3.遭遇

 

日比谷公園の入り口に、荒々しい運転で一台の4WDが飛び込んできた。噴水前で急停止すると、4WDはロボットモードヘとトランスフォームした。オートボット・レヴォリューショナリーズの一員、ヘビーアームである。

皇居前にワープアウトした直後、目前に現れたマクシマルズを追って、彼等オートボットカー三人組は有楽駅方面へと向かった。途中彼等が三方に分かれたのに合わせて追手の三人もそれぞれの方向に分かれた。そしてヘビーアームは、ギャロップの逃げ込んだこの公園へと踏み込んだのである。

「出て来いビースティー!ヘビーアーム、ぶちのめす!」

普段の昼間であれば、仕事疲れのサラリーマンやデート中のカップルで賑わうこの場所も、今は誰一人おらず、ひっそりと静まり返っている。ヘビーアームの声も空しく周囲の暗闇に吸い込まれていった。

しびれを切らしたヘビーアームは、突如背中からガトリングガン装備のスティックを取り出して手首に装着すると、四方に向けて乱射し始めた。銃弾を受けた森の木々が次々に倒れ、小音楽堂の柱や屋根にも穴が穿たれた。

「止めねえか、この単細胞!」

背後の噴水の影からビーストモードのギャロップが飛び出し、ヘビーアームのスティックを蹴り飛ばした。

「危なっかしい野郎だな。本当にオートボットかお前は?」

ロボットモードにトランスフォームしながら、ギャロップは顔をしかめた。その目前で、ヘビーアームがもう一本のスティックを装着した。先端がブレード状のタイプである。

「ヘビーアーム、ぶった切る!」

怒号と共に斬りかかってきたヘビーアームのブレードを、間一髪でギャロップのバトルアックスが受け止めていた。

「ヒュウ、危ねえ危ねえ」

しかし彼が息つく暇も無く、ヘビーアームの第二撃が振り下ろされた。力任せに連続で繰り出される攻撃を巧みに受け流すギャロップであったが、パワーの差は歴然であり、次第に押され始めていた。

「くっ、格闘戦スペシャリストの肩書きは伊達じゃないって訳か・・・・・・けどな!」

基地のデータから、マクシマルズはレヴォリューショナリーズのメンバーのデータを可能な限りインプットしていた。個人のプロフィールや能力、そして弱点までも・・・・・・

横からのブレードの一振りをジャンプしてかわすと、ギャロップは宙返りしながらヘビーアームの頭上を飛び越し、背後に回り込んだ。

「足元がお留守だぜ!」

素早い足払いをまともに喰らい、ヘビーアームは無様に転倒した。その隙を狙い、彼のブレードを叩き折ろうと、ギャロップはバトルアックスを振り上げた。

しかし、振り向いたヘビーアームの腕から、ミサイルのようにブレードが射出された。ブレードはギャロップの手からアックスを弾き飛ばし、そのまま森の中に飛んで行った。

「あっ、汚ねえ!」

手持ちの武器を失い、後ずさりするギャロップに止めを刺そうと、立ち上がったヘビーアームは背中に手を回したが、二本のスティックは既に品切れであった。

「この脳味噌筋肉め。自慢のパンチはどうした?」

ギャロップの挑発に我を忘れたように、その巨大な左腕を振り回しながら、ヘビーアームが突進してきた。その手には、ビークルモードのバンパーが、メリケンサックの様に握られている。

「ヘビーアーム、ぶっ壊ああああす!」

彼の怒りと全体重を込めた左ストレートがギャロップの顔面を捉えたかに見えた。しかし先日の不意打ちとは違い、その動きは容易に予測されていた。軽く身を屈めてパンチをかわすと、そのままギャロップは相手の懐に飛び込んだ。

「見え見えなんだよ。この前のお返しだ!」

ビーストモードでは馬の頭部になっている右手がぱっくりと開き、万力のようにヘビーアームの頭部をはさみこんだ。そしてその右腕がマジックハンドさながらに伸び、彼の頭をつかんだまま、ハンマー投げの要領で振り回し始めた。

十回転ほどして手を離され、ヘビーアームの体は芝生で覆われた広場に落下した。ふらつきながらも立ち上がろうとした彼の眼前で、ビーストモードのギャロップが尻を向けていた。

