1.異変
西暦2000年、日本―
その日の朝、町の大通りは普段と同じように学校や職場に向かう人々でざわめいていた。一見いつもと変わらぬ平和な光景である。ただ違っているのは、人々の顔が一様に圧迫感と不安に覆われていることであった。それは学校や仕事、家庭などの個人的な悩みからというより、むしろもっと大きな一つの問題によるものであった・・・・・・
突如通りの奥から耳慣れぬ轟音と悲鳴が響き渡り、その音に振り向いた者は、誰もが眼前の異様な光景に我が目を疑い、声を失った……道路にひしめく自動車の群れをすりぬけるように、七頭の動物が駆け抜けて行くという、予想だにしなかった光景に。
真っ白な体毛で覆われたウサギを先頭に、青銅色の毛並みの美しいサラブレッド、背中に一頭のペンギンを乗せたキリン、普通の数倍もの大きさのコブラ、鈍重そうな体で必死に走るタヌキ、そしてそのしんがりを務めるのが、輝くばかりの黄金のたてがみを生やした、純白のライオンである。一見それは何処かの動物園から脱走した動物の群れのように見えた。
更にその後を追う三台の自動車の姿があった。しかし、その車はいずれも脱走した動物を捕まえようとする動物園の職員専用ではなかった。一台は青いボディに鮮やかなファイアーパターンの描かれたスポーツカー、別の一台はツートンカラーのパトロールカー、そしてもう一台は銀色の4WDである。
まるで取り合わせの違うこの三台は、追跡の仕方も三者三様であった。パトカーが高らかにサイレンを鳴らし、慌てて道をあける車の横を悠然と突っ切って行くのに対し、青いスポーツカーはまるで自分のドライビングテクニックをひけらかすかのように対向車線に入り込み、驚く対向車の前を巧みにすり抜けていった。そして4WDは周りの事など眼中に無いかのように、行く手を遮る車を踏み越え、または撥ね飛ばしながら一直線に突き進んでいた。
車種も走り方も全く異なるこの三台にただ一つ共通していたのは、いずれの運転席にもドライバーの姿が無かった事である。それらはコンピュータ制御によって自動操縦を行っているのでも、何処からか遠隔操作されているわけでもなく、自らの「意思」によって動いているのであった。
その正体はトランスフォーマーズ・・・・・・銀河系の彼方に位置する機械化惑星サイバートロンから到来したロボット達で、自動車やジェット機などの乗り物に変形、偽装する能力を持ち、同時に高度な知性と、人間と変わらぬ感情や人格を備えた機械生命体である。彼等は善の属性を持つオートボッツと悪の属性のディセプティコンズに分かれて数百万年もの昔から戦い続けており、その戦場は十六年前からこの地球にも及んでいた。
そして、彼等が追跡している動物達もまた普通の動物ではなかった。彼等もトランスフォーマーズの一種であり、機械のビークルではなく、有機的生物に変形する、「マクシマルズ」と呼ばれるタイプの者達であった。
「何て奴等だ!人間達の車もお構いなしかよ!?」
キリンの背中にしがみついているペンギンが、後ろを見て叫んだ。彼等を追う三台のトランスフォーマー、とりわけ青いスポーツカーと4WDの通った後は、運転を誤った車や撥ね飛ばされた車が横転したり、別の車や電柱に衝突したりして、惨憺たる有様となっていた。
しんがりのライオンが後ろを振り返り、歯ぎしりした。彼としては一刻も早く町から抜け出したかったのだが、周りはビルと車、そしてパニックを起こして逃げ惑う人間達ばかりで、容易に出られそうには無かったのだ。そしてその間にも、追跡者達による被害は増える一方であった。走りながら周囲を見渡すライオンの目に、一本の路地が飛び込んだ。
「右だ!全員右手の路地へ逃げ込め!」
リーダーであるライオンの指示に従い、動物達は次々と人気の無い路地へと入り込んだ。道幅は二車線程度のものであったが、行く手に車も人の姿も無く、被害は最小限に食い止められそうであった。
しかし、50メートルほど進んだところで道は行き止まりとなっていた。前方と左右は十階建て程のビルに塞がれ、飛んで逃げるのも不可能であった。引き返そうにも、既に追跡者達は彼等の後を追って、路地に入り込んで来ている。もはやこれ以上逃げ続けるわけにはいかなかった。
「止むを得ん。全員反転してトランスフォームしろ!」
