、複雑なものであった。オライオン同様、マクシマルへとアップグレードした彼の姿は、今しがた夢の中で見たものとは大きくかけ離れたものとなっていた。何よりその胸には、訓練生達と同じ真紅のスパーククリスタルが輝いており、彼がクロックワイズと同じく、新世代マクシマルとなったことを物語っていた。

また、その顔もプライマルの称号を持つ者の例に漏れず、かつてのオプティマスとよく似たものとなっていた。ただオライオンと違うのは、その頭部の両側から一対の角のようなアンテナが生えている点であった。

「それにしてもあんたが新米どもの教育係になってたとはな・・・・・・プライマルの名は伊達じゃないってか?」

 皮肉っぽい口調で話しながら、オプレス・プライマルはゆっくりとオライオンの方へ歩いてきた。

「お前こそ、いつの間にプライマルの称号を手に入れたんだ?評議会を脅迫でもしたのか?」

 相手の皮肉に皮肉で応酬する、いつものオライオンらしからぬ物言いに、訓練生たちは意外そうな顔で互いを見返した。

「言ってくれるじゃねえか・・・・・・まあそれでも良かったんだが、あんたと同じで、デルタVのプレダコンどもをブッ潰した褒美にもらったのさ。ただし、俺一人の力でな」

「お前の噂は聞いている。傭兵まがいの事をしながら、相変わらず各地でスタンドプレーを続けているとな。そして『ワンロボットアーミー』などと呼ばれて調子に乗っているともな」

 

 ワンロボットアーミーの通り名は、かつてディセプティコンズでその名を轟かせたシックスチェンジャー、シックスショットが持っていたものであった。彼がその名の通り、六つの形態にトランスフォームすることによってあたかも複数のディセプティコンが存在しているかのように思われたことからその名を得たのに対し、オプレスはたった一人でマクシマルの一個師団に匹敵する戦果を挙げてきたことからそう呼ばれているのである。

 

「・・・・・・ともあれ、助けてもらったことには感謝している。それで、お前が地球に来たのは、オプティマスの命令か?」

 訝しげに尋ねるオライオンの方へ、無言のままオプレスが歩み寄ってきた。わずかに身構えたオライオンの目の前で立ち止まると、彼はわざとらしいほどに堅苦しい動作で敬礼して見せた。

「独立遊撃部隊ビッグエレファント隊長、オプレス・プライマル・・・・・・オプティマス・プライマルの命令により、地球との交信途絶の原因究明並びに、先行したマクシマル訓練部隊の救援に参上した!」

 それに対し、オライオンも敬礼で応えた。

「・・・・・・了解した。ところで、ここに来たのはお前一人か?」

 敬礼を解き、再びぶっきらぼうな態度に戻ってオプレスは答えた。

「さあな。俺は一人で飛んでたところを、オプティマスの通信を受けて、やってきただけだ。他の奴らのことは知らねえな」

「そうか、分かった・・・・・・それでは、以後は我々の指揮下に入り・・・・・・」

「おっと、そいつは願い下げだぜ!」

 オプレスは手をかざしてオライオンの言葉を遮った。

「確かにオプティマスからはあんたを助けてやれと命令は受けている・・・・・・だが、あんたに従えとまでは命令されちゃいねえ!そもそも、地球にいたのがあんただって分かってたら、命令そのものを断ってたぜ!」

 一瞬呆気に取られ、次いでオライオンは思わず声を荒げていた。

「何を子供じみたことを言っている!今の状況が分かっていないのか?」

 それに怯むことなく、オプレスは平然と答えた。

「ああ、分かっているさ。こいつらに大体のことは聞いたからな。」

 彼は親指で、背後のクロックワイズと訓練生達を指差した。

「俺もここまで来る途中、何度かオートボットの連中にちょっかいを受けたからな・・・・・・マクシマルズ対オートボッツか。中々面白えことになってるじゃねえか」

 他人事のようにうそぶくオプレスに、オライオンは苛立ちを隠せなかった。

「分かっているなら、つまらない意地を張ってないで、この異常事態に一致協力して事に当たるべきだろう?大体お前はいつもそうやって一人で・・・・・・」

 そこまで言いかけたオライオンの目の前に、電光のような素早さでオプレスの左腕が突きつけられた。同時に腕のカバーが展開し、手首に仕込まれたトンファー状のバトルクラブが半回転して彼の手に握られた。

「あんたこそ、そうやって兄貴風吹かして説教するのはいい加減やめてほしいもんだぜ。俺はあの頃とは違うんだよ。あんたの後をくっついて回ってたあの頃とはな」

二人のプライマル

 鼻先にクラブを突きつけられ、オプレスを睨み付けていたオライオンであったが、ふとその左腕が、彼のボディの他の部分と色も形も異なっていることに気が付いた。

(あの腕は・・・・・・?)