「こいつはおまけだ。取っとけ!」

後ろ足での渾身の蹴りを顔面に受け、ヘビーアームは軽くバウンドした後、完全にダウンした。再びロボットモードに戻り、ギャロップは満面の笑みを浮かべて彼を見下ろした。

「これで借りは返したぜ!」

 

 

「くそっ、あの狸爺め。どこに隠れやがった!」

有楽町駅前の飲食店街を、ビークルモードのターボレイサーが走り回っていた。クロックワイズの後を追ってここに入り込んだ彼は、曲がりくねった狭い道を、タイヤをきしませながら彼の姿を探し回っていた。

しかしその鈍重な姿に似ず、ビーストモードのクロックワイズはすばしっこくて、容易に捕まえることは出来なかった。また、この地形では自慢のスピードとドライビングテクニックを十分に発揮することができず、彼は苛立ちを募らせていた。ヘビーアームならば、建物にぶつかりながら突き進むのも構わないだろうが、流麗なボディに傷が付くのを極端に嫌う彼には、それは無理な話であった。そしてその彼の性分を知っていたからこそ、クロックワイズは彼をここに誘い込んだのである。

ふと、前方に動く物が見えた。一瞬だが、狸の尻尾に間違いなかった。

「馬鹿め、そっちは袋小路だ!」

彼が曲がって行った角の手前で急停止し、ターボレイサーはロボットモードにトランスフォームした。そして額のサーチライトを点灯させ、彼は素早く角から飛び出した。その右手にはロケットランチャーを、左手にはナイフ兼用のレーザーピストルを構えている。

「かくれんぼは終わりだ。とっとと出てこい!」

明かりも少なく、ほとんど真っ暗な小路を、彼は用心深く進んでいった。

そしてその左手に狸らしき影を見つけ、咄睦に彼はレーザーピストルを向けた。しかし、その先にあったものは彼の探している相手ではなかった。

「な、何だ。置物じゃねえか。脅かしやがって・・・・・・」

右手に大福帳、左手に徳利を持ち、微動だにしないその姿は、信楽焼きの置物そのものであった。見ると、その上に蕎麦屋の看板が見える。

軽く舌打ちして通り過ぎようとした彼であったが、ふとある事に気が付いて立ち止まった。

「待てよ。店が閉まってるのに、何であれが外に出てるんだ?」

即座に振り向いたが、つい数秒前まであったはずの置物は忽然と姿を消していた。狼狽して回りを見渡すターボレイサーの頭上で、圧搾空気によって宙に浮いた狸の置物がロボットモードにトランスフォームしていた。

そのエネルギー反応に彼が気付いた次の瞬間には、既にクロックワイズの全体重が彼の体にのしかかっていた。避ける暇も受け止める間も無く、ターボレイサーの体はアスファルトの道路とクロックワイズの重量級ボディとの間でサンドイッチになっていた。彼の体の上で胡座をかき、クロックワイズが語りかけた。

「知っておるか、若いの。この国の伝承じゃと、昔、狸は姿を変えて人間を脅かしとったそうじゃ。今のワシにそっくりじゃと思わんか?」

しかし返事は無く、不思議そうに覗き込んだクロックワイズは、彼が気絶しているのに気が付いた。

「何じゃ、これしきのことでだらしの無い・・・・・・まあ良いわ、今の内に・・・・・・」

そう言って、クロックワイズはターボレイサーの左腕に手を伸ばし、そのエンブレムを引き剥がした。案の定、その下には彼等が本来身に付けているG2エンブレムがあった。しかし、剥ぎ取ったエンブレムを裏返した途端、彼の表情が険しくなった。

「なんて事じゃ!・・・・・・やはりこいつらは・・・・・・」

 

 

東京駅南口前のロータリーで、ロボットモードのエスコートが左右を見渡していた。丸の内方面に逃げたサンドクローラーを追って、彼はここまで来ていた。

「逃げても無駄ですよ。大人しく出てきて下さいマクシマル君。撃ったりしませんから・・・・・・」

暗がりに向かって、猫撫で声でエスコートは呼びかけた。しかし、返ってきたのは彼自身の声の反響のみであった。

ゆっくりと視線を移動させるエスコートの視界の片隅に、微かに動くものが映った。次の瞬間、その場所目がけて彼は右手のロケットランチャーを発射していた。ロケット弾は地下道への入り口に命中し、大音響と共に入り口の屋根が粉々に吹き飛んだ。

