2.罠

 

 そして話は現在に戻る―

 

 オライオン・プライマルは訓練生達の前に立ち、オートボッツに呼びかけた。

「待て、我々は敵ではない!マクシマルズだ。お前達と同じ……」

「ああ、勿論分かっているとも……」

 しかし、ターボレイサー達が銃を降ろす気配は無かった。

「……分かっているからこうするのさ!」

 ターボレイサーの、ビークルモードの時はリアバンパーを構成しているボウガン状のロケットランチャーが突如火を吹いた。至近距離から撃たれ、避ける間も無くオライオンは胸にその直撃を受けていた。サイバートロニック合金製の外装のおかげで、ダメージそのものは大きくなかったが、衝撃の強さに、思わず彼はよろめき、膝を付いていた。

「た、隊長!」

 隣にいたギャロップが彼の方を見て叫んだ。

「テメエ、よくも……!?」

 向き直った彼の目前にいたのは、オライオンを撃ったターボレイサーではなく、彼が目をそらした一瞬の内に間合いを詰めてきたヘビーアームの姿であった。

 次の瞬間、その右腕よりも二回り以上大きな左腕から繰り出されたパンチがギャロップの顔面を捉えていた。それをまともに食らったギャロップの体は軽々と吹き飛ばされ、後ろの仲間に受け止められた。

「バカめ、ヘビーアームの前でよそ見するからだ!」

 少々愚鈍な感じながら、ドスの効いた声でヘビーアームは拳を掲げてみせた。

「お前達に与えられた選択は二つに一つ……全員降伏するか、ここで全滅するかだ!」

 ターボレイサーの言葉を、オライオンは信じ難い面持ちで聞いていた。それがとてもオートボッツの言葉とは思えなかったからだ。むしろディセプティコンズに相応しい物言いである。

オートボットVSマクシマル

「よせ!どうして仲間同士で戦わねばならんのだ!?」

「質問は認めん!」

 ターボレイサーが再び銃を発射した。しかし今度は命中しなかった。寸前でオライオンのかわした弾は彼の頭をかすめてビルの壁を直撃した。

「上等だぜ、やってやらあ!!」

 叫ぶやいなや、アイスブレイカーが右腕に固定されたハンドバズーカを発射した。オライオンはそれを止めようとしたが、既に弾は発射された後であった。だが、三人のオートボッツは軽く後方にジャンプしてこれをかわし、標的を失った弾は一瞬前まで彼等が立っていた地面を直撃して、小さな爆発を起こした。

 二発目を発射しようとしたアイスブレイカーであったが、その前にオライオンに張り倒された。

「ここで火器を使用する事は許さん、奴等の後ろを見ろ!」

 オライオンはターボレイサー達の後方を指差した。そこには路地の入り口から何が起こったのか見ようと覗き込む人間達がひしめき合っていた。マクシマル達の位置から銃を撃って、さっきのように避けられれば、その流れ弾は彼等を直撃する可能性が大きかった。

「お前達もだ、分かったな?」

 アイスブレイカーにつられて銃を構えていた訓練生達も、彼に睨まれ、慌てて銃を降ろした。オライオンがこのように怒りを露にするのはめったに無い事だった。だからこそ、その言葉の正しさを理解しつつも、彼等は戸惑いを隠せなかった。

「そういう事です。無駄な抵抗は止めて、大人しく我々と同行した方が身の為ですよ」

 慇懃無礼を絵に描いたような口調で、エスコートが拘束用のエナージョンバンドを取り出した。

「いや、それも断る!」

 訓練生達の盾になるかのように両手両足を広げ、オライオンは彼等の前に立ちはだかった。その両肘に固定されているライオンの前肢がそれぞれ半回転して手首にセットされ、そこから猛獣の爪を思わせる二本のクローが飛び出した。完全な近接戦闘の体勢である。

「ほほう、やる気か?」

 口の端を吊り上げ、腰からレーザーナイフを取り出したターボレイサーの前に、ヘビーアームが横から踊り出た。右手首のソケットに、背中に取り付けていた二本のスティックの内、先端がアサルトナイフのようなブレードになっている方を装着している。

「ヘビーアーム、あいつをやる!」

「いいだろう、好きにしな」

 彼等のいる路地の道幅は狭く、どの道三人同時に攻撃するのは不可能であった。ターボレイサーが後ろに下がるのと同時に、猛然とヘビーアームが突進し、オライオンの手前でジャンプすると、右手のブレードを振り下ろした。