 しかしオライオンがその疑問を口にしようとした瞬間、両者の間に割って入った者がいた。クロックワイズである。

「いい加減にせんかい、この馬鹿どもが!生徒達の前で、何をいつまでもくだらん喧嘩をしとるんじゃ!」

 その言葉に我に返ったオライオンは、構えを解いて訓練生達の方を振り返った。彼らはいずれも戸惑った、或いは半ば呆れた表情で彼の方を見ていた。

「・・・・・・すまん、つい我を忘れてしまった」

 素直に詫びるオライオンとは対照的に、オプレスは小さく鼻で笑い、ふてぶてしく腕を組んでいた。しかしその彼の頭に、クロックワイズの拳骨が振り下ろされた。

「痛え・・・・・・何しやがる!」

「お前もお前じゃ。いつまで駄々をこねておる?たいがいにせんと、次は拳骨では済まさんぞ!」

 次に起こるであろう諍いを止めようと―あるいは期待して―、訓練生達は三人の元へ駆け寄ろうとした。しかし、短い睨み合いの後、先に身を引いたのはオプレスの方だった。

「・・・・・・チッ、しょうがねえな・・・・・・分かったよ。今回はとりあえず言うことを聞いといてやる。だが、連中とやりあうまでは勝手にさせてもらうぜ」

 そう捨て台詞を残して、オプレスは身を翻し、訓練生達を押しのけるようにリペアルームを出て行った。それを見送る訓練生達はホッとしたか、またはガッカリした表情を見せていたが、そのいずれもが同じ疑問を心に抱いていた。

(ひょっとして、ウチで一番偉いのはクロックワイズ先生じゃないのか?)

 

 

 憮然とした表情でドアの方を向いたまま立ち尽くすオライオンの前に、シャーピアーズが歩み出た。

「あのう・・・・・・感動の再会に浸ってるとこ申し訳ないんですが、さっきから別のお客様がお待ちかねなんですがね」

「客だと?」

 我に返り、オライオンはシャーピアーズを見下ろした。自分がステイシスロックに陥ってから数時間の間にどういう事態が起こったのか、彼にはまだ知らされていなかったのだ。

「おお、そうじゃった。とにかく会えば分かる。さあさ急いだ急いだ!」

 急に思い出したクロックワイズが、オライオンの手を引いてリペアルームから連れ出した。その後を追って、訓練生達も次々と部屋を飛び出していった。

 

 

作戦室に入ったオライオンの視界に、黒いボディのオートボットが立っているのが写った。

「君は・・・・・・確かプリテンダーズのウェイブライダーだな?」

 無言で頷く相手の胸にあるエンブレムがG2オートボットのそれであることを確認し、オライオンは彼に歩み寄った。トレインボッツ以外にドミネイターディスクの支配から逃れたオートボットがいたことに安堵した直後、その後ろからさらに小さな人影が出てきたのに気が付いた。だがそれはロボットではなく、ボディアーマーを身に纏った人間であった。

「!・・・・・・貴方はスパイク・ウィットウィッキー?」

「やあ、ようやく回復したようだね。安心したよ」

 彼の前にしゃがみこみ、オライオンはスパイクの顔を凝視した。彼がオートボット地球軍司令官フォートレス・マクシマスのパートナーである地球人と直接対面するのは、これが初めてであった。

「我々は、地球からの交信が途絶えた理由を調査するためにやってきました。しかしオートボットシティはファイアストリームの一派に制圧され、他のオートボットも全て彼らの支配下になっていました・・・・・・一体シティで何が起こったのです?」