爆炎の中に探し相手の姿が無いのを確認し、引き返そうとしたエスコートの背後のビルの壁から、突然何かが落ちてきた。それは瞬時に彼の体に巻き付き、完全にその自由を奪っていた。

「な、何だ、これは!」

驚き、叫び声を上げる彼の目の前に、ビーストモードのサンドクローラーの顔が現れた。

「やっぱり撃つ気だったんじゃないか。嘘つきだなあ」

身動きできないことへの焦りと恐怖感、そして蛇に巻き付かれている感触の気持ち悪さで、エスコートの頭脳回路はパニック状態に陥っていた。

「まあまあ、そんなにジタバタしないで。別にとって食うわけじゃないんだから・・・・・・」

そんなエスコートをからかうように―本人はなだめるつもりだったのだが―、サンドクローラーの細長い舌が彼の顔を舐めた。その瞬間、エスコートの理性の糸がぷつりと切れた。

「放せって言ってんだよ、このクソ蛇野郎があっ!!

その突然の豹変ぶりに驚き、サンドクローラーの体が一瞬緩んだ。その隙にエスコートは渾身の力で彼の体を振りほどき、投げ飛ばした。飛ばされながらも空中でロボットモードにトランスフォームし、サンドクローラーは着地した。

「ああびっくりした。そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか?」

しかしそんな彼の言葉も、もはやエスコートの耳には入っていなかった。

「この薄汚ねえビースティーが、よくもオレの体を汚しやがったな・・・・・・許さねえ!丸焼きにしてやる!!

今まで被っていた紳士の仮面が剥がれ落ちたかのように、怒りと侮蔑の感情を露わに口汚く罵りながら、エスコートはロケットランチャーを火炎放射モードに切り換えようとした。しかしその時点でようやく、腕のランチャーが無くなっている事に彼は気が付いた。

「あのう・・・・・・ひょっとしてお探し物はこれかな?」

ビーストモードでは尻尾の部分であるサンドクローラーの右腕には、エスコートのロケットランチャーが絡め取られていた。

「こんな危ない物は近所迷惑なので、預からせてもらうよ。まずは落ち着いて話を・・・・・・」

だが彼が言い終わる前に、狂犬のような勢いでエスコートが飛びかかった。

「返せえええええ!!」

二人はもみあいとなり、やがてバランスを崩して激しく道路を転がった。互いにランチャーをつかんで離さず、奪い合いになっている状態で、知らず知らずのうちに火炎放射モードヘのスイッチが入っていた。

そしてエスコートが自分の方にランチャーを引き寄せた瞬間、突然噴出した炎が彼自身を襲っていた。不幸にも銃口が彼に向いていたのである。

「ギャアアアアア!」

火だるまとなり、凄まじい悲鳴を上げて転がり回るエスコートの姿に、さすがのサンドクローラーも少し焦って辺りを見回した。

「あ〜あ、だから危ないって言ったのに・・・・・・ええと、消火栓は・・・・・・」

だが、突然思いがけぬ方向から白い奔流が飛んできて、エスコートの体に降り注いだ。それは消火剤であり、その泡に包まれた瞬間、炎は一瞬で消え、彼の体は白い煙の中に見えなくなった。

消火剤の飛んできた方向に振り返ったサンドクローラーの目の前に、一台の大型消防車が停車していた。その梯子の先の噴射口からは、消火剤の残りが雫となって道路にしたたり落ちていた。

「いやあ、助かったよ。まだ通報もしてないのに・・・・・・」

お礼を言おうと歩み寄ったサンドクローラーの足が途中で止まった。彼の眼前にある消防車の運転席には、誰も乗っていなかったのである。

「ま、まさか・・・・・・」

途中で飲み込みかけた言葉に応えるように、消防車の車体が前後に分離し、その前半分がトランスフォームを開始した。一瞬後にロボットの姿となったそれは、先程のエスコートよりもはるかに激しい怒りと殺意を込めた目で、サンドクローラーを見下ろしていた。

