2.首都潜入
「シャトルが撃ち落とされたか・・・・・・これで退路は完全に絶たれたのう」
地上から月面上の50セント硬貨を見つけ出すことが出来るほどの超望遠レンズを内蔵した多目的バイザーを上げると、クロックワイズはビーストモードに戻った。
「ああ、もう引き返すことは出来ない。前進あるのみだ」
彼の前には同じくビーストモードのオライオン・プライマル、そしてロングヘッド、ギャロップ、アイスブレイカーがいた。無論、ここは空の上でも、死したトランスフォーマーのスパークが向かうと言われるマトリクスゾーンでもない。日本の首都、東京から南西に数十キロ離れた山林の中である。
レヴォリューショナリーズが無人のシャトルに気を取られていた間に、彼等はこの山に移動し、潜んでいた。ファイアストリームの見た映像は、出発前に録画されていたもので、彼から通信を受けた時に自動的に流れるようセットされていたのである。
「ヘヘッ、今頃あいつら、俺達が全員くたばったと思って喜んでるだろうな」
アイスブレイカーが得意気に笑った。
「喜んでるかどうかはともかく、これで時間は稼げたわけだな」
ギャロップも笑みを浮かべていた。
「でもやはり危険が大き過ぎるよ。もし見つかったら今度こそおしまいだ」
森の木々からはみ出さないよう、精一杯首を低くしながら、ロングヘッドが不安げな表情で言った。
「一々うるせえな。だから今、そうならないようにしてんじゃねえか」
ロングヘッドに怒鳴りかけたアイスブレイカーであったが、クロックワイズに口を塞がれた。
「静かにせんかい!・・・・・・どうやら戻って来たようじゃぞ」
彼等の前には洞穴のようなトンネルが掘られており、やがてその中から白い影が飛び出してきた。シャーピアーズである。
「ハーイお待たせ、隊長殿。ただ今めでたくトンネル開通いたしました」
「待っていたぞ。で、基地の内部はどうだった?」
彼等のいる場所から数百メートル離れた場所の地下に、オートボッツの駐屯地が隠されている。ここは東京に最も近い基地で、彼等が最初に向かおうとしていた場所であった。しかしオートボッツ全てが敵となった今、正面から入るわけにはいかないため、その地下基地の更に地下から、サンドクローラー達がトンネルを掘って侵入したのである。
「基地は人っ子一人いませんぜ。お留守番の自動防衛システムを除けばね」
シャーピアーズの報告に、クロックワイズが頷いた。
「思った通りじゃ。今はオートボッツ全員が地球制圧に駆り出されとるはずじゃからな」
「よし、では早速入るとしよう。全員続け!」
オライオンの後に続いて、マクシマル達は続々とトンネルに入っていった。
「やれやれ、せっかく日の当たる場所に出られたと思ったのになあ・・・・・・」
肩をすくめ、シャーピアーズも再び穴の中へと入っていった。
無人の基地の中は雑然としており、銃撃戦があったらしく、壁に幾つかの弾痕が見られた。監視装置と通信機が真っ先に破壊されたのか、指令室のコンソールには焦げついた大穴が開いていた。それを無言で見つめるオライオンの元に、他のブロックを調べていたロングヘッド達が戻ってきた。
「指令室以外の施設はほぼ無傷です。リペアルームも、エネルギー貯蔵庫も無事でした」
「そうか・・・・・・」
彼等に背を向けたまま、オライオンは答えた。ここで一体何が起きたのか、想像するのは難しくなかった。突然転送されてきたレヴォリューショナリーズの前に、基地内のオートボッツは満足な抵抗も出来ぬまま打ち倒されていったのだろう。そして恐らくは自分達の意思を奪われ、ファイアストリームの「同志」として働かされている・・・・・・もしその予想が正しければ、一刻も早く彼等を解放し、汚された名誉を回復しなければならない。
拳を握り締め、オライオンは振り返って、ロングヘッドに命令した。
「現在日本に配置されているオートボットと、その現在位置を調べろ。」
ロングヘッドが端末を操作し、その正面のモニターディスプレイに日本の地図が映し出された。全員が見守る中、東京の位置に六つの光点が現れた。
「現在日本の制圧に当たっているのはトレインボッツのメンバーです」
更に地図が拡大し、首都の中心部を表示した。
「新宿区に二人、千代田区に四人が配備されています」
「成程な。都庁ビルに国会議事堂、官邸、それに皇居と、日本と首都の中枢を完全に押えているというわけか」