「くたばれ、ビースティー!」

 しかし振り下ろされたブレードは空を切り、オライオンが立っていたはずの地面に食い込んでいた。そして次の瞬間、ヘビーアームの後頭部を衝撃が襲っていた。ヘビーアームのブレードをジャンプしてかわしたオライオンが、そのまま彼の頭を踏み台にして更にジャンプしたのである。

 攻撃をかわされて体勢を崩したところを踏み台にされ、ヘビーアームは顔面から激しく地面に突っ込み、アスファルトの破片を撒き散らした。一方、彼をステップにして加速をつけたオライオンは、そのままターボレイサー目掛けて空中を滑るように一直線に突っ込んで来た。

「や、野郎!」

 慌てて銃を向けたターボレイサーであったが、一瞬早くオライオンが彼の目の前に着地し、その電光のような左手のクローの一閃で、彼の銃を払い落としていた。そしてほぼ同時に、右手のクローが彼の顔面に付きつけられていた。もはやターボレイサーの顔からは余裕の笑みは消え、焦りと恐怖に取って代わっていた。

「さあどうする?降伏するか、それとも……」

 先程の自分の台詞を返され、歯ぎしりしながらも身動き一つ出来ないターボレイサーの背後から、エスコートが飛び出してきた。右手に装着された二基のロケットランチャーを火炎放射モードに切り替えて構えている。

「ターボレイサー、伏せて!」

 叫んだのとほぼ同時に、エスコートは火炎放射のスイッチを入れていた。そのタイミングはターボレイサーが伏せると信じていると言うより、彼がそうするかなど全く気にかけていない様にも見えた。

「ま、待て!エスコー……」

 血相を変えて叫んだターボレイサーを脇へ押しのけ、オライオンは迫ってくる炎目掛けて右肩を突き出した。

「スピニングシールド展開!」

 音声入力に反応して、オライオンの右肩全体を覆っているライオンのたてがみが四方に開き、プロペラの様に高速回転した。その強力な風圧は火炎放射器の炎を寸前で拡散させ、完全にかき消していた。

「そ、そんな馬鹿な!私の炎が……」

 だが、エスコートの驚きはそれに留まらなかった。炎の中からビーストモードのオライオンが飛び出し、彼に飛びかかってきたのである。避ける間も無くエスコートは押し倒され、両腕を押さえつけられていた。うろたえるエスコートの眼前に、今にも噛みつかんばかりにライオンの顔が迫っていた。

「答えろ!何故オートボッツであるお前達が、我々を攻撃するのだ!」

 その問いを予想していた様に、平静を装いながらエスコートは答えた。

「……貴方達が障害になるからですよ……我々の理想にとってね!」

「理想だと!?」

 予想外の答えに、一瞬オライオンは戸惑いの表情を見せた。そしてその隙をエスコートは見逃さなかった。

 突然エスコートの胸の両脇に付いている、カーモードでは排気筒になっているパイプが九〇度回転し、オライオンの顔面に黒煙を噴射したのである。

「煙幕か!?」

 思わずひるんだオライオンの前肢を払いのけ、エスコートはいち早くその場を逃れていた。ターボレイサーとヘビーアームが彼の傍に駆け寄ってきた。

「大丈夫か、エスコート?」

(この役立たず共が、もう少しでこっちがやられるところだったぞ!)

 心の中で仲間を罵りながらエスコートは立ち上がり、口では正反対の事を言った。

「ええ、ご心配なく。お二人こそ大丈夫ですか?」

 

 一方、クロックワイズは後方でじっと反撃のチャンスをうかがっていた。そして今が正にその時であった。

「今じゃ、全員アタック!オライオンを援護するんじゃ!」

 その声に、待機していたマクシマル達は一斉に飛び出した。火器が使えないため、ロングヘッドは左腕に装備されているアサルトナイフを持ち、シャーピアーズはビーストモードではウサギの耳である両肘の高周波ブレードを構え、そしてギャロップは左肩のバトルアックスを手にして、それぞれが格闘戦の体勢に入っていた。無論、彼等が実戦でそれを使うのは初めてである。