ライオンの声に従い、動物達は一斉に回れ右して立ち止まり、本来のロボットモードへとトランスフォームを開始した。有機合成によって作られた体毛で覆われた表皮がぱっくりと裂け、その内部から金属のメカニズムが飛び出した。それはロボットの腕であり、脚であり、そして頭部であった。体のサイズも動物だった時の数倍になっており、わずか数秒の内に彼等七体は全てマクシマルの姿となっていた。中でもライオンからトランスフォームしたリーダー格のマクシマルは一際大きな体格で、身長七メートルはあった。その右肩にはライオンの頭がシンボルのように固定されている。
追跡者達も、路地を走りながら一斉にロボットモードへトランスフォームした。そのスタイリングは従来のトランスフォーマーとは違い、自動車が変形したと言うより、彼等マクシマル同様、自動車の殻をまとったロボットというイメージであった。
「おやおや、もう逃げ回るのはお終いか、ビースティー共?」
彼等のリーダーと思しき、青いボディのトランスフォーマーが挑発的な態度で問いかけて来た。「ビースティー」とは、旧世代のトランスフォーマーがマクシマルのような生物タイプのトランスフォーマーに対して使う蔑称である。その言葉と態度に不快感を覚えつつ、マクシマルズ側のリーダー、オライオン・プライマルは逆に問いかけた。
「お前達は何者だ!ディセプティコンズの残党か?」
自動車に変形するトランスフォーマーはその大半がオートボッツであるが、ディセプティコンズにも自動車に変形するものが少なからず存在している。ビークルモードでは一見区別が付かない為、それを利用してディセプティコンがオートボットになりすまして悪事を働くこともしばしばであった。
「ディセプティコンズだと?」
相手のリーダーが口の端を歪め、露骨に嘲る表情を見せた。仲間の二人も肩で笑っている様子であった。
「貴様等の視覚センサーは只の飾りか?これが見えんとでも言うのか、んんー?」
言うと同時に彼は自分の左腕を突き出し、その腕にレリーフの如く刻まれたエンブレムを誇らしげに見せつけた。
「オートボッツ!?」
オライオンだけではなく、他のマクシマル達も驚愕した。見ると、他の二人の体にも同じオートボッツのエンブレムが輝いている。
一瞬後には、オライオンの内部コンピュータが現在地球に駐留しているオートボッツのファイルを検索し、眼前の三人の姿と照合していた。そして出てきた答えは、リーダー格の青いスポーツカーにトランスフォームしていたのが迎撃員ターボレイサー、パトカーが強制執行員エスコート、そして4WDが格闘戦スペシャリストのヘビーアームであった。いずれもその所属はオートボッツのアジア方面軍である。
まぎれも無く彼等はオートボッツであった。そのオートボッツが、同胞であるはずのマクシマルズを追いかけ、銃を向けている……有り得るはずの無い光景であった。
「バカな!どうしてオートボッツが我々を攻撃してくるのだ!?」
二日前、太陽系近辺空域―
「地球へ、ですか?」
オートボッツのクルーザー、ルミナスの通信室で、マクシマル大隊指揮官オライオン・プライマルは思いがけない命令を受けていた。
「そうだ。実は一週間ほど前から、地球からの連絡が途絶えていてな。原因を調べて欲しいのだ……ちょうど今、君達の船が一番近い地点にいるのでね。」
通信の主はオプティマス・プライマル……かつてのオートボッツの司令官で、現在はマクシマルズの最高司令官にして、サイバートロニアンの指導者でもある。そのオプティマスから直接通信を受けるとは、容易ならぬ事態のようであり、ただの調査で済むとは思えなかった。
「しかし司令官、今我々は『新世代』の訓練の途中です。もし彼等に万一の事があれば……」
「それは分かっている。それに地球の事であれば、むしろ我々が行くべきところなのだが、残念ながら今このサイバートロンを離れるわけにはいかないのだ・・・・・・」
モニターの向こうで、オプティマスが表情を曇らせた。それを見たオライオンは、瞬時に事情を察していた。
「メガトロンですね?」