ロングヘッドの報告にオライオンは頷き、クロックワイズが捻った。
「ううむ、それにしてもトレインボッツとは厄介じゃな。またしてもコンバイナーとは・・・・・・」
トレインボッツは、この日本で誕生したオートボット達である。サイバートロンからやってきたオートボッツの援軍が、その途中でディセプティコンズに撃墜され、とある鉄道の駅の近くに不時着したのが彼等の誕生のきっかけであった。
彼等のボディの損傷は著しく、駆けつけたオートボッツは廃車となる予定だった六両の電車に彼等の主要パーツを移植し、新たなボディを作り出した。更には合体能力も与えられ、彼等はパワーとスピードを兼ね備えたジャイアントコンバイナーとなったのである。言わば彼等は、後のジェネレーション2の先駆けとも言える存在であった。
それ以後彼等は仲間のオートボッツは元より、自分達の再生に協力してくれた人間の技師達への恩に報いるため、日本に留まってディセプティコンズの侵略からこの国を守ることを決意したのだった。
そして今、その彼等がレヴォリューショナリーズの一員となって日本を制圧している・・・・・・皮肉と言う他は無かった。
「幸いなのは、彼等が原子力発電所のような危険な場所にいないということと、別々の地点に配置されているということだ。彼等が一か所に集まる前に誰か一人でも正気に戻すことが出来れば、合体される危険性は少なくなるはずだ」
「そうじゃな。また部隊を二つに分けて同時攻撃をかけるとしようか。片方が新宿区、もう片方が干代田区という具合にな。また片方はワシが面倒見ることにするよ」
「そうだな、それで行こう・・・・・・ただし、その片方の指揮はロングヘッドに任せようと思う」
「な、何じゃと?そりゃ本気か!」
突然のオライオンの言葉に、クロックワイズのみならず他の訓練生達も驚いた。
「そ、そんな、僕には・・・・・・いえ、自分にはまだそんな事は・・・・・・」
ロングヘッドが慌てて答えた。
「いや、訓練生の中ではお前が一番責任感が強く、状況判断も優れている。勇気が足りないのが欠点だが、それさえ克服できれば、立派にリーダーを努められる筈だ」
困惑しているロングヘッドを見て、クロックワイズが助け船を出した。
「なあ、お前さんの言うことももっともじゃが、何も今やらせることはないんじゃないか?こりゃ訓練じゃないんじゃぞ」
しかし、オライオンは決然と言い切った。
「いや、誰がリーダーであろうと、失敗すれば、我々に勝利が無いことに変わりはない。しかし見方を変えれば、これほど訓練にうってつけの状況も無いだろう。このような予測不能かつ前代未聞の状況にあって尚、彼等が自分自身を見失うことなく、己の責務を果たせるかどうかを見極めるいい機会だ」
「い、いや、しかしなあ・・・・・・」
普段は慎重なオライオン・プライマルも時として大胆な行動に出ることを、長年の付き合いからクロックワイズはよく知っていた。しかし今回のオライオンの発言は、彼が単に自棄を起こしたかのようにも思えたのだ。
口ごもるクロックワイズをあえて無視して、オライオンはロングヘッドに問いかけた。
「お前なら出来ると信じての選択だが、自信が無いか?無ければ他の者に任せねばならんが・・・・・・」
その言葉は、ロングヘッドの自尊心を大いにくすぐった。
「いえ、やります。是非やらせてください!」
言い終わった後で、彼は少しばかり後悔したような表情を見せた。しかし、時既に遅しであった。
「よろしい、では頼んだぞ」
「は、はい・・・・・・」
その様子を遠目に見ながら、アイスブレイカーとシャーピアーズが囁き合った。
「おいおい、いいのかよ。あいつをリーダーなんかにしちまって」
「全くだぜ。あいつに付いてく奴に心から同情するねえ」
しかし同情の必要は無かった。
「アイスブレイカー、シャーピアーズ、お前達はロングヘッドと一緒に都庁の方に向かえ。残りの者は議事堂周辺に向かう」
突然振り返ったオライオンの命令に、二人は顔面蒼自となった。
「うそぉ・・・・・・」
「返事はどうした!」
「りょ、了解!」
かしこまって二人は返事し、そして揃って肩を落として溜め息をついた。