 迫ってくるマクシマルを見て、エスコートが提案した。

「敵が体勢を立て直した以上、数の上でこちらが不利です。ここは第二段階に移行すべきかと……」

「同感だな。あいつらにも手柄をくれてやるのは癪だが……」

 ターボレイサーは頷いたが、ヘビーアームは首を横に振った。

「ヘビーアーム、まだ戦いたい!退却なんかしない!」

「黙れ!作戦を忘れるな……オートボッツ、トランスフォーム!退却だ!」

 ターボレイサーがカーモードにトランスフォームし、エスコートもそれに続いた。渋々ヘビーアームもトランスフォームし、三台のオートボットカーはもと来た道を全速力で引き返していった。

 

 応戦すると思っていた三人があっさりと退却していくのを見て、訓練生達は呆気に取られていた。

「あ、あれ?あいつら逃げていったぞ」

「どうやら俺達に恐れをなしたようだな」

「そりゃどうかねえ?……いずれにせよ、取りあえずは助かったな」

 しかし、それでは気が済まない者がいた。ギャロップである。

「冗談じゃねえ、このまま逃がしてたまるかってんだ!」

 叫びながら彼はビーストモードにトランスフォームし、駆け出した。体にまとわりつく煙幕をやっとのことで払いのけたオライオンが、目の前を通り過ぎる彼に気付いた。

「待てギャロップ、深追いするな!」

 しかしヘビーアームに手ひどく殴られ、反撃できぬまま逃げられた彼はすっかり頭に血が上っていた。

「待てませんね、あのデカ腕野郎のツラに蹄の跡を付けてやらない事にゃ、気が済みませんぜ!」

 だがそのギャロップの背中に、西部劇のカウボーイさながらに飛び乗った者がいた。

「おい待ちなよ、スピードスター!」

「何だよアイスブレイカー、お前まで止める気か?」

「まさか……俺もあいつらをブッ飛ばさなきゃ腹の虫が収まらねえのさ。乗せてってくれよ!」

「ヘヘッ、そう来なくっちゃな。行くぜ!」

 たちまち二人は路地から飛び出し、見物人達を尻目に三人の後を追っていった。そしてギャロップの俊足に追いつける者は、マクシマル達の中にはいなかった。

「くっ……仕方の無い奴等め!」

 オライオンは苦々しい表情になった。訓練中でも、ギャロップとアイスブレイカーの二人はしばしば命令を無視して先走った行動をしていた。一人の勝手な行動がチーム全体を危険にさらすという事を、これまでの戦いで彼はよく知っていた。だからこそ二人には常々勝手な行動を慎むよう、厳しく言っていたのだが……

 後を追おうとするオライオンの前にロングヘッドが進み出た。

「あの……自分が連れ戻してきましょうか?」

「いや、私が行く。お前達はクロックワイズの指示に従え!」

「し、しかし……」

「我々の使命を忘れるな!今の小競り合いで街に少なからぬ被害が出ている。傷付いた人間もいるだろう。まず彼等を救助する事が先決だ!」

 そしてオライオンはクロックワイズの方に振り返った。

「そちらの方の指揮は頼んだぞ。片付いたら先にゼロポイントまで戻っていてくれ」

 ゼロポイントとは、彼等が森林を出る前に、不測の事態に備えて再集結するようにあらかじめ定めておいた地点である。

「分かっとる。任せておけ」

 オライオンはクロックワイズに顔を寄せ、小声で付け足した。

「それと、我々が二時間経っても戻らなければ……」

「それも分かっとるよ。もっともそうなった試しは一度も無いがの」

 一瞬フッと笑い、風のように駆け出していったオライオンの姿を見送ると、クロックワイズは訓練生達に向き直り、号令をかけた。

「では早速救助活動に入る。作業は迅速かつ丁寧にな……始め!」

 

 混乱の続く街の中を、オライオンは疾走していた。オートボッツやギャロップ達の姿はもう見えないが、その残留エネルギーの跡を辿って追跡するのは容易であった。そのエネルギーが指し示す方向を、前もってインプットしておいた街の地図と重ね合わせた結果、彼等は鉄道の駅の方に向かっていると推測された。

 走りながら、オライオンは考えを巡らせていた。数百万年に及ぶ長い戦いの中で、オートボットが味方に銃を向けるような事態は決して初めてというわけではなかった。それには大きく分けて、三通りの理由があった。一つは敵に洗脳もしくはボディをコントロールされてしまった場合、もう一つは誰かを人質に取られるなどの脅迫によって、やむを得ず……という場合、そして最も少ないケースで、しかも最悪なのが、自らの意思でオートボッツを裏切った場合である。今回の事件は、その内のどれであろうか……?