「・・・・・・嘘だろ?」

彼にはそれだけ言うのが精一杯だった。

 

 

「急いで下さい!早く隊長と合流しないと!」

トレインモードで連結し、中央線をひた走るフレイトとスノーストームの車内で、ロングヘッドがしきりに急かしていた。

都庁ビルを解放し、コントロールから脱した二人のトレインボットを起こしたロングヘッド達は、彼等に事情を説明し、自分達をオライオン達がいる千代田区まで運んでくれるよう頼んだのだった。

「分かってる。我々も仲間が気がかりだからな。でもこれ以上スピードを出すと脱線してしまうぞ!」

運転席のコンソールを通して、先頭のスノーストームが答えた。

「そういうこった。まあ短い旅を気楽に過ごそうぜ」

客席の一つにふんぞり返り、シャーピアーズが軽口を叩いた。

「何落ち着いてやがんだ。隊長達が心配じゃねえのかよ!」

食ってかかるアイスブレイカーに、彼は片目を開けて言い返した。

「ここで慌てたって、どうにもならねえだろ?少なくとも俺達自身で走っていくよりずっと速いんだからな」

アイスブレイカーが言葉に詰まった時、後ろのフレイトが叫んだ。

「あまり悠長にはしてられんぞ。あれを見ろ!」

三人が窓から顔を出して後ろを見ると、彼等の後方から三両の新幹線が連結して追って来るのが見えた。レイルライダーズである。

普通の新幹線が電車の線路を走ることはできないが、彼等やトレインボッツのウィンドスピードは車軸の幅を自由に変えることにより、それが可能となっている。

「お前達、何処に行く気だ?早く持ち場に戻れ!」

先頭のラピッドゲイルが叫びながら、その距離を詰めてきた。それに応え、シャーピアーズがドアから身を乗り出して両手を振った。

「悪いな。こいつらは今貸し切り中でね!」

その姿を見て、レイルライダーズは事態を理解した。

「マクシマル共め、やはり生きていたのか!・・・・・・しかも奴等のドミネイターディスクを破壊したと見える!」

「でもってトレインボットの先輩達はストライキに突入って訳か。やっぱ待遇改善すべきだったんじゃないの?」

面倒臭そうにシルバーブリットが呟き、不安げにフラットビルが尋ねた。

「ど、どうします?やっぱり彼等を捕まえるんですか?」

「分かり切ったことを聞くな!レイルライダーズ、フルスピード!」

部下を叱りつけ、ラピッドゲイルは彼等を捕えるべく加速した。

 

 

新数寄屋橋の下に、オライオンと四人のトレインボッツが集結していた。ドミネイターディスクの支配から解放され、機能を回復した彼等は、オライオンと共に、先行しているクロックワイズ達が戻るのを待っていた。

そして間も無く日比谷方面から、ヘビーアームを肩に担いだギャロップが現れた。

「お待たせしました隊長。難なく取り押さえてやりましたよ」

言葉とは裏腹に肩で息をしながら、彼はヘビーアームの体を道路に下ろした。未だ意識を失っているヘビーアームの手足は、エナージョンバンドで厳重に拘束されていた。

「よくやってくれた。他の二人は?」

オライオンの問いかけに答えるように、絶妙のタイミングで反対側からクロックワイズが現れた。

「ワシならここじゃよ。こっちも片づいたわい」

そして彼もまた、手足を拘束されたターボレイサーの体をヘビーアームの隣に横たえた。

「エナージョンバンドを使ったということは、やはり・・・・・・」

「ああ、残念ながらその通りじゃ」

浮かない顔で、クロックワイズはターボレイサーの付けていたエンブレムを投げてよこした。それを受け取り、裏返したオライオンは、自分の予想が的中したことを悟った。トレインボッツのそれとは違い、彼のエンブレムの裏側には何も仕込まれていなかったのである。