「地球人を極力巻き込まぬよう、作戦は外出禁止である深夜に行なう。それまで全員、メンテナンスと補給を済ませておけ。それと、我々がここにいる事を悟られないように、他の基地へのアクセスやワープゲートの使用は一切禁ずる。以上だ!」
オライオンの指示に従い、訓練生達はリペアルームヘと向かった。重大な任務と責任を負わされたロングヘッドと、彼に従うこととなった二人の足どりは重かったが。
一方、オライオンとクロックワイズはコンピュータルームに残り、もう一つの情報を検索し始めた。ビーストウォーズが終結してからおよそ一か月の間に、地球軍の間で何かが起こった・・・・・・それが今回の事件の発端に違いないとにらみ、二人はつぶさに記録に目を通していった。
数時間後、基地のブリーフィングルームに全員が集合していた。緊張の面持ちで座っている訓練生達を前に、オライオンが作戦説明を始めた。
「現在、都内全域に深夜0時以降の外出禁止令が出されている。そこで、作戦は0時を境に実行する。それまでにロングヘッド達Bチームが都庁、我々Aチームが議事堂に向かう。ただしワープゲートを使うと、この基地を我々が使用していることが向こうに知られてしまうので、直接都心部まで行かねばならない」
地球各地の基地を結ぶワープゲートは、オートボットシティ内のホストコンピューターによって管理されている。だからゲートを使った瞬間、いつ、何処で、誰がそれを使用したのかが即座にシティに伝わるようになっているのである。悪用を防ぐためのセキュリティシステムが、この場合は仇となっていた。
「じゃあ、またそこまで歩いて・・・・・・いえ、走っていくんですか?」
アイスブレイカーの質問に、オライオンは首を振った。
「いや、それでは昨日の二の舞になる。今朝はシャトルを囮にしてここまで辿り着いたが、もうその手も使えないしな」
ではどうやって、と言いたげな顔のアイスブレイカー達に、オライオンはややいたずらっぽい口調に切り換えて言葉を続けた。
「そこでだ。折角地球にいることだし、ここは一つ、地球人の作法を真似してみようと思う」
怪訝そうな顔で、ロングヘッドが質問した。
「あの・・・・・・地球人の作法とは一体?」
「うむ、『ヒッチハイク』というやつさ」
聞き馴れない言葉に、訓練生達は互いに顔を見合わせた。
午後11時35分 東京都新橋駅付近―
一台の大型トラックが首都高速道路を降り、国道に入ってきた。休憩でもとるかの様に線路下のガードで停車すると、トラックから落ち着かない表情で一人の中年の運転手が降り、後ろに回って辺りを見渡した。
戒厳令のために、一般車両の姿は殆ど無く、通常からは考えられないほどに道路は静まり返っていた。他の車がいないことを確認すると、運転手は荷台のドアを開け、中に向かって小声で呼びかけた。
「今なら誰もいないぞ。さっさと降りてくれ」
その途端、荷台からアナコンダ程のサイズのコブラがぬっと顔を出した。
「ひえっ!」
小さく悲鳴を上げ、運転手は地面に尻餅をついた。
「あ、これは失礼・・・・・・」
運転手の横をすりぬけながらビーストモードのサンドクローラーが荷台から飛び出し、それに続いて同じくビーストモードのクロックワイズ、ギャロップ、そしてオライオン・プライマルが降り立った。
「いやあ、どうもありがとうさん。おかげで助かったわい」
クロックワイズの言葉を無視し、運転手は引きつった表情で言った。
「も、もういいだろう?ちゃんと運んでやったんだからな。とっとと何処にでも行っちまってくれ!」
関西方面から東京への長距離運送の仕事をしていた彼は、その途中、トンネルの中で突然オライオンたちに引き止められ、東京まで乗せてくれるよう頼まれたのだった。あくまで低姿勢に頼まれたとはいえ、身の丈四〜七メートルに達するロボット達に取り囲まれては、断りたくても断ることなど出来ず、かと言ってこの事がオートボッツに知られたらどんな目に合わされるか分かったものではなかった。
二十年間ドライバーの仕事を真面目にこなし、無事故無違反が自慢であった彼にとって、それは犯罪者の片棒を担ぐのに等しく、ここに着くまでの間、ずっと生きた心地がしなかったのである。
「おいおい、そんな言い方はねえだろ?これはあんた達のためでもあるんだぜ」
ギャロップが不満気な声で抗議したが、オライオンにたしなめられた。
