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 仕事も無事に終わり、一同は疲れきった表情で、部屋へと戻っていく。
 重たい足取りでずるずると歩いていく人々の中、 ただ一人の少女だけが、そわそわと周りを窺っていた。

(やっぱりいない……)

 はぁ、と今日何度目かとも知れない溜息を吐き出す。
 めずらしくも今日一日、ハクと会うことが無かった。 こちらが求めているのに会えないという事は、なんとももどかしい。

(恥ずかしいけど)

 やっぱり行こう、従業員の部屋へ足を入れたと同時に決心をして、くるりと回れ右をした。

「セン、何処に行くんだ?」

 矢のように鋭い声が、千尋の足を床へと縫いとめる。
 先に部屋に入っていたリンが腕組みをし、険しい顔で睨むようにこちらを見ていた。

「そのっ、ちょっ……」

 さすがに男の人の部屋に行くなんて恥ずかしくて言えず、 俯いて口篭もる。

「ハクの所だろ」

 えっ、とビックリした顔になる千尋に、 やっぱり、とますます柳眉を吊り上げた。

「やめとけ、あんな鬼畜野郎のところに行くのは」
「でもっ、私、ハクに会わなきゃ……」

 会わないと、クリスマスプレゼントが決められないかもしれない。 そうでなくとも、ここに来るときはいつも彼のまじないで両親たちを誤魔化してもらっている。 そのお願いをまだしていない。 下手をしたら無断外泊で、両親にこっぴどく叱られてしまう。

「ハクには、お前が来たことは伝わってるよ」

 その事情を知っているリンは、とりあえず千尋を安心させようとして言った。 が、口調はそっけない。

「奴のことだから、もうまじないし終わってるんじゃねぇのか」
「……知ってるの?…じゃあ何で会いに来てくれないのかなぁ……」

   しかしその言葉は、千尋に新たな不安を呼んだ。
 真剣に悩む少女を見て、リンの心もズキンと痛んでしまう。 しかし、こんな少女を見て喜ぶ人物がいることを思い出して、あの怒りが蘇る。

「知らねぇよ。仕事が忙しいんだろ」

 半分やけっぱちで答えて、水干を脱ぎ捨てた。

「んなことより、明日に備えて寝な」
「うん……」

 落ち込んだ千尋に思わず手を差し伸べたくなるが、 心を鬼にして言い放ち、布団を敷く準備を始める。
 千尋はそれを手伝いながらも、心はいかにしてハクに会うかで占められていた。
 決して諦めないこと、 それがここで教えられた事であり、充分に発揮していた。

(明日は帰らなきゃだから、ゆっくりできないし……)

 今日、会わなければ。でもどうやって?
 悩んでいるうちに布団は敷き終わってしまう。

(寝静まったら……)

 抜け出せばいい。ちょうど、今の千尋の寝場所は障子の隣。 いとも簡単に出て行くことができるだろう。
 リンが何を心配しているのかは、はっきりいって千尋にはわからない。 でも自分のことを思いやってくれるその気持ちはとてもありがたいし、嬉しかった。
 けれどそれ以上に、ハクに対する思い入れのほうが勝っていた。 寝ている隙というのはリンに申し訳ないが、行かなければならない。 そんな使命感のようなものに駆られた。
 そうと決まれば大人しく寝る振りをするに限る。
 水干を脱ぎキレイに畳んでいると、上からぬっと白い腕が伸びてきて、それを掴んだ。

「あ…」
「これは預かっておくぜ」

 リンは水干を片手にニッと笑って見せる。

「あ、あ…ああっ!!!!!!」

 一瞬何事が起こったのか分からなかったが、 すぐにそれがなければ恥ずかしくて部屋の外を堂々と歩けない、ということに気付いた。
 思わず絶叫する千尋。

「抜け出されたら困るかんな」

 さすが付き合いが長く、見抜かれてしまっていた。

「じゃあ、おやすみ」

 見たかハク、どんなに焦らしても会えないんじゃあ意味ねぇよな、と ここにはいない青年に向けて高らかに勝利宣言をしつつ、 千尋には満面の笑みを向ける。
 水干を抱きしめて布団に潜り込んでしまったリンを茫然とした面持ちで見つめ、 千尋はがくっと項垂れた。

(どっ…、どっ…、どうしよう〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!)

 最近、ハクと会うことに対して、厳しい気がする。 以前までは暗黙の了解というか、しぶしぶながらも見送ってくれていた。それなのに―――。

「電気消すよー」

 気付けば、ほとんどの者が床につき、 少し離れた所で同僚が電灯の紐を握り、こちらを見ていた。

「あ、はいっ!」

 返事をすると同時に、室内は闇に閉ざされる。

(どうしてそんなにハクのこと、嫌うんだろう)

 先程の言葉を思い出して、 こちらに背を向けて横たわるリンを見やる。

(ハクは、あんなに優しいのに)

 仕方なく布団の中に身を沈め、天井を見上げた。

(もしかして…、ケンカしてるとか?)

 二人とも大好きな千尋は、できれば仲良くしていて欲しい。 ギスギスした関係で居て欲しくないけれど、原因がわからなければどうすることもできない。

(そのことも、聞きたいしなぁ……)

 少しだけ収まりかけた衝動が、また頭をもたげ始めた。
 もぞもぞと、何回目かの寝返りを打ったとき、 そこここで寝息が聞えてくる。また、隣からも……。

(もう消灯時間も過ぎたし、人はいないはず。 見回りにさえ気をつければ……)

 ゆっくりと上半身を起こし、ちらっと隣に目をやると、 布団が規則正しく上下していた。

(大丈夫)

 確信して、そろりと布団から出る。 それでも目覚める様子は無かった。
 けれどもしものことがある。とりあえず、 ちょっとでも時間稼ぎになるように、枕を布団の中に入れ、人がいるように なんとなく布団を盛り上がらせた。

(これでよし!)

 音を立てぬよう障子を開け、月明かり眩しい外へと滑り出た。


 







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