 オライオンの肩越しにクロックワイズが顔を出し、スパイクに話しかけた。

「済まんが、彼にももう一度話してやってくれんかね?」

「いいとも。それでは・・・・・・」

 スパイクは頷き、険しい顔つきで話し始めた。

 

 

 

 オライオン達の到着より十一日前―

 

 その夜、オートボットシティの司令室は、混乱の只中にあった。

「第3ブロック応答なし!」

「中央コントロールルームへのアクセス不能!」

「通信室が占拠され、地球上の各基地及びサイバートロンへの通信が妨害されています!」

 悲鳴に近い報告の声が、室内を絶え間無く駆け巡っていた。フォートレス・マクシマスの頭部モジュールであるセレブロスは、その中で部下達の動揺を抑えるべく、次々と指示を出していた。そんな中、一人のオートボットが彼の前に駆け寄ってきた。レーシングカーにトランスフォームする防諜員ミラージである。

「既にシティの九割の機能が乗っ取られています。外部との連絡も全く取れません!」

「シティの内部はどうなっている?敵はどこから侵入してきたのだ!」

 突然現れた敵によって、瞬く間にシティの各所が占拠され、シティ内のカメラも全て機能を失ったため、セレブロス達には、司令室以外の状態が全く分からなくなっていたのだ。彼の質問に、ミラージは首を振って答えた。

「彼らは侵入したんじゃありません。シティの内部から出現したんです!」

「内部だと?まさかワープゲートで?」

 オートボットの持つパーソナルワープゲートの一つがディセプティコンに奪われ、それを利用してシティ内部に侵入してくるという事態は、かねてから想定されたことであった。そのための対策も用意されていたはずであるが、敵はそれを打ち破る方法を考案したというのだろうか・・・・・・

 しかし、またもミラージは首を振った。

「いいえ、そうではありません。敵は我々の中から現れているんです!」

「何だと!それは一体?」

「つまりは、こういうことです!」

セレブロスの目の前に、ミラージは一枚のパネルを差し出した。ドミネイターディスクである。

 エレクトロディスラプターの効果によって、短時間ながらミラージは自分の姿を消すことが出来る。そのため彼はシティ内部の乱戦の中、誰にも気付かれること無く情報を集めてきたのだった。

「こいつで奴らはどんどん仲間を増やしてるんですよ。もうこの部屋以外の連中はほとんど奴らにコントロールされてると思って間違いありません!」

 自分達が完全に孤立した状況にあることを再確認し、セレブロスは深い絶望感にとらわれた。しかしまだ確かめるべきことがあった。

「奴らとは何者だ?一体誰がこんなものを・・・・・・」

 セレブロスの問いかけに、一瞬ためらいつつもミラージは答えた。

「それは・・・・・・」

 しかし、そこまで言いかけた彼の体が突然ショートし、急に力を失ってセレブロスの腕にもたれかかった。そして彼の背後のドアから、オートボットの一団がなだれ込んできた。異変に気付き、即座に応戦を試みたセレブロスの部下達であったが、侵入者達の方がはるかに迅速であった。

 十数秒間の撃ち合いの後、司令室の床に立っていたのはセレブロスと侵入者達だけとなっていた。

「馬鹿な・・・・・・お前達がなぜ?」

 呆然としたセレブロスの眼前には、謹慎処分を受けていたはずのターボレイサー達、アジア方面軍の面々が銃を向けて並んでいた。そしてその背後から、さらにもう一人現れた。ファイアストリームである。

「まさか君がこれをやったというのか?しかしどうやって・・・・・・」

 前日の会議中、アジア方面軍の司令官を解任され、それに逆上してセレブロスに襲いかかった彼は、サンダークラッシュによって捕えられ、エナージョンバーに囲まれた独房に入っていたはずである。それがなぜ今この場にいて、この状況を引き起こしたのか、セレブロスには理解できなかった。