そしてそれはすなわち、彼が自分の意志で謀反を起こしたということを意味していた。

「こっちも同じです。何も仕込まれていません」

ギャロップもまた、ヘビーアームから剥ぎ取ったエンブレムを取り出し、裏返して見せた。

「・・・・・・ああ、その通りさ」

その声に振り向いたオライオン達の前で、ようやく意識を取り戻したターボレイサーが、縛られたままの上半身を起こしていた。

「俺達だけじゃない。レイルライダーズ、コンストラクションフォース、それにエクストレイラーだけは、自分の意思でファイアストリーム司令官に従っているんだ・・・・・・」

その言葉に一同は動揺し、オライオンが彼に詰め寄った。

「何故だ?何故こんな馬鹿げた反乱など起こした!」

初めて会った時の言動から、彼等が本気で反乱を起こしている可能性は十分考えられていた。しかしその一方で、彼等もまた何者か―恐らくはディセプティコンズ―に操られているのでないかという、極めて願望に近い推測も捨ててはいなかったのである。

込み上げてくる怒りを抑えながら問い詰める彼に対し、ターボレイサーは嘲るような笑みを浮かべた。

「だから司令官が言っていただろう?恒久的な平和のためだと・・・・・・お前らじゃ何万年かかっても実現できないような、完全な平和をな・・・・・・」

「何が平和だ!仲間を操り人形にし、地球人達を脅かすような事をして、どうして平和を実現するなどと言えるのだ!」

「いずれ分かる事さ。それまであんた等が生きていられたらの話だがね」

そこまで言った後、口を閉ざしてそっぽを向いたターボレイサーを無言でにらみ付けたオライオンであったが、突然何かを思い出したように顔を上げた。

「サンドクローラーはどうした?まだ戻ってないのか!」

その言葉に一同がはっとした顔になった、まさにその時であった。

「サンドクローラーとは、こいつのことか?」

突如彼等の頭上から声が響いてきた。それに続いて、彼等の上を通る高速道路の上から何かが投げ落とされ、壊れた人形のように道路に転がった。

「サンドクローラー!」

それは無惨にも大破したサンドクローラーであった。体の各部が凄まじい力で殴られたようにひしゃげ、外皮の剥がれた箇所からは内部の機械類が剥き出しになっていた。右腕に至っては殆ど千切れかけ、節々からコードがはみ出て、オイルが血のように漏れ出していた。

オライオン達が彼の元に駆け寄り、口々に呼びかけたが、既に意識は無く、身動き一つしていなかった。ステイシスロックの状態である。

「おやおや、今夜は死んだはずのマクシマルによく出会うな。マトリクスからも追い返されたのかな?」

嘲笑うような声に振り返ったオライオン達の目に、橋の上から彼等を見下ろしている真紅のオートボットの姿が映った。

「ファイアストリーム!お前か!お前が彼をこんな目に・・・・・・」

激しい怒りを込めて指さすオライオンに向かって、平然と腕を組み、ファイアストリームは答えた。

「そうだ。そいつは我々の同志を傷つけた。だから罰を与えたのだ・・・・・・正義の名においてな!」

その言葉に、オライオンの全身に怒りの衝動が駆け巡った。

「正義だと?これがお前の正義だというのか?・・・・・・ふざけるな!お前の馬鹿げた行いの為に、オートボッツの名誉がどれだけ汚されたと思っているんだ!」

「何だと?」

今度はファイアストリームが怒りを露にした。

「貴様に何が分かる!その名誉とやらのために、どれだけオートボッツがディセプティコンズとの戦いを完全に終わらせるチャンスを逃してきたと思うのだ!私は私の代で、それを終わらせたいのだよ。永久にな!」

「ではこの叛乱は何のためだ?こんな地球征服まがいのことをして、どうやって戦いを終わらせることが出来ると言うのだ!」

「話した所で貴様には理解できまい。あくまで我々の邪魔をすると言うのなら、今度こそ本当に消えてもらうまでだ!」

固く握った拳を震わせ、オライオンはファイアストリームを見据えた。

「そうか・・・・・・どうやらこれ以上の話し合いの余地は無さそうだな」

「そういう事だ。尤も、そんなものは最初から無かったがな」

両者の間に一触即発の空気が流れた。いつ撃ち合いが始まってもおかしくない状況の中、それを制したのはクロックワイズであった。

「待った待った。お前等こんな所でやり合う気か?街がメチャメチャになってしまうぞ!」

ビジネス街である有楽町付近は、元々深夜以降は人が殆どいなくなる場所であるが、周囲には多数のビルが立ち並んでおり、彼等が本気で戦うことになれば、その損害は計り知れないものになるであろう。