 エスコートは「我々の理想」と言っていた……とすると、やはり彼等は自らオートボッツを裏切ったのだろうか。彼等三人がオートボットシティを占拠し、宇宙との交信を妨害したというのだろうか?

「いや、彼等だけではあるまい……」

 オライオンは呟いた。ファイルによれば、彼等はオートボッツ地球軍の中でも選りすぐりのトップメンバーに入っている。だが彼等だけで占拠できるほど、シティの警備は甘くない。それにもし反逆者が彼等だけだとしたら、現在シティはもぬけの空のはずである。ならば、当然他にも彼等の仲間がいると考えるべきだろう。そして、今彼等が向かっているのが駅だとしたら……

(ギャロップとアイスブレイカーが危ない!)

 オライオンは脚を速めた。間違い無く、ターボレイサー達は彼等を罠にかけようとしている。あっさり退却して見せたのも、その為だろう。彼等を止められなかった事をオライオンは悔やんだ。彼等オートボッツの目的など知る由も無いが、こんな馬鹿げた戦いで部下達に一人の犠牲者も出す訳にはいかない。心の中で叫びつつ、駅へと向かう大通りを、オライオンはひたすら駆けていった。

 

 駅のターミナルにギャロップ達は辿り着いていた。オートボットカーの三人がここに入り込んだのは間違い無い。しかし、目の前にあるのは様々な鉄道の貨車と、車庫だけであった。三人の姿は全く見当たらない。アイスブレイカーを降ろすと、ギャロップはすぐさまロボットモードに戻った。

「おかしいな。奴等、確かにここに逃げ込んだはずなのに……」

「ああ、気を付けろよ。何処かに潜んでるかも知れねえ」

 ターミナルは奇妙に静まり返っており、人間の作業員の姿も見えなかった。落ち着き無く左右を見渡し、ギャロップが呟いた。

「なあ、もしかしたら俺達ハメられたんじゃねえか?こいつはひょっとして……」

 その瞬間、彼の背後の車庫からヘッドライトの光が灯った。

「そう、待ち伏せ攻撃だ!」

 その声に振り向きざま、二人は銃を構えた。しかし車庫の暗がりから出て来たものは、彼等が想像していた以上に大型であった。

「な、何だコイツは!」

「ジェット機か?」

 アイスブレイカーがそう思ったのは、そのビークルの鋭く尖ったノーズと、その上の流線型の風防が、正面から見る限り、データにあった地球の航空機とよく似ていたからだった。しかしその細長いボディに翼は無く、底部の滑車によってレールの上を走っていた。それはジェット機ではなく、500系のぞみと呼ばれる新幹線であった。

 そしてその新幹線は、二人の方へ急加速してきた。彼等はその線路の上に立っていたのである。

「まずい、逃げろ!」

 左右に飛び退いた二人の間を、新幹線は猛然と通り過ぎた。あと僅かでも遅れていたら、間違いなく撥ね飛ばされていただろう。だが、まだ安心は出来なかった。今度は反対方向から二台の車両が迫ってきたからである。片方は700系レールスター、もう片方はE4系マックスと呼ばれる新幹線で、500系とすれ違うように、その両側を走るレールに入って来た。

「ま、また来やがった!」

「こいつらもオートボッツなのか?」

 それに応えて、700系のライトが点滅した。

「そう言うこった。俺達はレイルライダーズ、そしてお前等は只の標的さ!」

 二台の新幹線は見る見るうちにギャロップ達に迫ってきた。しかしその攻撃はまたしても寸前でかわされた。

「ヘッ、いくらカッコつけたって、レールの上しか走れねえんじゃ意味無えだろうが!」

 余裕を見せるアイスブレイカーの背後から、いつの間にか反転してきた500系が近付いていた。

「その油断が命取りだぞ……レイルライダーズ、トランスフォーム!」

 新幹線の車体が走りながら軽く浮き上がると、その先端が左右に分かれ、中央部からロボットの頭部が現れた。左右に展開した先端部は両腕となり、後部が伸びて両足部分を形成し、完全なオートボットの姿となっていた。レイルライダーズのリーダー、ラピッドゲイルである。