「なあに、私には頼もしい味方がついているのでね・・・・・・ああ、心配御無用。彼らはただ眠っているだけだ。貴重な部下を傷付けるわけにはいかないからな」

 セレブロスをあざ笑うように、ファイアストリームは倣岸不遜な口調で答えつつ、彼の方に歩み寄ってきた。

「君にはなるべく寛大な処置をと考えていたが、まさかこんな暴挙に出るとはな。もはや司令官解任だけでは・・・・・・」

「黙れ!」

 セレブロスの言葉に一瞬で態度を変え、ファイアストリームはフォトンピストルを彼に突きつけた。

 しばらく無言でにらみ合った後、ファイアストリームは銃口を逸らした。

「本日をもって、このシティとオートボット地球軍の全戦力は、我々アジア方面軍・・・・・・いや、オートボット・レヴォリューショナリーズの指揮下に置かれることとなる。もちろん貴方も例外ではないぞ。元最高司令官殿」

「レヴォリューショナリーズだと?こんなクーデターなど起こしてどうするつもりだ!それにドミネイターディスクなどに頼って我々を操ったところで、そんなものは一時的なものに過ぎんぞ!」

 セレブロスの声を冷ややかな笑みを浮かべて聞き流しつつ、ファイアストリームは答えた。

「もちろん分かっているとも。これはただの時間稼ぎさ。我々が必要としているのはこのシティそのものなのだ。そう、最大最強のオートボットのボディをね」

「マクシマスか!だが一体何のために・・・・・・?」

 少々苛立った声でファイアストリームは答えた。

「そこまで知る必要など無い!貴方はただ黙って、マクシマスを渡せばいいのだ!」

 そう言って、ファイアストリームは再び銃を構え、ドミネイターディスクをもう片方の手に取って、セレブロスに迫って来た。セレブロスにはもはや抵抗する手立ても無く、ただ後ずさりするしかないように見えた。

 しかし・・・・・・

 

「いや、お前の思い通りにはさせんぞ!」

次の瞬間、突然セレブロスが両手で頭部をつかみ、ボディから切り離すと、後ろへと放り投げた。それと同時に彼の背後にあったコンソールの影からアウターシェルを纏ったオートボット―ウェイブライダーが飛び出した。空中でヘッドモジュールから変形した人間―スパイク・ウィットウィッキーをジャンプしてキャッチしたウェイブライダーは、そのまま司令室の巨大なウィンドウの一角をエナジースピアガンで撃ち抜くと、その穴から外へと飛び出した。

先ほどの銃撃戦の最中、司令室にいた彼は侵入者を迎え撃つべく飛び出そうとしたところをセレブロスに制止され、万一に備えて隠れているよう命令されていたのだった。そして今、まさにその出番が来たのである。

スパイクを抱きかかえたまま、中央タワーの最上部にある司令室の窓から身を躍らせたウェイブライダーのアウターシェルが前後に割れ、その中から本体のロボットが飛び出した。ロボットは落下しながら巨大化しつつ潜水艇へとトランスフォームした。そしてそのコクピットにスパイクごとシェルを乗り込ませると、シティの外堀を流れる運河へと一直線に飛び込んだ。

一連の出来事を一瞬呆然と見ていたファイアストリーム達であったが、すぐに我に返り、窓の割れた穴に駆け寄り、銃を乱射した。しかし潜水艇は水中に潜り、既に姿をくらました後であった。

 拳を震わせながらも、ファイアストリームは部下達に指示を与えた。

「止むを得ん・・・・・・先にシティの制圧を完了次第、第二段階に移行する。ワープゲートとディスクの準備をしろ!」

 一斉に出口へと駆け出した部下達の後を追って歩き出したファイアストリームは、スパイクを放り投げたままの体勢で機能停止したセレブロスの前で立ち止まった。他のヘッドマスターと違い、頭部を欠いたセレブロスは意思を持たない只のマシンでしかないのである。

 忌々しげにそのボディを横殴りに殴り倒すと、ファイアストリームは出口へと大股で歩いていった。

 

 その頃、潜水艇モードで運河の中を突き進むウェイブライダーは、水門を潜り抜けて下流へと入っていった。

 通信が完全に閉ざされた今、一刻も早く、他のオートボットに直接この事態を知らせる必要があった。セレブロスの頭部であるスパイクが逃れた以上、シティが完全に彼らの自由になることは無い。彼らが行動に移る前に態勢を立て直し、その企みを防がなければならないのだ。

 共通の思いを抱きつつ、二人の姿は夜の闇に消えて行った―。

 

 

 