その言葉に冷静さを取り戻し、オライオンは構えを解いてクロックワイズを見やった。

「分かっているさ・・・・・・サンドクローラーの手当てを頼む」

そして再び彼はファイアストリームを見上げた。

「ついて来い。一対一で勝負をつけよう!」

そう言うとビーストモードにトランスフォームし、オライオンは晴海通りを東京湾方向へと走り出した。

「いいだろう、後悔しても知らんがな・・・・・・」

橋の上からファイアストリームがジャンプし、トランスフォームを開姶した。その後を追うように、消防車の車体後部が飛び出し、空中で彼と合体して着地した。

消防車形態となったファイアストリームはオライオンを追って走り去って行き、後にはクロックワイズ達マクシマルズとトレインボッツ、そして捕虜となったターボレイサー達が残された。

心配げにオライオンを見送ると、クロックワイズは仲間達に振り返った。

「と、とにかく、一旦基地に戻ってサンドクローラーを修理せんとな。ロングヘッド達とも合流して・・・・・・」

だが突然その足元で、銃声と共に着弾の煙が立て続けに上がり、彼は慌てて飛び退いた。驚く一同の前に、一台のカーキャリアの姿があった。旧オートボッツのエンブレムが輝くバンパーの上には、今し方発砲した二基の機銃が硝煙を上げていた。

「そうはいかん。お前達には、司令官が戻るまでここにいてもらおう・・・・・・それと、仲間達は返してもらう!」

その言葉と共に、カーキャリアはロボットモードに変形した。異様に長い足を持つ、長身のロボットとなった彼は、うろたえるクロックワイズ達を威嚇するようにそびえ立った。

「お、お前さんは確か、エクストレイラーじゃな?」

彼等が直接対面するのは初めてだったが、その姿には見覚えがあった。ファイアストリームが降伏勧告の通信を入れてきた時、その背後にいたオートボットである。

「そうだ。死にたくなければ、全員動くな!」

ビークルモードでは荷台に乗せていた砲塔をガトリングモードの銃に変え、エクストレイラーはそれを彼等に向けて構えた。たった一人でありながら、その威圧感の前に身動きできず、クロックワイズ達は困惑の表情を見せていた。だがその時、彼等の聴覚センサーに何かが近づいてくる音が届いた。

エクストレイラーにもそれが聞こえたのか、背後の高架橋を振り返った時、その線路の上を猛スビードで二両編成の列車が走ってきた。エクストレイラーの姿を捉えると、二両の車両は突然車体の下からジェットノズルをふかしてジャンプし、彼に向かって飛んできた。身をかわした彼の体をかすめて道路に落下する車体から三体のマクシマルが飛び出し、空中でロボットモードとなった車両―トレインボットと同時に着地した。

「ロングヘッドじゃないか!それにアイスブレイカー、シャーピアーズも!」

「スノーストーム、フレイト!お前達も無事だったか!」

ギャロップとウィンドスピードが、それぞれの仲間の名を叫んだ。

「へへっ、どうやら丁度良いタイミングだったようだな」

エクストレイラーとクロックワイズ達との間に立つ形で、アイスブレイカーが不敵な笑みを浮かべた。重症で動けないサンドクローラーを除く五人のマクシマルズと六人のトレインボッツを前にして、さしものエクストレイラーも、旗色の悪さを悟ったようである。その無表情な顔には、わずかながら焦りの色が浮かんだように見えた。