サイバートロニアンの中で、メガトロンの名を知らない者は一人としていない。サイバートロンで「スラッグメーカー」と呼ばれ、恐れられたこの暴君は、それまでのディセプティコンリーダーには無かった残忍さと狡猾さ、そしてカリスマ性によって、単なる無法者の集団でしかなかったディセプティコンズを統率のとれた軍隊へと作り変え、サイバートロンの完全支配を目論んでいた。彼に匹敵する力と頭脳、そして勇気の持ち主であるオートボッツのリーダー、オプティマス・プライムがいなかったら、その野望は間違いなく現実のものになっていただろう。
戦いの舞台を地球に移した際、彼は巨大な銃にトランスフォームしてその猛威を振るい、地球のエネルギー資源を我が物とすべく、配下の軍団を率いてオプティマス達オートボッツと幾度も死闘を繰り広げた。
そして地球暦一九九六年、地球人の遺伝子研究所を襲撃したメガトロンは、奪い取った野獣の遺伝子をロボットのボディと融合させ、新たなディセプティコンを創造するという試みを行った。その結果誕生したのがプレダコンである。野獣の柔軟さと獰猛さを併せ持つプレダコンズは、従来のトランスフォーマーに無いパワーと敏捷性を誇っており、それに対抗すべく、オートボッツもまた同じようにしてマクシマルズを誕生させた。こうしてビーストウォーズと呼ばれる戦いが始まったのである。
ビーストウォーズにおいて、メガトロンは暴君の名に相応しくティラノサウルスに姿を変え、野獣の中でも力と知性を兼ね備えたゴリラにトランスフォームするマクシマル将軍オプティマス・プライマルと戦った。
敵味方を問わず、多くのトランスフォーマーがマクシマルもしくはプレダコン化して両軍の主流派となるに従い、ビーストウォーズは銀河系の星々にまで拡大していった。しかし、その最中に遭遇した異星人ヴォックの介入によって、戦いは三つ巴の争いへと大きく変化することとなった。
肉体を持たぬ代わりに高度な知性を有する種族であるヴォックは、全てのトランスフォーマーを宇宙の秩序の敵とみなし、彼等全てを抹殺せんと、地球に惑星破壊兵器を差し向けた。共通の危機を前に、一時的に手を組んだマクシマルズとプレダコンズによって辛くも破壊兵器は爆破されたが、その際に発生したクォンタムサージという光の波が降り注ぎ、それを浴びたマクシマルとプレダコンは光り輝く未知の金属で覆われたボディを持つトランスメタルへと生まれ変わったのである。
そのトランスメタルズを人為的に生み出そうと、メガトロンは偶然手に入れたヴォックのテクノロジーの一部とクローン技術を使って再度実験を行った。そしてより獰猛で、生体要素と機械部分が複雑に交じり合ったトランスメタル2が誕生し、彼自身もトランスメタル2となった。その姿は地球の伝説にあるドラゴンそのものとなり、最強のトランスメタルであるオプティマスすら超える力を誇っていた。
しかし、ヴォックによって送り込まれた密使タイガーホークの超自然的パワーの前には、彼や彼の作り出したトランスメタル2も無力に等しかった。タイガーホークを使って両軍を全滅させようとしたヴォックであったが、彼が元マクシマルとしての自我を取り戻したために、その干渉は退けられ、ヴォックは元いた宇宙へと送り返された。
そしてオプティマスとの一騎討ちに敗れたメガトロンはエナージョンバンドで完全に拘束され、他のプレダコンズ共々サイバートロンへと送還されたのであった。かくして四年にわたるビーストウォーズは終結し、それに伴って他の惑星での戦いも急速に沈静化していった。
しかし、これでメガトロンの野望が潰えたわけではなかった。サイバートロンに到着した直後、僅かな警備の隙をついて、彼は数人の部下と共に脱走し、星の最下層部へと逃げ去ったのである。多重構造の惑星であるサイバートロンの中心部は、一つの巨大な迷宮と化していて、一ヶ月に渡って大規模な捜索活動が行われたにも拘わらず、メガトロン達の行方はようとして知れなかった。
それどころか、捜索隊の中からも行方不明者が現れ始めた。現場の状況から、彼等が道に迷ったのではなく、何者かに拉致された可能性が高かった。その中には防衛戦略家ライノックスや追跡員シルバーボルトなど、ビーストウォーズで勇名を馳せた者達もおり、事態はかなり深刻と言えた。
今も尚、サイバートロンの何処かでメガトロンは新たな陰謀を張り巡らせているに違いないのである……