「・・・・・・しかし、彼らの行動は予想以上に迅速だった・・・・・・」

 無念の表情で、スパイクは首を振った。

「下流にあった最も近くの基地には、既に彼らの手が伸びていた。我々は操られたオートボット達に追われ、成す術無く逃げるしかなかった。その間にワープゲートとドミネイターディスクを使い、彼らはネズミ算式に仲間を増やしていったのだ」

 オライオンは、事態の経緯が自分の予測通りであったことを知った。だからといって、それを喜ぶ気にはなれなかった。ウェイブライダーが後を続けた。

「元々ファイアストリームの部隊は奇襲攻撃に長けた連中でしたからな。我々はせめてディスクを無効化する方法を知ろうと、発明者であるウィールジャックのラボを訪れたのですが、彼も既に連れ去られた後でした。」

 

 第一世代オートボットの技術者ウィールジャックは、かつてオプティマスが倒れたオートボットシティの攻防戦で瀕死の重傷を負い、長らくステイシスポッドでのコールドスリープを余儀なくされていた。ニュークリオンによってアクションマスターとなって復活したものの、ビーストウォーズの頃には一線を退き、コロンビア川上流の滝に偽装したフォールラボラトリーに篭って研究に没頭するようになっていた。

 おそらく囚われの身であったファイアストリームにディスクを渡し、このクーデターを唆した者が、彼を誘拐したのであろう。

 

「ラボの中は荒らされていた上に、更に追っ手まで現れたが、かろうじてディスクのデータを手に入れることは出来た。今君の訓練生がそれを元に、ジャミングシステムを製作しているところだ」

 スパイクの言葉に、後ろを振り返ったオライオンの目の前で、ロングヘッドが急に姿勢を正した。

「も、もうしばらく待ってて下さい。あと少しで装置が完成しますから!」

 そう言って、ロングヘッドは慌てて工作室へ駆けていった。オライオンが目覚めるまで続けていた作業を再開するためである。

「やれやれ、そんなに慌てんでも良かろうに」

 クロックワイズが呟いた。

「いや、頼もしい限りだよ。私がいなくてもやっていける位にな」

 目を細め、彼の後姿を見送るオライオンであった。

 

 

「・・・・・・そして、翌日には地球全土が彼らによって制圧されてしまった。我々は海底に逃れ、機会を待つしかなかった。この星に残った僅かなマクシマルズと接触を取る機会をな・・・・・・」

 スパイク達が深海に潜んでいたのは十日間に及ぶ。人間である彼にとって、その閉塞感と孤独感は並大抵のものではなかっただろう。

「ただ海底をひたすら進むのは退屈なものでしたよ。こんな事がなければ、沈没船の財宝探しでもしたかったんですがね」

 肩をすくめ、ウェイブライダーがおどけて見せた。それでどの程度場が和んだかは分からなかったが。

「・・・・・・そして、そこに現れたのが君達だった。トレインボッツを解放し、ファイアストリーム達を撃退までしてくれた。本当に感謝の言葉もない」

 スパイクの言葉に嘘は無かったが、オライオンは気まずそうに目を逸らした。ファイアストリームを退けたのは彼ではなく、オプレス・プライマルであったからである。

「トレインボッツと言えば、彼等はどうしているんです?」

 オライオンの問いかけは、話題をそらすためではなかった。レイルライダーズやエクストレイラーとの戦いで、彼らが負傷したのは聞いていたが、先に修理を済ませたはずの彼らの姿が見えないことに、ようやく気が付いたからだ。

「ああ、それならちょうど今、テレビに出てるはずですよ」

 サンドクローラーが、部屋の一角にあるモニターのスイッチを入れた。画面の中では、広い講堂で、トレインボッツのリーダーであるウィンドスピードが、記者会見を開いている真っ最中だった。人間の倍ほどの身長の彼を囲むように、記者達がカメラのフラッシュを焚き、長い棒の先に取り付けたマイクを突きつける姿は滑稽にさえ見えたが、状況は笑っていられるようなものではなかった。

「・・・・・・ですから、先程から申し上げているように、我々オートボッツには貴方達に危害を加える気は全くありません。今回の事件は、何者かが我々をコントロールし、我々と貴方達との友好関係を妨げようと企んだものです」

