4.オートボット・レヴォリューショナリーズ

 

 既に日は暮れ、森は暗闇に包まれていた。外からは決して見ることは出来ないが、その一角には遮蔽装置によって周囲の景色と同化しているシャトルが鎮座していた。そのシャトルの中央ブロックでは、左足の応急処置を済ませたオライオン・プライマル達マクシマルズと、四体のミュータントビースト達とが向かい合っていた。ミュータント達のボディからはそれぞれロボットの頭部のみが露出しており、その奇妙な姿に訓練生達は動揺を隠せなかった。

 

 彼等ミュータントビーストは、元はそれぞれマクシマル、プレダコン両軍に所属するフューザーズであった。フューザーズとは、クォンタムサージによってDNAスキャナーに生じたエラーのために、二種類の野獣が混じり合ったビーストモードを持つ者達である。

ビーストウォーズが終結する直前、メガトロンはマクシマルの生体組織を破壊してトランスフォーム不可能とし、やがて死に至らしめるウイルスを開発していた。そして不幸にもその実験台となったのが彼等四人であった。当初そのウイルスはマクシマル側だけを狙ったものであった。だが広範囲にばら撒かれたウイルスは彼等だけでなく、その場にいたプレダコン側のフューザー達にも感染してしまったのである。

 しかもその結果はメガトロンの予想とは違っていた。彼等はロボットモードへの変形能力を失った代わりに、元のビーストモードを構成していた二種類の動物へと別々に変形する事が可能となったのである。メガトロンに見捨てられた形となったプレダコン側のメンバーも加え、彼等はマクシマルの研究施設で変形能力を取り戻す方法を探していた。しかし今日に至るまで、それは見付からず終いだったのである。

 

 ミュータント達の指揮官であるアイスバードから彼等の素性を聞かされたオライオンは、一つの疑問を口にした。

「君は元々マクシマルだったのだろう?だが君の口振りはプレダコンだけでなくマクシマルまで憎んでいるようだったが?」

 白熊の背中から露出した顔でシニカルな笑みを浮かべ、アイスバードはその疑問に答えた。

「確かに俺達がこうなったのはメガトロンのせいさ。だがマクシマルの連中も冷たいもんでな。こんな姿になった俺達を狭苦しい部屋に隔離して、物珍しそうに毎日いじくり回し、挙句に何も分からないと来たもんだ。おまけに俺達のパワーを薄気味悪がっているのが見え見えでな」

「パワーだと?」

「そうさ。ウイルスのせいでこんな姿になっただけでなく、俺達には今まで無かったパワーが身に付いてしまったのさ。例えば・・・・・・」

 そう言うとアイスバードはうつむいて黙り込み、一時目を閉じて、そして再び顔を上げた。

「お前はさっきウイルスと聞いて、こんなに俺と近づいていて大丈夫だろうかと思っていただろう?心配するな。このウイルスは試作品で、外部への感染力は殆ど無いそうだ」

 思っていたことを正確に言い当てられ、オライオンは一瞬返事に詰まった。もし彼の能力が心を読む事であれば、ここで否定しても意味は無いだろう。

「マインドリーディングか・・・・・・確かにその通りだが、その程度の事なら心を読まずとも、君達の経験からして十分予想できる事なんじゃないか?」

 アイスバードは苦笑した。

「疑り深い奴だな・・・・・・じゃあそこのペンギン、お前は今、昼間の命令違反への罰の事を隊長が忘れてくれていればいいと思っているだろ?」

 確かに命令違反の件は、オライオン達しか知りえないことである。アイスブレイカーは一瞬顔を引きつらせ、そしてむきになって反論した。

「な、何言ってやがるんだこのインチキ野郎!そんなこと思ってるわけねえだろ!」

 必要以上に張り上げた大声と狼狽した口調が、それが事実であることを雄弁に物語っていた。

「どうなんだ、アイスブレイカー?」

 オライオンに睨まれ、さすがに彼も観念せざるを得なかった。

「・・・・・・ハイ、その通りです。どうもすみません・・・・・・」

 どよめく訓練生たちの姿を見て、アイスバードは再び笑った。

「やっと信じたようだな。あと、ポイズンバイトはテレポートが得意だ」

 バラクーダからサソリに変形する特殊工作員ポイズンバイトは、一瞬目を光らせたかと思うと、突然オライオン達の視界から消え去った。次の瞬間彼の後ろから悲鳴が聞こえ、振り向くとロングヘッドの背中にサソリモードのポイズンバイトが組み付いており、その首筋に毒針を突き立てようとしていた。