地球でビーストウォーズが激化していたのと時を同じくして、ガンマ星系第二惑星で繰り広げられていた「セカンドウォー」で、オライオンはマクシマル化した精鋭部隊を率いてディセプティコンズと戦い、彼等を残らず追放するのに成功した。この功績により、彼にはオプティマスと同じ「プライマル」の称号が与えられ、遠い将来オプティマス・プライマルが最高司令官の座を退く時、その後継者となるべき候補の一人に選ばれていた。
そのオライオンが次に与えられた任務は、新しく生み出された「新世代」マクシマルズの訓練であった。ビーストウォーズが終結する間際、サイバートロンではトランスメタル2の技術を応用して、更なる改良を施されたマクシマルを生み出す試みが行われていた。その結果、第一世代のマクシマルとトランスメタル2のハイブリッドとも言うべき五人の「新世代」マクシマルが誕生したのである。
結局彼等が誕生した時には、既にビーストウォーズは終結してしまっていたが、宇宙の各地にはディセプティコンズやプレダコンズの残党が数多く潜伏しており、いつの日かまた戦いが起こる事は十分予想されていた。そのためにも、生まれたばかりの彼等を一人前の戦士に訓練する必要があったのである。
無論、サイバートロンにはDNAスキャンの対象となる有機生命体が存在しない為、彼等はプロトフォームと呼ばれる素体ロボットの状態で戦闘訓練と適性検査を受け、然る後に生物のいる惑星に降りて、適合生命体のDNAスキャンを行う手はずであった。
新戦士の教官という慣れない任務に戸惑いながらも、オライオンは着々と「新世代」の訓練と検査を進め、それぞれの性格や能力に合わせた名前と役割を決定していった。そして残るはDNAスキャンと実戦経験のみという段階まで来た時、突如オプティマスからの通信が入ったのである。
「事情は分かりました……しかし、もしこれがディセプティコンズなり、プレダコンズの残党の仕業だとしたら、我々の戦力だけでは太刀打ちできないかも知れません」
「それは分かっている。しかしどうも嫌な予感がしてならないのだ。我々の存在に関わるほどの深刻な危機が迫っているような気がな……」
オプティマスの声には苦悩と疲れがこもっており、それはモニター越しでもはっきりと伝わっていた。
「他の空域にいる味方にも呼びかけて、増援に向かわせる。ともかく一足先に地球に行って、少しでも情報をつかんでくれないか?」
ここまで言われれば、もはや断ることなど出来ない。元々訓練生達の件さえなければ、即座に引き受けていた事である。オライオンはどちらかと言えば慎重な方であったが、決して勇気と無縁ではなかった。
「分かりました。全力を尽くして御期待に応えましょう……プライマルの称号にかけて!」
「さすがはオライオン・プライマルだ。では頼んだぞ……交信を終了する」
僅かにほころんだ表情を見せ、オプティマスの姿は画面から消えた。敬礼を解き、小さく息をつくと、オライオンはずっと傍らで通信を聞いていた旧友の方に振り返った。
「どう思う、クロックワイズ?」
「地球の事かね、それとも訓練生達の事かね?」
昔から変わらない、ゆったりした口調で彼は聞き返してきた。戦史研究家であるクロックワイズは、オライオンがオートボットだった頃から一緒に戦ってきたベテラン戦士であり、人間に例えれば六〇代に相当する老兵である。目覚し時計に変形していた彼は、あらゆる星の、いかなる場所の時間も正確に刻む事が出来、そして歴史に関しても同じ位に詳しく記憶していた。
オライオンを始め、他の仲間達がことごとくマクシマルとなったにもかかわらず、彼だけは誕生当時からのオートボットのボディを頑固に変えようとはしなかった。しかしセカンドウォーでの最後の作戦の際、彼のボディは敵の攻撃によって、人格と記憶を司るパーソナリティ・コンポーネントを除いて完全に破壊されてしまった。
サイバートロンに帰還したオライオンは、緊急措置として完成間近であった新世代マクシマルのプロトフォームの一つにパーソナリティ・コンポーネントを移植し、彼にマクシマルとしての新たな人生を与えたのである。オライオンが訓練生達の教官の任務を引き受けたのも、その時最高評議会と交わした交換条件であった。現在彼は訓練生達と同じプロトフォーム状態であるが、その体にはオートボット時代の名残である時計盤が残されていた。
「両方さ。どちらも不確定な要素が大きすぎる。このまま地球に行って、果たして大丈夫なものか」