「よさないか、ギャロップ!・・・・・・どうもご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。気をつけてお帰り下さい」
尻餅を付いたままの運転手に一礼して、オライオンはビル街へと走りだし、他のマクシマルズもそれに続いていった。それを呆然と見送り、やがて冷汗を手で拭いながら運転手は立ち上がった。
「ず、随分礼儀正しいじゃねえか・・・・・・ちとキツイ事言っちまったかな・・・・・・?」
運転席に戻りながら、彼は今日の出来事をどう家族に話したものかと考え込んでいた。
「どうにか議事堂近くには潜り込めたが、さて、ここからが問題じゃわい・・・・・・」
監視衛星に見つからないよう、慎重に人通りの無い道を走り抜け、オライオン達は日比谷公園の林の中に潜んでいた。クロックワイズの独言を聞き流し、オライオンは左右を見渡した。彼等のいる位置から北側は皇居で、西側は国会議事堂および首相官邸である。そしてそれぞれの場所に、トレインボッツが二人ずつ銃を構えて辺りを見張っていた。
「スケジュール通りなら、あと五分ほどでエナージョンキューブの輸送車が通りかかるはずだ。打ち合わせ通り、それに隠れて連中に接近する。私とギャロップは皇居側を。クロックワイズとサンドクローラーは議事堂側を頼む」
オライオンの指示に、クロックワイズ達は無言で頷いた。地球全土を完全制圧するにはオートボッツの数は少なく、交替要員がいないため、彼等の工ネルギー補給はファイアストリームの要請で―人間達にとっては脅迫だが―彼等が用意したエナージョンキューブに頼らざるを得ない。オライオンはそこに目を付けたのである。
程無くして、エナージョンキューブを積んだ二台のトラックが現れた。通りに出て、トラックに飛び乗る用意をしながら、オライオンは小さく呟いた。
「ロングヘッド達は大丈夫だろうか・・・・・・うまく潜入できていると良いのだが・・・・・・」
「全くだらしがねえな。あれしきの寒さでガタがくるなんてよ」
ビーストモードのアイスブレイカーが、同じくビーストモードでうずくまっているロングヘッドとシャーピアーズをなじっていた。
「しょ、しょうがないだろ。君ほど寒さに強くないんだから・・・・・・」
ぎこちない動きでロングヘッドが体を起こした。体内のジョイントや循環液が凍り付いたために、満足に体を動かせずにいたのである。
オライオン達と同様、彼等もまた「ヒッチハイク」によって新宿駅西口前のロータリーに到着していた。ただ一つの誤算は、彼等が使用した車が生鮮食品用の冷凍車であったことである。車内で数時間もじっとしていたために、元々寒さに強いアイスブレイカー以外の二人は、すっかり機能不全に陥っていた。
「けっ、使い所のねえと思ってたペンギンの能力がようやく役に立って良かったじゃねえか」
やはりぎこちない動きながらも、シャーピアーズが精一杯の嫌味を返した。「おやおや、体は動かなくても口だけは動かせるのかい、シャーピー?」
得意気に見下ろしながら愛称で呼びかけるアイスブレイカーに、彼は舌打ちしてそっぽを向いた。
「と、とにかく、こんな所で時間を無駄にはしてられないよ。早く都庁に向かわないと・・・・・・」
未だ震えの止まらない足を懸命に伸ばして立ち上がったロングヘッドであったが、今度は天井に頭をぶつけて再びへたり込んでしまった。その様子を見ながら、呆れ顔でアイスブレイカーが呟いた。
「やれやれ、頼り甲斐のあるリーダーさんだぜ・・・・・・それにしても、えらく静かだなあ・・・・・・」
いつもならば真夜中であっても、この街は終電が出るまで人々の行き来が絶えず、騒然としているはずであった。しかし今は戒厳令のために、警邏のパトカー以外に通る車も無く、まるでゴーストタウンであるかのように街は無気味に静まり返っていた。
突然、機械音と共に何かが近づいて来るのを感じ、咄嵯に三人は身構えた。やがて灯りの消えた地下街の暗がりの中から一つの影が出て来るのが見えた。人間であれば、ただの動物の振りをしてやり過ごそうかとロングヘッドは一瞬考えたが、昨日の一件からそれが無理だということを思い出し、かぶりを振った。しかし、彼等の前に現れたのは人間ではなかった。
「君達そんな所で何してるピョン?もうすぐ午前0時だピョン。早くお家に帰らないと大変だピョン」