「チクッ!お前は死んだ・・・・・・キャハハハ!」

 怯えるロングヘッドの首に軽く針の先を当てると、その尻尾の先からロボットの顔を出し、嫌な声でけたたましく笑いながらポイズンバイトは元の場所へと再びテレポートした。どうやら彼は元プレダコンらしい。

「テレポートとまではいかんが、レイザークローのスピードは正にそれに匹敵する」

 クズリからヴェロキラプトルに変形する戦士レイザークローは、アイスバードの紹介に合わせるかのように、風のような速さでマクシマル達の間を駆け回り、その度ごとにクズリからヴェロキラプトル、そしてその逆へとめまぐるしくトランスフォームを繰り返した。

「そしてサウンドウェイブの尻尾が起こす地震は、敵の回路を破壊する衝撃波を発する・・・・・・だがここでそれをやったら、この場所が連中にばれてしまうかな?」

 ワニからコウモリに変形する戦士サウンドウェイブは、仲間達と同様に自分のパワーを披露しようとしていたが止められ、不満げな顔をコウモリの口の中から覗かせた。

 そのパワーに驚嘆すると同時に、自分達がからかわれている事に、オライオンは軽い苛立ちを覚えた。

「なるほど。君達の力は良く分かったよ・・・・・・それで、デモンストレーションはもういいから、そろそろ本題に入ってくれないか?」

 オライオンの心を読むまでも無く、その苛立ちを感じ取ったアイスバードは意地の悪い笑みを浮かべた。

「まあそうせかすな・・・・・・で、プレダコンズには見捨てられ、マクシマルズには腫れ物扱いされ、いい加減うんざりしていた頃のことだ・・・・・・奴等が突然クーデターを起こしたのはな」

「クーデターだと?」

 思いがけない言葉に、一同はどよめいた。

「何だ。そんなことも知らずに奴等と戦っていたのか?・・・・・・そう、十日も前のことだが、昔のエンブレムを付けたアジア方面軍の連中がいきなり俺達のいた基地に現れて攻撃して来たんだ。ワープゲートを使ってな・・・・・・まさか味方が攻撃してくるとは思わないからな。基地はあっという間に制圧されてしまったよ」

「し、しかし何故こんな時期にクーデターなど・・・・・・ビーストウォーズが終結して、ようやく平和になったばかりだというのに」

「さあな。俺達は占領された基地から逃げ出してすぐ、追っ手を振り切ってこの森に隠れたからな。それから後の事は良く知らないし、興味も無い」

 突き放したような言い方に、オライオンは怒りを感じた。

「興味が無いだと?彼等によって仲間が傷つき、地球人さえも巻き込まれているというのに、君達は平気なのか?それだけのパワーがあるなら、何故彼等に立ち向かうなり、無事な仲間を救うなりしなかったんだ?」

「言っただろ?俺達はもうマクシマルでもプレダコンでもないと。今の俺の仲間はこいつら三人だけだ・・・・・・それに、仮にもし俺達が奴等と戦って、見事鎮圧してみせたとして、それで俺達は何を得られる?また元のモルモット暮らしか?冗談じゃない!」

 吐き捨てるようにアイスバードは言い、レイザークローが後を続けた。

「ある意味、オレ達は奴等に感謝してるのさ。奴等のおかげで自由になれたんだからな。この姿のせいか、ここは今のオレ達にとって実に快適な場所なんだよ。サイバートロンにいた時よりもね」

 サウンドウェイブが更に続いた。

「我々はこの森の中で静かに暮らしていくことを選んだのだ。オートボッツとディセプティコンズ、マクシマルズとプレダコンズ・・・・・・いずれの争いにも与することなくな。それを邪魔するものは、誰であろうと容赦はしない。お前達も例外ではないぞ」

 そして再びアイスバードが口を開いた。

「さっきも言ったが、あの時加勢したのは、別にお前達を助けるためじゃない。オートボッツの奴等が森を荒らしていたのが許せなかったからだ。お前達も早くこの森から立ち去れ。また奴等に来られては迷惑だ」

 彼等の一方的な物言いに、オライオンは不快感を露わにした。

「言われるまでも無く、シャトルの整備が終わり次第そうするさ・・・・・・しかし君達はどうする気だ?奴等もこのまま君達を放っておくとは思えない。我々が去った後にまた攻めてくるかも知れんぞ」

「その時はまた追い返すだけさ。俺達にはそれだけの力があるからな・・・・・・とにかく知っている事は話した。後はお前達がここを去るだけだ。その後は地球から脱出するも良し、オートボッツと同士討ちをやるも良し。お前達の好きにするがいいさ」