自分より遥かに年上の老兵に対して、オライオンは同年代の者に対してと同じ友情と信頼の絆を結んでいた。やや生真面目なオライオンと、常に飄々とした態度のクロックワイズとではあまりに性格が違いすぎるように見えたが、それが逆に互いの欠点を補う結果となり、二人は協力して、共に数多くの戦いを切り抜けることに成功していた。
「そうじゃのう……確かにまだ地球にはディセプティコンズやプレダコンズの残党共がうようよしとるかも知れん。じゃが、それ以上に二百人からのオートボッツが睨みをきかせとるんじゃ。そう簡単に地球をどうこうできるとは思えんがの……もっとも、奴等が地球を一発で吹き飛ばすような兵器でも使っておったなら話は別じゃが・・・・・・」
「クロックワイズ!」
最後の一言は彼特有の冗談だったが、訓練生達に聞かれた場合、無用な動揺を招きかねない。友人同士の気楽な会話ならともかく、指揮官と参謀役の会話としてはいささか不穏当であった。
「冗談じゃよ。相変わらず堅い奴じゃのう……で、訓練生達の方じゃが、そちらもそう心配したものではなかろう。なにせ、セカンドウォーの英雄にして、プライマルの称号の持ち主が直々に訓練したんじゃからの」
「おだてても無駄だぞ……まあ確かに彼等の訓練はほぼ終了しているし、もし敵がいるのならそれこそ実戦経験のチャンスかもしれん。いつかはまた戦わねばならない日が来るだろうからな」
グレートウォーと呼ばれる地球での戦いが始まって以来、彼等サイバートロニアンに平和な日々が一年以上続いた事はなかった。オライオンの言葉も、決して有り得ない話ではなかったのである。
通信室を出て、通路を歩きながら二人は会話を続けていた。
「実を言うとな、ワシも早いとこ、この新しいボディを試してみたいんじゃよ」
年齢不相応にはしゃいで見える友人に、オライオンは軽く肩をすくめた。その新しいボディに生まれ変わった直後には、散々文句を言っていたにもかかわらず、数日後には彼はそんな事など忘れたかのように、若返ったような自分の体にすっかり上機嫌になっていたからだ。
「あまり無理はしてくれるなよ。只でさえ訓練生達の世話で苦労させられてるんだからな」
「こいつめ、年寄り扱いするなといつも言っとるじゃろうが!大体今はボディだけならワシの方が若いんじゃぞ!」
「フッ、そうだったな……」
二人は歩きながら軽く笑った。これまでこの相棒のおかげで、どれだけの深刻な状況を切り抜けて来られたことだろうかと、オライオンは思った。多くの友人や部下に恵まれてはいても、彼にとって本当に心を許せる存在はクロックワイズを含め、数えるほどしかいないのだ。
しかしその笑いはすぐに消え、オライオンは姿勢を正し、クロックワイズの方に向き直った。
「全員を作戦室に集めてくれ。これより地球に向かう」
翌日、ルミナスの船体は地球の軌道上にあった。
「どうだ、オートボットシティからの応答はあったか?」
オライオンの問いかけに、通信機のコンソールにかじりついていたプロトフォーム状態の訓練生が振り返った。
「ダメです。相変わらず何の応答もありません」
軌道上に静止して、北米大陸にある総司令部、オートボットシティへの着陸申請を出してから既に一〇分が経過しているが、応答は全く無かった。
「他の基地はどうだ?地球人の施設でもいい」
「やってみましたが、どこも同じです。どうやら広範囲に妨害電波が出ているみたいで……」
訓練生からヘッドセットを受け取り、聴覚モジュールに当ててみたが、聞こえてくるのは耳障りなノイズだけであった。明らかに何者かが通信を妨害しているのだ。ブリッジにいる全員の間に緊張が漂っていた。
「妨害波の出ている場所を特定しろ。それさえ分かれば……」
オライオンが言い終わる前に、すかさず訓練生がキーボードに指を滑らせていた。この程度の作業は誕生時点のプログラミングによって、誰でも可能な事であったが、ロングヘッドと名付けられたこの訓練生はとりわけそのスピードに秀でており、また技術面においても最も高い知識と独創性を身に付けていた。
「分かりました……発信源は、オートボットシティです!」
ロングヘッドの報告に、ブリッジ内がざわめいた。
「おやまあ、お前の口から冗談なんて、初めて聞いたぜ……出来はイマイチだけどな」