「いやいや、全くその通りじゃ。こうなりゃ総掛かりであ奴をとっちめて、さっさと基地に戻るとしよう」

クロックワイズの言葉に、ロングヘッドが気まずそうに答えた。

「い、いや・・・・・・それがですね・・・・・・」

言い辛そうな彼に代わって、シャーピアーズがその先を続けた。

「実はちょいと余計な奴等も一緒でしてね・・・・・・」

その直後、線路から三両の新幹線が飛び出してきて、先程と同じように空中でロボットモードに変形し、エクストレイラーの傍に降り立った。

「レイルライダーズか!そりゃ余計どころじゃないわ!」

状況は四対十一となり、数の上では未だマクシマルズ側が有利であるものの、総合的な戦閾力は互角か、あるいはレヴォリューショナリーズ側が上回っているように思えた。

芝居掛かった動作で額に手をかざして相手を眺め、シルバーブリットがラピッドゲイルに耳打ちした。

「なあ、どうやら残りのトレインボッツも『同志』じゃなくなったみたいだぜ?どうするよリーダー?」

「決まっている!同志でなければ敵だ!・・・・・・レイルライダーズ、トリプレックスに合体!」

わずかな迷いも見せずにラピッドゲイルは命令を下し、三人は一斉にビークルモードとなり、更に変形して合体を開始した。フラットビルが下半身、シルバーブリットが腹部と背部ユニット、そしてラピッドゲイルが上半身を形成し、大型戦士トリプレックスとなった。その体躯はコンストラクションフォースが合体したディストラクターよりも一回り大きく、その威容にマクシマルズは思わず後ずさった。

だが彼等を庇うように、トレインボッツの面々が躍り出た。そのリーダーであるウィンドスピードがクロックワイズに振り返って叫んだ。

「奴は我々が取り押さえます。離れていて下さい!」

そして仲間のトレインボッツに向き直り、号令をかけた。

「今こそあの謀反人共を捕え、我々の汚名を返上するチャンスだ・・・・・・トレインボッツ、レイルロードに合体!」

オオッと歓声を上げ、トレインボッツもまた合体を開始した。スノーストームとノクトシャドウが両足、ランドスケイプとファストライナーが両腕、そしてウィンドスピードとフレイトが胴体となり、大型戦士レイルロードが完成した。六両の電車で構成されたその巨体はトリプレックスのそれを更に上回っており、両手を広げてトリプレックスとエクストレイラーの前に立ち塞がった。

「お、おい、助けてくれるのはありがたいが、周りの建物を壌さんでくれよ!」

サンドクローラーを担ぎ上げ、訓練生達と共にその場を離れつつ、クロックワイズが呼びかけた。折角オライオン達を説得して場所を変えさせたというのに、彼等よりはるかに巨大なボディのコンバイナー同士が戦えば、その被害は彼等が戦った時の比ではないだろう。

「確約は出末ないが、善処しよう!」

それだけ言うと、レイルロードは二人の大型オートボットにつかみかかった。しかしエクストレイラーとトリプレックスは、機敏な動作でそれぞれ左右に分かれ、その攻撃をかわした。目標を失い、よろめきかけたレイルロードの背後に回り込んだ二人は、共にガトリングガンとレーザーガンをその背中へと発射した。

体勢を崩したところに同時に直撃を受け、たまらずレイルロードは手前の高架橋へと倒れ込んだ。その体重を支えきれず、橋の半分ほどが火花を上げつつ轟音と共に崩れ落ちた。

「あちゃー、言ったそばから・・・・・・」、

クロックワイズが額に手を当て、天を仰いだ。レイルロードが身を起こすのを眺めながら、腰に両手を当て、トリプレックスが挑発した。

「どうした、俺を取り押さえるんじゃなかったのか?」

再びレイルロードが突進し、今度はパンチを見舞おうとした。しかしその前に、素早く彼の懐に飛び込んだトリプレックスが、がら空きのボディにエルボーを叩き込んでいた。

よろめいた彼の巨体は背後の百貨店の壁にもたれかかり、砕けたコンクリートと割れたガラスの破片を歩道にまき散らした。

新旧トレインロボ対決

「話にならんな。パワーだけで動きが鈍い。モデルの車両同様、旧式もいいところだ!」

オートボッツのジャイアントコンバイナーの中では、レイルロードのスピードは決して遅い方ではない。しかしトリプレックスのスピードは、それをはるかに陵駕していたのだ。

「いかん、レイルロードを援護するんじゃ!」

クロックワイズの命令で、マクシマルズは今にもレイルロードにレーザーガンを発射しようとするトリプレックスの背中目掛けて、一斉射撃を開始した。だが、いち早くそれに気付いたトリプレックスは左手のシールドを掲げ、ことごとくその銃撃を防いでいた。