 そう言って、アイスバードは出口へと歩き出し、他のミュータント達もそれに続いた。オライオンは彼等の後を追い、ハッチを開けて外に出ようとする彼等を呼び止めた。

「待て、最後にもう一つ聞きたい・・・・・・彼等の首謀者が誰か知っているか?」

 アイスバードは振り返って、ニヤリと笑った。

「もうお前には見当がついている筈だぞ。それが答えだ」

 そしてフクロウモードにトランスフォームした彼は翼を広げ、月明かりの照らし出す夜空へと飛び去った。バットモードのサウンドウェイブもそれに続き、ポイズンバイトとレイザークローは下へ飛び降り、森の中へと消えていった。

 

「全く、何て薄情な連中だよ!」

 彼等の後ろ姿を見送りながら、ギャロップが舌打ちした。

「ああ、感じ悪いったらありゃしねえ」

 アイスブレイカーも同意した。彼の場合は自分の本心を暴露されたために、その気持ちはギャロップ以上であった。他の訓練生達も、程度の差こそあれ彼等に対して好感とは程遠い感情を抱いていた。その様子を見ながら、クロックワイズがため息をついた。

「やれやれじゃ、この星にはあいつらの手本になるような連中はおらんのかのう?」

「そうだな・・・・・・」

 気の無い返事でオライオンは答えた。

「・・・・・・で、これからどうする?あの連中に言った通り、出発するのか?」

「そうだな・・・・・・」

 自分の話を聞いていないことに気付き、クロックワイズは声を荒げた。

「そうだな、じゃなかろうが!何ボケッとしとる!」

 その声で、ようやくオライオンは我に返った。

「ああ、すまん・・・・・・アイスバードの言った事が気になってな」

「奴等の首謀者のことか・・・・・・やっぱりあいつの事を言っとるのか?」

「そうらしいな。だが、もしそうならどうして彼が・・・・・・」

 彼等の会話は突然、通信機の呼び出し音に遮られた。通信機のコンソールを操作して、シャーピアーズが叫んだ。

「隊長、通信です・・・・・・それもオートボットシティから!」

「シティからだと?」

 風のように素早くオライオンは通信機の前に駆け寄り、モニターの正面に立った。その後ろに訓練生達も固まり、固唾を飲んで様子を見守っていた。

 

「ようこそ、マクシマルの諸君。我々の歓迎は楽しんでいただけたかな?」

 モニターの中で、一人のオートボットが悠然と足を組んでシートに腰掛け、両手を合わせていた。そのシートは本来、オートボット地球軍の最高司令官フォートレス・マクシマスのヘッドモジュールにして、その代行者でもあるセレブロスのものであった。しかしそのオートボットは明らかにセレブロスではなかった。彼の顔と容姿は、オライオンの予測が間違っていなかったことを十分過ぎるほどに証明していた。

「ファイアストリーム!・・・・・・やはりお前が首謀者だったのか!」

 今まで襲って来たオートボッツが全てアジア方面軍の所属であったことから、それは十分に考えられたことであった。しかし、仮にも司令官という要職にある者が、率先してクーデターなどという愚行に走るとは考えたくなかったのである。だが現実は、無情にもオライオンの前に厳然と立ちはだかっていた。

「そうだ。とりあえず、初めましてと言うべきかな。オライオン・プライマル?・・・・・・君の活躍は聞いているよ。中でもガンマUの解放は素晴らしかった。正にプライマルの称号を得るにふさわしい・・・・・・」

「余計な挨拶はいい。それより、どうしてアジア方面軍司令官ともあろう者が、こんなクーデターなど起こしたのだ?」

 余裕を見せつけるつもりなのか、肩を軽く揺すって、ファイアストリームは答えた。

「ミュータント共から話を聞いたらしいな。だがクーデターとは少々聞こえが悪い・・・・・・これは革命だよ。この地球のみならず、サイバートロン、そして全宇宙に恒久的平和をもたらすためのな・・・・・・その為には、今の地位では権限が少な過ぎたのでね」

「それで昔のエンブレムまで持ち出して、味方への不意打ちか?どう言葉を取り繕うと、お前達がやろうとしているのはオートボッツの信義にもとる重大な反逆行為だ。オートボッツとマクシマルズの名誉にかけて、お前達叛乱軍の行いを見過ごすわけにはいかん!」

 『叛乱軍』という言葉が出た瞬間、ファイアストリームの目付きが険しくなった。

「叛乱軍ではない!我々はオートボット・レヴォリューショナリーズだ!目先の一時的な平和にとらわれ、貴様達が忘れ去った祖先達の崇高な理想を実現するために、我々は決起したのだ!」