レーダー担当の、シャーピアーズという名の訓練生が茶化した。皮肉めいた喋り方が彼の特性であった。
「冗談なんか言ってないよ。僕の操作に間違いはない!」
座席から立ち上がって、ロングヘッドは反論した。彼の場合、真面目過ぎるのが欠点であった。
「二人とも私語は慎め!今は警戒体制だぞ!」
口喧嘩に発展する前に、オライオンが機先を制した。これと似たようなトラブルは訓練中にも何度かあったが、今回は訓練ではない。僅かな油断とチームワークの乱れが生死を分けることとなる。シャーピアーズは肩をすくめ、薄笑いを浮かべつつレーダーに向き直り、ロングヘッドは恥ずかしさと苛立ちがないまぜになった表情でシートに座り直した。
「それで、間違いなくシティから妨害波が出ているのだな?」
「は、はい……シティから発せられた妨害波は通信衛星を通じて中継、増幅されて、地球上空全体に張り巡らされています。これでは地球へも、地球からも、交信は一切不可能です」
ロングヘッドの操作で、ブリッジ正面のモニターディスプレイに地球の立体図と、それを取り巻く数十個の通信衛星の所在が点になって表示され、更にその点同士を結ぶ線が、地球全体を取り囲む網のような模様を描いていた。
「つまり、敵はシティを完全に制圧し、地球の衛星までもコントロール下に置いているというわけか」
オライオンの口から初めて「敵」という言葉が出た事に、訓練生達の表情が一変した。
「やはりプレダコンズの残党がいるって事ですか?それともディセプティコンズ?」
操舵士役のギャロップという訓練生が立ち上がり、早口でまくし立てた。彼はその名の通り、メンバー一の俊足を誇っている。
「やったぜ、これでやっと本当の戦いが出来る!いい加減バーチャルシミュレイターのドローン相手はうんざりしてたんだ。どこのどいつだろうが、この俺様がまとめてぶっ飛ばしてやるぜ!」
武器管制役のアイスブレイカーが拳を振り上げて叫んだ。好戦的で直情径行な戦士である彼は、航海にあたって自らこのポジションを志願していた。
「私語は慎めと言ったはずだ。次は承知せんぞ!」
オライオンに一喝されて、二人は慌てて席に戻った。まるで地球で言う幼稚園だなと、彼は内心ぼやいた。
「……まだはっきりとした確証は無いが、おそらくそう思って間違いは無いだろう。敵がオートボットシティを制圧するほどの戦力を持っているとすれば、これはもはや我々の手に余る事態だ。一刻も早くサイバートロンに報告を……」
その瞬間、彼の言葉は激しい爆発音と振動に遮られた。
「敵の攻撃です!人工衛星が攻撃してきました!」
シャーピアーズが叫んだ。その声に、全員の目が正面のモニターに釘付けになった。そこにはルミナスに向けてミサイルを立て続けに発射する、地球の軍事衛星が映っていた。
オライオンは自分の迂闊さに気付いた。シティを制圧し、そこから通信衛星をコントロールできる相手ならば、地球上空に数百基はあると言われる軍事衛星をコントロールするのも訳無い事と気付くべきだったのだ。
「くそう、叩き落してやる!」
アイスブレイカーが唯一の武装であるプロトンキャノンのトリガーに指をかけようとしたが、オライオンに制止された。
「駄目だ!地球の施設を無闇に破壊するわけにはいかん。回避行動を取れ!」
その指示に、機関士役のクロックワイズが首を振った。
「駄目じゃ。さっきのでパワージェネレーターをやられとる。推力が上がらん!」
「B37ブロック被弾。姿勢制御システム作動不能。このままいけば十分後には間違いなく、地球の引力に引かれて墜落しますね」
状況とは裏腹に、淡々とのんびりした声で、艦内オペレーターのサンドクローラーが報告した。バーチャルイメージながら、砂漠での戦闘で最も優秀な成績を上げた訓練生である。
「落ち着いてる場合か!このままじゃホントに御陀仏だぜ!」
操縦桿を握り締め、ギャロップが喚いた。もはや私語に対する懲罰など気にしてはいられなかった。
もともとルミナスは単なるパトロール用の船で、戦艦と違って十分な戦闘力も防御力も有してはいなかったのだ。次々とミサイルの直撃を受け、もはや爆沈は時間の問題であった。
「止むを得ん。全員シャトルに移乗!速やかに脱出する!」
命令一下、訓練生達はブリッジから次々と駆け出し、全員が出て行った事を確認したオライオンは、クロックワイズと共にブリッジを飛び出した。