場違いにおどけた声で話しかけてきたのは、身長1.5メートルほどのウサギ型ロボットであった。シャーピアーズのビーストモードに比べると、かなり漫画的な姿をしているが。
「なんだこいつは?お前の親戚かよ?」
アイスブレイカーの質問に、ようやく動けるようになったシャーピアーズが不快そうな顔で応えた。
「知るかよこんな奴。ムカつく喋り方しやがって」
同じく機能を取り戻したロングヘッドが彼に代わって説明した。
「怒っても仕方ないさ。これはファニーボットだよ。地球製のね」
トランスフォーマーズの到来は、それまでの人類のロボット工学を飛躍的に向上させていた。民間用、軍事用を問わず様々なロボットが誕生し、その中にはトランスフォーマーに及ばないものの、ある程度の知能や感情、そしてトランスフォーム能力を備えたものも少なくなかった。
ファニーボットはデパートや遊園地のアトラクション用に作られたもので、言わば中に入る人間を必要としないキャラクターの着ぐるみである。
「要するにドローン並の安物ってことか・・・・・・おい、動けるようになったんなら、さっさと行こうぜ。こんな出来損ないに構ってる暇は無いだろ?」
彼等の周りをピエロのように飛び跳ねながら喋りかけるファニーボットを押し退けると、アイスブレイカーは都庁への中央道路に向かって歩き出し、ロングヘッドとシャーピアーズもその後に続いた。
後に残されたファニーボットはしばらく無言で彼らを見送っていたが、突然宙返りしてロボットモードにトランスフォームした。その体形は頭でっかちで、人間の子供のようであったが、二つの丸い目が無気味に光り、先程までとは打って変わって、無機質なコンピューターボイスで喋り始めた。
「目標三体、警告無視。マクシマルト推定サレル。威嚇モードヲ省略シ、排除モードニ移行スル」
不穏な気配に気付いた三人が振り向いた瞬間、ファニーボットの口が開き、稲妻の様な光線が発射された。同時に飛びのいた三人をかすめた光線は地下街の円柱に直撃し、30センチ大の穴を穿った。
「野郎、何しやがる!」
横っ飛びにアイスブレイカーがロボットモードにトランスフォームし、着地と同時にハンドランチャーを発射した。その直撃を受けたファニーボットは、ひとたまりもなく粉々に吹き飛んだ。
「お、おい、銃火器は極力使うなって隊長に言われただろ!」
青ざめた顔でロングヘッドがたしなめたが、手遅れであった。
「しょうがねえだろ。いきなり撃ってきやがったんだから・・・・・・でも、何でこいつ、俺達を攻撃してきたんだ?」
「誰かさんが出来損ないなんて言ったから、きっと怒ったんだぜ?」
シャーピアーズにからかわれ、アイスブレイカーはビーストモードに戻りながら反論した。
「そんな訳あるかよ!・・・・・・しかし地球人も、随分物騒なロボットを作るもんだな」
ファニーボットの残骸をスキャンしながら、ロングヘッドがその言葉を否定した。
「いや、確かにファニーボットには侵入者撃退機能があって、夜間は警傭員代わりに使われているそうだけど、今の破壊力は異常すぎる。リミッターが解除されていたとしか思えないね」
「解除って、一体誰がさ?」
「それはこいつを取り付けた奴だろうね」
残骸の中から器用に何かをくわえて取り出し、ロングヘッドは二人の前にそれを差し出した。
「マイクロチップか?しかもこりゃサイバートロン製だぜ」
「そうさ。多分こいつに、僕達を攻撃するようプログラムが入っていたんだ。そしてそれを取り付けたのは・・・・・・」
「レヴォリューショナリーズか!」
アイスブレイカーとシャーピアーズが同時に叫び、そして互いを見て、面白くなさそうに顔を背け合った。
「・・・・・・しかしまあ、こんなオモチャまで見張りに仕立ててるなんて、奴らも相当人手不足と見え・・・・・・」
そこまで言いかけて、シャーピアーズははっとした顔になった。ロングヘッドも同じ事に気が付いたらしく、深刻な表情になっていた。
「急いでここを離れるんだ!恐らくこれ一体だけじゃないはずだ!」
頷いて走り出したシャーピアーズが急に動きを止め、後ろの二人がぶつかりそうになってつんのめった。
「どうやら遅かったようだぜ。オモチャの兵隊のお出ましだ!」