 カメラが引いて、ファイアストリームの周囲にいるオートボット達の姿がフレームインした。それを見て、思わず訓練生達の口から声が漏れた。

「あ、あいつらはさっきの!」

 彼の左右には、先程襲撃してきたコンストラクションフォースの面々やレイルライダーズ、そしてターボレイサー達三人が整列していた。更にその奥にはもう一人、見覚えの無いオートボットがいた。他のメンバーに比べ、その二倍もの身長の持ち主である。

やや冷静さを取り戻し、誇らしげにファイアストリームは言い放った。

「彼等は皆、私の頼もしい同志達だ。我々の理想を妨げようとする者は、彼等全てを敵に回すこととなろう」

「それは結構だが、たった十数人でどうするつもりだ。オートボットシティや他の基地を占拠したところで、他のオートボッツが黙ってはいまい」

 オライオンの指摘に、ファイアストリームは含み笑いで答えた。

「それはどうかな・・・・・・これを見るがいい」

 画面が四分割されたものに切り替わり、そこに地球の主要都市が次々と映し出された。ワシントンDC、ニューヨーク、パリ、東京、モスクワ、北京・・・・・・その全てに、旧エンブレムを身に付け、銃を構えて市民達を威圧するオートボッツが映っていた。そしてロンドンを映した画面には、部下を指揮するヨーロッパ方面軍司令官サンダークラッシュの姿があった。

「何ということだ。サンダークラッシュまでもが!」

 オライオン達の受けた衝撃は決して少なくなかった。それらの映像は、アジア方面軍だけでなく、地球上全てのオートボッツがファイアストリームに従っている事を示していたのだ。

 そして再び画面がファイアストリームの顔に切り替わった。

「御覧の通りだ。今や地球上に存在する二四五名のオートボッツは全て、我々の指揮下にある。貴様達の味方をする者は誰一人としていないのだ」

 驚きのあまり声も出せずにいるマクシマル達に、更に追い打ちがかけられた。

「諸君等の健闘に敬意を表して、今一度だけ選択の機会と二四時間の猶予を与えよう。我々に投降し、理想実現に協力するか、それとも我等相手に最後の一兵に至るまで無益な戦いを続けるか・・・・・・賢明な貴君ならどうすべきか分かるはず。良い返事を期待しているぞ」

レヴォリューショナリーズ宣戦布告

 そして通信は終了した。砂嵐となった画面を前に、オライオン・プライマルは声も無く立ち尽くしていた。訓練生達も、不安げな顔を互いに見合わせる以外に為すべき事を見つけられずにいた。

 

彼等マクシマルズにとって長い一日が終わろうとしていた。しかし、それはまだほんの始まりにしか過ぎなかったのである。

 

 

 同時刻 シベリア―

 

 凄まじい吹雪が凍土に吹き荒れ、数メートル先の視界すら失わせていた。その広大な雪原の一角に、自然のものではない大きな溝が抉られていた。そしてその先には小型の宇宙艇が半ば地面に埋没した形で不時着していた。

 不意に、宇宙艇の上部から光が放たれた。それはサーチライトのごとくゆっくりと三六〇度回転しながら地表を照らし、そしてフッと消えた。

「適合生命体スキャン終了。コレヨリDNAデータダウンロードニ移行スル」

 無機質なコンピューターボイスがコクピット内に響き、しばらくして風防がゆっくりと開くと、その中から巨大な動物が現れた。

短く太い四本の脚、口元から生えた二本の牙、そして長い鼻は、一見象のようであった。しかし全身茶色の毛皮で覆われ、頭頂部が盛り上がったその姿は、氷河期に生息していたマンモスそのものであった。無論、その中身は本物のマンモスではない。彼もまたマクシマルズの一員なのである。

「チッ、全くついてないぜ。こんなクソ寒い所に落ちた上に、近くに化石しか見付からねえとは・・・・・・」

独り言を言いながら、窮屈そうにコクピットから抜け出したそのマクシマルは、重々しい足取りで地響きを立てながら宇宙艇の後ろのエンジン部分に回り込んだ。

「こりゃ修理は無理だな。何処のどいつか知らねえが、手荒い歓迎してくれやがって・・・・・・仕方ねえ、歩いて行くとするか」

 そう言うと、マクシマルは宇宙艇から離れ、文字通りに四本の脚で歩き始めた。ますます激しさを増す吹雪の中を、彼は南へ向かって歩いていった。やがてその姿は吹雪の中に消え去り、その足跡も、彼が乗ってきた宇宙艇と共に白い雪に覆われ、次第に見えなくなっていった・・・・・・

 

                                       

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