全員がシャトルに乗り込み、発進準備が整うと、すぐさまオライオンは発進命令を下した。
「このまま地球に降下する。全員気を抜くな!」
艦底部からシャトルが分離し、飛び去った直後、ルミナスは大音響と共に爆発して粉々に砕け散った。短い間ながら生活を共にした船の最期に、訓練生達は窓に貼りついて爆発の光を呆然と見つめ、オライオンとクロックワイズは振り返って小さく敬礼した。
尚も続く衛星からの攻撃をかわしつつ、シャトルは地球へと降下していった。しかしその軌道は、当初の予定から大きく狂わされていた。
シャトルが着陸したのは、アメリカ大陸から太平洋を隔てた日本の山地であった。敵の正体や地球の状況が不明である以上、あまり人目に付くわけにはいかなかったが、時間が夜中だった事と、シャトルの消音機能が働いていたことが幸いして、騒ぎにはならなかったようである。
遮蔽装置の立体映像によってシャトルを周囲の風景と同化させると、次はマクシマル達自身をカモフラージュする番であった。シャトルには非常時用のDNAスキャナーと、DNA合成兼修理用のCRチェンバーが装備されており、本来ならば然るべき施設が必要なスキャニングを、手近な生物で行うことが可能となっていた。
シャトルから発射されたスキャナー内蔵の探査機は、周囲の森林をしばらく旋回していたが、やがてより多くの生物の反応がある地点へと引き寄せられていった。その地点に到達した探査機は早速スキャンを開始し、その遺伝子情報はシャトルへと転送され、それぞれのマクシマル達の体格と特性により適したものが選ばれ、プロトフォームに「上書き」されていった。
確かにその場所には数多くの野生動物が存在していた。しかし探査機の電子頭脳には、そこが人間達に「動物園」と呼ばれている施設である事まではインプットされていなかったのである。
「な……何なんだよこりゃ一体!?」
「ペンギンだよ。地球の南極に生息する鳥類の一種で、主に水中で……」
「そんなこた分かってるよ!何でよりによって、こんな不細工で飛べもしない鳥にならなきゃならねえのかって聞いてんだよ!?」
「君は確か水中と寒冷地での戦いが得意だったよね。だからその姿が選ばれたんじゃないのかな?」
「だ、だったら他にも白熊とか、もっと強そうな戦士向きの動物があるだろ!何でよりによって……」
「文句言ったって仕方ないだろ?大体それを言ったら、僕なんかキリンだぞ?天井に頭がぶつかって、不便な事この上ないよ。視界がいいのは有難いけど」
アイスブレイカーとロングヘッドの愚痴の言い合いはしばらく終わりそうに無かった。その一方で、新しい姿に満足げな者もいた。
「みんな見てくれよ俺の姿を!正に走るために生まれてきたサラブレッド!早く外に出たくてウズウズするぜ!」
精悍な競走馬となったギャロップが、じっとしていられない様子で船内を駆け回り、時折高らかにいなないていた。
「なあギャロップさんよ。嬉しいのは分かったから、もう少し静かにしてくれないか?俺の耳は鋭いんだ。これ以上ヒンヒン鳴かれたら、うるさくて耳鳴りがしちまうぜ」
小さな白兎の姿に似合わず、ひねくれた声と嫌味な口調でシャーピアーズが仲間の喜びに水を差した。
「おやあ、どこから声がするかと思えば、こんなかわいいウサギちゃんかい?あんまり小さいからうっかり踏んづけちまうとこだったぜ」
「やってみなよ。その前にお前の鼻面をかじり取ってやるぜ?」
にらみ合う両者の体が、突然何かに絡め取られた。
「うわあ、何だコイツは!?」
「き、気持ちワリい!助けてくれえ!」
パニックに陥った二人の眼前に、凶悪な大蛇の顔が現れた。思わず声を詰まらせた二人に、大蛇がその顔に似合わず穏やかな声で話しかけた。
「喧嘩はやめなよ。仲間同士だろう?」
「そ、その声はサンドクローラーか!?」
「そう、私だ。二人とも、こうやってしっかり抱きしめ合えば、互いのわだかまりなんてあっという間に消え去ってしまうよ」
しかしその光景は他者から見れば、大蛇が二匹の獲物を締め付けて、丸呑みにしようとしている様にしか見えなかった。
「わ、分かった!もう喧嘩はしないよ!」
「や、やめるからやめてくれー!」
「そうか、分かってくれて私も嬉しいよ」