 同じく二台の新幹線もロボットにトランスフォームした。700系に偽装していたのが突撃員シルバーブリット、E4系が戦士フラットビルである。

 三人のオートボッツは両足の車輪を高速回転させ、さながらローラーブレードを履いた人間の子供のように地面を滑りながら、アイスプレイカーとギャロップを取り囲んだ。

「こんな単純な陽動作戦に引っかかるとは、未熟者め!」

 出来の悪い生徒に対するような口調で、ラピッドゲイルが言い放った。

「地球へようこそ、マクシマルズの坊や達!」

 場違いなほどに陽気な態度で、シルバーブリットが軽口を叩いてみせた。

「生憎、帰りの切符は用意してないけどね」

 フラットビルがシルバーブリットの軽口に追従した。

 三方向から一斉にレーザーガン、ロケット弾、グレネードランチャーの銃撃を受け、マクシマルの二人はそれをかわすのに精一杯であった。

「くそう、好き放題言いやがって!」

「どうやらここには人間はいないようだ。遠慮無くやってやろうぜ!」

 二人は頷き合い、背中合わせに銃を乱射した。しかし高速移動する三人のボディにはかすりもせず、周囲の貨車や信号を破壊するのみであった。

「威勢が良いのは結構だが、無駄弾ばかり撃っていては何の意味も無いぞ!」

 ラピッドゲイルの言葉は、敵に対してと言うより、部下を叱咤する上官のそれに近かった。本人もその事に気付いたのか、すぐに付け加えた。

「……もっとも、貴様等がその教訓を生かす機会は無いかも知れんがな!」

 彼の両肩から発射されたマイクロミサイルはアイスブレイカー達の体をかすめ、至近距離で爆発した。直撃こそしなかったものの、その爆風で二人は吹き飛ばされ、揃って地面に倒れ込んだ。

 二人が顔を上げた時、既に彼等はレイルライダーズに完全包囲され、間近に銃を付きつけられていた。

「さあ、もうこれで抵抗は無駄だと分かっただろう。大人しく投降しろ」

 ラピッドゲイルの口ぶりは冷淡そのものであった。二人が僅かでも抵抗する素振りを見せれば、容赦無く彼は仲間に発砲を命じるだろう。だが、それが分かっていても大人しく従うようなギャロップではなかった。理不尽な命令ならば尚更の事である。

「冗談じゃねえ!誰が手前らなんかに降参するかよ!」

 アイスブレイカーも同様であった。

「そうとも、やりたきゃさっさとやれってんだ!」

 ほんの一瞬、ラピッドゲイルの顔に躊躇するような表情が浮かんだが、すぐにそれは消え去った。

「……そうか、残念だが止むを得んな」

 銃を構えたまま、ラピッドゲイルが左手を軽く上げ、それに応じてシルバーブリットとフラットビルが銃を構え直した。

「会ったばかりでもうお別れとは悲しいねえ……」

「ごめんね君達。本当はこんな事したくないんだけど、これも命令でね」

 シルバーブリットとフラットビルが冗談とも気休めともつかない事を口にした。

「お前達、余計な事は喋るな!任務を遂行しろ!」

 苛立ったようにラピッドゲイルが二人を怒鳴った。それに対してシルバーブリットはやや横柄に、フラットビルは卑屈に答えた。

「ヘイヘイ、分かってますよ」

「す、すみませんリーダー!」

 銃殺刑の執行人の如く、三人は完全にギャロップとアイスブレイカーに照準を合わせていた。もはや抵抗はおろか逃げる事もかなわず、二人は悔しげに、迫ってくる死を迎え入れる他無かった。

「畜生、これまでかよ!」

 

 その瞬間、何かが空を切る鋭い音が響き、直後にフラットビルの真横で爆発が起こった。たまらずフラットビルは吹き飛ばされ、隣にいたシルバーブリットを巻き込んで転倒した。

「何者だ!?」

 弾の飛んできた方角に振り向いたラピッドゲイルの目に、一頭の白いライオンが走り寄って来るのが見えた。そのたてがみからは四基のロケットランチャーが露出し、第三形態とも言うべきアタックモードを形成していた。