 昨日まで、彼自身に取り付けられていたドミネイターディスクを片手に懸命に説明を試みるウィンドスピードに、質問というよりは糾弾に近い口調で記者達が次々と質問を浴びせていた。

「何者かって、誰なんです?デストロンだか、ディセプティコンだかの仕業だって言いたいんですか?」

「衛星からの攻撃はどうするんですか?日本が攻撃されたら、誰が責任を取ってくれるんです?」

「昨夜の騒ぎで、動物型のトランスフォーマーが目撃されたという情報もありますが、それも貴方達の仲間なんですか?今彼等はどこにいるんですか?」

 オライオン達マクシマルズと、彼らのいる基地の所在については、ウィンドスピードはノーコメントを通していた。一刻も早く地球人の誤解を解くために会見に臨んだものの、この放送がレヴォリューショナリーズの耳にも入る可能性がある以上、それに言及するわけにはいかなかったからである。その事情を知るはずも無い記者達は、報道の自由を盾にしつこく彼に食い下がり、会場は乱闘さながらの有様で騒然となっていた。

「まったく、見ちゃいられないぜ」

 そう言って、ギャロップがチャンネルを変えた。そこでもニュースを放送しており、昨夜の戦闘で破壊された高架橋やビルを他のトレインボッツが修理している姿が映し出された。しかし、出演者達のコメントはいずれも彼らに対して否定的なもので、この先レヴォリューショナリーズの再攻撃を心配する声の方が大きかった。

「事態はますます悪くなる一方じゃのう。かえって地球人を混乱させてしまったかも知れん・・・・・・あるいはこれも奴らの狙いなのか?」

 クロックワイズが顎をなでて唸った。

「ヘッ、今更人間どもが何喚こうが知ったことかよ。俺たちゃやることさっさと片付けて、サイバートロンへ帰るだけさ」

 シャーピアーズが両手を頭の後ろで組んで、毒づいて見せた。ニュースはまだ続いていたが、これ以上観ても仕方ないとばかりに、オライオンはモニターを切るよう命じた。

 

 

「・・・・・・現在の状況を整理しよう」

 室内の一同を見渡し、オライオンは切り出した。

「シティを占拠したファイアストリーム達は、フォートレス・マクシマスを使って、何かを行おうとしているらしい。しかしウィットウィッキー氏に逃げられたことで、それは不可能となった」

 ヘッドマスターとしての生体工学処理を受けたスパイクの体には、セレブロスおよびフォートレス・マクシマスのトランスフォーミング・コグとしての機能が備わっている。つまり、彼の存在無くしてマクシマスは戦闘基地モードやロボットモードにトランスフォームすることは出来ないのである。

「それだけが今のところ救いと言える。少なくとも、オートボット最大の戦士とだけは戦わずに済むのだからな」

 訓練生達にとって、マクシマスのことはデータ上でしか知らないことであるが、その超巨大な体躯が自分達を踏み潰そうとする光景を想像し、彼らの背筋に寒気が走った。

「だが、それだけに彼等は必死になって彼の行方を探しているはずだ。もし彼が我々と行動を共にしていると知ったら、彼等は今度こそ総攻撃をかけてくるだろう。我々が消息を絶ったことで、いずれはサイバートロンから本格的な援軍が派遣されるだろうが、もはやそれを待っている余裕はない。そこで、実際に戦うべき相手と、その居場所がはっきりした以上、逆にこちらから打って出るべきだと思う」

「待ってました!やっぱそう来なくっちゃ!」

 いきり立つアイスブレイカーを制し、オライオンは続けた。

「現在ロングヘッドが製作中のジャミング装置の完成と、トレインボッツの帰りを待って、行動を起こすとしよう。これから詳しい作戦を・・・・・・」

 そこまで彼が言ったとき、基地の警報が鳴り響いた。敷地内に侵入者が現れたことを示すものである。

「まさか、もうここが見つかったのか?」

 一同の顔に戦慄が走った。まだ準備の整わない今、レヴォリューショナリーズが総攻撃をかけてくれば、彼らが勝利する確率はきわめて低かった。

 全員が監視ルームに駆け込み、少し遅れてオプレスも駆け込んできた。しかし、森の中の監視カメラが映し出したのはオートボットではなかった。それはマイクとカメラを持った、一組の人間の男女であったのだ。

 

 

 

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