ようやく解放されたギャロップとシャーピアーズは、すっかりげっそりとした表情となっていた。
「……お、お前よくそんな姿で、平気でいられるよな?」
二人とは対照的に、サンドクローラーはすました顔であった。
「そうかい?私は結構気に入っているけどね」
「さあさあ、お遊戯の時間は終わりじゃぞ。悪ガキ共」
その声に一斉に振り向いた訓練生達は、一瞬呆気に取られ、そして笑い出しそうになるのを必死にこらえた。彼等の目の前にいたのがおよそ緊張感という言葉からは程遠い、丸々と太った狸だったからである。
「ひょ……ひょっとしてクロックワイズ先生ですか?」
「ハマり過ぎだぜ爺さん!これがホントの狸親爺ってか?」
アイスブレイカーの言葉に、笑いをこらえていた者達も一斉に吹き出していた。
「何を笑っとるか、静かにせいと言っとるじゃろ!」
怒鳴ってはみたものの、狸の姿ではどうしても凄みに欠け、それがますます訓練生達の笑いを誘っていた。しかし、その後ろから現れた猛獣の姿に気付いた瞬間、彼等の笑い声はぴたりと止み、そして慌てて横一列に整列した。
新たにスキャニングを施されたオライオン・プライマルのビーストモードは、百獣の王と称されるライオンであった。アルビノと呼ばれる純白の毛並みと、輝くばかりの黄金のたてがみ、そして何者をも畏怖させるであろう鋭い眼光が、有無を言わさぬ威圧感を訓練生達に与えていた。
「諸君、新しいビーストモードにはもう慣れたか?」
その声にも一層の威厳が加わったかのように思えて、訓練生達の緊張は一気に高まった。
「は、はい、隊長!全員問題ありません!」
少々うわずった声で、ロングヘッドが全員を代表して答えた。
「よろしい。それでは早速だが、これよりオートボッツの駐屯地に向かう。ともかく味方と接触して、情報を得なければならないからな。一番近い所で、ここから北東へ約百二十キロというところだ。敵が何処にいるか分からない以上、無線は使わず、シャトルもここに置いて行く。何か質問は?」
訓練生達は互いに顔を見合わせ、そしてアイスプレイカーが前に出た。
「あの隊長。ひょっとして、その駐屯地まで歩いて行くんですか?」
「いや、走るんだ!」
間髪入れず返って来た答えに、誰にも返す言葉が無かった。
彼等がシャトルを飛び出した頃には、既に夜が明けようとしていた。この森林地帯は、日本に残された数少ない広大な自然の環境で、訓練生達は初めて実際に目にする木や草花、そして土の感触に驚いていた。それは訓練用のバーチャルシミュレイターの立体映像やデータによる感触とは違っており、彼等は戸惑いながらも、先を走るオライオンを見失わないように森の中を突き進んで行った。ただし、ペンギンの足ではとてもついて行けなかったので、アイスブレイカーだけはロングヘッドの背中におぶさることとなったが。
程無くして彼等の眼前に人間の町が現れた。オライオンはそれらを迂回して進むつもりであったが、好奇心に駆られた訓練生達は、自分達の今の姿も忘れて市街地へと入ってしまった。地球人達の事も、当然彼等の頭脳にインプットされてはいたが、実際に彼等と接触してみたいという欲求には逆らえなかったのである。
しかし、いくら地球の生物に偽装しているとは言え、マクシマル達の姿は街の中でそうそう見られるものではない。たちまち彼等に気付いた人間達は驚き、悲鳴を上げて逃げ回った。とりわけサンドクローラーのビーストモードは最も人間達を怖がらせていた。彼等に挨拶をしようとする度に叫ばれ、逃げられ、そして泣き出す子供まで現れ、彼はすっかり困惑していた。
「参ったな……そんなに皆、私のことが嫌いなのかな?」
訓練生達の後を追ってオライオンが現れたときには、既に通り一帯はパニック状態となっており、皮肉にも彼の姿がなお一層の混乱を招いていた。
いっそロボットモードに戻った方が、パニックが収まるのではないか……彼がそう思った時、突然後方の道路上に光の玉が出現した。それは小型のパーソナルワープゲートが放つ光であり、どこからかトランスフォーマーが転送されてくる前触れでもあった。
そしてその中から出てきたのは運転手のいない三台の自動車であった。どうやらオートボッツのようである。しかし車は減速する事無く、マクシマル達めがけて一直線に突き進んで来た。彼等を轢き殺そうとするかのように……