「オライオン隊長!」

「やっぱり来てくれたんですね!」

 歓喜の表情を満面に浮かべるギャロップ達と、ラピッドゲイルとの間に割って入るように滑り込んだオライオンは、そのままロボットモードへとトランスフォームした。

「ああ、勿論だ……」

 両腕のロケットランチャーをラピッドゲイルに向けたまま、オライオンは肩越しに彼等を見て言葉を続けた。

「……後で命令違反の罰を与えねばならんからな!」

「は……はい……」

 二人の歓喜の笑顔は一瞬にして引きつった。確かに今ここで死ぬよりはずっとましであるが、「罰」という言葉には自ずと身が縮こまってしまうものである。

「オライオン・プライマルか……貴官がリーダーだったとはな」

 レーザーガンを構え直したラピッドゲイルの傍らに、シルバーブリットとフラットビルが駆け寄り、三対三で銃を向け合う格好となった。

「レイルライダーズか。やはりな……」

 先程オライオンがオートボッツ地球軍のメンバーリストを検索した時、彼等の名前もそこにあった。ターボレイサー達が駅へと逃走したのに気付いた時、彼等がいる事は予想済みであった。当たって嬉しい予想ではなかったが……

「お前達もターボレイサー達と同様、問答無用というわけか?」

 無駄を承知の上で、オライオンはラピッドゲイルに問いかけた。

「そういうことだ。だが我々は彼等ほど甘くはないぞ!」

「そいつは聞き捨てならねえ台詞だな!」

 不意にオライオン達の背後から声が聞こえた。今までどこに隠れていたのか、ターボレイサーら三人が銃を構えて立っていた。

「それに手柄の一人占めも見過ごせませんね」

 丁寧な口調とは裏腹に鋭くラピッドゲイルを睨みつけていたエスコートが、その視線をオライオンに向けた。

「貴方の事です。彼等を追って、必ず出て来ると思っていましたよ」

 ターボレイサーがオライオンの向こう側にいるラピッドゲイルに話しかけた。

「雑魚二匹はお前等にくれてやる。だがオライオン・プライマルは俺達の獲物だ。手出しは無用!」

 しかし、ラピッドゲイルは冷やかに答えた。

「お前達で倒せる相手なら、我々が来る必要など無かったと思うが?」

「何だと!?」

「そうそう、血相変えてここに逃げ込んで来たのはどこのどなたでしたっけ?」

 横にいたシルバーブリットが、おどけてみせた。

「黙れ、お調子者めが!」

 ターボレイサーに一喝されたシルバーブリットは、小馬鹿にするように両手を広げてみせた。

「……良いだろう。だったら俺達全員でこいつらをシティに連行するとしよう。それでいいか?」

 苦々しい表情で、ターボレイサーが提案した。

「異論は無い。彼等が大人しく応じればの話だがな」

 ターボレイサー達の不満など意に介さぬ態度でラピッドゲイルは答えた。

「残念ながら、我々は諸君らに従うつもりは無い!」

 今まで蚊帳の外に置かれていたオライオンがようやく口を開いた。無論黙って二人のやり取りを聞いていたわけではない。彼等に気付かれないように、アイスブレイカーとギャロップの二人に合図を送っていた。

「黙れ、貴様等に選択権など……!?」

 ターボレイサーが詰め寄った瞬間、オライオンの右肩のスピニングシールドが回転を始めた。それと同時に、アイスブレイカー達が揃って地面に伏せた。

「その手はもう通用しませんよ。前後を囲まれた状態では……」

 エスコートが言った通り、スピニングシールドで一方の攻撃を防ぐことは出来ても、もう一方からの攻撃には全くの無防備となってしまう。歴戦の勇士たるオライオン・プライマルともあろう者がそんな事にも気が付かないのかと、エスコートは失笑しかけた。

しかしオライオンがシールドを回転させたのは防御のためではなかった。彼はその場で体を捻り、その風を足元へと向けたのである。凄まじい突風が小さな竜巻を生み、それによって線路の砂利が巻き上げられ、砂埃と共に四方に飛び散った。オートボット達は皆、腕やシールドで飛んでくる小石から視覚センサーをかばった。小石と言えども、高速で飛んで来れば彼等の「目」を潰すのには十分な威力があるのだ。

「ヘッ、味な真似するじゃんか!」

 ミサイルランチャーを内蔵したシールドで飛んで来る小石の弾丸を防ぎつつ、その間隙を縫ってシルバーブリットが竜巻に向けてランチャーを構えた。しかしそれをラピッドゲイルが制止した。

「待て、この位置では同士討ちになるぞ!」

 巻き上がる砂埃で、オライオン達は勿論、その向こうにいるターボレイサー達の姿も見えなくなっていた。下手に撃てば、仲間に当たる恐れもある。足手まといとは言え、同志を巻き添えにする事は出来なかった。そしてそれは、ターボレイサー達にとっても同様であった。