その言葉に周囲を見渡した二人は、その光景に凍り付いた。彼等の左右に伸びる地下通路や、地上への階段から、無気味に目を光らせながら、何十体ものファニーボットが近づいてきていたのだ。先程のものと同じウサギ型の他に、コアラや小熊、犬や猫など、様々な動物をコミカルにデザインした姿のままで、それらはゆっくりと彼等に迫りつつあった。
「な、なあ、確か俺、レクレーションルームのムービーで、こんなシーンを見たような気がするぜ?」
「ああ、シャーピー。俺もそうさ・・・・・・で、どうする、リーダーさんよ?」
左右を見ながらロングヘッドはわずかに考え込んだ。
「そ、そうだな・・・・・・論理的に考えて、最適な対処法は・・・・・・」
そう言うと、彼は突然トランスフォームし始めた。しかしそれはロボットモードではなく、彼に与えられたもう一つのフォーム―クレーン車に似たビークルモードにであった。
「二人ともつかまれ!強行突破だ!」
揃って飛び乗りながら、二人が叫んだ。
「全く、それのどこが論理的なんだよ!」
「でも気に入ったぜ。よーし、ぶっ飛ばせ!」
ロボットモードでは踵になっている後輪から火花を散らし、ビークルモードのロングヘッドは猛然とダッシュした。周囲のファニーボット達が一斉にロボットモードになって飛び掛ってきたが、次々に跳ね飛ばされ、かろうじて飛びついた者も、アイスブレイカーとシャーピアーズに蹴り落とされた。
「ようし、このまま都庁まで一直線だ!」
ロータリーを突っ切り、三人は都庁への一本道を突き進んでいった。
「ふう、思ったよりも簡単じゃったのう」
一息ついたクロックワイズの足元には、トレインボッツの一員で、L特急に変形する連絡員ランドスケイプが昏倒していた。彼から少し離れた所にはサンドクローラーと、同じく彼に倒された、ブルートレインに変形する隠密工作員ノクトシャドウの姿があった。
エナージョンキューブを運ぶトラックにビーストモードで潜んでいた彼等は、トレインボットがキューブに手を伸ばした瞬間に飛びかかり、一瞬の内に彼等を昏倒させるのに成功したのだった。ビーストモードではエネルギー反応を探知されにくいという、マクシマルの利点があったればこそである。
彼等の元に、コムリンクを通じてオライオンからの通信が入ってきた。
「こちらは成功した。そっちはどうだ?」
「こっちもじゃ。議事堂と官邸に軟禁されとった政治家達も無事解放された。それと・・・・・・」
一旦言葉を区切り、クロックワイズは眉をひそめた。
「・・・・・・やはりお前さんの予想通りじゃったな」
彼の手には、倒れたトレインボットの胸から剥ぎ取られたエンブレムが握られていた。そしてその裏側には、複雑な回路がびっしりと詰まっていたのである。
「ドミネイターディスク・・・・・・まさかこんな物が残っていたとはな」
皇居前広場では、同じようにしてトレインボッツを倒したオライオンが、やはり彼等の付けていたエンブレムを手に持って見つめていた。彼の足元には0系新幹線に変形するチームリーダーのウィンドスピードが、そして桜田門側にいるギャロップのそばでは、東海型急行電車に変形する値察員ファストライナーが倒れていた。
ドミネイターディスクは、かつてオートボットのマッドサイエンティストと呼ばれていた技術者ウィールジャックが発明したコントロールデバイスである。当時のオートボッツにとって最大の脅威であったジャイアントコンバイナー、デバステイターを自軍に引き込もうというアイデアから作られたそれは、それを取り付けられたロボットの中枢回路を支配し、コントローラーを持つ者の命令に従わせるものであった。
結局の所、完全にデバステイターをコントロールするには至らず、実験は失敗に終わり、ディスクも破棄されたはずであった。しかし今、それが何者かによって強力に改造され、しかも大量に製造されて、オートボッツを、レヴォリューショナリーズを名乗る叛乱軍へと変えてしまったのである。
「しかしこれで、こいつ等全てが自分の意思で謀反を起こしたのではないことがはっきりしたわけじゃな。後はこいつ等が目を覚ますのを待って、誰が最初にこれをバラ撒いたのかを聞くだけじゃが・・・・・・」
「ああ、そうだな。それからロングヘッド達と合流して・・・・・・」
そこまで言いかけたオライオンの目に、広場正面の通りにワープゲートが出現したのが見えた。
「・・・・・・どうやらその前に一仕事済ませる必要がありそうだ」