「おとなしく見物してろ!」

そのシールドに内蔵されているランチャーから放たれたミサイルが地面に突き刺って爆発し、マクシマルズは全員吹き飛ばされてしまった。

トリプレックスはレイルロードに向き直り、再び銃を構えた。

「再プログラムのついでに、俺達のような最新型にモデルチェンジしてもらうよう、司令官に掛け合ってやろうか?」

それまでビルにもたれかかり、うなだれていたレイルロードが突然顔を起こした。

「ありがたい申し出だが、遠慮させてもらう!」

次の瞬間、レイルロードの頭部両脇にある四基のライトが凄まじい光を放った。至近距離からそれを喰らったトリプレックスの視覚センサーが焼き付けを起こし、一時的ではあるが完全に視力を失った。

「我々はこのボディを気に入っているんでね!」

一瞬ひるんだトリプレックスの顔に、その叫びと共にレイルロードのパンチが炸烈した。

彼等トレインボッツのボディに使われているのは今や旧式の電車や機関車ばかりであるが、自分達を救うために尽力したオートボッツの仲間や人間の技師達への感謝の思いと共に、彼等は自分のボディに深い愛着を抱いていた。それを馬鹿にされて黙っていられるほど、彼等はお人好しではなかったのである。

更に二発目、三発目のパンチがヒットし、今度はトリプレックスの体がふらつき始めた。スビードで勝る分、パワーと耐久力では僅かに見劣りしてしまうのである。そしてレイルロードの両足の電磁キャノンから放たれた電撃によって回路がショートし、合体の解けたレイルライダーズは次々と地面に倒れていった。

彼等が機能停止したのを確認し、レイルロードは少しよろめきながら立ち上がった。

「戦闘終了予定時刻を53秒オーバー・・・・・・直ちに時刻調整を・・・・・・」

しかしそこまで言ったとき、ガトリング砲の銃弾がレイルロードの全身を襲った。エクストレイラーの攻撃であった。全身から煙を吹き、レイルロードは力を失ってゆっくりと道路の上に崩れ落ちた。そしてそのショックで彼等もまた、合体が解けてばらばらとなった。

 

 

爆発のショックからようやく立ち直り、クロックワイズ達が身を起こしたとき、彼等の周囲にはエクストレイラーと、レイルロードとトリプレックスが戦っていた間に彼によって拘束を解かれたターボレイサーとヘビーアームが、それぞれ銃を構えて立っていた。そして少し離れた場所には、レイルライダーズとトレインボッツが折り重なって地面に倒れていた。

「あ・・・・・・これって絶体絶命の大ピンチって奴かい?もう何度目かなあ・・・・・・」

シャーピアーズが引きつった顔で自問した。

「さっきはなめた真似をしてくれたな。今度はこっちの番だぜ!」

口の端を吊り上げるターボレイサーの左目を覆うバイザーに、クロックワイズの頭部に狙いを定める照準サイトが浮かび上がった。

 

 

その瞬間、突然エクストレイラーの背後で爆発が起こった。その衝撃に彼は思わず膝を付き、ターボレイサーとヘビーアームは爆風で転倒した。

「誰だ!」

エクストレイラーの問いに答えるように、立ち込める煙の中から巨大な影が現われた。地響きを立てながらゆっくりと歩いてきたのは、一頭のマンモスであった。

「どうやら、パーティーには間に合ったようだな?」

ゆっくりと辺りを見回し、悠然とした態度でマンモスは言い放った。

「貴様、マクシマルだな?」

立ち上がりながら、エクストレイラーはマンモスに向き直った。一咋日防衛網をかいくぐり、ロシアに不時着したマクシマルの事を彼は思い出していた。どうやら行く手を阻むオートボッツを全て蹴散らし、一人でここまでやってきたようである。

「だったらどうする?てめえも俺のぶっとい一突きを喰らいてえのか?」

不敵に答えるその声と粗野な口振りに、クロックワイズは心当たりがあった。

「ま、まさかあいつは・・・・・・?」

 

 

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