「クソッ、あいつらさえいなけりゃ……」

 数秒後、突風は収まり、砂埃もすぐに消え去った。しかし彼等の目に映ったのは、互いに銃を向け合う同志達の姿のみであった。まるで風に乗って飛び去ったかの様に、オライオン達三人の姿は忽然と消えていた。

「そんな馬鹿な、いつの間に逃げたんだ!」

「奴等が我々の間をすり抜けた気配など感じなかったが……」

 困惑している二人のリーダーに、エスコートが意見を述べた。

「恐らく彼等は砂埃の中でビーストモードにトランスフォームし、散り散りに逃げ去ったものと思われます。ビーストモードならサイズは縮小しますし、エネルギー反応もある程度遮蔽できますからね」

 ラピッドゲイルが頷いた。

「そう考えるのが論理的だな……思っていたより厄介な連中だ」

「どの道まだ遠くには逃れていまい。俺達も分かれて、しらみつぶしに探すとしよう」

 ターボレイサーの言葉に全員が同意し、六人は散り散りに走り出した。

 

 確かにオライオン達は遠くには逃げていなかった。彼等のいた所から三十メートルほど離れた線路上に緊急停止していた貨物列車の一室に、ビーストモードで潜んでいたのだ。偶然にも扉の鍵が開けっ放しになっていたのが幸いした。

「痛ててて、もうちょっと向こう行けよギャロップ」

「そんな事言ったって、狭いんだから文句言うなよ」

 小声で言い争いをする二人の頭を、オライオンの前脚が押さえつけた。

「静かにしろ。連中に聞こえる」

 押さえつけられながらも、アイスブレイカーが反論した。

「でも隊長、隠れてるだけなんて、カッコ悪すぎですよ」

「相手の戦力や目的がまだ分からん以上、無闇に戦うべきではない。ましてレイルライダーズ相手にはな」

 オライオンの言葉に、二人は訝しげな目を向けた。

「あいつらが一体何だって言うんですか?」

「彼等はコンバイナーだ。お前達がまともに戦って勝てる相手ではない」

 コンバイナーとは、複数のTFが合体して誕生する大型の戦士である。合体前の彼等はそれぞれ普通のTFと同じ四、五メートルほどの身長であるが、大抵ビークルモードで大型化してから合体するため、その身長は二、三〇メートルほどに巨大化する。

 かつてディセプティコンズに誕生したコンストラクティコンズの合体した姿であるデバステイターを始めとして、数多くのコンバイナーが登場し、その巨体とパワーで幾度となくオートボッツを危機に陥れた。それに対抗すべく、オートボッツもエアリアルボッツの合体したスペリオンなど、様々なコンバイナーを誕生させたのである。

 そしてマクシマルズやプレダコンズにも、それぞれマグナボスとトリプレダカスというコンバイナーが存在しており、体格では第一世代のそれには劣るものの、戦闘力では決して引けを取る事はなかった。

(彼等がここにいてくれたならな・・・・・・)

 そう思わずにはいられなかったが、ビーストウォーズの終結後、マクシマルズの殆どがサイバートロンに帰還してしまっている現状では、それは望んでも仕方の無いことであった。

 

 ふと、突然彼等のいる貨車がガクンと揺れた。一瞬身構えた三人であったが、すぐにそれが、貨物列車が動き出したためだと気が付いた。オートボッツがいなくなったことで、線路上の安全が確認されたようである。

「どうやらこのまま連中を撒くことが出来そうですね」

「あいつら、覚えてろよ。今度会ったらギタギタにしてやるからな!」

 アイスブレイカーが負け惜しみじみた台詞を吐いた。列車は南西方面に向かっており、このままゼロポイントの近くまで、見つからずに戻れそうであった。

「ともかくクロックワイズ達と合流して、態勢を立て直すとしよう。お前達も今の内に休んでおけ」

 有機組織が組み込まれたマクシマルの体内にはある程度の自己修復機能があり、小さな損傷なら自動的に回復することが可能である。三人とも、先の戦闘で多少なりともダメージを負っていた。それを治すには絶好の機会である。

 オライオンの言葉に二人は頷き、揃って待機モードに移行した。人間で言うところの「仮眠」である。三人を乗せたまま、列車は次の駅を目指して走っていった。     

 

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