「ああ、こっちでも探知した。どうやら例のオートボット三人組のようじゃな。すぐそっちに行く!」
通信を切ると、クロックワイズとサンドクローラーは、事情の説明を求める議員達を尻目に駆け出して行った。
都庁ビルの正面玄関前では、一人のトレインボットが緊張の面持ちで辺りを見回していた。ディーゼル機関車に変形する輸送員フレイトである。数分前から議事堂周辺にいる仲間達との交信が途絶えている上、新宿駅方向から微かに爆発音が聞こえ、ただならぬ事態に陥っていることを感じ取っていたのである。
不意に、正面の植え込みから何かが飛び出してきた。驚いて銃を向けたその先には、一匹の白兎がいた。おびえた様子もなくとことことフレイトの足元まで走ってくると、白兎はすっくと二本足で立ち上がり、胸元から懐中時計を取り出して叫び出した。
「大変だ大変だ!遅れちゃうよう!」
そして兎は右を向いて、一目散に走り出した。呆気にとられた顔でそれを見ていたフレイトであったが、すぐに我に返り、慌てて兎の後を追って走り出した。ビルに添って走っていた兎は、追いついてきた彼の寸前で、角を曲がって姿を消した。
それを追って角を曲がったフレイトの視界が、突如黄色と茶色に覆いつくされた。避ける間も無くそれに顔面を強打し、更に仰向けに倒れた際にコンクリートの地面に後頭部を打ちつけ、フレイトは意識を失った。
「ヘヘヘ。まさかこんな単純な手が通用するなんてなあ」
ロボットモードにトランスフォームしながら、シャーピアーズが笑った。
「痛てて、だからって何も僕の首を使うことはないだろう?」
同じくロボットモードで右肩をさすりながら、ロングヘッドがぼやいた。
「文句言うなって。他に使える物が無かったんだから・・・・・・それより、早くそいつのエンブレムをひっぺがしちまえよ」
アイスブレイカーに促され、ロングヘッドは倒れているフレイトの前にしゃがみ込むと、左手に仕込まれているアサルトナイフを取り出し、エンブレムとボディの間に慎重に刃を突き入れた。やがて外れたエンブレムを手に取り、その裏を見たロングヘッドが会心の笑みを浮かべた。
「やっぱりそうだったよ。ドミネイターディスクが仕込まれている。こいつで皆を操っていたんだ」
彼から手渡されたエンブレムを見つめ、アイスブレイカーが疑問を口にした。
「でもよう、こんな便利なものがあるなら、何で奴等は俺達にこれを使わなかったんだ?そうすりゃ今頃・・・・・・」
「それは無理だな。こいつから出ているコントロール波は僕達マクシマルには効かないんだ。生体組織が障害になってね」
だからこそ、レヴォリューショナリーズの面々は執拗に彼等に降伏を迫っていたのである。やや得意気に説明するロングヘッドに冷水を浴びせるように、シャーピアーズが横槍を入れた。
「さすがはロングヘッド大先生だ。でも一つ忘れてるぜ。ここに配置されているトレインボットは二人だったはずだろ。もう一人は何処だ?夜食にでも行ってんのか?」
その直後、彼等の頭上から一条の光線が地面へと突き刺さった。慌てて物陰に逃げ込む三人を追って、二発目、三発目と、レーザーが地面に穴を穿った。
「今のがその答えさ。まさか屋上にいたとはね・・・・・・」
逃げながらも、ロングヘッドはビルの屋上から彼等を狙い撃ちするトレインボットの姿を見逃さなかった。
「どうするよ。あそこまで飛んでってやっつけるか?」
シャーピアーズが言ったと同時に、一同の目がアイスブレイカーに集中した。
「止せやい。俺が飛べねえってことは知ってるだろ?」
慌てて両手を振るアイスブレイカーに、シャーピアーズが冷めた視線を向けた。
「やれやれ。やっぱり使えねえ鳥さんだぜ」
「何だとこの野郎!要はあいつのエンブレムをぶっ壊せばすむ話だろうが!」
激昂したアイスブレイカーは物陰から飛び出し、ハンドランチャーを上空に向けた。しかし次の瞬間、彼の体はロングヘッドに引き戻された。そして今しがた彼の立っていた場所に、レーザーが穴を空けていた。
「そんなものを撃って、外れたらどうする気だ?ビルの中には大勢の人間がいるんだぞ!少しは行動する前に考えたらどうだ?」
ビルの中には都知事を始めとして一万人以上の職員が帰宅を許されず、人質同然で軟禁されていた。ランチャーの弾がビルに命中すれば、彼らに被害が及ぶ危険性があり、万一トレインボットに当ったとしても、その破壊力で必要以上に彼を傷つけるかも知れないのだ。
怒鳴り付けるロングヘッドの腕を振りほどき、アイスブレイカーは彼に食ってかかった。
「だったら他に良い手でもあるってのかよ?お前らの銃じゃ、あそこまで届かねえだろ!」
背中のミサイルランチャー以外に固定武装を持たないロングヘッドや、シャーピアーズには共通装備のブラスターが与えられているが、その威力は低く、射程距離も短いため、狙撃には不向きだった。
苛立つアイスブレイカーを押えながら、ロングラックが囁いた。
「僕に考えがある。とにかくあの森まで逃げ込むんだ」
彼が指さしたのは新宿中央公園であった。三人はビーストモードにトランスフォームすると、上空からの射撃をかわしつつ、公園へと一気に駆け込んだ。
「で、この後はどうするんだ、リーダー?」
木々に身を隠し、問いかける二人に、ロングヘッドは指示を与えた。
「シャーピアーズはこの公園内を走り回って、奴の注意を引いてくれ。その間に僕が奴のエンブレムを狙撃する」
「そりゃいいが、何を使う気だい?まさかそのミサイルじゃねえだろうな?」
「いや、もっと良い武器があるさ」
そう言うと、ロングヘッドはアイスブレイカーに向かって笑みを浮かべた。その笑顔にいやな予感を感じ、アイスブレイカーは思わず後ずさっていた。
東北新幹線に変形する射撃員スノーストームは、ビルの屋上から銃を構え、眼下の公園を見渡していた。視覚センサーを赤外線探知に切り換え、どんな小さな動きも見逃さない態勢である。
不意に公園の一角の木陰から、ロボットモードのシャーピアーズが飛び出し、彼に向かって手を振った。即座にその方角に向けてスノーストームのレーザーガンが火を吹いたが、既に彼は木々の蔭に隠れており、空しく地面に穴を空けただけであった。
更にそこから三十メートルほど先の場所に、今度はビーストモードでシャーピアーズが現れた。挑発するように尻を向け、左右に振っている。再びレーザーが放たれたが、またしても彼の姿は木々の中に消えていた。
そして幾度となく公園の所々でシャーピアーズが顔を出し、それをスノーストームが狙い撃ちするという、もぐら叩きに似た状態が繰り返され、彼の苛立ちが臨界点に達しようとしたとき、シャーピアーズが姿を見せたのと反対側の木陰から、ロボットモードのロングヘッドが飛び出した。そしてその両手には、第三形態のウェポンモードに変形したアイスブレイカーが握られていた。そしてロボットモードでは背中に畳まれているキリンの前足を地面に打ち付け、姿勢を固定した。
彼等の真意に気付いたスノーストームが慌ててロングヘッドに銃を乱射したが、既に彼の体はロックオンされた後であった。
「ファイアー!」
ロングヘッドの叫びと共に発射されたロケット弾は、乱射されたレーザーを擦り抜けるように、スノーストームの腹部に付けられたエンブレム目掛けて飛んでいき、そして見事に直撃した。
ウェポンモードのアイスブレイカーは、そのロケットランチャーの照準精度と破壊力を飛躍的に増大させる。しかし今回は極力相手を傷つけないよう、ロケット弾の信管は外されていた。
内部のドミネイターディスク諸共、エンブレムが粉々に砕け散り、爆発こそしなかったものの、被弾時の衝撃の激しさにスノーストームはたまらず吹き飛ばされ、引っ繰り返って気絶した。
「やったぜ!」
ロングヘッドの手から離れ、ロボットモードに戻ったアイスブレイカーが快哉を叫んだ。
「どうだ、少しは僕の実力を認めてくれたかい?」
得意気な顔のロングヘッドに、すかさずアイスブレイカーは反発した。
「何言ってやがる!エンブレムを撃ったのは俺じゃねえか!」
「でも狙いを定めて引き金を引いたのはこの僕だ。そもそも僕がこの作戦を考えたんだろ?」
二人の言い争いに、戻ってきたシャーピアーズが割り込んだ。
「だったらこの俺様が一番の功労者だぜ。命を張って囮役を務めたんだからな」
苦々しい顔のロングヘッドだったが、急に少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「分かった分かった。手柄は君達二人に譲ることにするよ・・・・・・ついでにビルの屋上に上って、倒れているトレインボットを起こして連れてくる栄誉もね」
唖然とした顔で互いを見合い、二人は同時に叫んだ。
「ざけんな、この野郎!」